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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

乙女ゲームの世界

選ばれなかった彼は

作者:


 

 

 ただ、愛していたのだと。そう、思う。

 

 

 夜を詰めたような、黒い髪が愛しくて。優しげな琥珀の目が儚くて。手を伸ばして触れてしまえば一瞬を経て消えてしまうような。

 

 そんな危うさのある彼女を。

 

 

 「リック、どうしたの?」

 

 守りたくて、剣を取った。

 

 「ううん、何でもないよ」

 

 

 彼女は可愛い。そして綺麗で、そばに居ると心地がいい。それはきっと俺以外にもそう思っている人がいるんだろうとは思う。

 

 俺は彼女を守る一人に過ぎなくて。

 

 俺が彼女を救うやつになれる気はしなくて。

 

 

 憂いを帯びて俺やほかの男の心を軽くしていく彼女をただ見るだけだ。

 

 

 略奪愛? そんなもの、俺は嫌だ。甘く、甘く甘やかして、蕩けるような笑みを浮ばせて彼女が幸せだと言ってくれなきゃ嫌なんだ。

 

 だから、俺は待つ。愛を囁いて。

 

 彼女に愛を告げる一人となって。

 

 

 それが幼い頃何も無かった俺に「素敵な手だね」と歩み寄ってくれた彼女が幸せならいい、それでいい。

 

 

 「ねぇ、リック」

 

 「なに?」

 

 「私ねマーシェリク殿下のことが───」

 

 

 たとえ、俺を選ばなくても。

 笑ってくれるのなら俺はそれでいいんだ。なあ、リサ。

 

 

 君は愛してるんだろう?マリクのことを選んで俺のそばから立ち去っていくんだろう?なら、なぜその目から憂いが消えないんだ。

 

 

 そんなんじゃ、俺はお前から離れられない。心配で、心配で。仕方なく。

 

 

 剣だこだらけの手はきっと、柔らかなリサの手を傷つけてしまうだろう。だから俺はリサの手はもう握らない。人すらも切ったことのある手はリサすらも汚してしまう気さえするから。

 

 

 だから、リサの知らない場所で、俺は守ると誓っていた。マリクと歩むと決めたのならば次期王妃になる覚悟ができたというのなら、ならばその憂いが消えるまで俺が傍にいよう。

 

 

 愛しい。愛しい俺のたった一人の幼馴染み。

 

 

 「リック!ねぇ見て!」

 

 大切な大切な

 

 

 俺の守るべき人。

 

 

 愛している。守ってみせる、その綺麗な瞳も壊れそうなほど華奢な体も。

 

 抱きしめさせて貰えるなんて思っていない、本心を君に告げることはきっともうない。なぜ、剣を手に取ったのかをあんなに嫌がった人を殺すことをしたのかを君に教える日はきっと来ない。

 

 「…リック、?」

 

 分かっていたんだ、リサ。君が俺を選ばないことは。君は昔から王子様の物語が好きで、俺の方が文字を読めたこともあってたくさん読まされたから。覚えているんだ。

 

 

 大切な大切な昔の事を。

 

 「リサ、振り返ったらダメだ」

 「リック?」

 「真っ直ぐ、歩いて森を出て。」

 

 それだけあればいい。この記憶があるのなら俺はもうそれでいい。だから。

 

 

 「幸せになれ、リサ。」

 

 俺の願った幸せを、掴んで笑え、リサ。

 

 

 唖然として俺を見る綺麗な目に微笑む。心配入らない。マリクがきっと君を待っている。この森の抜けた先で。

 

 「リッ───」

 「走れッ」

 

 俺に手を伸ばそうとするリサを振り切るように剣に手を当てて振り返る。向かってくる数は三人。

 リサは俺の怒鳴り声に押されるように駆け出していた。俺ももう振り向くことはない。

 

 

 …できるなら、その顔をその目をこの胸に焼き付けたかった。もう会えないであろう君を抱きしめて、愛を告げて、キスを零して、幸せになって欲しいと。

 

 きざったらしくカッコつけて。

 

 

 「チッ、お前ら追え!」

 「行かせねぇよ!」

 

 でも、もういいんだ。

 

 リサを護ろうと誓った。リサがマリクを選んだその瞬間に。

 

 

 もう俺は愛を告げないと。

 

 君の心を惑わせることはしないと。ただ、守るだけの騎士であろうと。

 

 誓った。

 

 

 

 腕が軋むほど強くしならせて、敵を薙ぐ。力量の差は分かりきっている。二人なら辛い戦いでも勝てただろう。だけど。

 

 三人では無理だと知っている。

 

 それ程までにこの男たちは甘くはない。知っている、分かって、いる。

 

 俺はもう、ここで死ぬのだと。足掻きとして首をはねた男のそばに俺が倒れ込む。ほか二人に剣をつきたてられては抜かれ、起き上がろうとすればまた刺される。

 

 「ぐっ…ぁ」

 

 リサ。

 

 

 君はどうか。幸せになって欲しい。

 優しくて残酷な君だから。

 

 いつまでも憂いたまま愛を口にする君だから。

 

 俺は君が心配でしかたない。

 

 

 滲み薄れていく視界で、まだ足止めをしようと立ち上がろうとする。足が震えたし、血も止まらない。もう助かる範囲を超えてしまっていて、すぐに倒れ込んでしまいたいとそんなあまさがでる。

 

 

 でも、俺は──リサを守る騎士だから。

 

 

 馬鹿な、騎士だから。

 

 

 だから。

 

 

 

 「リック!!」

 

 彼女の怒鳴るような悲鳴のような声を聴いて目を閉じる。…ああ、マリク。頼む、リサを幸せにしてほしい。

 

 俺の分も、…いや、俺たちの分も。

 

 倒れていく体をそのままにする。リサとマリクを守るように剣を抜いた親父を見て俺は小さく笑った。

 

 

 

 小さい頃は親父が嫌いだった。厳しすぎるほど俺を鍛えさせたし、人を殺すことを強要した。こなしてきた俺も俺だが。

 

 

 でも。親父ほど強い男を俺は他に知らない。

 

 

 バカなリサ。

 

 ととっとと逃げて安全な所でマリクに守ってもらっていればよかったのに。俺のことなんて気にせずに。

 

 「リック…リックぅ!」

 

 泣き出すリサの涙を拭いたい、でも、もう腕は上がらなくて。その涙はもう俺には止めることは出来ない。

 

 昔はリサの涙を止めるのは俺の役目だったのに。

 

 

 それももう、終わるんだ。

 

 

 「やだ…やだ!」

 

 「ちゃんと、好き嫌いせず…食べろ…よ」

 

 「リックぅ!」

 

 「ちゃんと、お祈り…覚えるんだ」

 

 「やだぁ!」

 

 「立派な王妃様になれ…マリクと…」

 

 

 

 

 「幸せになれ。」

 

 

 愛してると、口にしておわれたなら。それはきっと悲恋の物語で終わるだろう。でも、リサは俺を愛してるわけじゃない。

 

 だから、俺は言わない。

 

 リサ、幸せに。

 

 たくさん愛されて、たくさん愛す、国母として、マリクのそばに立ち続けてくれ。

 

 

 俺の見ることの出来ない未来を俺は、願ってる。

 

 

 

 ───────

 ───

 

 

 

 痛みもなく、苦しみもなく。喜びも何もなく俺はそこに存在した。

 今はいつで、ここはどこで、なぜ俺は消えてないのか。疑問は過ぎるが、特に何も答えは浮かばない。

 

 

 ただ闇の中で一人。いや、無の中でただ個としての概念を無くしただけなのかもしれない。いずれ、俺もこの中に溶けて、消えていくのかもしれない。

 

 

 《 いいのか 》

 

 なにが、と問おうにも。

 もう、どう話せばいいのか忘れてしまった。

 

 

 《 このまま、溶け消えても 》

 

 よくは、無いだろうな。

 リサやマリクのことが心配だ。

 リサは後先考えず直感で考える癖があるし、マリクは直感を信じれず卑屈になる癖がある。

 

 心配事の耐えない二人の親友が心配で、しかたない。

 

 《 …見届けたいか? お前が最も守ろうとした存在たちの人生を 》

 

 ああ、見たいね。きっと二人の子なら可愛い子が生まれる。あの二人のいい所をとった子が生まれてくれれば俺は嬉しい。

 

 《 愚か者 お前がアレの隣に立つ未来もあったのに 》

 

 …それは俺が決めることではない。

 リサが決めること。彼女が選ぶ権利があった。愛する人を。そして、彼女は選んだんだマリクを。

 

 《 何もお前があんなに苦しむことは無かったろうに 》


 それでも、よかった。

 

 そう思える最後だったと、そう思ってる。

 

 《 お前は 本当に── いいだろう その願い叶えよう 》

 

 叶えられるのか? 本当に? 俺はまた彼女のそばにいれるのか。


 そうか、そう… 感謝する。誰かは知らないが。


 《 …対価はもらう、馬鹿な男め 》


 それでも、いい。彼女をまた守れるなら俺は──

 

 

 ──────

 ───

 

 

 目を開ける。

 

 傍には何かの温もり。

 

 温かくて、柔らかな温もり。

 

 “リサ”と良く似た容姿をした子供はすやすやと眠っていた。

 

 「…ここは、どこだ。」

 

 見慣れない豪華な部屋はこの子供の部屋らしく全てのものが小さめだ。そして、本棚にはたくさんの本が詰まっている。

 周りから目を自分に戻す。…手が少し光をおびていて、近くに微精霊が飛び回る。楽しげな彼らは俺の側にいる。…微精霊がこの距離まで来るのは精霊の愛し子か精霊にだけだ。俺は愛し子ではないと確信できる。

 愛し子なら、俺の手は光を帯びるはずかない。俺は精霊になったのだ。あの声の主の言う通り、俺はあの二人を見守れる。

 

 「ん、」

 

 ベッドで眠る存在が小さく身じろぎをするものだから、視線を再び子供に移せば夢うつつの眼が俺を見ていた。

 

 「……だれ?」

 

 舌っ足らずなその声に思わず笑いそうになる。リサに仕草までそっくりだな。

 

 「さあ、君こそ誰だ?」

 

 「僕? 僕はヴィリック」

 

 「ヴィリック?」

 

 「うん、お母様を守った騎士の名を貰ったんだって」

 

 …そうか。

 

 涙が頬を伝う。そうか。ちゃんと、俺のことを忘れないでくれていたのか。ヴィリックの歳からしてもう五年は経ってしまっているだろう。それでも、俺のことを忘れていないのかと嬉しさで涙が出てくる。

 

 「で、? おじさん誰?」

 

 「…俺は──精霊をしている」

 

 ヴィリックの目が見開かれそしてふんわり微笑む。リサと似た笑顔で胸のどこかが痛む。なぜだろうか。

 

 喜ばしいはずなのに。胸のどこかが軋んで、隙間が空いたように少し、心許ない。

 

 

 「暇なの? 僕の部屋にいるってことは」

 「…見に来ただけだからな、暇といえばそうだろう」

 「ならさ、僕の友達になってよ!」

 

 “「なら、私が友達になるよ!」”

 

 同じ顔で同じ言葉を言う子供の声を聞きながら目を閉じる。───友達。

 

 

 もう俺としての名はない。騎士として死んだ俺の名は、このヴィリックに引継がれた。それは良いことだと思う。だけれど。

 

 胸のどこかが、痛くなる。何故だか、無償に逃げたくなるのだ。この存在から。

 

 

 「だめ?」

 「…いいだろう、俺に名前をつけろ。そしたら俺はお前のそばに友としていよう」

 「じゃあね…どうしようかなぁ」

 

 悩ましげに眉間にシワを寄せる小さな存在をただ、ただ見つめる。

 

 「…んと、決まった! おじさんの名前はね、リック! 僕の名前から分けてあげるね! 僕のことはヴィーと呼んで!」


 

 …そう、か。精霊となった今でも俺はリックとなるのか。そして、彼女と同じ顔したヴィリック…いや、ヴィーの側で。

 

 

 「ああ、よろしく。ヴィー」

 

 

 でも、それもいいかもしれない。あの二人だけでなく、ヴィーを見守るのも。どうせ精霊になってしまった。長い時の中、三人に使う時間なんて短いのだから。




 

 

 

 

  

 

終わりです。


彼は大切なものを失って二人のそばに居ることになりました。

それは声の主の優しさなのか、嫌がらせなのか。


こうして彼は人間の馬鹿な男ではなく、馬鹿な精霊になるのです。


馬鹿なのは変わりません、お人好しなのも変わりません。



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皆様ありがとうございます!

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