第三話 実は裏で関わっていたんです
「そうか、お前さんはいつも、イザベラちゃんと一緒にいた嬢ちゃんか」
「ど、どうも、クリスティーナと申します……ハイ」
大規模商隊の頭、アレックスの隣に座らされたクリスティーナは、ガチガチに緊張していた。
数多くある商隊の中でも世界的に幅を広げさせている商隊で、品ぞろえと顧客からの信頼度はピカイチと言われている。大規模商隊に注文してみれば、大抵のモノは仕入れられるという感じなのだ。
もはや世界一の商隊といっても過言ではないくらいの人物が隣に座り、満面の笑みを浮かべながらビールを飲んでいる。一体これはどういう状況なのだろうか。
本日、何度目か分からない混乱が、クリスティーナを襲う。何もかもが予想の斜め上を行き過ぎていて、どう反応したらいいのか全くもって分からない。
そんな状況を察したらしいイザベラが、苦笑気味にクリスティーナの肩にポンと手を置いた。
「そんな緊張しなくても大丈夫だよ。ただのビール好きなオジサンなんだから」
「いやいや、流石にその言い方はないだろう? 私たちも旅の途中で、何度かお世話になったお方だぞ?」
「まぁ、確かにね」
クリスティーナのツッコミに対し、イザベラも小さく笑った。
魔王討伐の旅をしていた際、とある港町で出会って以降、アレックスはイザベラたちに、旅に必要な物資を特別価格で売ってくれるようになったのだ。時には貴重なアイテムを紹介してくれることもあり、イザベラたちの旅を大いに助けてくれた人物の一人なのだった。
当初は自分たちが世界を救うために旅をしている勇者パーティだからだと、そう思っていた。しかしそれは浅はかにも程がある考えだった。
たとえ勇者が相手とはいえ、特別なサービスを無条件でしてくれるハズがない。きっと特別な何かがあったのだと思っていた。
それを踏まえても、サービスとしてはあまりにも破格だった。それこそ申し訳なく思えてしまうくらいに。
魔王討伐が終わった暁には、一度タイミングを見つけて会いに行き、一言お礼とお詫びをしたかった。しかしなかなかその機会に恵まれなかった。
特にこの数ヶ月間においては、失踪したイザベラのことで、完全に頭がいっぱいだった。なんとも情けない話だとクリスティーナは思う。
何はともあれ、ようやく機会が訪れたことも確かであった。
クリスティーナは改めて姿勢を正し、アレックスに向けて深々と頭を下げる。
「アレックス殿、その節は本当にお世話になった。アナタがいなければ、私たちは魔王討伐を成し遂げることはできなかった。心よりお礼申し上げる」
「気にすることはない。冒険者をサポートするのも、商隊としての務めだからな」
そしてやり取りは終わったと言わんばかりに、アレックスは厨房で追加注文されたサラダを調理しているフィリップに視線を向ける。
「ところでマスター。俺はまたしばらくこっちのほうにいるんだが、何か必要なモンがあれば、安く売ってやるぜ?」
「あぁ、ソイツは助かるな。後でリストにまとめるから、よろしく頼むよ。急ぎじゃなくていいんで」
「任せておけ。最速で届けてやるよ」
ニッと笑いながら見上げるアレックスに、フィリップは苦笑する。
「いやいや、アレックスさんも忙しいんだろ?」
「勿論忙しいさ。だからこそ俺はこの店で英気を養いてぇんだよ。何かと理由をつけて、この店に来る機会を増やせるからな」
「そういうことか。まぁ、それはそれで光栄だけど……ほい、追加のサラダね」
「どーも。ついでにビールお代わりな」
「はいよ」
その二人の会話はとても自然だった。まるで長年一緒にいる友達同士のような、少なくとも単なる店主と客という赤の他人同士という感じには見えない。
そう感じたクリスティーナは、イザベラに小声で問いかける。
「あの二人、いつもこんな感じだったりするのか?」
「うん。ここ数年、フィリップの親友として、付き合いも深いからね」
楽しそうに話す二人を見ながら、イザベラが小さく笑った。
「今だから言うけど、あの港町でアレックスさんが私たちに贔屓してくれたのは、何を隠そうフィリップが口添えしてくれたおかげなんだよ」
「なにっ? それはどういうことだ?」
あまりにも寝耳に水な言葉に、クリスティーナは目を見開きながらイザベラのほうを見上げる。
イザベラは少しばかり困ったような表情を浮かべながら、数年前の出来事について話し始めるのだった。
◇ ◇ ◇
数年前――まだイザベラたちが魔王討伐に旅立って日も浅かった頃のこと。
資金は基本的にギルドでクエストをこなし、その報酬金で物資の補給や食事、宿代などを賄っていた。しかしそれは、都合よくギルドがある町や村に辿り着けたらの話であった。
たとえ村や町があっても、そこにギルドがなければ、資金稼ぎはできなくなる。宿屋がちゃんとあるだけまだマシとは言えたが、それが幾度となく続けば、自然と懐も軽くなってくる。
これに村どころか集落すら見つからない時期が続けば、当然ながら背負う荷物も軽くなる。川の水や魔物狩りをして食いつなぐことはできたが、それでも心もとなさを解消することはできなかった。
それだけに、とうとう人がたくさんいる港町に辿り着いた時には、皆揃って歓声を上げたモノであった。
しかしそれもほんの一瞬だけ。すぐに自分たちの境遇に気づかされるのだった。
すぐにでも必要な物資を補給したい。しかし肝心の資金がない。カラッポというワケではなかったが、格安で手に入れることが絶対条件となってしまっていた。
ギルドで高額報酬のクエストを受ける選択肢もあったが、いずれもそれ相応の難易度を誇っており、ちょっと行ってすぐ帰ってこれるモノはなかった。そしてすぐにこなせそうなクエストは、殆どが初心者用のモノばかりで、当然ながら報酬金も少なかった。
イザベラたちは話し合った結果、難易度の優しいクエストを回して、必要最低限の物資補給分、コツコツ貯めることに決まった。
仲間の一人であるレイモンドが、率先してクエストを受けに行ったため、自然とイザベラとクリスティーナが、物資の調達場所を見つける役目を担うのだった。
「広い町だからね。二手に分かれて探しましょう」
イザベラがそう提案し、クリスティーナと別れて探すも、雑貨屋や道具屋など、物資を補給できそうな店では、どれも高めの値段が付けられていた。
魔物の活発化により物資の仕入れが困難となった。そのために店側も、高い値段を付けざるを得なくなったとのことであった。
その代わりイザベラは、ちょうど港に商隊が来ているという情報を得た。世界各地を回って商売しているため、必要な物資も手に入りやすいだろう、という言葉にイザベラは食いつく。
早速港へ向かってみると、まさに出発寸前らしく、船に荷物を積み込んでいる真っ最中であった。
しかしイザベラは、ここで一つの不安を覚える。
物資を安く譲ってほしいという願いを、果たして商隊の人たちは聞いてくれるのだろうか。普通に考えれば難色を示されるだろうとイザベラは思った。
ただ買うだけならまだしも、他のメンバーの都合上、もう少し停泊を伸ばしてくれというワガママな願いも言う必要が出てくる。もし自分がそれを言われたら、無視して出発するだろうなと肩を落とした。
(私が勇者だっていえば、まだ可能性はあるんだろうけど……)
考えた瞬間、イザベラの足が止まる。やはりこの手は使いたくなかった。肩書きを利用した特別扱いは、どうにも好きじゃないのだ。
ここにレイモンドがいなくて良かったと、イザベラは心の底から安堵する。
彼は王子、つまり王族という偉い立場に生まれた人間だ。周囲から特別扱いされることは慣れており、されて当然だという節も所々で見られている。
もっとも身分の違いをしっかりさせる上では、ある程度仕方がないとも言える。王族が平民にペコペコ頭を下げる、傍から見て情けなく思えるのは当然。そうならないために堂々と胸を張る必要があることを考えれば、少なからず頷ける部分もあるというモノだ。
だからと言って、立場の利用のやりすぎは良くないとも思っていた。
旅立ち直後、レイモンドは勇者や王子という肩書きを最大限に見せびらかし、高額な物資を無理やり安く手に入れてくるのが当たり前だった。
当然、イザベラもクリスティーナも難色を示した。しかしレイモンドは、勇者ならこれぐらいは当然のことだ。もっと自分を見習ったほうが良いと、あくまで自分が正しいという考えを変えることはなかった。
とある機会でイザベラがレイモンドをお仕置きした結果、少しは鳴りを潜めるようにはなったが、まだまだちゃんとした改善には至っていないのだった。
(あー、でもこれを逃すのも惜しいよねぇ……どうしたもんかなぁ?)
どんどん船に荷物が積み込まれていく様子に、イザベラがため息をつく。
これがレイモンドであれば、すかさず言い放っただろう。
自分たちは、魔王を討伐するために旅をしている勇者一行だ。アナタがたの協力があれば、世界を平和という名の光で明るくできる時間が早まることだろう。そのためにもいくつかの物資を譲ってほしい。これも全ては世のため人のため、そしてなにより国のためなのだ――と。
そこまで想像したイザベラは、恥ずかしさで顔が熱くなってきた。
大声でさも周囲に聞こえさせんばかりに、酔いしれているかのような口調で演説しているレイモンドの姿が、ありありと想像できてしまう。
やっぱりいなくて良かったと、イザベラが心の底から思った、その時だった。
「あれ? もしかしてイザベラか?」
突如かけられた声に振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。商隊の物資の木箱を持ちながら歩いてくるその姿に、イザベラは驚きを隠せなかった。
てっきり故郷で料理の修行でもしているのだろうと思っていたその青年が、まさかこんなところでバッタリ再会できるなんて、と。
「フィリップ……だよね?」
「おう。なんかすっごい久しぶりだな。元気そうじゃないか」
特にこれと言って驚く様子もなく、フィリップはニカッと嬉しそうに笑った。
まさかの再会にしばらく声が出なかったイザベラだったが、やがてどうにか落ち着いて話せるようになった。
フィリップは船に乗せてもらう代わりに、商隊の仕事を手伝っていた。
食事処――フィリップ曰くメシ屋の開業のため、彼は世界中を旅している最中であり、たまたま商隊の頭アレックスと出会ったことを話す。
アレックスの傍にいれば、世界中の物資をこの目で見れる。メシ屋を営むための良いヒントになると、フィリップは思ったのだった。
更にイザベラも、現在の自分たちの状況をフィリップに打ち明ける。
ほんの世間話のつもりだったのだが、フィリップがそれを聞いた瞬間、大変だったんだなと心配していた。
そして――
「分かった。ちょっとアレックスさんと話してみよう」
「え?」
急に歩を速めるフィリップに、イザベラは慌てて追いかけ出す。そして積み込みのチェックをしていたアレックスに近づいていった。
「アレックスさん」
「ん? おう、戻ったかフィリップ……そちらの嬢ちゃんは?」
「実はそのことで、ちょっと相談したいことがあって……」
フィリップはイザベラが物資を調達したがっていることを話した。彼女の裏事情も掻い摘んで説明し、自分に免じてどうか要望を聞いてほしいと頼み込む。
それを聞いたアレックスは、数秒ほど考え、そして言った。
「なるほど、ソイツは大変だったな。よし分かった。いくつか安く譲ってやるよ。お前ら、出発を少し遅らせる。他のヤツらにもそう伝えろ!」
『ウッス!』
アレックスの掛け声に部下の男たちの返事が響き渡る。あまりにもアッサリと話に決着がつき、イザベラは呆然とするのだった。
◇ ◇ ◇
「そうだったのか。あの港町での仕入れの裏に、そんなことがあったとは……」
イザベラの話を聞き終わったクリスティーナは、深く息を吐いた。
「全く、フィリップ殿の人脈には、感心させられてしまうな。かの有名な大規模商隊の頭と友人関係とは……」
「俺は別にそこまで言われるような人間じゃねぇよ。ここにいる他の連中のほうがよっぽどすげぇさ」
「え?」
クリスティーナが首を傾げると、アレックスはニヤリと笑いながら初老の男性に視線を向けた。
「そろそろ、そのフードをとっても良いんじゃねぇのか、オッサンよ?」
「……まぁ別に良いがな」
男性がローブのフードを取った瞬間、クリスティーナの表情が驚きに包まれる。
「ア、アナタは……大聖堂の法皇様?」
「いかにも。ちなみにそこで美味そうにビールを飲んでおる男だが……」
「あぁ、確かヴェルマンダと呼ばれ……って、まさか!?」
クリスティーナが勢いよく立ち上がりながら振り向くと、ちょうどビールを飲み終わった青年が、少しばかり赤くなった顔でニッと笑い出した。
「どーも。ギルドで冒険者しているヴェルマンダでっす。これでもちぃとばかし有名だとは思ってるんだがね?」
「あぁ、高ランクで世間からは『剣王』と呼ばれているアナタのことは、私もよく知っているさ」
「ソイツは光栄だ」
自己紹介も終わったと言わんばかりに、ヴェルマンダは立ち上がる。
「女将さん。勘定頼む」
「はい。ありがとうございます♪」
ヴェルマンダがイザベラに代金を支払う傍らで、法皇もフィリップに言った。
「マスターよ。そろそろシメのお茶漬けを用意してくれるかね?」
「こっちにも作ってくれ。ワサビたっぷりでな」
「はいよ。クリスティーナはどうする?」
「あ、じゃ、じゃあ私にも……あと、ワサビは入れないでもらえるか?」
それを聞いたフィリップは、小さく笑いながら「はいよ」と言って、早速調理に取り掛かる。
程なくして「ご馳走さま」という声が引き戸を開ける音とともに聞こえ、それと同時に三人分のお茶漬けがカウンターに置かれた。
法皇とアレックスが、美味しそうに笑みを浮かべながらお茶漬けをかき込む。その隣でクリスティーナはスプーンを使い、少しずつ息を吹きかけて冷ましながら口に含んでいく。
ゆっくりと噛み締めて味わいながら、チラリと視線だけで、イザベラとフィリップの顔を覗き見た。
(もしかしなくてもイザベラは、とんでもない男を旦那にしたんじゃないのか?)
心の中で呟きながら、クリスティーナは程よい塩気とよく漬けられた梅干しの酸っぱさを堪能するのだった。
次回は明日の0時~1時あたりに更新する予定です。
以後、1日1話ずつの連日更新としていきます。