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第十二話 決戦の裏側~新生~



 勇者イザベラとその仲間たちが、魔界で見事魔王を討伐した。

 今や王都は大騒ぎ。魔王を倒した勇者たちのために、盛大なパレードを催すと、王が直々に宣言していた。

 他にも確定、不確定を問わない話も、我こそはと言わんばかりにたくさん飛び交っていた。


『勇者イザベラがレイモンド王子と婚約した』

『大聖堂の法皇が、勇者イザベラの婚姻を盛大に祝福しており、結婚式は大聖堂で行われようとしているそうだ』

『勇者イザベラと友好関係を築いていた商隊が、勇者イザベラの婚姻を祝福し、大規模な記念品を用意しているらしい』

『実は勇者イザベラも、前々から好意を抱いており、結婚の意志があった』

『その証拠に、魔王討伐を終えた勇者イザベラの表情は、あからさまに艶っぽさが出ており、誰がどう見ても恋をしているとしか思えないほどであった』


 ――等々、非常にたくさんのニュースが飛び交っているのだが、その殆どがウワサの域を出ないモノばかりであるのも、また確かであった。

 しかしながら、妙に現実味を帯びていることから、全て本当ではないかと信じる者も多く、それがまた、勇者たちが帰還するのを今か今かとワクワクしながら待つ要因にもなっていた。

 ちなみにそれらのニュースは、フィリップのいる村にもちゃんと届いていた。

 当然ながらフィリップ本人にも伝わってはいたが、彼は今、別件で忙しく、勇者たちのニュースにまで意識を回しているヒマがなかった。


「うっし、内装は完璧だ! 後はこの立て看板を外に出さないとだな」


 魔界から帰って来てからのフィリップは、メシ屋の開店準備に追われ、寝る間も惜しんで忙しく動き回っていた。

 同時にフィリップは、ゼビュラスたちの身を案じていた。

 作戦は無事に成功したのだろうか。やはり多少危険を冒してでも、作戦実行をこの目で見ておけば良かったか。

 フィリップは少しばかり後悔しつつ、そんなことを考えていた。


(まぁ、今更だよな。もう過ぎてしまったことだし、今はゼビュラスたちが無事であることを祈るしかないか)


 そう自分に言い聞かせながら、フィリップは店の立て看板の設置を行っていく。

 ちなみにこの時点で、彼の中にイザベラの姿はいない。完全にメシ屋と親友のことしか頭にない状態であった。それも無理しているとかではなく、純粋な気持ち故のことである。

 そんな彼の姿を、ちょっと淡泊すぎやしないかと心配する声もあった。

 実際、村の人々もイザベラのニュースについて、フィリップに話しかけたりしていたのだが、如何せんフィリップの中で、メシ屋と親友のほうが優先順位を上としてしまっていたため、薄い反応しか返せていなかった。

 故にますますフィリップに対しても、あれこれウワサする者も出てきていた。

 しかし考えてみれば、あり得ない話じゃないと周囲は納得し、すぐにフィリップに対するウワサは消えていった。

 いくら幼なじみとはいえ、何年も離れていれば心境も変わるだろう、と。

 もっともそんなウワサが流れていたことを、フィリップ自身は全く気にも留めてない以前に、そもそも気づいてすらいなかったのだが。


「えっと……ここをこうして、っと……」


 位置の微調整を繰り返し、やがて倒れないことを確認して距離をとりながら、こんな感じかと思っていたその時だった。


「うん。なかなか良いんじゃない? フィリップのお店らしくてさ」

「そうか……って!」


 突如かけられた声に、数秒ほど遅れてフィリップが反応し、バッと慌てて後ろを振り返ってみる。するとそこには――


「やぁ」


 見知らぬ顔の優しい笑みを浮かべた青年が立っていた。

 誰だ、と一瞬思った。しかし何故かフィリップは、その青年を知っているような気がしてならず、生じた迷いでかける声が見つけられないでいた。


(絶対どこかで……いや待て! さっきの声……)


 フィリップは思い出した。つい数日前に、大魔界都市で確かに聞いた声だと。

 顔は違えど、声は全く同じであった。そしてその雰囲気も、また――


「まさか……ゼビュラスか?」

「当たり。正確にはもう、その名前じゃないけどね」


 恐る恐る尋ねたフィリップに、青年ことゼビュラスは、明るい笑顔で応えた。

 驚いたという一言では片づけられなかった。戸惑いという言葉だけでも、全くもって足りなさすぎる。しいて言うならその二つに喜びをプラスし、疑問という名の膜で包んだのが、今のフィリップの気持ち、と言ったところだろうか。

 単に複雑という一言で例えることもできるのだが、それだけで済ませたくないという心情も、また大きかったりする。


「まぁ、色々と言いたいことはあるだろうけど、まずはこれだけ言わせてよ」


 ゼビュラスは軽く深呼吸をし、フィリップに向かって右手を差し出した。


「ただいま」


 その一言に、フィリップは小さく笑い――


「……おかえり」


 差し出された手をガシッと掴んだ。

 そのぬくもりが、間違いなく生きているという証拠なのだと、しっかりと心の中で噛み締める。

 たった数日の別れだったのに、まるで数年ぶりに再会したような気がする。それぐらいフィリップの中では、嬉しい気持ちが込み上げているのだった。



 ◇ ◇ ◇



「なるほどな……そのようなことがあったのか」


 話を粗方聞き終えた法皇は、納得するかのように頷いた。そこにイザベラが呆れたような視線をフィリップに向ける。


「全く、私が面倒な展開から逃げようと打算していたときに……よくもまぁ、私の存在を忘れ去ってくれたモノね」

「……スマン。こればかりは言い返す余地もない」

「もう良いわよ。現にこうして結婚もできたんだし、今更気にしないわ」


 イザベラの言葉にフィリップは、じゃあ何で今それを言ったんだ、と口に出しそうになったが、なんとかそれを飲み込んだ。

 そこに法皇が小さく笑いながら宥めてくる。


「まぁまぁ。要するに、そのフィリップの作戦とやらは、見事成功を果たした。そういう解釈でいいのだろう?」

「えぇ。ホント見事過ぎるくらいでした。正直、あそこまで上手くいくとは、思ってませんでしたからね」


 そしてビューは、数ヶ月前の決戦の時のことを語り出す。

 聖剣と魔剣がぶつかり合い、凄まじい光を生み出した。そのドサクサに紛れて戦線離脱。見事バレることなく魔王城から逃走。配下たちやレストランのマスターたちの協力のおかげで、無事に大魔界都市から脱出できたらしい。

 そして途中で魔法を使い、顔を変えた。流石に背格好や声までを変えることはできなかったが、それでも他の人々は、自分が魔王だということに気づかない。

 更に配下たちが人間界まで送り届けてくれたため、尚更バレることはなかった。ちょうどタイミングよく、大聖堂の法皇が自らお忍びで迎えに来ており、そこは素直に驚いたとビューは言う。

 勿論、そのキッカケを作ったのは――


「法皇様にも世話になってしまいましたね。俺としては、単にこーゆーことがあったっていう、軽い報告のつもりだったんですが……」

「なぁに、フィリップにも何かと世話になっておったからな。ワシは単に、その借りを返したまでの話よ」


 法皇が懐かしそうに語る。ここでフィリップが一つ疑問を浮かべた。


「にしても、綺麗過ぎるくらいの大成功だよな。クリスティーナやレイモンドが、何かしら感づいても良さそうなもんだが……」

「そのレイモンドが、色々な場面で都合よく解釈してくれたんだよ」

「魔王城が崩れ落ちたのも、魔王が倒されて力を失ったに違いないって、勝手に思い込んだんだよね」

「あー、なるほどね」


 ビューとイザベラが苦笑交じりに語ると、フィリップも納得したと言わんばかりに頷いた。

 更にイザベラが、思い出した反応を浮かべた。


「そういえばクリスティーナも、特に疑ってる様子はなかったかな。私が魔王は消えた、って断言したせいかもしれないけど」

「あの嬢ちゃん、イザベラにかなり思い入れが強かったもんな」


 フィリップは店に乗り込んできたクリスティーナの様子を思い出す。

 こうして考えてみると、イザベラたち三人は、なかなかにクセが強いパーティーだったと思わされる。もっともそれを口に出すのは、流石のフィリップでも怖くてできなかったが。


「そういえば、ビューって名前も、前々から使ってた偽名だったんでしょ?」


 イザベラの質問にビューは頷いた。


「うん。フィリップと友達になってから、お忍びで人間界へ来ることも多くてね。流石に本名はマズいと思って、当時即興で付けたんだよ」

「それが思いのほか定着しちまったってことだろ?」

「まぁね。本名もじってるだけだし」


 フィリップの問いかけに、ビューは苦笑する。同時に心の中で思った。まさか本当に本名と化するとは思わなかったと。

 魔界からの脱出後、フィリップの元へ向かったのは、自分が無事であることをちゃんと知らせるために過ぎない。どうするかは特に決めていなかった。


『それなら、ウチの従業員にならないか?』


 フィリップからそう言われた際、ビューは反応することが出来なかった。急に何を言い出すんだろうと、そんな疑問でいっぱいだった。

 それが今では、すっかりビューという名前だけでなく、メシ屋の従業員という姿が板についてしまっていた。魔界のお城でトップの座にいたんですよ、と言われて信用する人が、果たしてどれだけいるだろうか。

 まぁ、普通に考えれば皆無である。何せ魔王は勇者によって倒されたと、世界各地に報道されているのだから。

 この先何があろうと、魔王に戻る道だけはあり得ない。そんなことをしても、余計に世界が混乱するだけだ。ならばこのまま、メシ屋の従業員という、第二の人生を満喫するのもまた一興だろう。

 魔王ゼビュラスは、メシ屋の従業員ビューとして生まれ変わった。そう考えると凄くしっくりくる気がする。

 ビューがそんなことを考えていると、法皇が深いため息をついてきた。


「しかしまぁ、なんというか……レイモンド王子も哀れだな。魔王討伐をすっかり自分の実力だと思い込み、完全に舞い上がっておる」


 法皇の言葉に、それぞれが心の底から納得するかのような深いため息をつく。

 フィリップとビューは新聞や雑誌の記事にて、そして法皇とイザベラは王都で実際に行われた演説において、胸を張るレイモンドの姿を見ていた。

 色々と思うところは多かったが、当時この情報を見聞きしたときに、四人が抱いた意見は一致していた。

 よくもまぁ、勇者でもないのに勇者らしく振る舞えるモノだなと。

 それは今でも意見の一つとしては変わっていないが、フィリップは同時に思っていることもあった。


「けどレイモンドって、才能や実力はちゃんと凄い形で持ってるんだよな」

「うん。魔界騎士たちと戦って勝つくらいだからね」

「冒険者ギルドでも、腕利きとして認められていたくらいだし」

「そこがヤツの少々厄介な部分でもあるな」


 ビュー、イザベラ、そして法皇が頷くのを見て、更にフィリップは言う。


「今回ばかりは、レイモンドの言動も無理はないでしょう。魔王を倒して自分も勝利に貢献したとなれば尚更です。ましてや魔王側が、負けること前提で仕組んでいただなんて、普通は想像しないでしょうからね」


「む? あぁ、まぁ、それも確かに言えてはおるな」


 フィリップの言葉に、法皇がどこか戸惑う様子を見せていた。それに対して、いささか疑問に思ったフィリップは、きょとんとした表情で法皇を見る。


「……何か意味違ってました?」

「別に違うというワケではないが……」


 歯切れの悪い法皇に、フィリップだけでなく、イザベラやビューも首を傾げる。明らかに疑問を浮かべている表情だったが、法皇は答えることなく、気を取り直すかのように、熱い茶をすすった。


(流石にワシの考え過ぎか? しかし今の魔界の状況……それをあの男が予想していなかったとは思えん。いくらなんでも杞憂であってくれれば良いが……)


 とある光景が頭の中に思い浮かび、法皇の表情が苦々しいモノになる。

 その様子にフィリップたち三人が顔を見合わせ、代表してフィリップが法皇に声をかけようとしたその時――


「ん?」


 声が聞こえてきた。若い男らしき者が感情的になって叫んでいる。それも段々と近づいてきているのが分かった。

 フィリップたちが立ち上がりながら身構えていると――

 ―――ガシャアアァァーーンッ!!

 入り口である引き戸が思いっきり蹴破られた。

 その奥には兵士らしき甲冑を身に纏った者たちが大勢おり、その中央では、恐らく引き戸を蹴破った張本人であろう男が、まさに蹴った直後の如く、右足を上げたまま睨んでいた。


「フン……こんなきったねぇ店にいるとは……っ!!」


 しかしその直後、男がとある一点を見た瞬間、目を見開きながら足を下ろす。

 そして――


「イザベラ! ようやく見つけたぞ! さぁ、俺と一緒に王都へ帰ろう!!」


 瞬時に途轍もなく嬉しそうな笑みに切り替わり、男はイザベラに向かって、両手を広げながら叫ぶように言った。

 それに対してイザベラは、まるで親の仇を見るような目で、男を睨みつける。


「レイモンド……」


 地の底から這い上がって来たかのような声は、とても冷え切っていた。それを聞いたフィリップたち三人は、思わず身震いしてしまうのだった。



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