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第二十二話 フィリップVSレイモンド



「まぁ、確かになぁ……そう思われても仕方ないっちゃ仕方ないか」


 レイモンドから悪党呼ばわりされたフィリップは、思わず苦笑してしまう。


「けどこっちにも事情ってもんがあるんでね。引き下がるわけにはいかないな」

「フン! 飛んで火にいる夏の虫とは、よく言ったモノだ」


 フィリップが言い終わったと同時にレイモンドが口を開いた。もはや相手の言うことなどお構いなしなのだろう。少なくともフィリップにはそう思えていた。


「キサマがどんなセコイ手を使ってこようが、所詮はつまらぬ悪あがきに過ぎん。この宝剣で、キサマをそのナマクラ刃ごと打ち砕いてやる!」


 レイモンドの目がギラリと光る。そしてニヤリと浮かべるドス黒い笑顔。宝剣は確かに煌びやかなハズなのに、それすらも闇に見える。

 まるで悪魔だった。己の欲望に溺れ、絶対的な力に飲み込まれた、哀れな悪魔。

 どこかで道を間違えたが故なのか、それとも環境が作り出してしまったのか。

 彼の裏事情をそれなりに知る者として、頭ごなしに否定しきれないモノはある。しかし今は、ひとまずそのことを忘れようとフィリップは思った。


「打ち砕かれるのはテメェだよ。その立派な剣も、勝手な妄想も、何もかもな!」


 フィリップが目を細め、レイモンドを射貫くかのように睨みつける。その視線は周囲の空気すらも巻き込んでいった。

 イザベラは背筋を震わせ、王も一筋の冷や汗が頬を伝う。しかしレイモンドは、わずか一瞬だけ宝剣を持つ手を震わせただけで、すぐに不敵な笑みを浮かべ、逆に睨み返す。

 二人の視線のぶつかり合いが、更に空気をザワつかせる。

 もしこの場に、王とイザベラ以外の観客がいたならば、果たしてどのような反応が見られただろうか。

 ただ無言のまま、互いにジッと睨み続ける。

 一秒一秒がとても長く感じる錯覚の中――遂に二人は動き出す。

 地を蹴る音と同時に、刃のぶつかり合う音が響き渡る。その瞬間、凄まじい波動が吹きすさぶ。誰も声は出ない。聞こえるのは、刃の小刻みに揺れる音だけ。


「な……!」


 目を見開くイザベラの口から声が漏れ出る。もはや呼吸をすることさえ忘れそうになっていた。

 キィンという音が響くと同時に、二人はそれぞれ後方へ飛び、距離を置く。そして再び即座に動き出し、お互いの刃を交えさせる。

 お互いに声を上げることもない。ただひたすら動き、刃を振るい、そして再び距離を取る。この繰り返しが永久に続くような、そんな感覚にさえ陥られていた。


「フン……少しはやるようだな」

「それはどーも」


 ニヤリと笑うレイモンドに、フィリップはどこまでも冷静なまま返すのだった。



 ◇ ◇ ◇



「聞こえるな……」

「うん、よく聞こえるよ」


 ヴェルマンダとビューは、王の間の扉の前にいた。中から聞こえてくる刃と刃のぶつかり合う音が、彼らの精神を――魂そのものを揺さぶらせる。

 周囲を見渡す限り、兵士たちの姿はない。二人が倒したか、武器を捨てて逃げ出したかのどちらかである。

 つまり、あと残っているのは黒幕である王とレイモンドの二人だけであり、このまま乗り込んでフィリップに加勢すれば、決着がつく時間も早くはなる。

 それは確かなのだが――


「今、乗り込んだところで、邪魔になるだけだと思うんだよねぇ」

「空気読めよって言われそうだよな」


 ビューの意見に、ヴェルマンダが苦笑しながら頷いた。

 片や元魔王、片や剣王の二人だけあって、多少無意味に乗り込んでも、無様にやられるような想像はなかった。

 むしろフィリップやイザベラから、冷たい視線を受けるほうが怖かった。

 あの二人を怒らせたらどれほど恐ろしいことになるか。仮に自分たちの実力で事なきを得たとしても、あくまでその場しのぎにしかならない。

 自分たちには持ち前の戦う力しかないが、フィリップには戦う力以外にも、絶対的とも言えるほどの力を持っている。それを出されたら勝てる自信が二人には全くなかった。


「メシ屋で限定メニューとか食わせてくれなくなるのだけは……正直避けたい」

「賄いごはんが寂しくなるのだけは絶対嫌だね」


 一致していないようで、どこか一致している意見に、ヴェルマンダとビューは、そうだよねと言わんばかりに強く頷く。

 どんなに強い力を持っていても、所詮全てが支えられているモノである。それを二人はいつの間にか、よく理解しているのだった。


「しかしなぁ、こんなところでボケッとしてるのも……ん?」


 ヴェルマンダが呟いていたその時、何かを思いついたような反応を見せた。


「ビュー。アンタ確か、魔力を操るのって得意だよな?」

「それなりにね」

「なら、こーゆーこともできたりしないか?」


 ヴェルマンダが思い浮かべていることを話してみる。するとビューは俯きながらしばし考え、そしてどこか戸惑い気味に言った。


「……そりゃまぁ、できなくもないけど……随分と思い切ったこと考えるね」

「あの真っ黒な王様が相手なんだ。むしろ徹底的に潰して然るべきだろ。あの妄想大好きな王子様も同じくだ」


 吐き捨てるように、キッパリと言い切るヴェルマンダに、ビューは苦笑する。


「同意見ではあるけど、間違いなくこの国そのものが潰れるよ?」

「あぁ。そうなったら恐らく……いや、間違いなく俺も巻き込まれるだろうな。けどそれも覚悟の上さ。フィリップのダンナのためなら、安いもんだよ」


 そうは言いながらも、こうして王宮の奥まで乗り込んでいる時点で、既に後戻りなんざできるわけがないと、ヴェルマンダは思っていた。

 むしろ自分の提案が通ったことに驚いており、余計な手間をかけずに済みそうなことを幸運にすら思っているほどであった。


「それにアレだ。遅かれ早かれ、化けの皮が剥がれることは確かだ。俺たちが黙っていても、兵士たちの何人かは黙っていないだろ」


 ヴェルマンダがそう言うと、ビューもここへ来るまでの道のりを思い出しながら頷いた。


「そうだねぇ。あからさまに不本意丸出しで戦ってるのもいたし」


 ビューは魔法を打ち込みながらも、兵士たちの表情はしっかり観察していた。

 王に忠誠を誓っている者。王都の未来を想う者。負けてたまるかという、戦いに執着する者。そして、自分はどうして戦っているんだという、疑問を持つ者。

 表情や態度、立ち振る舞い方からして、それぞれ大きな違いが見えた。

 魔王を務めていたときには見られなかった光景だと、ビューは密かに興味深さを覚えていたのだ。大勢の者が頭を下げることなく立ち向かってくる姿は、魔界にいたときはあり得なかったことだから。


(……と、今は別にそんなことはどうでもいいか)


 ついつい余計なことを考えてしまったと反省しつつ、ビューは笑顔で頷いた。


「じゃあお望みに応えようか。ちょうど良さげなモノを用意してるし」


 ビューはズボンのポケットの中から、ある装置を取り出した。流石に一目見ただけでは分からず、ヴェルマンダが装置を指さしながらビューに尋ねる。


「それは?」

「使ってみてのお楽しみ、ってね♪」


 ヴェルマンダの問いかけに、ビューが弾むような口調でニンマリと笑う。

 何が起こってもおかしくないほどの怪しげな笑みに、ヴェルマンダは戦慄と不安を覚えるのだった。



 ◇ ◇ ◇



「はぁ、はぁ……」


 レイモンドの荒い息遣いが王の間に響き渡る。玉座に座る王は、驚愕の表情を浮かべていた。まるで今にも立ち上がらんとばかりに、前のめりとなりながら。

 信じられないのだ。勇者と肩を並べるくらいの実力を持つレイモンドが、どこの馬の骨とも知れない料理人に追い込まれているという事実が。

 あれほど力強く構えていた宝剣が、すっかり垂れ下がっている姿も。動くのもやっとだと言わんばかりに、足がガクガクと揺れている姿も。全てはレイモンドがそう見せかけているのだと思いたかった。何かの間違いだと思いたかった。


(こんな……こんなバカなことがあるのか?)


 王はここ数分間を振り返る。

 息子が勝利することを確信していた。王家に代々伝わる宝剣を使いこなせるまでに成長した息子が、たかが料理人如きに負けるハズがないと。

 二人が凄まじいぶつかり合いを見せていた際、王は苛立ちを見せていた。

 いつまでそんなヤツに手こずっている。宝剣を扱う者として、さっさと相手の武器ごと叩き切ってしまえ。そんな気持ちが表情に出ていた。

 しかし途中から、王は目を見開き始めた。戦況が一気に変わったのだ。

 レイモンドの動きが鈍くなった。顔から大量の汗が噴き出ていた。それに対し、フィリップは涼しい顔のまま、二本の長包丁を構え、相手の様子を見ていた。

 あれほど二人が激しく動いていたというのに、段々と一人だけが激しく動くようになっていた。立ち向かってくる宝剣を、二本の長包丁が全て受け流す。ムダのない動きに隙が生まれることもなく、むしろ宝剣を振り回す動きに、自然と雑が出始めていた。

 それでも信じていた。いや、認めたくなかったと言ったほうが正しいだろう。

 レイモンドは格下相手に力を押さえているだけなのだ。きっとすぐにでも、その力を開放し、あっという間に賊を仕留めるだろう。

 そんな予想も、儚いモノでしかないことを、王は未だ認められない。

 更に――


「こ、こんなことが、あってたまるか! 俺は……俺は宝剣を持つ王子だ! 魔王を倒した、勇者の……イザベラの夫となる男なんだっ!」


 レイモンドもまた、現実を直視できないでいた。冷静さも完全に失っており、焦りと混乱から、息の乱れも激しくなっている。


「うおおおおおぉぉぉーーーっ!!」


 力を振り絞って強く地を蹴り、レイモンドは宝剣とともに突っ込む。しかしその攻撃もまた、フィリップの長包丁によって、軽々と抑えられてしまうのだった。

 流石にこれ以上は、弱い者イジメも良いところだと思ったフィリップは、レイモンドに提案する。


「そろそろ終わりにしようぜ。これ以上やったところで何も変わらな……」

「う、うるさいっ!!」


 フィリップの言葉を、レイモンドが怒声で遮った。


「ナ、ナマイキなんだよ! 俺は王子だぞ! ゆ、勇者の仲間なんだぞ! そんな俺を追い詰め……追い詰めるだなんて……少しは身の程を……」


 大きく肩で息をしているレイモンドは、もはや完全に言い切るほどの体力さえ残されていなかった。

 そんな彼を、どこまでも冷たい視線でフィリップは見据える。それは威圧感となってレイモンドを震わせ、そして更に冷静さを削り落とす。


「フザざけんな……フザけんじゃねぇぞクズ野郎が! テメェみてぇな権力を持たねぇ庶民が、この俺様に歯向かうんじゃねぇよ! もう後戻りはできねぇぞ。生きて帰れると思うなよ。テメェはこの後、反逆者として処刑されるんだ。そしてイザベラを俺の嫁として迎え入れる。なんだよ完璧じゃねぇか、ハハハハハッ!!」


 レイモンドは虚ろな目で、狂ったかのように笑い声を上げる。もはやそれに恐怖も苛立ちも感じない。イザベラも口をポカンと開け、呆然としている。レイモンドがそれに気づいているかどうかは微妙なところではあるが。

 一方、フィリップはそんな彼を見て、小さくため息をついた。


「……もう聞くに堪えないな……終わらせるぞ」

「あん? 一体何をゴチャゴチャと……」


 その瞬間、フィリップが前に飛び出した。レイモンドが気づいたときには、金属同士がぶつかり合う音とともに、手に持っていたハズの宝剣が、回転しながら宙を舞っていた。

 そして――


「ぐ……!」


 腹部に重い衝撃が発生し、レイモンドは目を見開きながらうめき声を出す。フィリップがみぞおちに拳を叩き込んできたのだ。

 抵抗する術もなく、レイモンドは静かに崩れ落ちる。その直後、宙を舞っていた宝剣が、王の間の床に突き刺さった。


「ま、しばらく寝ておけ」


 長包丁を治めながらフィリップが笑いかけるが、レイモンドはピクピクと痙攣するばかりで、もはや返答する気力もなかった。


「何をしておる! さっさと立ち上がらぬか、このバカ息子が!」


 突如、王からの罵声が聞こえてきた。玉座から立ち上がり、顔は怒りで真っ赤に染まっている。

 フィリップとイザベラが驚きながら見ている中、王は更に叫び続ける。


「十年以上前からの計画を潰すつもりか! 何のために魔王討伐を仕組み、ここまで運んできたと思っておるのだ! ワシを裏切ることなど許さんぞ!」


 王の罵声は、まさに魂の叫びそのものであった。偽りも何もない、心の底からの本音をさらけ出している。それが良く伝わってきていた。

 だからこそフィリップとイザベラは、どう反応したらいいのか分からなかった。怒りも憎しみも、戸惑いすらもどこかへ吹き飛んでしまっていた。

 分かることがあるとすれば、王がとんでもないことを口走っていることぐらいであった。


「なんか知らんけど、本性出ちまった感じだな、こりゃ……」


 とりあえずと言った感じでフィリップが呟くと、イザベラがコクリと頷いた。



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