第十一話 決戦の裏側~自演~
翌日の深夜、路地裏のレストランにて、ゼビュラスとその配下たちと、大魔界都市での協力者が集結していた。
簡単な顔合わせと作戦会議を行おうとしているのだ。
それぞれ飲み物と軽食が並べられたテーブルに腰を落ち着けたところで、フィリップが前に出てきた。
「それでは、今回の作戦について話していきたいと思いますが……その前に一つ」
フィリップが人差し指を立て、レストラン内を軽く見渡しながら言う。
「正直、これだけの方々に協力してもらえるとは、全く思ってませんでした。ゼビュラスの友達として、改めて心から、お礼申し上げます」
深々と頭を下げるフィリップに、皆が笑みを浮かべて頷いた。そして数秒後、頭を上げたフィリップが、小さな頷きとともに話を切り出す。
「では改めまして話していきたいと思います」
フィリップが立てた作戦――結論から言えば、ゼビュラスが勇者に倒されたと見せかけ、逃亡を図るというモノである。
魔王の配下は、可能な限り事前に避難を済ませておき、極力ゼビュラスと勇者たちの直接対決のみに留まらせる。そして全力でぶつかり合ったのち、倒されたフリをして戦線離脱し、勇者たちが城を去ると同時に魔王の城を崩壊させる。
そのドサクサに紛れて、マスターたち率いる大魔界都市の人々の協力を経て、ゼビュラスを魔界から脱出させるという算段であった。
理論上、犠牲は魔王の城だけで済むというのが、フィリップの弁であった。
魔界を建て直すためにも、余計な犠牲を生み出すことは避けたい。その配慮から考え付いたことであった。
これには大半の者が納得するかのように頷いていた。しかし、満場一致というわけにもいかなかった。
「俺は納得できねぇなぁ……あぁ、できねぇよ」
いかにも血の気の多そうな、大柄な筋肉質の配下が、唾を吐き捨てるような勢いでフィリップを睨みつける。
「確かに言ってることは分かる。そして正しいとも思ってはいる。確かに勇者たちは強ぇよ。真正面からぶつかったところで、勝てる保証なんかねぇのは、残念ながら認めざるを得ん」
「だったら……」
「けどよ! それでも……引きたくねぇって気持ちが、俺の中にはあるんだよ!」
フィリップの言葉を遮りつつ、大柄な筋肉質の配下が叫ぶ。
ゼビュラスも他の皆も、その気持ち自体は分からなくもなかった。戦わずして引き下がるなんざカッコ悪いにもほどがある。せめて勇者たちに、己の意地と力を見せつけてやりたい。要はそういうことなのだろうと。
大柄な筋肉質の配下が、拳を握り締めて険しい表情を浮かべるところに、フィリップが言う。
「まぁ、俺としてもその意見を否定するつもりはないが……仮に実際、そんなことをしたところで、少なくともアンタのことが、勇者たちの記憶に残ることはまずないだろうな」
「……そりゃ一体どういうことだ?」
細めた目をギラリと光らせながら、大柄な筋肉質の配下がフィリップを睨む。それに対して一瞬ひるみながらも、フィリップは理由を説明する。
「勇者たちの一番の目的は、魔王ゼビュラスを倒すことだ。たとえそれまでにどれだけ激しい戦いがあったとしても、後に勇者たちの口から伝わるのは、『皆で力を合わせて乗り越えた魔王を討ち取った』という一言だけ。それ以外のことが伝わる可能性は、恐らく限りなく低いと俺は思う。まぁ、要するにだ――」
フィリップは一息つき、大柄な筋肉質の配下をジッと見据えた。
「アンタを含む配下たちがどれだけ頑張ろうが、その記録は決して残らないということだ。少し考えれば、勇者たちが負けた事実を伝えないことぐらい、容易に想像はできるだろう。そんなのムダな犠牲も良いところだと、俺は思うんだがね」
苦々しい表情を浮かべているのは、大柄な筋肉質の配下だけではない。他の配下たちも同様であった。
口では納得しつつも、やはりどこかで納得しきれていなかったようだが、今のフィリップの言葉に反論することもできないようである。
実のところ、ゼビュラスも内心では不安に思っていた。フィリップの作戦に納得できず、その場でフィリップを黙らせようと暴れ出すのではないかと。
しかし配下たちは、ゼビュラスが思っていた以上に冷静さを保っており、表情にこそ出してはいないものの、驚いてもいた。
特に大柄な筋肉質の配下は、特に血の気が多いことで有名であり、作戦における最大級のトラブルメーカーになるのではと危惧していたのだが、少なくともちゃんとフィリップの話を聞いているようで、ゼビュラスがひっそりと安心していたのはここだけの話である。
しかし――
「フィリップとか言ったか? アンタの言うことはもっともだ。少なくとも言い返す余地は見当たらねぇ……だがな! それでも俺はやるぜ。俺にもプライドってもんがあるからよ」
大柄な筋肉質の配下は、決意を固めた表情で立ち上がる。
「すまねぇが魔王様よ。俺は俺で動かさせてもらう。だが誤解するな。俺はアンタのジャマをするつもりは全くねぇんだ。アンタが死んでほしくねぇってのは、俺も同じだからな」
迷いのないハッキリとした言葉に、ゼビュラスは深いため息をついた。
「……分かったよ。そこまで言うなら好きにすればいい。ただし、最後まで自分の身は自分でなんとかすること。いいね?」
「あぁ」
「他の皆も、暴れたければ暴れてくれていいよ。ただしフォローはできないけど。フィリップもそれでいいでしょ?」
そう問いかけるゼビュラスは、どこかスッキリとした笑みを浮かべていた。
諦めから来るモノなのか、それとも言いたいことを言ったが故なのか。判断のしようはなかったが、少なくとも今の問いかけに対する答えは、フィリップの中では決まっていた。
「まぁ、俺はあくまでアドバイザーだから。魔界側の問題に、そこまで首突っ込むつもりはないよ……って、なんかもう首突っ込み過ぎてる感もあるけどな」
苦笑するフィリップにゼビュラスも釣られて笑い、配下たち以外の他の面々も、似たような表情を見せていた。
更にフィリップたちは、決戦当日についての話し合いを進めていく。
魔王の城の最上階でゼビュラスが待ち構える構図は確定した。そして最上階までの道のりで、配下が数人ほど配置され、勇者たちを待ち構えることとなった。大柄な筋肉質の配下以外にも、勇者たちと戦いたいと願う配下が、数人ほどいたのだ。
ゼビュラスが好きにしていいと言った手前、反対意見が出ることはなかった。
それでも魔王の城は、ラスボスと中ボス少々だけという形になるため、勇者たちはさぞかし呆気にとられるだろうなとフィリップは思う。何せラストダンジョンが事実上一番ラクになるのだ。普通なら疑問に思えても不思議ではない。
無論、レイモンドあたりが勘づくのではないかという不安もあり、先日の密会でフィリップが提示した疑問でもある。
しかしイザベラは――
『あー、別に大丈夫だと思うわよ?』
と、あっけらかんとした表情で言い放っていた。
恐らくクリスティーナは疑問に思うだろうが、レイモンドは自分の力に恐れをなして逃げ出したに違いないと、都合の良い解釈をしてくれる可能性が高い。
下手に面倒な作戦を立てるよりも成功する可能性は高いだろうと、イザベラはフィリップの作戦を推奨するほどであった。
そんな会話もあったとフィリップが打ち明けると、マスターが悩ましそうな表情で問いかける。
「そんなヤツが人間界の王子なんかやってて大丈夫なのか?」
「さぁ?」
肩すくめるフィリップ。正直なところ興味もないし、知ったこっちゃなかった。
そもそも彼からしてみれば、レイモンドは知り合いでもなんでもない、単なる赤の他人そのもの。あくまで幼なじみの知人に過ぎないのである。
「まぁ、そんなことより、俺たちの役目は、ゼビュラス様が無事逃げられるよう、退路を確保するってところなんだろ?」
「そうだな。そのための順路や見張りを何パターンか選定し、あとは決戦までの勇者たちの動きとかも、念のため把握しておいたほうがいいだろう」
武器屋の男とマスターが会話する中、ゼビュラスが立ち上がってフィリップに近づいてきた。
「フィリップ。キミはもう、人間界へ帰ったほうがいい」
ゼビュラスがそう告げた瞬間、レストラン内の喧騒がピタッと止んだ。
「作戦はもう決まった。後はボクたちで取り決め、実行するだけだ。これ以上関わらせて、キミを後戻りできなくさせることだけはしたくない」
真剣な表情で言われたフィリップは、呆気に取られつつ、顎に手を添えながら少しばかり考える。
(確かにゼビュラスの言うとおり、俺の役目は終わったも同然だ。けど作戦の発案者としては、ちゃんと最後まで見届けないというのも、どうかとは思うが……)
そう思いつつも、これはあくまでゼビュラスの問題だという考えも過ぎった。
本来なら自分は無関係なハズであり、むしろ現時点で首を突っ込み過ぎていると言えるほどだ。身を引けるなら引いておいたほうが得策とも言える。
そこまで考えたフィリップは、改めて自分の優先順位はなにかを思い直す。真っ先に浮かんできたのは、村の片隅で開く予定の食堂――メシ屋だ。これ以上余計なことをして、変に先延ばしすることは避けたい。
(そうだな……やっぱり俺は……)
自分の中で考えがまとまったフィリップは、改めてゼビュラスに告げる。
「正直、そう言ってくれるとありがたい。申し訳ないが俺は、メシ屋の開業を一番に優先させたいと思っている。ここまでガッツリ関わっておいてなんだが、キリの良いところで、俺はお暇させてほしい」
しっかりと告げた。他の皆にも聞こえるよう、大きな声で言い切った。
ここまで来てそれはないだろう、と言われても仕方がない。縁を切られる覚悟はできている。確かに友達を失うのは嫌だが、それ以上にメシ屋を開業できなくなるほうが、よっぽど嫌だから。
それがフィリップの、揺るぎなき正直な気持ちであった。
「分かった。是非ともそうしてくれ」
ゼビュラスは強い笑みを浮かべながら頷き、そしてマスターに視線を向ける。
「マスター、フィリップの見送りを頼む」
「了解。俺が責任を持って、ゲートの外まで送り届けますよ」
ニカッと笑うマスターにゼビュラスは再度頷く。それを見たフィリップは、呆気に取られた表情を浮かべていた。
するとそこに――
「あー、まぁ何だ。とりあえず世話になった礼は言っておくぜ。ありがとうよ」
大柄な筋肉質の配下が、頭をガシガシ掻きむしりながら乱暴に言う。そこに他の配下の一人が驚いた表情を浮かべてきた。
「なんだよ珍しいな。お前がそんなことを言うなんて」
「うっせ」
顔を背ける大柄な筋肉質の配下に、他の配下たちが群がる。怒り声と笑い声の入り混じったじゃれ合いが繰り広げられる中、フィリップがゼビュラスに言う。
「ゼビュラス。俺はメシ屋を開いて待ってる。いつでも来てくれ」
「あぁ!」
ガシッと握手を交わすフィリップとゼビュラス。その後、会議は終了となり、ゼビュラスと配下たち、そして他の協力者たちもレストランを後にした。
そして、残されたマスターとフィリップも、裏口から店を出て、誰もいなくて薄暗い路地裏を歩き出す。
いつもなら遠くの大通りで、明るく賑やかな喧騒が聞こえてくるのだが、今はそれもよく聞こえない。勇者たちと魔王の激突がウワサされ、大魔界都市から避難しようとしている者たちが続出しているとのことだった。
裏路地を突き進んで大通りに出てみると、今まさにゲートから避難しようとしている一般市民の人々がたくさんいた。
「アレに紛れて外に出られる。まさに絶好のチャンスってヤツだな」
マスターの囁き声に、フィリップがコクリと頷く。
「それじゃあ、おやっさん、俺はこれで。またいつか、遊びに来ますから」
「おう。気をつけてな」
その別れの挨拶は、いつものフィリップとマスターのやりとりであった。とても大きな作戦を控えているとは思えないほどの、なんてことない挨拶。
しかしそれで十分だった。下手にあれこれ言えば調子が狂う。いつも通りが一番良いことは、二人もよく分かっていることだから。
フィリップは何食わぬ表情で、自然と人の波の中へ入り、そのまま流れに逆らうことなくゲートへ向かう。そして特に何事もなくゲートをくぐり抜け、大魔界都市の外へ出るのだった。
(ゼビュラス……なんとか無事に逃げてくれよ)
心の中でひっそりと願いながら、フィリップはそのまま歩き出した。
そして数日後、魔王城で魔王ゼビュラスと勇者たちの大激突が繰り広げられ、魔王が勇者たちに倒されたというニュースが広がるのだった。