第二十三話 古典的な自爆
倒れているレイモンドを怒鳴りつける王に対し、フィリップが後ろ頭をボリボリと掻きながら訪ねた。
「とどのつまり、アンタは世界征服でもしたかったってことか?」
「バカなことを言うな。王であるワシがそんなことを考えるワケがないだろう」
至極当たり前だと言わんばかりに言い切り、王は胸を張りながら振り返る。
「ワシが目指していたのは……魔界を人間界へと作り変えることだ!」
その言葉に、フィリップもイザベラも反応が出来なかった。
言っていること自体は確かに分かるのだが、なるほどという言葉も出てこない。むしろフィリップからすれば、言いたいことは一つだけであった。
「……結局のところ、世界征服するのと一緒じゃないか? この世界には、魔界と人間界の二種類しかないんだからさ」
「うん……結局一つにするって意味では、そういうことになるよね」
フィリップの言葉に続き、イザベラも頷きながら言う。すると王は、明らかに見下さんとばかりに深いため息をついた。
「やはり所詮は庶民……教育が行き届いていないから困ったモノだな」
やれやれと首を左右に振る王の姿に、フィリップとイザベラは少しばかり苛立ちを募らせる。しかし激情するほどのモノでもなかったため、とりあえずここは黙って様子を見ることにした。
結果、何も言い返してこない状態となり、王は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべてくる。
「いいだろう。このワシの考えを、特別に話してやろうじゃないか」
そして王は実に気持ち良さげな表情を浮かべ、フィリップたちに語り出した。
全ては数年前、魔王が代替わりしたところから始まった。
先代の魔王が病気になったことから、レイモンドと同年代の息子が後を継いだ。そのことを知った王はこう思った。
あんな若造なんかに、魔界というデカい国を治めることなど不可能だと。
しかしその意見自体は、他でも言われていたことであった。大陸の広さを使いこなせないばかりか、ムダに人や作物を潰し、やがては荒れ果てた国と化するのではないかと。
広大な大陸を滅ぼさないために、王は立ち上がることにした。
魔界と人間界の国境がなくなれば、今まで以上に国々の交流もしやすくなる。あの広大な土地を有効活用できる手段も増やせるだろうと。
「要するにワシは、あの魔界を救おうとしておったのだよ。十年以上かけて計画を練り上げ、遂に勇者たちが、見事にそれを成し遂げてくれた」
両手を広げて目を閉じ、周囲をゆっくりと歩き回りながら王は語る。まるで舞台に立っている演者みたいだと思いながら、フィリップは見ていた。
「いかにも頭の悪そうなお前でも分かっただろう? これで元魔界も人間界も全てが幸せになれるということなのだ。なのに何故ワシがこうして責められなければならんのだ? むしろ称えられて然るべきだとは思わんかね?」
王は目を開き、フィリップに向かって尋ねる。ようやく演説が終わったかと、内心で小さなため息をつきながら、フィリップは顔をしかめて言う。
「それだったら魔王と話でもすればよかったじゃないか。何も討伐する必要なんてなかっただろうに」
その言葉を聞いた王は、怪訝な顔を見せる。まだ分からないのかと問いかけているようであったが、フィリップはそんな王の態度をスルーしつつ、話を続けた。
「俺からすれば、今の話は全部建前にしか聞こえない。本当は何か、もっと別の理由があったんじゃないのか? 例えば……」
フィリップは倒れて気絶しているレイモンドを見下ろした。
「祝福を受けていないレイモンドに、王となる資格を与えるため……とかな?」
その瞬間、王の背筋が震えた。何故そこに気づいたんだと言わんばかりに。
イザベラもそこは全く予想していなかったらしく、驚いていた。
「ねぇ、それってどういう……」
「おいキサマ、何故そのことを知っておる!? レイモンドが本当は側室から生まれた子であるというのは、ワシと限られた者しか知らんハズだぞ!!」
その王の言葉に、フィリップはニヤリと笑みを浮かべる。
「いきなり自爆かよ? 俺は『祝福を受けていない』としか言ってないぜ?」
「しらばっくれるでないわ! そもそも祝福は、正室の子のみに執り行われる神聖なる儀式なのだぞ!」
「それぐらい俺も聞いた話で知ってるよ。生まれた直後に、大聖堂の法皇様が直々に顔を合わせ、体のどっかに証を刻み込むんだろ? あくまで跡継ぎである正室の子だけで、跡継ぎでない側室の子は、基本的に対象外みたいだけど」
淡々と語るフィリップに対し、王は感心するかのように頷く。
「少しは知識を持ち合わせているようだな。概ね正解だと言っておこう」
「そりゃどーも」
フィリップが苦笑したところに、イザベラが口を挟む。
「でも、だったら尚更ヘンだよ。だってレイモンドは正室の子として……」
「もっともな疑問だが、別にあり得なくもないだろ。落ち着いてからコッソリ赤ん坊を取り換える。王様ならいくらでもチャンスはあっただろうさ」
「そんな……酷い」
イザベラは信じられないと言わんばかりに顔を歪ませる。
事実、正気の沙汰とは思えなかった。
確かに王家ともなれば、様々な事情により、そうせざるを得なかったという事例も出てくるだろう。話し合いを重ね、同意した結果であれば尚更である。
しかしこの場合は頷けない。まだ可能性の域を出ていないが、王が勝手に赤子を取り換えたということともなれば、人の道を踏み外しているとしか思えない。
「あとこれも、大聖堂へ行ったときに聞いた話なんだが……祝福の証を持たない王族の子は、たとえ正室の子だろうと、後を継ぐことは許されないらしいな」
フィリップが記憶を手繰り寄せながら、レイモンドを見下ろす。
「オマケにその祝福ってのは、大聖堂の法皇様が直々にやるワケだから……」
「誤魔化すこともできない?」
「そゆこと」
イザベラの問いかけに、フィリップは肩をすくめながら小さく笑みを浮かべる。
「まぁ、多少なり例外はあるんだろうが、少なくともレイモンドに、新しく祝福の証を付けることはできなかった。既に正室の子の祝福を終えた後だったから。しかしアンタは、レイモンドを正室の子として……言い換えれば、ソイツを正式な後継ぎとして育てたかった」
淡々と語るフィリップに、イザベラは戸惑いながら見上げる。
「でも、一体どうしてそんな……」
「さーな。そもそも証拠なんてないから、見当違いって可能性もあるだろうさ」
フィリップからすれば、今の話は推論に推論を重ねただけに過ぎない。せいぜい的を得ているというのが関の山だと思っていた。
しかし――
「ハッハッハッ! 驚いたな。見当違いどころか、概ね正解だよ!」
愉快そうに笑う王に、フィリップは目を見開いた。
「……えらくアッサリ認めるんだな。てっきり誤魔化してくるかと思ったよ」
「フン、どのみちお前たちがここから逃げ出すなど不可能だ。ならば最後に全てを教えてやろうと思ってな」
そして王は、空を仰ぎながら語り出した。
「もう二十四年前になるのか。月日が流れるのは早いモノだな……」
当時、王の側室との間に生まれたレイモンドは、溢れんばかりの才能を持って生まれてきたことが分かった。同じ頃に生まれた正室の子と比べても、その差は圧倒的に凄かった。
レイモンドこそが、王家の跡継ぎとしてこの上なく相応しい。そう思った王は、赤子を取り換えることに決めた。才能溢れる側室の子のレイモンドを、正室の子として扱うことにしたのだ。
これは、正室の子とレイモンドを育てていた乳母を含め、ごくわずかな者しか知らせていない。実際に生んだ正室と側室本人にすら秘密にしていたのだった。
「……よくバレずに済んだな。自分の産んだ子って、母親ならば、何かしら感づくモノがあるって聞いたことあるけど……」
疑問を呈するフィリップに、王も首を縦に振る。
「ワシもそう思っておった。しかし幸か不幸か、その直後に流行り病が訪れてな。出産で体力が低下していた正室も側室も、その病に侵され、回復の見込みなく天に召されていった」
「あー、なるほどね」
色々と納得しきれない部分は多かったが、ひとまず疑問は解消されたため、フィリップはとりあえず頷いておいた。
今は王の話を聞くことに集中したほうが良いと思っていたからだ。
「話を続けよう。レイモンドを正当なる跡取りにするにあたり、一つ大きな問題が生じた」
「祝福の証が付いてないことだろ?」
「そのとおりだ」
フィリップの問いかけに、王は強く頷いた。
本来、レイモンドは側室の子であるため、祝福の証は付けられていない。しかし王位を授けるには、祝福の証が必要。このままではレイモンドに、王位を授けることができない問題が生じてしまったのだ。
そんな時、実に興味深いニュースが、王の耳に飛び込んできた。
魔界の王が病気をこじらせ、もう長くないというのだ。
王は過去の歴史で、一つ思い出したことがあった。そして古い文献を調べてみた結果、確かに記されていたのだ。
はるか昔、勇者と人間界の王子が、当時悪の心に支配されていた魔界の王――魔王を討伐したと。
その王子は元々、王位継承を持っていなかったが、その栄光ある成果が称えられたことにより、勇者とともに王位を継ぎ、人間界を繁栄させていったことも。
文献を読みながら、王は密かに決意した。
この栄光ある歴史を再現しよう。そしてこの輝かしい成果ならば、レイモンドに王位を継がせられるほどの、栄光ある証となってくれると。
それから、王の長年に渡る計画が始まった。
勇者の子孫であるイザベラを見つけ、王都へ呼び込み、レイモンドと会わせた。そしてともに修行をさせ、後に魔王討伐の旅に出発させた。
この魔王討伐の旅を成り立たせるべく、王は裏で糸を引いていた。
代替わりした若き魔王が、その若さゆえに粋がって、世界征服を企んでいるというウワサを流したのだ。そして立場を持つ魔族を何人か買収し、そのウワサの信ぴょう性を上げさせていった。
要するにイザベラたちが行った魔王討伐の旅は、殆ど王が仕組んだことだった。
魔界を治める真面目な王様に、世界征服をするというマイナスのイメージを植え付けたのも。魔王の配下の一人が勇者たちに寝返り、大魔界都市へ入るためのアイテムを揃えさせたことも。
人間界で悪さをした魔族たちもまた、王の手によるモノであったことも。
「そして遂に魔王が倒された。全ては思惑どおりだったよ……イザベラが全てを捨てて逃げ出すまではな!」
王は表情を険しくし、ギラついた目でイザベラを睨みつける。
「お前のせいでワシの計画は大幅に狂ってしまった。この世界のために、ワシがどれほど長い年月をかけてきたか、お前は考えたことがないのか!?」
盛大に声を荒げる王に、口を開いたのはフィリップであった。
「よく言うよ。全部アンタの私利私欲でしかないクセにさ。本当は、世界を統一させた王様ってのに、自分がなりたかっただけなんじゃないのか?」
「なに?」
王の視線がイザベラからフィリップに切り替わる。それを見計らい、フィリップは肩をすくめながら続けた。
「そのためにイザベラはおろか、息子であるハズのレイモンドまでもを、使い勝手のいい道具として見てきた。きっと計画が成功したら、すぐに王の座を明け渡すつもりだったんだろう。その後は何があっても、その責任は全て、明け渡したヤツに回ってくる。自分はずっと高みの見物をしながら、まったりと生きる。自分が蒔いたタネですらも、他人事のように笑い飛ばしていく感じでな」
呆れ果てた口調で語るフィリップに、王は鼻で笑う。
「フン! よくもまぁ、そこまでベラベラと思いついて喋れるモノだ」
「そうだよな。いくらなんでも流石にそこまで……」
「概ね正解と言わざるを得んな。庶民にしては思ったよりも頭が回るじゃないか」
笑い飛ばす王に、フィリップは思わずポカンと口を開けてしまう。イザベラも唖然としていた。まさかそこまでアッサリ肯定するとは。
よほど自分の勝利を確信しているのだろう。ここで全てバラしたところで、口封じすれば済む話だと思っているのだ。
その時――王の間の扉が、勢いよく開かれた。
「話は全て聞かせてもらいました。王様……もう言い逃れはできませんよ!」
先陣を切って乗り込んできたのは、クリスティーナであった。元気そうな彼女の姿に、イザベラは笑顔を浮かべる。
「クリスティーナ!」
「心配かけてすまない。彼らが地下牢から助けてくれたんだ」
クリスティーナが振り向いたそこには、ビューとヴェルマンダが立っていた。
やっほーと言わんばかりにヒラヒラと手を振るビューに、フィリップは思わず苦笑を凝らしてしまう。
そこに王が、キョトンとした表情で首を傾げてきた。
「はて……ワシは何か言ったかな?」
「とぼけないでください! 現に今、私たちの魔王討伐の旅が、全てアナタが仕組んだことだと言っていたではありませんか!!」
苛立ちを募らせるクリスティーナの怒声に、王はくだらないと言わんばかりのため息をついた。
「……だから? 別にそれはここだけの話だろう? ワシが言ったという証拠が外に漏れ出るわけでもあるまい」
そんなことも分からんのかと呟きながら、王は肩を大きくすくめた。
「もう勝ちを得たつもり出るのならば、それは大きな間違いというモノだ。ここでワシが兵士たちを使い、お前たちを無法者として黙らせれば、それで全てが丸く収まるだろう」
そして王は、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。
「ワシは世界を救った勇者を持つ王だ。世間がお前たちとワシのどっちを信じるかについては……もはや考える間でもないとは思わんかね?」
要するに自分の勝ちだと、王は遠回しに言っているのだ。それはフィリップたちからしても、よく分かることであった。
そこにヴェルマンダが、フィリップたちの前に出て、王と対峙する形を取る。
「まぁ、確かにアンタの言うことも一理あるな……でも、これならどうだ?」
ヴェルマンダがポケットから、小さな装置を取り出した。同時にビューが閉められている窓へ移動し、大きな両開きの窓を全開にする。
その様子に、王は怪訝そうな表情を浮かべた。
「何をする気だ?」
『何をする気だ?』
その瞬間、王は目を見開いた。外からスピーカーを通すような感じで、自分の声が聞こえてきたからだ。
外とフィリップたちを交互に見ながら戸惑う王に、ヴェルマンダはニヤリとした笑みを浮かべた。
「ぜーんぶ筒抜けだったんだよ。特性の魔法具によって、アンタが話した内容は、全て国民たちの耳に届いていたってことさ!」
その魔法具は、ビューが用意したモノであった。魔力量次第で出せる音の量と質も変わってくる代物で、膨大な魔力を持つビューであれば、王都の外まで避難している者たちまで声を届かせるのは、大して難しい話ではなかった。
加えて、王の間は窓を含め、全体が防音性に優れていることにも救われた。もしそれがなければ、この作戦はすぐにでも瓦解していただろう。
ちなみに、防音性が優れているのは、あくまで王の間だけであった。地下牢を含むその他の場所は対象外であった。
つまり、ヴェルマンダが地下牢でクリスティーナを開放している間にも、王の演説はしっかりと聞こえていたのである。
魔王討伐の真相。正室と側室の子を入れ替えた事実。その全てが明かされた。それも他ならぬ王自身の言葉によって。
顔面蒼白となる王様を見ながら、フィリップは呟くように言った。
「正直、ここまで古典的な自爆は始めて見たぞ」
「確かに……」
イザベラは苦笑しながら、崩れ落ちる王を見下ろすのだった。