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4-3 歩く練炭女

 巨大な入場用の門に据えられた警備員の詰め所で、身分証明書の提示と引き換えに入場パスを貰い、敷地内に通された星双の面々は、ひたすら圧倒され続けていた。

 大学と高校の敷地が混ざり合っているが故に、普通の高校では考えられないほど多くの校舎や建物が、所狭しと乱立している。

 更に、ゴールデンウィークだと言うのにも関わらず、様々な種類の服装に身を包んだ同年代の少年少女があちらこちらに散見され、スポーツ強豪校たる所以を見せ付けていた。

 興奮冷めやらぬ一同が通されたのは、小ぢんまりしてはいるが比較的新しい校舎の中にあった、『工作室』と銘打たれた、だだっ広い一室。

 複数の生徒が一度に作業するための巨大な据付の机が並んでいるのは、あくまでも教室の前半に過ぎず、恐らく作成にそれなりのスペースが必要なものを作るためであろう、机も椅子も何もない教室後半のスペースには、既に巨大なコースが備え付けられていた。


 「おおー、結構でかいなー、このコース」

 「JCJC三セット分くらい…いや、もっと?」

 茉莉と昴流が、いつもより広大なコースで走れることに嬉しさを隠さずにそう言うと、葉月が自慢げにない胸を張ってくる。

 「どーだ! ボクの家からもコース持ってきたんだぞー!」

 「え、コース持ってるんですか!?」

 葵が羨ましそうに言うと、瀬都子もそれに同意する。

 「ええなー、ウチ、マンションやから苦情が怖くてなぁ…」

 「紅林さんだけで三セットも?」

 昴流が熱海に確認を取ると、熱海は首を振る。

 「いえ、若森さんが一セット、紅林さんが一セットと単品で数セクションとラップタイマー。残りの一セットとスロープなどは部費とカンパで何とか揃えました」

 「部費!」

 その一言に反応した茉莉が、その脇に突っ立っていた黒江に詰め寄る。

 「あたしらも部費とか貰えてんだろ!? コースは…まぁ小鹿模型使えば良いからパーツ買ってくれよ、3mm厚カーボンとかチタンシャフトとか蛍光タイプ5シャーシとか!!」

 「…今回の往復のガス代だけで消えたわ阿呆が。あとタイプ5とか絶対使わんじゃろ貴様」

 余りにもがめつい茉莉にあきれ果てる黒江であったが、茉莉が二の句を告ぐ前に、耳を劈く声が聞こえてきた。

 「よーし! アオ太! 早速レースだレースだー!!」

 「だからアオ太って何ですか!」

 ツッコミを入れながらも、律儀に荷物を降ろしながらポータブルピットに手をかける葵を、熱海が制した。

 「青宮さん、紅林さんも待ちなさい」

 言いながら、隅にあったホワイトボードをゴロゴロと転がし、全員に良く見える位置まで持ってくる。

 そして、水生ペンでボードを一度パシッと叩いて注意喚起をすると、全員に最初のメニューを言い渡した。

 「まずは全員、このコースで同一条件でタイムアタックをしてもらいます!」

 「えー!?」

 既にタイマン勝負をする気満々だった若葉が、非難がましい声を上げる。

 しかし、熱海は一歩も引かなかった。

 「個人的なレースなら、今日のカリキュラムを終了してからにしなさい! あくまでも今回の合宿のメインの目的は、互いのチームにチーム戦を意識した能力アップを施す事ですよ!」

 「ちぇー」

 それ以上何も言えないのか、口を尖らせながらも黙る若葉。

 その様子を確認した熱海は、意外に綺麗な楷書体でボードに文字を刻みながら、よどみなく説明してゆく。

 「まず今回の合宿のスケジュールですが、利原さんと話し合った結果、以下の通りとなりました。特に星双の皆さんは、異論があれば遠慮なく挙手をしてください」

 そう言うと、丁度文字を書き終わったのか、ペンの尻でボードをペシッと叩いて注意喚起を促した。


 一日目(本日)…タイムアタック後、二名ずつペアを組み、セッティング等のノウハウの伝授とマシンの性能・各人の知識の底上げ

 二日目…1日目と同様の行程の後、再度のタイムアタックで実力を把握

 三日目…チーム戦の練習(実戦形式あり)

 四日目…午前中はチーム戦の練習、午後からはスプリングGP対策会議並びに5レーン用にマシン改修

 五日目…スプリングGP愛知大会、終了後現地解散


 『スプリングGP!!?』

 数千人単位のミニ四レーサーが一堂に集うビッグイベント。

 その文字を視認した内、幹乃と黒江以外の全員が大声を上げる。

 無論、そんな話は露ほども聞いていなかったからだ。

 「す、スプリングGPってあれですよね、タミヤの公式大会…」

 「うん、そーだけど、ボクも公式出た事ないぞ…」

 あれやこれやと騒ぎ立てる一同が、自然に静まるのを待たずに、熱海が両手を叩いて注目を無理矢理集める。

 「静かに! 利原さん、説明を」

 「あ、そこは私ですか」

 急なバトンタッチに戸惑う幹乃であったが、話し合い自体は綿密に行っていたのか、咳払い一つでスラスラと言葉を発し始めた。

 「えーと、まず一日目と二日目は、全員のレベルの底上げをしないとチームで勝ち進むのは難しいから、上手い人に下手な人を引っ張りあげてもらおう、って目論見で決めました」

 「…まぁ、確かに」

 昴流が頷くと、他の全員も異論は無いようで、黙って首を縦に振ってくる。

 「三日目四日目は置いといて、スプリングGP…なんだけど、一応ちゃんと目的はあって」

 言いながら、一旦言葉を纏めるために空を睨み、すぐにまた全員に向き直る。

 「5レーンコースに対する経験をちゃんと積んでおきたい、ってのが理由。HTMCの詳細はまだ出てないけど、タミヤが主催するならどこかで5レーンコースでの勝負になるだろうし…少なくとも私と一枝は未経験だから、それじゃ話にならないかな、って」

 「あ、僕もです」

 「ウチもー」

 幹乃の発言を肯定するべく声を上げた葵と瀬都子を見た熱海が、怪訝な表情で尋ねる。

 「青宮さんと赤橋さんも? えーと…それじゃ、逆に5レーンコースの経験がある人、挙手をしてくれないかしら」

 おずおずと尋ねると、挙手をしたのは、意外なことに昴流一人だけであった。

 「紅林さんや下川さんも未経験なんですか?」

 意外そうに葵が尋ねると、後頭部を恥ずかしそうに掻きながら、言い訳するかのように若葉が口を開く。

 「いやー…大阪とか愛知とか福井とか、行こうと思えば行ける距離なんだけど…」

 「…葉月ちゃん、お金の使い方荒くて、お小遣い全然残ってないから…」

 消え入るような声で千花が補足すると、途端に葉月が食って掛かる。

 「よけーなこと言うなって!」

 そんな二人を無視し、昴流が幹乃の意見を肯定する。

 「確かに、利原さんの仰るとおりだと思います。3レーンも5レーンも基本は変わりませんが、やはりそれぞれに合ったパーツなどはどうしても出てきてしまいますし」

 「ありがとう、えーっと…昴流ちゃん…で合ってたよね?」

 「どうも」

 事も無げに礼を受け止めた昴流は、幹乃の提案を補強するべく、口を開いた。

 「それに、もう一点大事な事が学べるから、是が非でも行っておいた方が良いわね」

 「?」

 その一声で全員の耳目を集めた昴流は、立ち上がって全員に向かって語りかける。

 「公式大会は一人で参加するより、複数人で参加した方が何かと利点が多いのよ。動画を取ったり、タイムを計ったり、単純にピットの留守番をしたり…」

 「…つまり」

 昴流と教師を除けば、一番頭の切れる葵がいち早く意図を把握し、昴流に問いかける。

 「チーム戦の予行練習になる、ってことですか?」

 「予行練習になるかどうかはともかく、『チームとして動く』事に慣れるためね」

 元々異論があるわけではなかったが、そこまでメリットを提示されては、誰も何も言う事は無い。

 全員に意思確認を取ると、誰もが無言で首を縦に振ったため、早速幹乃が音頭を取り出した。

 「まずは全員の実力を見るためのタイムアタックやって、その後は実力に差がある者同士でマンツーマンを組んで、各々のレベルを引き上げる方向で!」

 「…幹乃かーちゃん、そのために両軸できる人呼んだな?」

 「母ちゃん言うな! あと何が悪い!」

 白眼視しながら葉月が突っ込むと、弾かれたように幹乃が言い返す。

 「…あと、あたしと一枝が足引っ張ってるし、もう形振り構ってらんないから…」

 急に顔を背けた幹乃に対し、もはや誰も何も言えない。

 ひとまずはスケジュール通り、タイムアタックをこなす事にした。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 「……現実は残酷じゃのー」

 ホワイトボードに刻まれた文字を見た黒江が、呆れを隠さずにぼやく。

 それほどまでに、三回のタイムアタックで各々が出したベストラップと言う名の数字は、残酷な現実を叩きつけていた。


1.屋田昴流  17.87

2.紅林葉月  17.89

3.下川千花  19.07

4.新土茉莉  19.15

5.赤橋瀬都子 19.21

6.青宮葵   19.34

7.若森一枝  コースアウトにより記録無し

7.利原幹乃  同上


 「…うーん…二位の紅林さんと三位の下川さん、一秒以上差が開きましたか…」

 トップ2人とその他との実力の開きように、どうしたものかと思案した熱海は、ちらりと黒江に目線を送り、無言で意見を要求する。

 「…ま、他に案も思いつかんし、最初に思いついた方法でやるしかないんじゃないかの」

 投げやりに黒江が言うと、他に方法が思いつかないのは熱海とて同じなのか、嘆息して全員に指示を飛ばす。

 「…では当初の予定通り、ペアを組んでこれから二日間、各人のレベルの底上げに励んでもらいますが―――」

 「ボク、アオ太と組むー!!」

 「僕ですか!?」

 熱海話を最後まで聞かず、盛大に挙手をした葉月は、葵と熱海が二の句を継ぐ前にワガママを並べ立てた。

 「いいでしょ!? ボクがXXでアオ太がX、似たようなもんだから教えやすいし!」

 「ですからアオ太って…」

 「……それもそうですね」

 葵の苦情はひとまず置いておき、熱海は冷静に周りを、そしてホワイトボードを見返す。

 「…確かに、我が校で一位の紅林さんと、星双で最か…あ、いえ、四位の青宮さんとであれば、他の皆さんとのパワーバランスも取りやすいですしね」

 「…素直に最下位と仰って下さい…」

 下手に気を使われて余計に傷ついた葵に、熱海がフォローを入れているのを無視して立ち上がった昴流は、極めて冷静に後を継いだ。

 「それなら、当初の予定通り、両軸同士という事で私が利原さんとですね」

 「…ゴメン、よろしく…」

 数度トライしても一度も完走できなかった事が尾を引いているのか、どこと無く影を落とした幹乃が頭を下げる。

 「ほな、ウチはVS同士で千花ちゃんとやねー。よろしゅうなー」

 「…………よ、よろし…く……」

 蚊の鳴く様な声を振り絞って挨拶をした千花に、にっこりと笑いかける瀬都子。

 そんなほほえましい光景の真横で―――

 「はっはっは。なら私はどこかで見た覚えがある気がするけど思い出せない少女Qとだな」

 「…せめて名前くらい呼んでくれよ、余り者ペアとはいえ」

 「…にいずち君?」

 「自己紹介聞いてたか!?」

 どこまでが本気なのか、あるいは全てが本気なのか。

 すっとぼけた事ばかりを言う一枝に、食って掛かる茉莉。

 「……アイツら組ませて大丈夫なのか?」

 「……若森さんと組むとなると、多分大抵の人がああなりますから…」

 一応の教育的配慮を黒江が見せるも、熱海にそう言われては何も返せない。

 かくして、今後の鍵を握る二日間が、スタートする事となった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 この家に越してきてから、およそ二年半の時が過ぎた。

 だが、ここ一年は専ら寮での生活が主だったため、時々帰省するこのマンションに、赤橋準子は未だに慣れないままであった。

 「…………」

 チャイムすら押さず、無言のまま鍵穴に錠を差し込み、室内へと脚を踏み入れる。

 誰にも顔を合わせず、殆ど使っていない自室へと向かおうとしたが。

 「ん?」

 まだ昼前…否、彼女にとっては既にというべきか。

 昼前という時間帯にも拘らず、脱衣所から赤茶色のロングヘアを拭きながら出てきたのは、彼女の良く見知った人物であった。

 「おかえり~、準子」

 「ただいま、姉さん」

 準子の姉であり、同時に赤橋家の長女である早紀子に声を掛けられ、おざなりな挨拶で返す。

 特に話す事も無いため、さっさと部屋にしけこもうとした準子の背に、姉からの言葉が浴びせられた。

 「瀬都子なら、今日から合宿だかなんだかで、GWいっぱいおらんで」

 「…知ってる」

 そのまま淀みなく、ドアノブに掛けられた手。

 その右手が下がりきるより早く、早紀子がため息とともに、呆れた声を発した。

 「何があったんか知らんけど、いつまで意地張っとるん」

 「?」

 何を言っているのかがわからず、思わず自室へと進みかけた足が、その場で止まる。

 それを見計らってか否かは不明だが、早紀子は遠慮無しに準子に言いたいことを言い始めた。

 「瀬都子からのメール、ちゃんと読んどる癖に、何でそないにあの子を邪険に扱うん?」

 「…………何を根拠に」

 無論と言うべきか、準子と瀬都子との不仲―と言っても準子が一方的に嫌いだしただけだが―に関しては、早紀子の耳に入っている事くらい、百も承知であった。

 だが、瀬都子から時々、返信が帰ってこないにも関わらず送り付けられる近況メールの行方に関しては、彼女が与り知る筈が無い。

 何らかのブラフを警戒した準子であったが、向こうは確信を持って会話を続けてきた。

 「うちがお父ちゃんとお母ちゃんに言っといてん。瀬都子のGWの予定を準子に教えるな、って。となると後は瀬都子のメールしか、瀬都子の行動を知る手立てはあらへんやろ」

 「…………」

 全て見透かされている。

 自覚した準子であったが、かと言って白旗を揚げるつもりも無いようで、無言のままドアを開く。

 その軋んだ音で、妹の選択した行動を把握した早紀子は、非難の色を強めて語りかける。

 「あんたは何がしたいん!? ちびっとは瀬都子の気持ちも考えよし!」

 「何も言われる筋合いなんて無い!」

 会話を強制的に打ち切り、自室へと逃げ込んだ準子。

 眼鏡を通して見えた世界は、窓がない上に眼が慣れてすら居ないため、一寸先すら見えない闇の世界。

 「……何がしたい、って……!」

 歯軋りと共に、呪詛のように言葉を吐き出し、ぶつけどころの無い怒りを込めた右拳を、壁に叩きつける。

 「……私だって、どうすれば良いのか分からない……! 分からないのに……!」

 誰にも吐き出せない気持ちを抱えたまま、壁に背を預け、ずるずると崩れ落ちる。

 その呟きを拾うものは、早紀子も含め、誰一人として居なかった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 「ぜんっぜんダメだな!」

 空色にペイントされたマシンを一目見るなり、葉月は一言で切って捨てた。

 「……いや、まぁ分かってましたけど…」

 余りにも遠慮の無さ過ぎる一言ではあったが、反論できるはずも無いため、葵は言葉尻を濁して苦いものを飲み込む。

 それを余儀なくされるほど、二人の間の実力差は、タイムが歴然と突きつけていた。

 「まぁいっか。幹乃かーちゃんたちが世話になるんだし、アオ太の世話はボクが焼いたげる」

 「アオ太…いえ、もういいです、よろしくお願いします」

 釈然としないものに物申したくなった葵だが、ひとまずの問題はそんな所ではなかったため、再度苦渋を飲み干す事にした。

 「まずさ、Xシャーシの長所って何だと思う?」

 「え?」

 唐突に質問された葵は、脳内のアーカイブをひたすらひっくり返し、ハウツー本に書いてあった通りのことを口にする。

 「直進安定性が高いところ…でしょうか?」

 「んー…30点」

 一言で切って捨てた葉月は、葵が何かをいうよりも早く、自らの愛車を右手でひょいと持ち上げ、適当に眼前のテーブルに放り投げる。

 「ちょ…」

 何してるんですか、と葵が言うよりも早く、真紅に彩られたそのマシンは、無情にも重力によって机に叩きつけられた。

 「ほらね?」

 「何が『ほら』なんですか」

 愛車に対するぞんざいな扱いを見咎めた葵が、やや棘のある口調で返すと、葉月は『分かってない』とでも言いたげに肩をすくめて見せる。

 「今、全然跳ねなかったっしょ?」

 「…そういえば」

 言われて、先ほどの光景がはたと蘇る。

 ぞんざいに放られたにも関わらず、彼女のマンタレイは、着地の際に車体が全く暴れていなかった。

 「これがX系最大の長所。幅が広いから車体が安定しやすくて、着地の時にコースアウトしにくいんだ」

 そう言いながら、再び適当に放り投げる。

 かなり姿勢が悪かったにも拘らず、さほど暴れもせず、すぐに着地した位置に綺麗に収まった。。

 「他にも、アオ太が言ってたみたいに、直進安定性が高いのもまぁ魅力っちゃ魅力だし、あとギヤを殆どいじんなくても十分速かったりって利点もあるけど。ボクはここがXの一番の長所だと思うな」

 「なるほど!」

 頷きながら、凄まじい勢いでノートにメモを書き連ねていく同級生をしばし眺めた葉月は、書き込みが終わるタイミングを見計らい、再び口を開く。

 「はい、じゃあ逆に質問。Xの短所は?」

 「あ、はい」

 すっかり教える側と教えられる側の立場となった葵は、今度は自分の経験も加味した上で口を開く。

 「コーナーが遅いところ…でしょうか」

 「50…いや60点、かな」

 先程よりは大分得点があがった事は喜ぶべきなのだろうが、それでもまだ点数は低い。

 困った表情の葵に助け舟…と言うよりも、そのものズバリの答えを葉月は叩き付けた。

 「残りの40点は重量とか…まぁいろいろ。けどまぁ大して問題じゃないから、とりあえずは正解ってことで」

 「は、はぁ…」

 随分適当な答えに、どう反応を返せばよいのか図りかねる葵であったが、ひとまずは頷いておく。

 「コーナーが弱点だって分かってるなら良いや。んじゃ、さっきの長所と合わせて考えると、多少コーナーで無茶しても大丈夫だから、遠慮なく過激なセッティングでタイムを詰めれる、って事になる」

 「…雑じゃないですか?」

 「そんな事ないってー」

 弟子に真っ向から歯向かわれ、むっとした表情で返す葉月。

 とは言え、葉月が熱烈に希望しただけあり、このコンビは概ね問題なく進んでいた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 「……でね、VSはバンパー裏が弱いから、こんな風に…」

 言いながら、愛車の鮮烈なピンク色のシャーシをひっくり返して見せると、一瞬で言いたいことを理解した瀬都子が、ぽんと手を打つ。

 「あ、根元からFRPで補強するんやね!」

 「……うん。VSはここが凄く弱いから……」

 「なるほどなぁー」

 言うが早いが、傍にあった工具を手に取り、防塵用のマスクを千花にも勧め、早速加工作業に取り掛かる。

 見た目はヤスリで大雑把に削っただけであったが、その実作業そのものは非常に繊細で、ほどなくして千花のファイヤードラゴンに貼り付けられていたもの以上に美しく削り取られたFRPプレートが姿を現した。

 「……瀬都子ちゃん、すごい……!」

 「ありがとなぁー、こういうの得意やからなぁ」

 照れながらFRPの粉を落とす瀬都子は、すぐに話題を千花へと向ける。

 「千花ちゃんかて凄いなぁー、シャーシのどこが弱いかとか知っとるなんて」

 「……あ、うん……」

 そこを指摘すると、マスクに隠されていない目元をふっと緩め、その理由を正直に告白してくる。

 「……泰司さんに教わったんだ。全部……」

 「タイ人さん?」

 あんまりといえばあんまりな聞き間違えに、少しだけ気分を害したような素振りを見せた千花であったが、すぐに取り直す。

 「……葉月ちゃんのお兄ちゃんで、私のお兄ちゃんの同僚。刑事さんで、すっごくミニ四駆が速いんだ」

 「へぇー」

 瀬都子がおざなりな反応で返すと、千花は自らの愛車を手に取り、やや熱の篭ったような口調で説明を続ける。

 「この子だって、私がミニ四駆始めたかった時、もうお小遣いが三百円しかなくてどうしようって思ってたら、泰司さんがクレーンゲームで百円で取ってくれて…本当にカッコよくて、優しい人なんだ」

 「すごいなぁー、そんな人がおるんかー」

 瀬都子が合いの手を打つと、千花は一層激しい口調で、瀬都子に布教せんばかりの勢いで友人の兄を自慢しだした。

 「凄いんだよ、頭も良いから、どんなシャーシだって速くできちゃうし、仕事でも何度も表彰とかされてて……!」

 「わ、わかった、わかった」

 急に饒舌になったパートナーを何とかいさめようと尽力した瀬都子は、引きつった笑みを浮かべながら、呆れたように感想を漏らす。

 「ほんまに好きなんやなー、その泰司さんのこと」

 「…………!」

 マスクで隠された顔を、耳元までハッキリと分かるほどに朱に染めた千花は、俯いてしばし沈黙する。

 「…………」

 「…………」

 互いに何も言えず、しばしの間、二人だけが周りの喧騒から隔離される形となったが―――

 「……瀬都子ちゃんは、いいよね…」

 「へ?」

 唐突に羨ましがられ、頭の上に疑問符が出る瀬都子。

 しかし、次の一撃で、今度は瀬都子が慌てる番となった。

 「……堂々とポータブルピットでペアルックできるほど、仲いい人が居て……」

 「な―――」

 思わぬ反撃を食らい、今度は瀬都子の顔が真っ赤に染まる。

 「ち、ちゃうって、いやあーちゃんのことは好きやけど、そういう『好き』やなくて、別のベクトルっていうか、えっと、えーっと…………」

 先ほどの千花同様に、答えあぐねて黙りこくってしまった瀬都子。

 ようやく状況がイーブンとなったのを見計らって、千花が手打ちのための懐柔案を打ち出す。

 「……じ、じゃ、次はモーターを押さえる部分なんだけど…」

 「……うん……」

 何となく気まずい空気になってしまった二人は、ぎくしゃくしながら元の作業に戻ることにした。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 「…ダメかなぁ」

 「ダメですね」

 ひとまず愛車の何が悪いのか尋ねようと、それを手に持たせた幹乃は、どんどん昴流の表情が険しくなったのを察して問いかけると、一言で切って捨てられた。

 もう少し言葉を選んで欲しいとも思ったが、実際三回のタイムアタックで一度たりとも最後までマシンをコース内に留められなかった自分が悪いと思いなおし、口を閉じた。

 「そもそもどうしてフロントバンパーを丸ごと切っちゃってるんですか」

 「え?」

 質問の意図がよく分からなかったのではなく、何故そんな事を聞くのか、とでも言いたげなリアクションで返した幹乃。

 その反応が、そのまま言葉に現れた。

 「だって、大会入賞者の人とか見てると切ってる人ばっかりだし…」

 「…そんな理由ですか」

 余りにも予想通りの答えが返ってきたため、嘆息しながらカバンから一冊の本を取り出し、目当てのページを見せる。

 「…2014年世界チャンピオンの人はMAですが、フロントバンパーはパーツと干渉するところを少し削っただけです。真似してください」

 「……ホントだ」

 そのページを穴が開くほど見つめる幹乃に、昴流は諭すように説得を始めた。

 「確かに上級者の改造を真似することは上達の一つの近道ですが、やる意味などを考えながらやらないと無意味どころか、却ってひどい事になる場合が殆どです。利原さんのそれも、バンパー切ったせいでローラーに付くべき角度がマイナスになってしまったから、一度も完走できなかったんですよ」

 「…ああ、スラスト角の…アッパースラストって奴か!」

 合点が言った、とでも言いたげに手を打った幹乃は、改めて愛車のフロント周りを凝視する。

 そんな幹乃に、現時点で昴流が言えた事は、ただ一言。

 「…MAは説明書通りに組むだけでかなり速いシャーシです。まずはそこから始めましょう」

 「…はい……」

 素直に頷いた幹乃は、予備のシャーシをカバンから取り出し始めた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 新土茉莉がミニ四駆を始めて、まだ一月も経っていない。

 しかし、諸事情で猛勉強を余儀なくされた彼女は、努力の甲斐あってかそこそこのマシンをセットアップできる程度のセオリーは吸収できていた。

 それ故に、今現在手に持って弄り倒しているマシンが、余りにも時代の積み重ねによって生まれた常識から逸脱していた事に、驚きを感じ得なかった。

 「……あのさ」

 無論、悪い意味で、の話ではあったが。

 「……マスダンパー、何でつけてねえの?」

 「マスダンパー? ああ、あのオモリか」

 近代ミニ四駆ではほぼ必須と言える制震装置の名を耳にした一枝は、涼しい表情で受け流す。

 「付けないさ。美しくないから」

 「……」

 少しずつキリキリと痛み出してきた頭を懸命に抑えながら、茉莉は先を急ぐ。

 「……で、ブレーキは?」

 「そりゃ当然、美観を損ねるから付けないさ」

 「……」

 そろそろ頭痛が無視できないレベルに達しつつあったが、かと言って今更引くに引けず、最後の質問に取り掛かる。

 「…で、モーター、これあたしの目が正しければ…」

 「当然公認最速のスプリントダッシュさ。ミニ四駆は速さを追求するものだから当然だろう。乳白色のエンドベルが美しいしな」

 「………………」

 頭痛薬が欲しい。

 生まれてはじめての欲求を口に出しかけた茉莉は、それを寸でのところで我慢し、最終確認に入る。

 「つまり、着地した時にマシンを安定させるものは何もなし、そもそも減速装置すらなし、その上で最速モーターを積んでる、と」

 「うむ。ちなみに当然電池はネオチャンプだ。黒にオレンジは無難な組み合わせだがそれ故にファッショナブルだからな」

 自信満々に答えた一枝を、一度だけ見た茉莉は―――

 「帰る」

 そう吐き捨てるように言うと、さっさと荷物を纏めだした。

 「まぁ待て少女Ω。約束が色々と違うじゃないか」

 「…………」

 その一言に思い直し、一旦腰を落ち着け、何とか冷静になろうと努めて問いかける。

 「…とりあえずマスダンパー付けるところからだな」

 「何故だ? 美しくないと言っただろう?」

 「……じゃあブレーキをかなりきつめに…」

 「美観を損ねるのは嫌だと言っただろう」

 「…………モーターとギヤ比思いっきり下げれば何とか……」

 「なんでデチューンする必要があるんだ」

 「お前なぁ!!」

 いけしゃあしゃあと言ってのける年上に対し、全くひるむことなく、茉莉は鬱憤を全て吐き出すかのごとく食って掛かる。

 「アレも嫌だコレも嫌だで勝てたら誰も苦労しねぇよ! そんなこったからタイムアタック三回もやって全部コースアウトで終わるんだよ! せめてちょっとは妥協してマシン作れよ、何で全部自殺にベクトル向けてんだこの歩く練炭女!!」

 「はっはっは。美学を捨てた人間は、他人のコピーしか出来ない哀れな道化となるしかないのだよ。あと練炭女ってちょっとセンス無いな」

 「限度ってあんだろうが!!」

 怒りの臨界点を超えた彼女が、堪えきれないとでも言いたげに机を殴り出す。

 と。

 「茉莉ちゃーん、ちょっとうるさいでー」

 近くのテーブルに居た瀬都子から、当然と言えば当然な苦情が帰ってくるが、今の茉莉にはクレームを平然と受け流している余裕など無い。

 「だったらお前がこのワガママ大王の面倒見ろよ! アレも嫌だコレも嫌だって思春期かよ!!」

 「16歳は思春期だぞ」

 「黙れ!!」

 ひとしきり喚いてもまだ体力が有り余っているのか、それ以上に胸のモヤモヤが晴れないのか、机に突っ伏した茉莉は泣き言を大声で漏らしだした。

 「何であたしは貧乏くじばっか引くような人生なんだよー!!」

 「まだまだ人生、先は長いぞ! 頑張れ少女Σ!」

 そんな一角を、無言のまま見守っていた二人のうち、片方が声を出す。

 「…あの、あの二人、大丈夫でしょうか…というか主にこっちの若森さんのせいな気がしますが」

 珍しく声に張りを感じさせず、弱々しい声色で熱海が傍らの黒江に問いかけるも。

 「まぁ別に構わんじゃろ。新土じゃし」

 くるりと踵を返し、いずこかへと立ち去ろうとする。

 「どっかで茶でも飲まんかの? 運転しっぱなしで疲れたんじゃ」

 「いや、ここは教師としてビシッと言うべきところですよ!?」

 非難がましい目を向けるが、適当に手をひらひらとさせた黒江は、校舎の外で見かけた自販機の元へと歩を進めだす。

 その背に憤懣やるかたない目線を送り続ける熱海であったが、現在進行形で害を被り続けている茉莉を救うのが先だとばかりに、黒江とは間逆の方向へと歩き出した。

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