第十話 決戦の裏側~協力~
森での密会を終えたフィリップたち。ゼビュラスとその配下たちは、一足先に魔王の城へ帰還した。
フィリップが話した作戦は、採用という形で落ち着いた。その作戦ならば、犠牲は魔王の城――すなわち建物だけで済むため、ゼビュラスも配下たちも、それで行こうと頷いたのだった。
そして現在、フィリップはイザベラと二人で町中を歩いている。
「なぁ、俺たちのこの状況、レイモンドに見られたらマズいんじゃないのか?」
「こんな町の端っこになんていないわよ。それよりも、夜遅くまでやってる喫茶店とかないかしら? 久しぶりに会えたんだから、もう少し話したいわ」
しれっと言い放つとともに、町の周囲をキョロキョロと観察するイザベラ。そんな彼女を見てフィリップは呆然とした表情で思う。
コイツ、本当に世界を救う勇者なのか、と。
確かに聖剣は与えられているし、実際にそれを使いこなしている。旅の途中で何度か再会したとき、たまたま目に焼き付ける機会があった。
勇ましい表情で戦うイザベラを見る度に、フィリップは思っていた。もう自分の知っている幼なじみは、どこにもいないのかもしれない。自分と彼女の道はどこまでも違う。同じ世界を生きているからと言って、こうしていつまでも一緒にいられるわけじゃない、と。
そう思いながら幾度となく別れを告げ、自分は自分の道――すなわちメシ屋開業を目指して、世界中を渡り歩く日々を続けてきた。
だからこそフィリップは、この状況がどうにも困惑を覚えてならなかった。
今、目の前にいるイザベラは、どう見ても年相応の一般的な女性にしか見えず、聖剣を持って戦う勇者という感じには見えない。
(コイツ、本当に生き生きとしてるよなぁ。計画上とはいえ、最終決戦を控えてるようには思えんぞ)
むしろこっちが本来の彼女だったのではないか。今までの勇者の姿は、全て作り込まれたニセモノだったのではないか。
フィリップはどうにもそんな気がしてならなかった。
(まぁ、決戦前の気晴らしとでも考えれば、別に変でもないか。それよりも……)
イザベラに対する考えを、半場強引に自己完結し、フィリップは改めて大魔界都市の街並みを見渡す。
(やっぱり勇者たちがいるせいかな? 前に来た時と比べて、町の連中がピリピリしている感じだ。町中でひと悶着起こしたらしいから、無理もないか)
それだけ勇者たちは、大きな爪痕を残してしまったということだ。
フィリップはその場にいたワケではないため、イザベラがどれだけ暴れたのかは全く知らない。もしかしたらイザベラは殆ど暴れず、レイモンドが中心となってやり合った結果なのかもしれない。
しかし加担している以上、自然と勇者であるイザベラに、責任が大きくのしかかってくるのもまた事実。たとえ暴れていなくとも、人々から様々な視線を受ける覚悟は必要だ。
(まぁ、幸いなのは、ここにいるイザベラが勇者だってことが、まだそれほど広まってなさそうだということぐらいか……)
耳を澄ませてみると、人間界から勇者一行が攻めてきた、という言葉は確かに聞こえてくるのだが、イザベラに対してあからさまに注目しているワケでもない。
つまり、勇者の情報と実際の顔が、まだ一致していないということだ。こうして比較的自由に歩けているのが、なによりの証拠だろう。
フィリップがそんな気休めに等しい安心感を抱いていると、目の前から厄介な人物が歩いてくるのが見えた。
「イザベラ。悪いけど俺、ここらへんで消えるわ」
「え、なんで……っ!」
イザベラが振り向いた瞬間、慌てて体ごと顔を背ける。遠くからレイモンドが歩いてくるのが見えたのだ。
このまま一緒にいるところを見つかったら、それこそ厄介なことになる。そんな気持ちを一致させた二人は頷き合い、フィリップが路地裏へと歩き出しながらボソリと呟いた。
「とりあえず、また明日な」
フィリップはイザベラの返事を待つことなく、駆け足で路地の中へ入り込む。
すると――
「イザベラ!!」
レイモンドが嬉しそうな笑顔で、イザベラの元へ駆け寄って来た。
「良かった、無事だったんだな。急にいなくなったから心配したんだぞ!」
「ゴメンゴメン。色々見てたら迷っちゃってさぁ……」
二人の声があっという間に聞こえなくなる。フィリップが立ち止まらず歩き続けているためだ。
勿論、闇雲に歩いているワケでもない。大魔界都市の中身は知りつくしており、次に向かう場所も、ちゃんと見当をつけた上で歩いている。
人がいない路地裏は、フィリップの歩きを遮ることはなかった。故に考え事をしながら歩いても、被害が出ることはなかった。
(イザベラとレイモンドか……前々から思ってたが、あの二人はそういう仲ってことなのか?)
そう考えたところで、フィリップの中に疑問が生まれる。
(でもなぁ……どうにもイザベラがレイモンドに対して、あんま良い印象を抱いてないようなイメージが強いんだよな。つーかむしろ嫌っている感じ? まぁ、単なる照れ隠しって可能性も……なんか違う気がする)
無論、確証があるわけでもない。たまにイザベラと再会した際に聞いた話から、フィリップが独自に推測を立てているだけだ。
思考を巡らせたところで、フィリップは小さくため息をついた。
(まぁ、それはそれで気にはなるが、今はそれどころじゃないもんな。ゼビュラスを助けるために、早いところ俺も動いていかないと……)
既にフィリップの頭の中では、さっきのイザベラの姿から、命を狙われている親友の姿に切り替わっていた。
そしていくつか大通りと裏路地を突っ切り、フィリップは立ち止まる。見上げたその先には、とある小さなレストランの建物があった。
「久しぶりだな、ここへ来るのは……さて、まずはおやっさんと話さないとだ」
小さく『OPEN』と記されたプレートが下げられたドアを開け、チリンチリンと鈴の音を鳴らしながら、フィリップは店の中へ入っていった。
◇ ◇ ◇
そのレストランは、フィリップが以前、大魔界都市に訪れた際、料理の修業がてらバイトしていた店である。
おやっさんこと、レストランのマスターと久々の再会を果たしたフィリップは、早速事の次第を説明するのだった。
「そうか。話は分かった。俺も協力させてもらおう」
マスターから真っ先に帰って来た返事がそれだった。まさかこうもアッサリ頷いてくれるとは思っておらず、フィリップは口をポカンと開けていた。
そんな彼の様子を見たマスターは苦笑する。
「おいおい、なんだよその顔は? 俺たちの大事な魔王様がピンチなんだろ? それで真っ先にお前さんは、俺を頼って来てくれたんだろ?」
「そ、そうなりますが……」
「なら俺からの答えは一つしかねぇな。大船に乗ったつもりで任せておけ!」
大きな拳で胸をドンと叩きながら、マスターがニヤリと笑う。
「とはいえ、流石に俺一人じゃ、心もとないのも確か……成功させるには、もっとたくさんの味方を増やす必要があるな。よし、早速集めに行こう!」
「いや、あの……店は?」
「安心しろ。見てのとおり客もいねぇから、閉店は自由だ。ハッハッハッ!」
豪快に笑うマスターに、フィリップは表情を引きつらせる。
確かにフィリップが入ってきた時点で客はおらず、フィリップも落ち着いて話を進めることが出来ていた。もっともその際、マスターが表のプレートを、『CLOSE』に変えてくれていたというのもあるのだが。
要するに現時点で、外から見れば閉店していることになるため、確かに問題がないと言えばない。
色々と疑問は残るが、それでも今の状況を考えれば、フィリップにとって非常にありがたいというのが正直なところであった。
「おやっさん。力を借ります。改めて、よろしくお願いします」
「おう。任せときな!」
頭を下げるフィリップに、おやっさんことマスターは、とても力強い笑みとともにサムズアップをした。
それからのマスターの行動は早かった。雑貨屋、武器屋、引退した元魔界騎士の老人などがあっという間に集結した。
フィリップの顔見知りもいれば、始めて見る顔も混ざっていた。しかし集まった人々は、全員がフィリップのことを知っていた。
何故ならマスターが井戸端会議よろしく、自分が仕込んだ料理人の弟子として、自慢げにフィリップのことを話していたからである。
豪快に笑いながらその事実を話すマスターに、流石のフィリップも恥ずかしそうに頬を染めていた。
しかしそれもつかの間、魔王様が危ないんだろという一言に、フィリップも落ち着きを取り戻す。そして改めて集まった人々に、事の次第を話すのだった。
「勇者たちの姿なら俺も見たぜ。フィリップの言うとおり、俺たち魔族を嫌ってるのは一人だけだった」
武器屋の男がレイモンドの姿を思い出しながら語る。次に口を開いたのは、雑貨屋を営む小太りの男であった。
「あっしも見た限りでは、勇者の嬢ちゃんはマトモな感じでしたな。傍にいた剣士の嬢ちゃんも、堅物そうな感じが強かったが、悪い印象はあまり感じなかった」
恐らくイザベラとクリスティーナのことだろうと、フィリップは思った。
フィリップは当時、まだクリスティーナとは会ったことがなく、イザベラから話に聞いただけだったのだが、概ね彼女が言っていた特徴と同じであった。
「むしろ厄介なのは、あのレイモンドとかいうヤツでしょう。溢れんばかりの才能を持つ王子として有名だそうです。実際、その才能と権力に溺れている様子が濃厚ではありますが、その実力は折り紙付きと言わざるを得ませんな」
元魔界騎士の老人が、顎髭を触りながら言うと、武器屋の男が唸り出す。
「魔界騎士たちを倒したのも偶然ではない……ということか」
「恐らくは……ボンボンだと思って、舐めてかからんほうが得策でしょうな」
厳しい表情を浮かべる元魔界騎士の老人に、集まった人々もマスターも、同意するかのように頷いた。
ここでフィリップが、片手を軽く上げながら発言する。
「実は俺のほうで、イケそうな作戦を一つ考えているんですが……」
「おぉ、どんな作戦だい?」
マスターの一言に、全員がフィリップのほうに視線を向ける。フィリップは若干たじろぎつつも、作戦の内容を詳しく説明した。
全てを話し終えると、集まった人々は一斉に厳しい表情で思考を巡らせる。自然とフィリップ自身にも緊張が走った。
受け入れてくれるだろうか。全て無傷で終わることが不可能なだけに、断固拒否する者が出てきても、何らおかしい話ではない。
そんな不安がフィリップの頭をよぎる中、周囲は徐々に笑みを浮かべ始めた。
「なるほどな。それなら無理なく実行できそうだ」
「聞いてしまえばシンプルですが……むしろそのほうが成功しやすいかもですな」
「うむ。他にも声をかけ、信用できる協力者を作るのも、難しくないだろう」
武器屋の男、元魔界騎士の老人、そして雑貨屋の男がそれぞれ言う。少なくとも拒否の類は全く見られなかった。
それを畳みかけるかのように、マスターが立ち上がりながら問いかける。
「じゃあお前ら、フィリップの作戦に異論はねぇってことで、良いな?」
『おうっ!!』
威勢の良い返事が飛び交い、あっという間に雰囲気が賑やかとなる。そしてマスターは、某立ちしているフィリップに視線を向ける。
「フィリップ。これで味方は増えた。皆で魔王様を……お前の親友を必ず助ける。必ずいい結果にすることを、ここで約束するぜ!」
ニカッと笑いながらサムズアップするマスターに、他の面々も頷いたり笑みを浮かべたりして続く。
それを見たフィリップは嬉しさを覚え、少し俯きながら笑みを浮かべ、そしてしっかりと顔を上げて言った。
「おやっさん、そして皆さん、本当に……ありがとうございます」
こうしてフィリップは、頼もしい味方を取り付けることに成功した。
一世一代の大作戦が水面下で着々と整っていく。改めてそんな実感をしつつ、本番に向けて、更に動き出していくのだった。