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第十八話 王都炎上



 王都中は喜びという名の活気に包まれていた。

 数ヶ月ぶりに勇者イザベラの姿がお披露目されたことに加え、レイモンドが正式に宣言したのだ。

 勇者イザベラを自分の妻に迎えると。

 これに反応しない国民はいない。世界を救った王子と勇者が結ばれるとなれば、王都も人間界も安泰だと、そう涙する者も少なくなかった。

 更にこんな話も広がっていた。イザベラが、とある小さな村の若者と結婚したという話が、真っ赤なデタラメに過ぎなかったという声だ。

 これもまた、無理もない話であった。

 わざわざ王都を出て、何もない小さな村に向かう者など皆無に等しく、その若者とやらの姿を見た者はいなかった。そしてなにより、王子様が直々にそうおっしゃっているのだからと、無条件で信じてしまう者が後を絶たなかった。

 イザベラが小さな村の若者と結婚した。人々はその事実を、何の悪気もなく、闇の中へと葬ってしまうのだった。

 そんな人々の様子を見て、レイモンドはこっそりとほくそ笑んでいた。

 何かしらもう一手を打つ必要があるかと懸念していたのだが、どうやらそれは杞憂に終わりそうだと安心したのだ。

 このまま勝手に、村の若者など最初からいなかったと、国民が思い込んでくれればそれで良い。あとはイザベラと結婚を済ませてしまえばどうとでもなると。

 レイモンドはそう思いながら、イザベラを連れて王の間の扉をくぐった。


「久しいな、勇者イザベラよ」


 玉座に座ったまま、王は見下ろしていた。


「この数ヶ月もの間ほっつき歩いて、少しは気が晴れたかね?」

「全然ですね。むしろこのまま永遠に放っておいてほしかったんですけど」


 目は全く笑っておらず、跪いてすらもいない。とても謁見している姿とは言えないほどの態度は、あまりにも清々しすぎて無礼という言葉すら出てこなかった。

 もっとも、そんなイザベラの様子を咎める声がなかったのは、この場にいる人物が王とレイモンドを含む三人しかいなかったからだろう。

 普段は兵士が数人ほど付いているのだが、今回は大事な話も含まれているということで、王が直々に外させたのだ。

 敵襲の心配もございますと兵士の一人が発言したが、レイモンドやイザベラがいるのだから大丈夫だと、王は断言した。

 兵士たちは押し黙るしかなかった。実際そのとおりだと思ったからだ。兵士長ですら足元にも及ばないほど、イザベラやレイモンドの実力は折り紙付きであることは周知の事実。それこそムダな心配に過ぎないと、認めざるを得なかったのだ。

 しかし現在に限っては、別の意味でいなくて正解だったと言えなくもない。

 イザベラがご機嫌斜めな様子に対し、王やレイモンドが全く表情を変えていないというこの状況は、どうにも違和感の塊だと言わざるを得なかった。

 それでもレイモンドの場合は――


「少し落ち着きなよイザベラ。この俺と結ばれることが嬉しいのはよく分かるが、それを父上にあからさま過ぎる態度で示すのは良くないことだ。なによりキミにとっても、義理の父となるのだからね。良い関係を築いておく必要があるのも、分からない話ではないだろう?」


 完全に自分の世界に入り切っているという分かりやすさが大きく、ただ単に察してないだけかと思えばそれでよかった。しかし国王の場合は――


「イザベラよ、世界を救った勇者が国のために尽くすのは、むしろ当然のことだ。これからはレイモンドとともに、我が王都を世界一の国に発展させよ。それこそが勇者として選ばれた、お前の絶対的なる使命だ。もっともお前は、勇者という立場を再認識する必要もありそうだがな」


 まるで『勇者』という肩書きそのものに話しかけているようであった。イザベラもそのことは感じており、顔をしかめていた。


(やっぱり王様が欲していたのは、勇者という肩書きだけだったのね。私がこうして連れてこられたのも、たまたま運悪く選ばれてしまったから。それ以上でもそれ以下でもない)


 本当ならば名誉ある勇者も、イザベラからしてみれば呪いにしか思えない。

 旅をしている間も、呼ばれる名前は勇者様。イザベラという名前はどこへいったのだろうかと、何度本気で思ったことか。きっと勇者に選ばれたその瞬間、イザベラという存在は消えてしまったのかもしれないと、隠れて涙を流したことも少なくなかった。


(お父さんもお母さんも、私を勇者としてしか見ていなかったかな。もう何年も前に死んじゃったから、今更確かめようもないんだけど)


 旅の途中で、両親の死を知らせる手紙が届いたことを思い出す。ショックがなかったと言えばウソになるが、そこで涙することはなかった。

 両親にまつわる出来事はそれぐらいであった。他は何もないに等しい。故にこれ以上、何かを思うこともなかった。

 それよりも浮かんでくるのは、旅先で何度か再会した、今の旦那のこと。

 村にいた時と同じように接してくる彼の表情や仕草の一つ一つが、今でも鮮明に思い出される。


(それに比べてフィリップは、私が勇者であることも全く触れなかったわよね。アイツの場合、ただ単に興味がなかっただけでしょうけど)


 食事関連の話しかしなかったフィリップを思い出し、イザベラは思わず笑みを浮かべてしまう。それを見たレイモンドが、嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「ハハッ、イザベラも嬉しいんだね。俺たちの結婚式を一ヶ月もかける。さぞかし豪華で華やかで、一生忘れられない思い出になることだろうさ」

「……へっ?」


 イザベラは思わず呆けてしまう。しかしレイモンドはその様子に気づかず、自分に酔いしれているかのように続けるのだった。

 スピーチがどうのこうの、催し物はあーだこーだなど、とにかくレイモンドはイザベラが口を挟む隙を与えることなく、好き放題言いまくっていた。


(私との結婚式をどうするかについて話してるのね……冗談じゃないわ!)


 すぐにでも暴れて黙らせてやりたかった。しかしそれをしてしまえば、この状況を打開するチャンスを失ってしまうこともまた明白。今はとにかく我慢することが大事だと、イザベラは思うのだった。


「子供についても心配は無用です。俺とイザベラの子ならば、きっと強い勇者に成長してくれる。父上の代に負けないくらいの、世界最強の王家を築き上げます!」

「うむ。よくぞ言った。期待しているぞ、レイモンドよ」


 レイモンドと王が盛り上がる姿を、イザベラは冷めた目付きで見ていた。


(勝手に妄想していればいいわ。いずれ私とフィリップの子供を見せつけて、コイツに現実というモノを突き付けてやるんだから! そうね……できれば三人ぐらい欲しいわね。私とフィリップの子供なら、きっと料理と冒険の大好きな、正義感の強い大人に成長してくれる。フフッ、今から楽しみでならないわね♪)


 イザベラもまた、妄想によって恍惚とした笑みを浮かべる。異なる野心を込めた二人が打ち合わせをする姿も相まって、傍から見れば近づきたくないと思えるほどの不気味な光景が広がっていた。

 それから程なくして、王とレイモンドが王宮内に打ち合わせた内容を通達。勇者イザベラとの結婚式の準備を急げと、命令が下されるのだった。

 これでもう、全ては決まったも同然だと、王もレイモンドも思っていた。

 華やかな将来が待っている。やっとこの日がきた。長年の努力が、ようやく報われるのだと、笑わずにはいられなかった。

 しかしその夜――王都を震撼させる出来事が起こる。



 ◇ ◇ ◇



 ――――ずどおおおぉぉぉぉーーーーーんっ!!

 突然の大爆発が、真夜中の王都に轟いた。人々の動きは数秒ほど静止し、とある人の手からガラス製の皿が滑り落ち、それが地面に落ちた瞬間――


『うわあああぁぁぁぁーーーっ!!』


 明るく賑やかな騒ぎ声は、たちまち悲鳴へと切り替わった。

 レイモンド王子の結婚が発表されたことにより、更なるお祭り騒ぎが行われていたが故に、人々は眠らぬ夜を過ごしていたことが仇となったのだ。

 燃え上がる王都を目の当たりにした人々に、冷静さを保つ術などなかった。

 一体どうしてこんなことになったのか?

 魔物が襲ってきた、魔族の生き残りが来たのかなど、様々な考えが混乱に混乱を重ねていき、自然とシンプルな問いかけに切り替わっていく。

 ちなみに大爆発と言っても、誰もいない建物が燃え上がってるだけに過ぎず、巻き込まれた者はいない。それからも何発か爆発が発生しているが、いずれも人のいる場所や建物は極力避けられていた。

 落ち着いて観察すればすぐに分かることであり、慌てずに避難すれば事なきを得る事態ではあった。しかし、完全に混乱している人々にそれを求めるのは、酷という他なかった。

 更に――


「お、おい見ろ!」

「ウソだろ……何でドラゴンが!?」


 とある男が上空を指さしながら叫んだ瞬間、大型のドラゴンが翼を広げ、王都の上空を飛び交っていく。それも何体も。まるで天変地異でも起こっているのではないかと、錯覚してしまうほどに。


「ひいぃっ! こ、こっちからは悪魔が来るぞぉっ!」

「あ、ありえねぇっ!」

「逃げろおぉっ!」


 悪魔――正確には魔界に生息する、より魔物に近い形態をした魔族である。

 歴史の講義や冒険者の体験談などでも当たり前のように出てくるため、王都から出ない人でも知らないケースは皆無に等しい。要は混乱している目にそう映って見えたというだけの話だ。

 もっとも魔族からすれば、だれが悪魔だよとツッコみたくてならなかった。実際悪魔と叫ばれて、少しショックを受けて顔を歪ませている。

 それが余計に人々の恐怖を駆り立てる羽目になり、更に叫ばれ、更に魔族は落ち込みを増していく。まさに負の連鎖が成り立つ瞬間であった。

 人々は魔物がいない方向へ逃げ出した。時には無理やり人を押し退け、少しでも早く逃げ出そうとする者もあちこちで見られた。

 そして、そんなことがあれば当然――


「おいテメェ! 何しやがんだよ!?」

「うっせぇ、邪魔なんだよ。良いからそこをどけよ! 死んじまうだろうが!」

「進めねぇことぐらい見りゃ分かるだろ! オメェはバカか!?」

「バカならすっこんでろ!」

「んだとぉっ!?」


 混乱と恐怖と苛立ち。そして人と人の物理的な衝突は、やがて大きなケンカへと発展していく。

 叫び声、鳴き声、罵声、怒声。それらが飛び交う王都の町は、とても数分前まで賑やかな明るさを保っていたとは思えない。


「落ち着けよバカ野郎どもが! 今は王都の外へ避難するのが先だろう!?」

「うっ!」

「お、おぅ……」


 幸いなのは、冷静さを保っている者もそれなりに多かったということだろうか。ちょうど立ち寄っていた冒険者も、率先して人々の避難を誘導していた。

 無論、現れた魔族も倒そうとしていたが、何故か戦おうとせず、すぐ逃げだしてしまっていた。更に言えば、王都の出口である街門方面、そして街門から出たすぐ周辺には、魔物の姿が一切なかった。

 まるで人々を街門から安全に逃がそうとしているみたいだ。

 とある冒険者がそんなことを考えたが、またケンカする声が聞こえてきたため、仲裁に向かうべく、思考を中断せざるを得なかった。

 王都はどうなってしまうのか。このまま滅びてしまうのではないか。そんな不安が押し寄せる中、人々は必死に街門へ向かって一直線に少しずつ進んでいた。

 とてもじゃないが、周囲を気にしている余裕など全くなかった。

 だからこそ、そんな人の波に逆らい、とある二人が真逆の方向へ向かっていることに気づいた者は、誰一人としていなかったのである。


「一気に行くぞ!」

「うんっ!」


 ローブに身を包み、フードを深くかぶった二人が、王宮を目指して走る。

 目の前には、多くの兵士たちが武器を掲げて待ち構えていた。


「止まれ!」


 兵士の一人が叫ぶが、二人は走る速度を緩めることはなかった。片方の一人が両手を掲げ、それぞれ青白い魔力を両手に宿す。

 そして勢いよくジャンプし、宿した魔力を思いっきり投げつけるのだった。


「うわああぁぁぁーーっ!?」


 魔力が地面にぶつかって爆発を起こし、何人かの兵士たちが叫び声とともに吹き飛ばされていく。

 その隙を突いてもう片方が兵士たちに向かって突っ込んでいった。

 ――両手にそれぞれ一本ずつ、長包丁を握り締めて。


「な、何だありゃ?」


 兵士たちは呆気に取られた。あんな料理でしか使わないようなモノで、自分たちと戦おうというのか。

 そんな戸惑いに満ちる中、一人の兵士がニヤリと笑いながら前に躍り出る。両手でしっかりと、鍛え上げられた剣を掲げた状態で。


「へっ、そんな包丁に何が……」


 できるんだ、という言葉は放たれなかった。兵士の掲げた剣が、わずか数秒で真っ二つに切り落とされていたからだ。

 そして長包丁は、二本とも刃こぼれ一つしていない。


「はっ!」


 小さな声と同時に、二本の長包丁が兵士の体を交錯する。そしてガシャンガシャンと金属が落ちる音が響き渡る。

 彼の着ている鎧だけが、見事に切り落とされたのだ。当然の如く、彼の体から血は一滴も出ていない。


「は、はは……」


 肌着と下着のみとなった兵士は、そのまま脱力して座り込む。

 その隙を突いて、長包丁を持った彼が走り出そうとするが、他の兵士たちが即座に回り込む。しかしその表情は、全員戸惑いに満ちていた。


「ど、どうなってんだ、その包丁は? 実は特別製の剣とかじゃないのか?」

「れっきとした長包丁さ。特別製なのは確かだけど」


 そう言いながら、左手に持つ長包丁を素早く収め、そのまま空いた左手でローブを脱ぎ捨てる。同時に魔法を放った彼も、ローブを脱ぎ捨てた。

 二人の正体を知った兵士たちは、揃って驚愕の表情を浮かべ出した。


「キ、キサマら……」


 襲い掛かってきた二人――フィリップとビューの姿に、兵士の一人が忌々しそうな表情で睨みつけ、そして人差し指を突き出した。


「こんなことをしてタダで済むと思うなよ。こっちには魔王を倒した勇者様がいるんだからな! つまりお前たちは、この世で最強の存在がいる王都に、バカの如く手を出したってことなんだよ!」


 その兵士の叫びに、他の兵士たちも、そうだそうだと調子づきながら同意する。大きな力に自分たちの勝利を確信しているその姿は、フィリップもビューも想定していたため、特に驚きもしていない。


「はぁ……とりあえず黙らせてあげるよ」


 ため息交じりにビューが右手を上に掲げ、その指をパチンッと鳴らした。

 すると――


「ギャアアアアアァァァーーーッ!!」


 一匹のドラゴンが咆哮を放ち、空を旋回しながら近づいてくる。そして強力な炎のブレスを王宮に向けて数発ほど発射。大爆発とともに、建物の一部が瓦礫と化して崩れ落ちてきた。


「う、うわああぁぁぁーーっ!?」

「怯むな! 落ち着いて対処すればなんとか……ぐわあぁっ!?」


 声を上げる兵士に、ビューの魔法が炸裂する。爆発とともに兵士は倒れたが、威力は相当抑えられており、衝撃で気絶しただけとなった。


「フィリップ。ここはボクが引き受ける。さっさと嫁さん取り返してきなよ」

「あぁ、ありがとう!」


 力強く頷きながら、フィリップは勢いよく走り出す。先へ行かせまいと立ちはだかる兵士たちに、ビューの魔法が放たれた。

 直接狙っているワケではない。兵士たちの足元に魔法を打ち込んでいるだけだ。大爆発による衝撃波で、兵士たちはまとめて次々と吹き飛ばされる。打ち込む場所を調整し、フィリップを邪魔しないよう心掛けられた上で。

 兵士たちはいずれも致命傷には至らず、せいぜい体を強く打ってのたうち回る程度で済んでいた。ケガ人の続出は避けられなくとも、死者は一切出していない。

 フィリップは王宮の中へ突入した。それを見送ったビューは振り返り、立ち上がる兵士たちと対峙する。

 迎え撃つ立場と攻め込む立場が、ちょうど逆転したような光景となっていた。


「行かせないよ。フィリップのジャマは絶対にさせない!」


 ビューが両手に魔力を宿すと、兵士の一人が笑身を浮かべた。


「バカめ! お前一人で、これだけの人数を相手にするつもりか?」


 その声に続くかのように、他の兵士たちも次々と表情に自信を取り戻す。

 さっきは偶然だったに違いない。今度はきっと勝てる。勇者様のご加護に屈するが良い。どこからかそんな声が聞こえてきたが、ビューはとりあえず聞かなかったことにした。


「仮にボクがキミたちに敵わなかったとしても、僕はフィリップを――かけがえのないたった一人の親友を助けるためなら、喜んでこの命を懸けられるよ!」


 両手に宿す魔力を増やしながら、ビューは兵士たちを睨む。

 数年前、フィリップと魔界で出会い、今に至るまでのことを思い出しながら。



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