第二十話 明かされる衝撃の事実
王都から少し離れた平原。そこでは王都から避難してきた人々が集まり、身を寄せ合っていた。
しかし、そこに暗い雰囲気はなかった。
避難する前は怯えていた子供たちも、今ではすっかり元気に走り回っており、親たちに注意されるような、いつもの光景が見られた。
簡易テントでは救護班や生活用品の配布がなされているが、特に列をなしているのは炊き出しであった。食事は人を元気づける。それが証明されたと、誰かが頷きながら呟いた。
「炊き出しは順番に並んでくれ! 大丈夫! ちゃんと人数分はあるからよ!」
商隊の頭であるアレックスの声が響き渡る。エプロンとバンダナを身に付け、自ら率先して汁物を提供したり、メガホンで列の整理をしたりしていた。
実際、その姿はとても似合っており、もしかして前は給仕の仕事をしていたのではないかと、そう思えてしまうほどであった。
それ以上に国民たちは驚いていた。まさか大聖堂の法皇や、剣王と呼ばれる腕利きの冒険者までもが駆けつけてくれるとは。
きっと騒ぎを予感した王様が、国民のためにあらかじめ対策を立ててくださったに違いない。そう信じて笑顔を浮かべる者が多かった。きっとすぐにでも、勇者様と王子様が騒ぎを鎮めてくださるに違いない。そんな願いも含めて。
「良いんですか、法皇様? 王都の人たち、完全に王様が俺たちを呼びよせたんだと勘違いしてますよ?」
大聖堂から護衛で訪れた法皇の部下が、法皇に耳打ちをする。
「本当のことを言ったほうが良いような気もしますがね。遅かれ早かれ、化けの皮が剥がれるっつーのは間違いないワケですし……」
「それは止めておくべきだな」
部下の言葉に、法皇がゆっくりと、それでいて鋭く言い切った。
「ここで下手に演説などしてみろ。余計に混乱させるだけだ。最悪、この平原が戦場と化してしまうぞ」
「す、すみません。自分が早計でした」
「構わん。それよりも炊き出しのほうを手伝ってきなさい。人手が足らんようだ」
「はっ!」
部下が去っていくのを見送りながら、法皇は小さくため息をついた。
(まぁ確かに、暴動の一つや二つは避けられんだろうな……)
思い浮かべたのは、王がしでかした内容について。イザベラのことだけならば、果たしてどれだけ良かったかと思えてしまう。それだけのことを、王はしでかしているのだった。
ここまで拗れているのならば、いっそのこと黙っていたほうが――と、一瞬だけ思ったりもしたが、やはりそれはできなかった。
これが王都だけの問題であるならば、ここまで関わることもなかったのだ。王がどれだけのことをしようと、それは王家だけの責任なのだから。
しかしそこに友人が巻き込まれているとなれば、話は別であった。
堂々と頭を下げ、助けを請うてきた姿を、どうしても無下にはできない。
(ワシの考えも、王のやってきたことと、対して変わらんのだろうな。自分の利益のために、何の罪もない人々を落とそうとしておる。どう正当化させようが、そこが変わることもない)
法皇はひっそりと自虐的な笑みを浮かべるが、引くつもりもなかった。
この件で王都の人々から恨まれる覚悟はできている。今ここで恐れを抱いては、王都で必死に戦っている友人に申し訳が立たない。
これまでもそうだった。例え周囲がどんなことを言おうが、どのような状況下に陥っていようが、常に前を向いて進んできた。そうするしかなかったのだ。
それが、どのような結果になろうとも、決して振り返ることなく。
王も法皇も、そして冒険者も、どれだけ立場の上下は大きかろうが、その中身はさほど変わらないのかもしれない。
ただ一つ言えることは、どんな状況であろうと、常に堂々としていなければならないということだ。それこそが上の立場に君臨する者の責務。例え周囲からどんなことを言われようとも、決して泣き言は許されない。
(……全く、らしくないことを考えてしまったな。ワシはいつから、こんなふうになってしまったことやら……)
法皇は思わずほくそ笑んでしまう。今までだったら、上の立場がどうのこうのと考えることなどなかった。それは今でも変わっていないハズなのに。
(あのメシ屋と接するようになってから、ワシも少し変わったかもしれん。大聖堂よりも居心地が良かったりするから困ったモノだ)
そして、またしても余計なことを考えたかと恥ずかしさを覚える。法皇は小さく咳払いをして、改めて気持ちを切り替えようとしたその時だった。
「ほうおうさまー!」
「おはなしきかせてー!」
「ききたーい!」
小さな子供たちが集まってくる。後ろのほうでは子供たちの親らしき大人が、済みませんと言わんばかりに、申し訳なさそうに頭を下げている。
法皇はそんな親御さんたちに向かって、笑顔で応えた。気にすることはないという気持ちを込めて。
そして法皇は視線を下ろしながら、子供たちに笑いかけた。
「よしよし。じゃあワシと一緒に向こうへ行こう。まずは大聖堂の素晴らしさでも語ってみようかな」
群がる子供たちと移動し始めながら、法皇は王都で戦っている友人たちの無事を祈るのであった。
◇ ◇ ◇
剣が躍る。それに成す術もなく、兵士たちは倒されていく。
キンと音が鳴り響いたとき、その場に立っているのは二人だけであった。
「いやー助かったよ。まさかキミが助太刀に来てくれるなんてね」
軽い口調でビューがその人物に話しかける。
「本当に、どういう風の吹き回しだい……ヴェルマンダ君?」
どこか含みのある笑みを浮かべるビューに対し、話しかけられた助太刀の人物、ヴェルマンダは困ったような反応をしながら目を逸らす。
「どうもこうもねぇさ。フィリップのダンナが困ってるから助けに来た。それだけのことだ」
「うん。それ自体は納得しているよ。従業員として誇りにも思う……けどね?」
ビューはスッと目を細める。
「王家に捨てられた正室の子であるキミが、こうして自ら故郷に足を踏み入れる。流石のボクでもビックリせずにはいられないよ」
「……っ!?」
ヴェルマンダが驚愕とともに目を見開くと、ビューは苦笑する。
「キミだってボクの素性を知らないワケじゃないでしょ? ボクだってそれなりに調べてるし、情報を仕入れるルートだって色々とあるんだから」
「あー……言われてみりゃ、確かにそうか。別に驚くまでもなかったんだな」
ヴェルマンダは悔しそうに頭をガシガシと掻きむしる。
「けど、さっきも言ったように、俺はダンナを助けに来ただけだ。それ以外の意味はねぇよ。過去なんぞに興味があるワケでもねぇしな」
「ふーん。まぁ、それならそれでいいんだけど」
自然と会話が途切れた二人は、そのまま倒れた兵士たちを放ったらかして、王宮へ向かおうとする。
しかし――
「ま、まてっ!」
一人の兵士が力を振り絞り、必死の形相で見上げてきた。
「今の……今の話はどういうことだ? そ、その男が、正室の子だと!?」
「正確には捨てられた、という言葉が付くがな。それが何か?」
メンドくさいなぁと言わんばかりの表情を浮かべるヴェルマンダに、兵士は怒りの表情で叫ぶ。
「デ、デタラメなことを言うな! それ以上の妄言は許さんぞっ!!」
「って言われてもなぁ……」
ヴェルマンダが目を逸らしながら頭を掻きむしる。そこに兵士がなんとか起き上がり、そして思いっきり力を込めて、再びビューたちを睨みつけた。
「ヴェルマンダ様は確かに存在しておられた。しかしそれは側室の子としてだ。しかもお生まれになられてすぐ、不治の病にかかり、そのまま亡くなられ……」
「あー、それ全部、王様の作り話だよ」
「なっ!?」
座り込む体制となった兵士は、ビューの言葉に唖然とする。
「折角だから、ちゃんと話してあげるよ。信じるか否かは任せるけどね」
そしてビューは語り始める。人間界の王家にはびこる、ややこしい事情を。
王と正室との間に生まれたヴェルマンダ。そして同時期に、側室との間にも一人の男の子が生まれた。
生後数日が過ぎた頃、魔導師が二人の赤子の資質を診断した。その結果を見た王は驚愕した。
側室との間に生まれた子のほうが、高い資質を持っていたのである。
そこで王は、ヴェルマンダを側室の子として扱い、側室の子を正室の子とすることに決めたのだった。簡単に言えば、王様が勝手に自分の赤子を取り換え、王様とごくわずかな人物だけの秘密にしたということである。
正室と側室にも、この事実は知らされなかった。流行り病でこの世を去るまで、自身の子が取り変えられていることなど全く気づくこともなく、純粋に人間界の未来を案じて息を引き取った。
ちなみに、正室の子として育てられたのが、現在の王子ということであり――
「レイモンド王子が……」
「そ。彼こそが側室の子だったってワケ」
言葉を絞り出す兵士に、ビューはあっけらかんとした様子で答える。それに対して兵士は、ギリッと歯を鳴らしながら言った。
「そんなこと……信じられるか!」
「どう捉えようがキミたちの勝手だよ。ちなみに言っておくけど、レイモンドが正室の子じゃないってのは、血液型が証明してるからね」
「な! ま、まさかそんな……」
目を見開く兵士に、ビューがクスッと笑顔を浮かべながら人差し指を立てる。
「記録全てを破棄しなかったのは失敗だったね。大聖堂の法皇に協力してもらい、調べてみたらビンゴだったよ。正室の血液型からは、レイモンドの血液型を持つ子は生まれるハズがない。側室の記録までは残ってなかったから、調べようがなかったけど、証明としては十分でしょ?」
確かにどれほど言葉や態度で誤魔化そうと、生まれ持つモノは誤魔化せない。調べようと思えば自分たちも調べることは可能だ。後に王へ報告し、進言すればすぐにでも動くだろう。
冷静になって考えてみれば、分かりやすいウソをつくこと自体がおかしい話だ。
敵だってバカじゃない。自分たちは心身ともに鍛え上げた王宮の兵士だ。敵の話をすぐに信じるほどのお人よしさなど、当の昔に捨てている。それは相手もよく分かっていることだろう。
だからこそ、兵士は大いに戸惑っていた。
相手の言っていることは、本当にウソなのだろうか。それにしてはあまりにも堂々とし過ぎている。まるで紛れもない本当だと言っているかのようだと。
結局、兵士はそれ以上、何も言うことはできなかった。
ビューもヴェルマンダもそう判断したらしく、改めて小さく頷いた。
「ま、とりあえずこんなところか。その後俺は捨てられたらしいが、こうして運よく生きているってワケ。もうこれ以上話すこともねぇかな」
「だね。ボクたちも先を急ごう」
二人は今度こそ走り出し、あっという間に王宮の中へと消えていった。兵士は手を伸ばしかけただけで、止めることはできなかった。
(どうやら追いかけてくる様子はないかな?)
ビューは走りながらそう思った。そしてさっきヴェルマンダと二人で話していたことを思い出し、思わず呑気に笑みを浮かべてしまう。
「しっかし、あの剣王が実は王家の血を引いているって発表されたら、王都の人たちはどう思うだろうね?」
「さぁな。そんなの知ったこっちゃねぇよ」
ヴェルマンダは表情を変えることなく、それこそ本当に興味のカケラもないと言わんばかりに言い切った。
同時に心の中で、ヴェルマンダは師匠から教えられた話を思い出していた。
(確か俺は、魔界に捨てられてたって、言ってたっけかな……)
ヴェルマンダの師匠曰く、拾った時はかなり衰弱しており、あと少し遅ければ手遅れだったとのこと。
当時、冒険者をしていた師匠は、保護されたヴェルマンダを養子として育てた。ちなみに名前は、捨てられていた籠の中に入っていた紙に書かれており、名前を付ける楽しみが減ったと師匠が密かに拗ねていたことを、本人だけが知らない。
師匠の教育は厳しかった。過酷な環境の中でも生きられるよう、心身ともに強くするためであった。それをヴェルマンダは乗り越えた。教えた師匠ですらも驚いてしまうほどに。
気がついたらヴェルマンダは、剣の才能を開花させており、冒険者ギルドの間では『剣王』と呼ばれるほどに上り詰めていた。そして人を惹きつけ、慕われやすい努力家へと成長を遂げていた。
そんなある日、法皇が大聖堂から、魔界へ視察に訪れた。
師匠とともに案内役兼護衛を務めることとなったヴェルマンダを見て、法皇は目を見開いた。王家特有のオーラを感じ取ったというのだ。
視察は一時中断。取り急ぎ、ヴェルマンダを調べることとなった。
そして、法皇の予想したとおりの結果が出た。ヴェルマンダは間違いなく、人間界の王家の血を引いていることが判明した。
『あの王め……昔からキナ臭さを醸し出してはおったが……』
今でも法皇が苦々しい表情を浮かべていたことを思い出す。
そしてその後の出来事は、ヴェルマンダにとって、一番忘れられない思い出となるのだった。
正体を明かさず、血縁上の父親である王と対面してみることになった。血の繋がりがある故に、少なからず感づく可能性があると法皇が言ったのだ。
ヴェルマンダは法皇と師匠が同席する形で謁見した。
しかし王は気づかない。それどころか、ヴェルマンダという名前に対し、誰だそれはと首を傾げられてしまったのだ。まるでその名前を最初から知らないと言わんばかりに。
法皇が深いため息とともに、病死した子がいたハズですぞと言った。すると王は数秒ほどたっぷりと考え、そしてようやく思い出した。
しかし――
『何故、この私が今更そんなことを思い出さねばならんのだ? 死んだ者のことなどいちいち思い出しても仕方なかろう?』
と、あからさまに興味なさげに言い放ったのだ。
ヴェルマンダは、自分で自分の表情が消えていく感じを味わった。失望という言葉を完全に通り越していた。
こんな男を父親だと思うのはゴメンだ。最初から知らない誰かに捨てられた子と思っていたほうが良い。そうヴェルマンダは、師匠と法皇にハッキリと告げた。
流石の師匠も怒っていたらしく、それが一番だと同意していた。法皇は言葉が見つけられないでいた。
それでもヴェルマンダは、謁見の機会を作ってくれたことに対し、ちゃんと礼の言葉を送った。結果はどうあれ、真実を知れてよかったと。
そして法皇を大聖堂へ送り届けた際に――運命の出会いを果たしたのだった。
(確か、大聖堂の宿屋のオヤジがぶっ倒れて、たまたま来ていたダンナが、代わりにメシを作ってたんだったな。俺と師匠も食わしてもらって、一発で胃袋を掴まされちまったんだ)
剣王と呼ばれた自分が一撃必殺でやられてしまう。それも料理で。剣や魔法だけが武器じゃないのだと、ヴェルマンダはそのとき初めて知ったのだった。
(なんだかんだで、俺もビューと同じだ。ダンナのためなら、俺は血の繋がった男を平気で倒せると考えちまう。それで俺がどうなろうが構わずにな。まぁ、だからと言って、死ぬつもりなんざ全くねぇけどな)
死を美談扱いしない、という考えも確かにある。しかしヴェルマンダの場合、死んでしまったらフィリップの美味いメシが食えなくなるというのが、一番の理由だったりする。
それを考えたヴェルマンダは、小さく笑いながら言った。
「急ごう!」
「うん!」
ビューの力強い返事を皮切りに、二人の走る速度が上がっていくのだった。
◇ ◇ ◇
「ええい! 一体これはどういうことなのだ!?」
「落ち着いてくださいレイモンド様。現在、全力で調査中にございます。もうしばしお時間を頂きたく……」
「さっさとやれ! キサマもこの宝剣に切り刻まれたいのか!?」
「ひぃ!?」
王の間は混乱に満ちていた。正確には、レイモンドが完全に冷静さを失い、報告に来た兵士に八つ当たりを仕掛ける、という事柄が繰り返されている。
魔物や賊の襲撃だけなら、レイモンドもここまで慌てることはなかった。むしろ率先して剣を振るい、空を飛ぶドラゴンにも立ち向かっていったことだろう。
しかし、今の彼にはそれができなかった。何故ならば――
「く……魔力さえ低下していなければ……魔法さえ使えたなら、あんなドラゴン如きに負けはしないというのに……」
そう。撃てるはずの魔法が撃てなくなっていたのだ。それもレイモンドだけが。
他の魔導師たちは問題なく魔法を放つこと自体はできるのだが、空を飛ぶ大きなドラゴンが相手では、如何せん威力不足が目立つ。威嚇がてら放たれた、一発の炎のブレスにより、すぐさま戦意喪失して逃げ出していった。
所詮は本を読むことしか能のないヤツらか、とレイモンドが舌打ちしつつ、忌々しそうな表情でバルコニーに飛び出し、ドラゴンを見上げる。
「おい! 空ばかり飛んでないで降りてこい! そして俺と勝負しろ!」
そんなレイモンドの叫びにも、ドラゴンは全く耳に届いていない。まるで自分からは何もしかけるつもりはないと言っているかのようであった。
「余裕ぶりやがって……魔法が使えれば、あんなヤツなんざ一撃で倒せるのに!」
そしてレイモンドは苛立ちを募らせたまま、玉座に座る王の元へ向かう。
「父上! いい加減この場から避難してください! ここにいては何も……」
「バカモノっ!!」
焦りを含めた声で説得するレイモンドに対し、王は容赦なく一喝する。
「ここで逃げたら王の名がすたるだろう! お前もワシの座を継ぐ者ならば、この場で戦う方法を考えろ! それぐらいやってみせんか、この戯けが!」
王はこれ以上言うことがないと言わんばかりに目を閉じる。もはや何を言っても通じないと悟り、レイモンドは拳をギュッと握り締めた。
(それが出来ればとうにやっている! 聖剣がこの場にない以上、イザベラの力に期待することも出来ないし……どうしろっていうんだ!?)
かつて、イザベラが愛用していた聖剣は、現在宝物庫で眠っていた。いつかイザベラが戻ってきたときのために、いつでも取り出せるよう手入れをした上で。
無論、この騒ぎが発生した時点で、レイモンドは兵士に聖剣を持ってくるよう命令はしていたのだ。しかし聖剣は来なかった。他の兵士たちにも同じ命令を下したのだが、誰一人として聖剣を持ってくる者はいなかった。
理由はフィリップとビューが攻め込んできたため、そちらの対処に追われてしまったことにある。
王宮の構造上、宝物庫は王の間から中央の出入り口を横切らなければ、たどり着けない場所にあるのだ。
普通はそんな目立つ構造にはしない。しかし建設した当時の王が、敵の裏をかくために、あえてそうしたという記録が残っている。歴史ある建物であるため、そう簡単に改築するワケにもいかない。これもまた、王家から見るれっきとした汚点の一つなのだった。
(頑固な父上など放っておいて、イザベラと逃げ出したいところだが、下手に飛び出せば賊と対峙する。そうなれば彼女を危険にさらす……それだけはなんとしてでも避けなければ……)
魔法という名の武器を事実上失っている以上、レイモンドはいつものように強気になることができない。
あらゆるパターンを考えた結果、下手にこの場から動かないという結論に至ってしまうのだった。
(チャンスを待つしかないのか……くそっ!)
強く足を踏み込みながら、レイモンドは表情を歪ませる。そんな王の間の光景を見渡しながら、イザベラはひっそりと笑顔を浮かべた。
(来てくれた……フィリップたちが来てくれたんだ!)
外の空を飛んでいるドラゴンにも見覚えがあった。ビューが可愛がっていたドラゴンであり、メシ屋にもこっそり遊びに来たことがあるのだ。
そして極めつけは兵士からの報告。二本の長包丁を武器に暴れ回る賊。これだけ聞けば、もはや誰が来たのかは考えるまでもなかった。
(やっぱり最高だわ。十年前からずっと支えてくれていた、私の旦那様は……)
イザベラはほくそ笑みながら、勇者として過ごした日々を思い出した。