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第六話 フィリップの圧倒的な実力



「さーて、いよいよドラゴンの本拠地に乗り込みだな」


 休憩を済ませ、フィリップが立ち上がりながら、山の頂上を見上げる。

 少し雲は出ているが良く晴れているほうだ。登っていくにつれて、多少なり天気が変わったとしても、それほどキツイ登山にはならないだろう。野生の魔物が飛び出してきても、問題なく対処できる。そうフィリップは思っていた。

 もっとも油断が禁物であることに変わりはない。ドラゴンが山頂でジッとしている保証など、どこにもないのだ。

 もしかしたら途中で、いきなり上空から襲い掛かってくる可能性もある。ドラゴンの特徴からして、どうしても羽ばたきや咆哮などの音が目立ち、気配を消して近づいてくる可能性が殆どゼロというのが、せめてもの救いだと言えるだろうか。

 三人とも冒険者としての経験は、年単位で積み重ねている。ドラゴンの討伐経験があるのは、とても大きいと言えていた。

 おまけに今回挑むドラゴンは、数多くいるドラゴンの中でも、比較的大人しいほうに値するため、気を引き締めて挑めば、それほど苦労せずに討伐できるハズ。

 フィリップがそう思う中、クリスティーナが歩いてきた。


「今しがたイザベラから聞いたんだが、ドラゴンの肉以外の素材を、殆ど私に譲ってくれるというのは本当か?」

「あぁ。なんだったら全部くれてやっても良いけど……」

「いやいや、流石にそれは申し訳が立たないよ。フィリップ殿たちにも生計を立てる必要があるだろう?」

「勿論さ。そのためにこうして、ドラゴンの肉を手に入れようとしてるんだから」

「あ、あぁ、そうだったな……」


 ついつい冒険者としての基準で考えてしまったクリスティーナだったが、改めて考え方の違いに気づかされる。

 冒険者としての知識はあれど、フィリップはあくまで料理人。となれば当然、収入ルートも変わってくる。魔物狩りで得た素材を、ギルドに納品ないし売却することで稼ぐのではなく、食材で作った料理を提供することで稼いでいるのだ。

 例えばドラゴンで言えば、角や大きな鱗は素材として高値が付く。しかし食材にはならない。それ以上にフィリップからすれば、剥ぎ取れる大量の肉にこそ絶対的な価値があると、要はそういうことなのだ。

 冒険者であるクリスティーナと、料理人であるフィリップとイザベラ。立ち位置が違えば、価値観の違いが出てくるのは仕方がない。そのことを分かっているようで分かっていなかったのかもしれないと、クリスティーナは思った。


「ならお言葉に甘えて、受け取れるだけ受け取らせてもらうよ」

「あぁ、是非ともそうしてくれ」


 フィリップがニカッと笑い、話の一つがまとまった。ここでクリスティーナは、ドラゴンとの戦いについて話を切り替える。


「ところで、戦法はどうする? 戦うにも色々な手があるとは思うが……」

「俺一人で良いよ。いつもそれでやってるし」


 フリップがあっけらかんとした口調で答えると、クリスティーナは数秒ほどポカンと呆け、そして血相を変えた。


「いやいや! 流石にそれは正気かと疑いたくなるぞ! そもそもいつもそれってどういうことなんだ!?」

「ク、クリスティーナ、少し落ち着いて……」


 イザベラが後ろからクリスティーナを羽交い絞めにする形で引き剥がす。


「信じられないだろうけど本当のことなんだよ。私も一回見たけど、凄かったし。それにフィリップが強いのは、さっきので証明されたでしょ?」

「し、しかしだな……」


 納得しきれないクリスティーナに、フィリップは言う。


「無理もない。相手が相手だからな。とにかくダマされたと思ってみてくれよ。そのほうが、言葉で説明するよりも手っ取り早い」

「……分かった。その代わり、少しでも危ないと思ったら助太刀するぞ」

「あぁ」


 どこか自信に満ちた様子でフィリップは頷く。そしてそのまま山頂を目指し、意気揚々と歩き出した。イザベラも疑惑に満ちた表情のクリスティーナを背中から押しつつ、後に続いて歩き出す。

 ドラゴンが傍にいることを警戒してか、野生の魔物も出てこなかった。物静かで不気味さが増していたが、余計な体力を消費しないで済むため、むしろ好都合とも言えていた。

 時折、咆哮がハッキリと聞こえてくる。それだけ近づいていることが分かる。いつどこから出てきてもおかしくない。自然と緊張感も増していた。

 改めて深呼吸しつつ、フィリップたちは進み、そして頂上に辿り着く。

 そこには――


「いるな。緑色のドラゴン……結構デカいぞ」


 ゆっくりと歩きながら周囲の様子を伺うその姿に、フィリップは足を止める。


「うん。毒がないとはいえ、強いことに間違いはないだろうね」


 イザベラが呟いた瞬間、ドラゴンがフィリップたちのことに気づき、視線を合わせながらゆっくりと近づいてきた。

 無意識に身構えるクリスティーナ。しかし――


「そんじゃ、ちぃとばかし行ってくるわ」

「気をつけてね」

「おう」


 フィリップもイザベラも、いつも通りの口調であった。まるで大したことがない用事を済ませに行くと言わんばかりだ。とてもドラゴンを討伐しようとしている姿ではない。

 クリスティーナがそう思った瞬間、フィリップが動き出した。

 長包丁を構えているのは前回と同じだが、今回は一本しか抜いていない。これはどういうことなのか。わざわざ一本で行く理由があるとでも言うのか。


「ガアアアァァァーーーッ!!」


 ドラゴンが凄まじい咆哮とともに炎のブレスを繰り出す。しかしフィリップはそれを難なく躱し、素早く相手の足元に潜り込む。そして自慢の長包丁で、その片足をザックリと切り付けた。


「グギャアッ!?」


 切られた片足から血が噴き出す。ドラゴンの皮膚も鱗も相当固いハズなのに、長包丁はいとも簡単に、その刃を通してしまっていた。

 やはり相当鍛え上げられた代物なのだと、クリスティーナは改めて思う。これが剣ならまだしも、よりによって長包丁であるというのが、彼女に大きな衝撃を与えており、思わず笑みが込み上がってしまっていた。

 ドラゴンはバランスを崩してよろめく。フィリップはその隙を突いて思いっきりジャンプし、前に突き出されたドラゴンの首を狙い――


「はああああぁぁぁーーーっ!!」


 長包丁による一刀両断で、見事綺麗に切り落としてしまうのだった。

 時間にして数秒。まさにあっという間の勝負であった。


「……っと!」


 フィリップが着地すると同時に、ドラゴンの首が地面に落ちる。そして、既に生命活動を終えている巨体も、ゆっくりと地面に倒れていった。

 山頂に吹き付ける強い風が、血なまぐさい臭いをあっという間に吹き飛ばす。

 フィリップがイザベラたちに向かって、笑顔とともにサムズアップすると、イザベラも笑顔で拍手を送るのだった。


「凄いな……まさかこれほどの腕前とは……」


 クリスティーナは驚きを隠せなかった。

 そもそもドラゴンを相手にする際、空を飛ばれることを大前提に戦うモノだ。どれだけ短期決戦に持ち込もうとしたところで、体勢を立て直すべく翼をはばたかせるのは避けられない。

 なのに今回フィリップは、その隙すら与えなかった。足に深手を負わせ、そのままトドメの一撃に繋いだのだ。

 これがもし数秒でも遅ければ、たちまちドラゴンに空を飛ばれ、戦いが長引いていたことは間違いない。まさに最適に最適を重ねた戦いだったと言えるだろう。

 この世には手練れの冒険者は数多くいるが、これほどスムーズにドラゴンを仕留められる者が、果たしてどれだけいることだろうか。

 厳選されて特別に鍛え上げられたパーティであれば、まだ可能性はあるだろう。しかしフィリップのようなソロであれば、数は限られてくると、クリスティーナはそう思えてならない。


「おーい、クリスティーナーっ!」


 フィリップの呼び声が、思考を巡らせていたクリスティーナを我に返させる。


「ドラゴンを解体するからよ。ちょっと手伝ってくれ」

「あ、あぁ、分かった!」


 戸惑いながら返事をするクリスティーナは、ひとまず後で考えようと、気持ちを切り替えて二人の元へ走っていった。



 ◇ ◇ ◇



 ドラゴンの剥ぎ取り作業は順調に進んでいった。切断された首を利用してしっかりと血抜きを行い、解体しつつ肉と素材に分けていく。

 やがて半分以上終え、フィリップがナイフを置いて伸びをした。


「うーん、結構たくさん剥ぎ取れるな、これは」

「損傷も殆どないからね。もしかしたらフィリップぐらいじゃない? こんなに綺麗にドラゴンを倒せるのってさ」

「よせよ、照れるじゃないか。ハハッ!」


 そんなフィリップとイザベラの会話を横で聞いていたクリスティーナは、あながちイザベラの言っていることは間違ってないように思えていた。

 剥ぎ取ったドラゴンの角や鱗も損傷が殆どなく、このままギルドで売れば高値で売れそうだと予測できた。これを見たギルド嬢や周りの冒険者たちが、一体どんなパーティで討伐したんだと問い詰めてくる可能性も含めて。

 とある料理屋の青年が一人で仕留めました。そう言ったところで誰も信じないだろうと、クリスティーナは思う。


(そもそも、これほどの腕を持っているにもかかわらず、どうしてギルドでは彼のことがウワサにすらなっていないんだ?)


 話を聞く限り、彼は普通に旅の途中でギルドにも通っていた。特に生まれつき強い力を持っていたわけでもなく、修行の旅であれこれ身につけたと言っていた。

 ならば自分たちも、旅先でフィリップの話を耳にしていて然るべきだ。あれだけの人脈を作っているのだから尚更だろう。

 大聖堂の法皇や剣王、そして大規模商隊の頭。これらと繋がりを持ちたい冒険者や商人は数多い。そこにどこの馬の骨とも知れない青年が親しくしていれば、どういうことだと疑問視する者が出てくるのは、むしろ当然のことだ。

 ならばそれがウワサ話として流れても何ら不思議ではない。しかしイザベラもクリスティーナも、それらしき話は耳にしたことがなかった。

 これはどういうことだろうか。たまたまタイミングが悪かったのか。

 意図的に伏せられていた可能性も考えてみたが、これはどうにも違う気がしてならなかった。本人たちが隠そうとしていなかったからだ。

 下手に隠そうとしても、ボロが出るだけだと思ったのか、それとも――


(そもそも誰も信じようとしなかったか……十分あり得そうだな。あるいはイザベラの話題が、それをあっという間に塗り替えていったか……)


 むしろ後者のほうが多いかもしれないと、クリスティーナは思った。事あるごとにレイモンドが自分の手柄のように自慢していたため、ある意味広まって当然でもあったのだが。

 そう考えればフィリップの話題が広まらないのも分かる気がした。

 誰だって知らない者より知っている者を話題にするし、そのほうが周囲のウケも良いからだ。 

 特に王都が良い例だろう。勇者を生み出した場所で勇者以外の話題を広めるとは思えない。むしろ率先して握り潰し、無理やり勇者の活躍した話題で人々の視線を根こそぎ向けさせるに違いない。


(もしや王都は既にフィリップの存在を認識して……いや、それはないか)


 仮にそうだとしたら、どうして数ヶ月もの間、二人の新婚生活を放ったらかしていたのだろうか。イザベラを永久に手の内にしたがっている王やレイモンドが、それを見過ごすハズなどないだろう。

 やはり普通にバレていないと考えるのが自然だと、クリスティーナは思った。


(それにしてもフィリップ殿は、一体どのような経緯であそこまでの強さを手に入れたのだろうか?)


 クリスティーナが次に気になるのはそこだった。自分たちが魔王討伐に精を出している間、彼のこの数年間は、一体どのようなモノだったのか。

 もはや想像してもしきれないと思ったクリスティーナは、とりあえずこれだけは認識しておこうと思った。

 フィリップというメシ屋の店主は、決して侮ってはいけない男だと。


「よぉし、大体こんなもんか」


 いつの間にか肉の解体が終わったらしく、フィリップの目の前には、種類別に分けられた肉が並べられていた。

 そしてそれをイザベラが、腕輪型のマジックボックスにどんどん収納していく。

 マジックボックスは魔力を利用した収納スペースで、腕輪や指輪など、様々な型が存在する。その収納量はマジックボックスの質の高さに比例し、イザベラが持っているのはかなり良質のモノであった。

 ちなみにマジックボックスは希少価値が高く、手に入れるのは相当難しい。持っている者は王族ないし貴族、もしくは何かしら大きな繋がりがある名の知れた人物に限られる。

 それほどまでにレアなアイテムを、フィリップとイザベラは至極当たり前のように持っており、なおかつそれを食材の仕入れ用に使っているのだ。

 フィリップたちがメシ屋である以上、確かに普通のことではあるのだが、やはり妙な光景に見えてならない。

 そう思うクリスティーナの手が止まっており、それに気づいたフィリップが素朴な疑問として尋ねた。


「クリスティーナ、素材の整理は終わったのか?」

「あ、あぁ、済まない。もう少しで終わる」

「そっか。ゆっくりでいいぞ」


 フィリップがそう言うと、カバンから地図を取り出して広げた。


「今、俺たちがいるのはここで……近くに港町があるな。行ってみるか?」

「距離的には、村に帰るよりも近いんだね。良いんじゃない? ちょうどギルドもあるから、素材もお金にできそうだし」

「だな。折角だから、豪華なレストランで晩メシってのはどうよ?」

「いいねぇ♪ クリスティーナもそれで良いかな?」


 イザベラの問いにクリスティーナは嬉しそうに頷いた。


「むしろありがたい話だ。イザベラ。この素材も、そのマジックボックスに入れさせてもらっていいか?」

「いいよ、どんどん入れちゃって」


 許可をもらったクリスティーナは、イザベラのマジックボックスに素材をどんどん入れていく。山積み状態だった肉と素材は全て収納され、ドラゴンの残骸だけが頂上の奥に寄せられている状態となった。

 他に収納するモノはないことを確認しつつ、フィリップは立ち上がる。


「うし、じゃあそろそろ行くか。港町は……あっちのほうだな。この距離なら、日が沈むまでには着けるだろう」


 フィリップが地図をカバンにしまい、三人は歩き出す。

 無事にドラゴンを討伐できたおかげか、それとも軽くなった荷物のおかげか、はたまた豪華なレストランにワクワクしているのか。

 山を下りる三人の足取りは、どこか軽くなっているのだった。



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