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第十五話 王都の明るい闇



 王都は毎日が賑やかだった。

 日夜を通して、人々の喜びという名の騒ぎが絶えることはない。このまま何年も続くのではないかと思えてしまうほどだ。

 勇者たちが魔王討伐を完遂させてから既に数ヶ月。流石に浮かれ過ぎじゃないかと思いたくなるが、事情を整理してみれば、存外無理もない話だと思えてくる。

 魔王が倒されて世界が平和になった。しかし人々が喜んでいるのは、その先の部分にあったのだ。

 勇者の大活躍が世界に知れ渡った。それはすなわち、人間界の地位が確固たるモノとなったことを意味し、それこそが人々の笑顔の理由でもある。

 自分たちが優位に立つことを喜ばない者は少ない。水面下で広がる事情に気づく者もいないに等しい。仮に気づいていたとしても、見て見ぬフリをするケースが殆どである。

 それもまた、ありふれた人々の行動の一つに過ぎないのだった。


「楽しみよねぇ、イザベラ様とレイモンド様の結婚式」

「ホント、華やかなお姿を早く見てみたいわぁ♪」

「長年の旅を経て絆を深め、それがやがて愛となって結びつく。あぁんもう、なんてロマンティックなのかしらぁん♪」


 王都のあちこちで、そんな女性たちの明るい騒ぎ声が聞こえてくる。しかし、その一方では――


「なぁ、勇者様ってここ最近、全然見ないよな?」

「言われてみればそうだな」

「やっぱり、あのウワサは本当だったりするんじゃ……」

「ウワサって?」

「……そういやお前は留守にしていて知らなかったっけか。魔王討伐を終えて帰ってきた勇者様が、王様の前で自分の肩書きも何もかも全部捨てて、王都から逃げ出しちまったって話だよ」

「あー、確かにそれなら俺も聞いたけど……あれは単なるデタラメだろ? 王宮で旅の疲れを癒しつつ、レイモンド様との結婚式に備えているって話を、俺は聞いたんだけどな」

「あぁ、確かにその話が有力だって言われてるよな。けど……なんか妙な胸騒ぎがするってゆーか……気のせいならいいんだがな」


 と、疑惑を浮かべる者の姿もわずかながらに見られた。

 もっともそれを堂々と話す者はいない。言ったところで受け入れられないことは明らかだからだ。

 勝手なことを言うなと罵られるだけなれば、まだマシかもしれない。結婚できないからって嫉妬するのは見苦しいと、そんなふうに思われる可能性も高いと予測できてしまう。

 流石に後ろ指を指される覚悟まではない。だから口に出して言うことはしない。それが疑惑を抱く人々――いや、それ以外の人々も含めての本音なのだ。

 果たしてどれだけの人が、そのことに気づいているのか。気づいていながら、目先の平和を優先させてみて見ぬふりをしている者が、どれだけいるのか。それは誰にも分かることではないのだった。

 そしてそれは、町の人々だけではなく、王宮でも似たような状態であった。


「おーおー、やってるやってる。兵士たちも最近すげぇ頑張ってるよなぁ」


 野菜の仕入れで王宮に訪れていた商人の男が、帰り際に訓練場の様子を見かけ、思わず感嘆のため息を漏らす。

 兵士たちもまた、勇者たちの帰還以来、より一層鍛錬に励むようになっていた。

 表向きは勇者という英雄の名を汚さないために。その裏では、自分も英雄に少しでも近づきたいがために。いつどこでライバルを蹴落としてやろうか、水面下による攻防戦も、絶えることなく展開されていた。

 そしてメイドたちは、自分磨きに熱を込めるようになった。普段からロクにしてこなかった者も、率先してするようになっていた。

 魔王討伐という偉業を成し遂げた、レイモンドの妾となるために。

 ちなみに本妻を望む者はいない。何故なら誰もが、本妻は同じ勇者であるイザベラだと思っているからだ。レイモンドがそう公言しているためでもあるのだが。

 イザベラがとある田舎町で、メシ屋の店主と結婚したという話はウワサ程度には流れている。しかしそのことを信じる者は、ごく一部を除いていなかった。


(黒いもんだよなぁ、どいつもコイツも……)


 兵士たちとメイドたちの様子を、すれ違いさまに横目で観察しながら、商人の男は少々嫌な気分になった。

 勇者や王子の偉業を利用し、自分たちも自らの地位を上げようと企んでいる。特にメイドたちは、その気持ちはあからさま過ぎるくらいに出ていた。レイモンドを心から愛している者は、果たしてどれだけいることか。

 商人の男がそんなことを考えながら町に出ると、ある話声が聞こえてきた。


「王様もレイモンド王子も、何を考えてるんだかな」


 その声に商人の男は自然と立ち止まり、聞き耳を立てる。


「イザベラちゃんに地位を与え、ずっと王都で暮らしてもらいたいだなんてさ」

「いや、別に悪いことじゃないだろ。むしろ名誉なことだと思うぜ?」

「……俺にはそうは思えんのよ」


 風に乗って、悲痛そうな声が伝わってきた。


「俺にはイザベラちゃんを、勇者という名の足枷で拘束し、王都に閉じ込めようとしているようにしか見えなかった。彼女はもう十分戦ったんだ。ここらへんで自由を与えても良いハズだ。少なくとも俺はそう思ってる」

「まぁ、その言い分も分からんではないけどな」


 そして入れ替わりに、ため息交じりの声が聞こえてきた。


「多くの連中はこう思ってるぜ? 王子と結ばれることこそが将来のため、もっと言えば未来のために、絶対必要なことなんだってな」

「なんだよそれ……とどのつまり足枷で拘束するってことじゃないか」

「落ち着け。誰が聞いてるかも分からねぇんだ。あまり大声で言わないでおけ」

「……すまん」

「いや、別に良いんだけどよ。お前の考えも分からんでもねぇさ。要は彼女の人生を優先させてあげたいってことだろ? それはそれで立派な考えじゃないか」

「そう言ってくれるのは嬉しいが……やっぱりやるせねぇよ、はぁ……」


 ため息が終わりの合図だと言わんばかりに、そこで話し声はピタリと止んだ。商人は無言のまま、再び町中を歩き出す。


(どちらの考えも、決して間違ってはいないわな。だからこそ賛成も反対もなく、論争とかも起きることなく、ただ成り行きを見守るだけに留まってやがる)


 おもむろに周囲を見渡してみる。数ヶ月も変わらないお祭り騒ぎが普通と化している状態に、人々からは疑問の声すら出ない。

 平和で明るく見える光景が、どうにも不気味に感じてならないのだった。


(先が思いやられるな。今のうちに別のお得意先でも探しておくか?)


 王都からさほど遠くない港町を思い浮かべながら、商人の男は心の中で呟いた。

 ボンヤリと物思いにふけっていたせいか、険しい表情で真横をすれ違う女性剣士の存在に、全く気づくことはなかった。



 ◇ ◇ ◇



「レイモンドのヤツ……一体何を考えているというのだ!?」


 クリスティーナは険しい表情で王宮内を歩いていた。

 メイドたちや兵士たちが、こぞってビクッと驚きながら道を譲る。ヒソヒソ声が聞こえてくるが、今の彼女にそんなことを気にしている余裕は全くなかった。

 レイモンド王子が兵士たちを引き連れ、どこぞの小さな村へ赴いた。

 それを聞いたクリスティーナは嫌な予感に駆られ、一人の兵士を問い詰めた。そうしたら悪い予感が当たってしまった。

 まさか別の仕事で王都を離れている間に、レイモンドがイザベラやフィリップと接触してしまうとは。

 イザベラを連れて帰ることはできなかったと聞いて、クリスティーナはほんの一瞬だけ安堵するが、すぐに気持ちを切り替えた。

 むしろ動き出すとすればこれからだ。レイモンドがイザベラを取り返そうとしていることを、諦めるワケがない。


(イザベラが王都を飛び出してから数ヶ月。既に王様とレイモンドも、完全に痺れを切らせていることぐらい、私だって分かっていたハズなのに!)


 クリスティーナ自身、イザベラと再会を果たし、話を付けた時点で満足してしまっていた。そして高を括っていた。イザベラはもう何も縛られず、平和に暮らしていけると思っていた。

 ――爆弾がまだ生きていることを、完全に忘れ去っていた上で。

 迂闊だった。のんびりと仕事で王都を離れている場合ではなかった。レイモンドの動きを許してしまったのは、完全に自分の落ち度だと、クリスティーナは後悔してもしきれなかった。

 しかし、既に起きてしまったことだ。流れた時を巻き戻すことはできない。


(なんとかレイモンドだけでも説得しなければ! イザベラたちの生活を……あの店の温かさを、潰させるワケにはいかない!)


 クリスティーナは遂に走り出した。進めば進むほど、考えれば考えるほど焦りが募ってくる。

 勿論、焦ったところでどうにもならないことは分かっている。しかしせり上がってくる嫌な予感が、どうしても彼女の心を落ち着かせてくれなかった。

 まだ早まらないでほしい。そう願いながら、クリスティーナは見張りの兵士たちを振り切り、王の間の扉を乱暴に開ける。


「はぁ、はぁ……」


 肩で息をしながら、クリスティーナは遠く目の前にいる人物を睨むように見る。ちょうどレイモンドも訪れており、玉座に座る王と話していたのだ。

 王は苦々しい表情を浮かべていたが、レイモンドは彼女を見た瞬間、嬉しそうな笑みを浮かべてきた。


「クリスティーナじゃないか! そうか、キミも親友として、イザベラを取り返したいと思ったんだね? 駆けつけてくれて嬉しいよ!」


 レイモンドが両手を広げながら、踊るような声で話してくると、王が感心するかのような反応を見せた。


「それならば、話は早くて助かるな」

「えぇ。此度の作戦、間違いなく彼女も協力してくれることでしょう!」

「ちょっと待ってください! 作戦って一体、何の話ですか?」


 王とレイモンドが話を進めていく姿に、クリスティーナは戸惑いを隠せず、慌てながら問いかける。


「決まっておるだろう。どこの馬の骨とも知らぬ料理人から、我らのイザベラを連れ戻すのだ! それぐらい察してみせんか若造が!」


 叱責同然に話した王は、すぐに表情を落ち着かせ、レイモンドに顔を向ける。


「レイモンドよ。連れ戻した暁には、イザベラをお前の妻として迎え入れる。国の未来はお前たちにかかっておることを心得ておけ」

「ありがとうございます、父上。必ずやご期待に応えて御覧に入れます!」

「うむ。良い返事だ」


 王は頷く。その表情は厳しいままであったが、声色はどこか誇らしげであった。

 そんな父子の姿を、クリスティーナは呆然とした表情で見つめる。

 遅かったのか。もう止めようがないのかと一瞬思った。しかしまだ動き出してはいない。完全に手遅れだというワケではない。なんとか冷静さを保ちつつ、クリスティーナはそう判断する。

 そして、改めて表情を引き締め、王たちの元へ一歩踏み出した。


「そんなバカなマネはお止めください! 既に彼女はその料理人と結ばれ、幸せに暮らしているんですよ!?」


 クリスティーナは反論する。しかし国王はそんな彼女を、まるで可哀想な子供を見るような目で見てきた。


「お前こそ何をバカなことを言っておるのだ。その話は真っ赤なデタラメだろう。勇者であるアイツが、ワシの許可なしに結婚などできるわけがなかろうが!」


 王の言葉にクリスティーナの動きがピタッと止まる。レイモンドは怪訝そうな表情を浮かべたが、王は構うことなく話を続ける。


「イザベラもどうやら田舎町でママゴト遊びをしておるようだが、それも終いだ。これからはレイモンドとともに王都で暮らしてもらい、勇者としての栄光を後世に伝えるべく頑張ってもらわんとな」


 王は語りながら、玉座から立ち上がった。


「まぁ、アイツにとっても良い休暇になっただろう。あれだけ魔王討伐を頑張ってくれたのだ。多少のことは目を瞑らんとな」

「ありがとうございます父上。そのお心の深さには感謝してもしきれません」

「何を言っておる。感謝してもしきれんのはワシのほうだ。魔王を倒し、我が国に栄光をもたらしてくれたお前たちの功績は大きい。お前もこれからは王となる男なのだ。新たな妻とともに、この国を更に輝かせるべく、頑張るのだぞ」

「はっ!」


 その姿は、傍から見れば成長した息子を喜ぶ父親の光景であり、何も裏事情を知らない者からすれば、感動すら覚えたかもしれない。

 しかしクリスティーナは思った。この二人は正気なのかと。実は二人揃って、悪魔か何かに操られているのではないか。頼むからそうであってほしい、と。


(いや、この二人は間違いなく真剣そのものだ。なんとか止めなければ……)


 そう思うクリスティーナだったが、言葉が出てこない。そもそも自分の言葉が今の二人に通じるとも思えない。

 これがレイモンドだけならば、まだなんとかなったかもしれない。しかしそこに王が加わるとなれば、もはや鉄壁も良いところだ。

 たとえ正しいことを言っても、王にとってそれが不都合であれば、無理やりなかったことにさせられる。ここで下手に口を出せば、間違いなく兵士たちによって捕まってしまう。そうなれば、イザベラたちを助けることもできなくなる。

 そこまで考えたクリスティーナは――


(だとしたらもう、今の私が出来ることは、一つしかない!)


 大急ぎで村へ向かい、イザベラたちにこの件を伝えることを思い浮かべた。そのためには、早々にこの部屋から立ち去る必要がある。


「申し訳ございませんが、ギルドに用を残してきてしまいました。私はこれにて失礼させていただきます」


 王の返事を待たず、クリスティーナは踵を返して王の間の扉を開けた。

 すると――


「な、お前たち……」


 見張りの兵士たちが槍を構え、クリスティーナに立ちはだかった。


「やれやれ。俺が何も気づかないとでも思ったのか?」


 レイモンドが腰に手を当て、首を左右に振りながら歩いてくる。


「これでも一緒に旅をした仲じゃないか。お前が何を考えてるかなんて、俺には全部お見通しなんだよ」


 冷たく鋭い視線を受けたクリスティーナは、一瞬たじろぐ。しかしここで引くわけにはいかないと思った。


「キサマというヤツは……」

「おせぇよ」


 レイモンドが言い終わると同時に、クリスティーナの腹に拳をめり込ませる。その俊敏な動きに、クリスティーナは成す術もなく倒れてしまった。

 動けない彼女に対し、レイモンドは冷たい視線を下ろす。


「全く……落ちぶれたもんだね。本当ならすぐにでも処刑したいところだが、そうしたらイザベラが大いに悲しむだろうからな。結婚式が終わり次第、国外追放処分で勘弁してやるよ。イザベラの親友であったことに、感謝することだな」


 クリスティーナは歯をギリッと鳴らしつつ、レイモンドを見上げた。


「お前には人情というモノがないのか。私もお前たちの仲間だぞ。何年も一緒に苦難を乗り越えてきたじゃないか。お前はそれを全てムダにするつもりか!?」

「致し方ないさ。これも全てはイザベラを手に入れるためだ」


 必死の抵抗の如く叫んだ言葉も、レイモンドはまるで響かなかったと言わんばかりに表情を変えない。

 それでもクリスティーナは、叫ぶことを止めようとしなかった。


「くっ、バカげている……お前は正義を大切にしているんじゃなかったのか?」

「大切だとも。けど正義というのは、時に非情さも大切ってことさ」

「レイモンドの言うとおりだ。魔王討伐の旅で少しは世の中の仕組みを理解して来たかと思ったが、まだまだ大人に成りきれていないようだな……連れていけ」

『ハッ!』


 二人の兵士たちに無理やり立ち上がらされ、クリスティーナは王の間から、地下牢へと連行されていく。

 まだレイモンドから受けたダメージが残っており、抵抗が出来ない。

 己の情けなさを噛み締めていたその時だった。


「すみません、クリスティーナ殿。私らも、命は惜しくございますゆえ……」


 兵士の一人が小声でそう話しかけてきた。

 見上げてみると、本当に申し訳なさそうな表情を浮かべている。もう片方の兵士も同じような様子を見せていた。

 クリスティーナはわずかな希望を見出したような気分になり、自然と小さな笑みがこぼれる。


「お前たちは職務を全うしたに過ぎん。全ては私の浅はかさが招いたことだ。気にすることはない」


 呟くようにそう言った瞬間、ほんの少しだけ拘束する力が緩んだ。しかし逃げ出そうとすれば、即座に取り押さえられることも明らか。今はこのまま黙って従うしかないと、クリスティーナは思った。


(もはや未然に防ぐことは不可能だろう。イザベラも一度は王都へ連れ戻される可能性は極めて高い。けれど、今のイザベラの旦那が黙ってはいないだろう。彼とイザベラの強さに期待するしかない)


 何もできない自分を改めて情けなく思いながら、イザベラはメシ屋の明るい光景を思い浮かべるのだった。



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