第九話 決戦の裏側~密会~
時は数ヶ月前まで遡る――
フィリップは旅をひと段落させ、村へと戻ってきていた。
正式にメシ屋を開業するべく、自宅を店に大改築する計画を、練りに練っていたその時、一人の顔見知りの魔族が大慌てで訪ねてきた。
嫌な予感がした。その魔族の表情からして、あまりいい話ではないだろうとは思いながらも、訪ねてきた理由を聞いた。
全てを聞き終えたフィリップは、嫌な予感が的中したことを悟った。
「勇者たちが大魔界都市に突入してきた!?」
「えぇ……まさに由々しき事態です」
魔族が重々しい口調とともに頷いた。
「このままでは大魔界都市の大打撃は避けられません。下手をすれば、ゼビュラス様のお命も……もはや我々だけではどうすることもできず、フィリップ殿にお力を貸していただきたく、こうしてご相談に参った次第でございます」
深く頭を下げてくる魔族に、フィリップは腕を組みながら思考を巡らせ、やがて視線を魔族に戻す。
「いくつか教えてくれ。まずそもそも、どうやって勇者たちは、大魔界都市の結界を破ったんだ? 勇者たちがアレを破るのは、事実上不可能のハズだろ?」
フィリップの疑問はもっともだと、魔族も思った。
大魔界都市に張り巡らされている結界。それを解除するためには、特定のアイテムを複数個揃える必要がある。もしくは魔王ないし、魔界の王族が特別に認めた人物に限り、大魔界都市を自由に出入りできる権限を与えられる。
ちなみに、魔王ゼビュラスと交友関係を築き上げているフィリップは、完全に後者のほうであった。
定期的に顔パスで訪れては、市場やレストランに顔を出し、魔界限定の食材などを調べていく。自然と様々な人々と交流を深め、本人の知らぬ間に着々と人脈が形成されていたのだが、果たして本人はどこまで自覚していることか。
大魔界都市で暮らす魔族は、人間に対して気難しい面が多いだけに、人間であるフィリップとの交流は、非常に貴重であるとみなされていた。
いつか大魔界都市に住んでいる人々も、自由に人間界のメシ屋に来られるようになってほしいと、フィリップも願ってやまなかった。
「えぇ、おっしゃるとおりです。ましてや魔族を毛嫌いしている勇者一行……正式に申し上げるならば、イザベラ殿以外の人物は全く信用ならないため、ゼビュラス様が許可を出すハズがありません」
魔族が苦々しい表情で言うと、フィリップも納得するかのように頷いた。
「だろうなぁ……確か、魔界の王族って、今はゼビュラスしかいないんだっけ?」
「はい。ゼビュラス様には、ご兄弟はおられませんから……」
ちなみに先代の魔王――つまりゼビュラスの父親は数年前に、母親はゼビュラスを生んですぐに病死していることを、フィリップは聞いたことがあった。
天涯孤独という意味では自分と一緒かと思いつつ、フィリップは考えを戻す。
「つまり今は、顔パスの権限を与えられるのも、ゼビュラスだけってことだな」
「そういうことになります」
「なら、勇者たちが大魔界都市に入るには、必然的に結界を解くためのアイテムを集めるしかない。けどそれは……」
「えぇ。普通ならば絶対に無理です。何故なら……」
魔族は目を閉じながら頷き、そして目をカッと開きながら言った。
「そのアイテムの一つは、結界の中にある魔王城の中にあるのですから」
要するに結界を解くためのアイテムを手に入れるには、結界を解く必要があるということだ。つまり普通に考えれば、外部の者がアイテムを揃えることは、どう頑張っても不可能なのである。
しかしながらフィリップには、まだいくつか考えられる線があると思っていた。
「普通なら無理。ならば普通じゃなければ可能性はあるってことだ。その概念を無視するほどのデタラメな力を持っている……ってのはないよな?」
「本当にそんなのがあれば、もうとっくに勇者たちに攻め込まれてますよ」
「だよなぁ……となると、裏切者の線が妥当かな?」
「……やはりそう思われますか?」
「うん」
引きつった表情で問いかける魔族に対し、フィリップは間髪入れず頷いた。
「古典的かもしれないけど、それ以外にないと俺は思うよ。もしかしなくても、既にそちらさんのほうで、何かしらの心当たりがあるんじゃないか?」
「えぇ……フィリップ殿のご想像は、概ね当たっておられます」
魔族はテーブルの上で手を組みながら表情に陰りを見せる。
「気がついた時にはもう手遅れでした。寝返った魔族は勇者……正確にはレイモンド王子の手によって、国外へ脱出。どこにいるのか、見当もつかない状態です」
「ソイツの裏切った原因とかは?」
「お恥ずかしながら、今のところは全く……彼はとても真面目で忠誠心も強く、ゼビュラス様も、そして私を含む他の配下たちも、心から信頼していました」
「とても裏切るようなヤツじゃなかったと?」
「えぇ」
魔族は思いつめたように俯く。いまだに信じたくないという気持ちが表れているのが分かる。
フィリップとしても、分からなくはなかった。しかし現状、それどころではない事態であることも明らかではあった。
「まぁ、今はソイツのことを考えてても仕方がないな」
フィリップはあえて強めの口調を放ち、魔族の意識を傾けさせる。
「勇者たちの話に戻そうぜ。その集めたアイテムで、結界を解除したんだろ?」
「は、はい……」
「だとしたら、都市の人たちも、黙ってはいなかっただろうな」
淡々と言葉を続けるフィリップに、魔族もようやく意識を切り替えることが出来たのか、改めて姿勢を正して当時のことを語る。
「当然の如く、勇者たちを歓迎する声は皆無でした。それどころか、魔界騎士たちが続々と駆け付け、力づくで勇者たちを追い出そうとしました」
「そういや、魔界騎士の本部もあるんだっけ。さぞ凄い戦いになったんだろうな」
しみじみと言うフィリップに対し、魔族は気まずそうな表情を浮かべた。
「いえ、それが……負けてしまったんです。圧倒的な差で魔界騎士のほうが」
「……マジ?」
目を見開くフィリップに、魔族は無言で首を縦に振った。
「我々は勇者たちを侮っていました。単に才能だけの青い若造でしかない。そんなヤツらに我々が負けるハズがないじゃないかとね。しかし実際は……」
「勇者たちのほうが強かったか……まぁ、伊達に数年間、世界中を旅してきたワケじゃなかったってことかな?」
「えぇ。情けない話です」
魔族は苦笑しながら、魔界騎士たちが勇者たちに挑んだときのことを思い出す。
最初のほうは、魔界騎士たちが押していた。しかし途中からは、完全に勇者たちの一方的な勝負となっていた。
やはり最初の油断が大きすぎたのだ。持ち直そうとすれば、それが大きな隙となってしまい、更に勇者たちに付け入れられる。結局、魔界騎士たちは、撤退を余儀なくされたのだった。
魔界騎士たちが撤退したことで、都市の人々もまた、勇者たちを客人として持て成す他なかった。決して友好的とは言えなかったが、それでもムダな争いに発展するよりかは、幾分マシだと言えていた。
しかし勇者たちの――というより、レイモンドの態度は、魔族側からしてみれば許せないの一言であった。
「あのレイモンドという男は、都市で暮らす魔族たちに対して、哀れみを込めた視線を向けていました。悪い魔王に操られているんだと決めつけていたんです。自分たちは望んでこの都市で暮らしているんだと訴えれば、あの男は優しい笑顔で脅してきました」
魔族の脳内に、レイモンドが放った言葉が蘇る。
『下手なことは言わないほうが良い。そんなことを言い続ければ、世界に光をもたらす勇者パーティの一員として、キミたちを徹底的にこの剣で滅ぼさなければならないからね』
その言葉を聞いたフィリップは、口を開けて呆然としていた。
「なんだよそれ……まるで正義の皮を被った悪魔じゃないか」
「全くです。あれじゃあ大魔界都市にいる人々のほうが、よっぽどまともな平和主義者に見えてなりませんよ」
吐き捨てるようにいう魔族に、フィリップは心の中で同感する。そして更に話を続けることにした。
「イザベラはともかく、レイモンドがその調子なら……大魔界都市が壊滅するのは時間の問題だぞ。早急に対策を立てないと……」
「はい。それにはフィリップ殿のご協力が必要不可欠と見込んでおります。どうか力を貸してください。お願いします!」
テーブルに両手を突いて、頭突きする勢いで頭を下げる魔族。ゼビュラスを助けたいという一心がそうさせているのだ。
数秒後、フィリップはニッと笑身を浮かべ――
「分かった。ゼビュラスのためだ。俺も協力するよ」
魔族にハッキリとそう告げるのだった。魔族はその言葉に反応し、恐る恐る頭を上げながら訪ねる。
「きょ、協力してくれるんですか?」
「だからそう言ってるだろ? アンタの様子からしてウソじゃなさそうだし、メシ屋開業の前に、一つ大暴れするのも悪くなさそうだからな」
フィリップは軽い口調でそう言った。
仮にダマされていたとしても、あの手この手を使って切り抜ければいい。自分もこれまで旅してきた経験は高いつもりだ。危険地帯の一つや二つから抜け出すぐらいの能力は持っている。
そう思いながら、フィリップはこの話を引き受けたのだった。
「それで? まずは俺にどうしてほしいんだ?」
「まずはゼビュラス様と、直接話をしていただければと思います。それから此度の協力、本当に感謝いたします」
改めて立ち上がりながら頭を下げる魔族に、フィリップは手を横に振った。
「良いから良いから。そんなことより早く行こうぜ。魔界で待ってるんだろ?」
「はい。よろしくお願いします!」
こうしてフィリップは魔族に連れられ、急きょ魔界へ赴くことになった。
世界を揺るがす大きな出来事は、まだ始まったばかりであった。
◇ ◇ ◇
魔族に案内された先――大魔界都市の外れにある大き目の森にて、フィリップは友との再会を果たしていた。
「フィリップ。協力してくれてありがとう」
「気にするなって。それよりも……」
ゼビュラスとの挨拶を済ませたフィリップは、もう一人呼ばれていた意外な人物に視線を向ける。
「まさかイザベラも呼ばれてたとはな。思わずビックリしちまったよ」
そう、人間界の勇者であり、フィリップの幼なじみでもあるイザベラである。
フィリップを連れてきた魔族曰く――
「勇者であるイザベラ殿は、フィリップ殿の昔からのお知り合い。先にこちら側に引き込めば、対策も立てやすいかと思いまして」
――と、先手を打っていたことを明かした。
流石のフィリップも彼女の登場に言葉を失ったが、それ以上に彼女自身も思わず呆けてしまうほどであった。
「……私は別の意味で驚いたわよ。魔王と友達だなんてどんな交流関係よ?」
深いため息をつくイザベラを見て、フィリップは目をパチクリと瞬きさせた。
「あれ? そういえば話してなかったっけ?」
「うん。聞いてない」
物凄く淡泊に、それでいてどこか圧を強くして答えるイザベラだったが、フィリップはそうだったかと軽く流して笑っていた。
無言の訴えが通じてないことに気づいたらしく、再び深いため息をつきながら、イザベラは改めて問いかける。
「それで? 私の認識では、魔王が人間界を侵略しようとしているって話だけど、実際はそんなこと全然企んでないっていうのは本当なの? そこの配下の魔族から粗方話は聞いたけど、流石に『そうなんですか』とは頷けないわね」
あからさまに信用していない表情のイザベラだったが、「とはいえ……」と付け加えながら、若干固い雰囲気を崩してきた。
「フィリップがここに来た瞬間、魔王の雰囲気が見事に柔らかくなったのよね。まるで救世主が来てくれた、みたいに嬉しそうでさ。だから正直分からない。私の知っている知識の中で、何が本当で何が本当じゃないのかってね。だから――」
イザベラの強い視線がフィリップに向けられた。
「改めて教えてくれないかしら? 魔王と魔界について。フィリップが魔王と友達になったことも含めて」
そのしっかりとした言葉が森の中に響き渡り、フィリップもまた強く頷いた。
「分かった。時間もないから、掻い摘んでの説明になっちまうけど」
「えぇ、それで良いわ」
イザベラが頷き、フィリップが中心となって話し始める。
かつて新しい食材と料理を求めて魔界へ訪れた際、ふとしたキッカケでゼビュラスと出会い、交友を深めたこと。自分が想像していた魔界と、実物の魔界が、全然違っていて驚いたこと。そこでまた、様々な人々と交流を深めていき、フィリップは改めて感じた言葉を述べた。
魔界というのは、単なる『外国』でしかないのだと。多少なりの違いはあれど、基本的に人間界の人々と大差はないのだと。
歴史上、確かに魔界と人間界で戦争が起こっていたこともあった。しかしそれはあくまで昔の話。今は全然違う。悪さをする魔族もいるが、それは人間も同じ。要するに大した違いはない。
フィリップとゼビュラスの話を粗方聞いたイザベラは、小さなため息をついた。
「なるほどね。確かに私も、大魔界都市を探索していて思ったわ。小さな部分を除けば、人間界の王都と殆ど変わらないってね」
確かに魔族特有の禍々しさは目立つが、それだけだった。特に脅威となりそうな部分は感じられなかった。人間国と同じく、人々が平穏に暮らしているようにしか見えなかった。
それが大魔界都市を探索した、イザベラの率直な感想であった。
もしかしたら自分たちのしていることは、単なる侵略なんじゃないかと、宿に戻りながら思っていた。
魔王の配下に声をかけられ、半信半疑ながらに連れてこられたのは、その矢先のことであった。
勇者である自分を油断させているのではないか。そう思ったイザベラだったが、それにしては敵意がなく、むしろ心から純粋に来てほしいと願っているような気がしてならなかった。
自然とその配下についていくことを決めた。殆ど無意識に等しかった。
その選択に不思議と後悔はなかった。むしろ断れば、何か取り返しのつかないことになりそうな、そんな予感がしていたから。
そこで幼なじみが現れるとは、流石に予想すらしていなかったが。
「改めて言わせてもらうけど、ボクは人間界を……世界を支配するなんて、これっぽっちも考えたことなんかないし、全くもって興味もない。あくまで勝手なウワサ話に過ぎないのさ」
重々しい表情で語るゼビュラスに、今度はフィリップが続ける。
「人間界の王様がそう強く思い込んでるか……あるいは、人間界で悪さをした魔族か何かが、何かにつけて、『全ては魔王様の命令でやったことだ』みたいな言い訳で切り抜けようとしていたとかな」
「あぁ、うん。それは実際に何回かあったよ」
ゼビュラスがため息交じりに苦笑すると、フィリップもだろうなと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「だとしたら、やっぱり人間も、魔族とそんなに変わらないと言えるだろうな。勝手な理由で魔族を倒し、『王様がそう言ったから』っていう冒険者も多い。実際俺も旅している間、どっかしらでそーゆーの見てきたからな」
「まぁ、人間界の王様の場合、あながち的外れとも言い切れないから、微妙ではあるんだけどね」
フィリップの言葉にイザベラが苦笑しながら言う。
「うん。ひとまず魔王……いや、ゼビュラスだっけ? アンタが悪いことを企んでないというのは信じるわ。少なくとも今の話に、ウソはないって思うからね」
「ありがとう。そう認識してくれて嬉しいよ」
ゼビュラスがイザベラに笑顔を向ける。思わずイザベラは呆気に取られた。
その笑顔は裏表のない、本当に純粋なモノのように感じた。とても世界を支配しようとしている人物とは思えない。やはり魔王が邪悪な存在だという話は、根も葉もないウワサ話でしかなかったのだろうか。
そう考えるイザベラをよそに、フィリップは手のひらをパンパンと叩きながら、その場にいる者たちの視線を向けさせる。
「さて、イザベラが理解してくれたところで、ここからが本題だ。俺としては、どうにかしてゼビュラスを助けたいと思ってるんだが、反対はないか?」
そう言ってフィリップは、イザベラ一人に視線を向ける。イザベラは目を閉じながら肩をすくめた。
「今のところは、ね。もう少し様子を見て判断したいところだけど」
「あぁ、その返事だけで十分だ」
フィリップは満足そうに頷き、そして改めて話を切り出した。
「もうイザベラたちが大魔界都市に入っちまった以上、ゼビュラスとの戦いは避けられない。そしてイザベラたちの実力は確か。ゼビュラスも同じくだ。もし両者がまともに激突すれば、魔王城が崩壊してもおかしくない……と、俺は思っているんだが、どう思う?」
フィリップの問いかけに、イザベラとゼビュラスは顔を見合わせ、そして頷く。
「概ね当たっていると思うわ」
「うん。ボクも同感」
力の強い者同士が激突すれば、その余波も凄まじいことになるのは明白。そこはイザベラもゼビュラスも、既に想像していたことではあった。
対するフィリップは、その返答を待ってましたと言わんばかりに、ニヤリとした笑みを浮かべる。
「だとしたら……一つだけイケそうな手があるかもしれないぞ?」
その言葉を聞いたイザベラとゼビュラスは、ゴクリと唾を飲み込むのだった。