あらすじ&プロローグ(青い物)
あらすじ。
恋人とクリスマスデートでとある山に夜景を見に行って、しけ込もうとした二人の前に突然の大雨が降ってくる。いつの間にか国道を逸れて二人は道に迷ってしまった。バッテリーが上がり車の暖房が切れると二人は民家に助けてもらおうと付近を探し始めた。彼らは明かりのついた洋館を見つけ雨宿りさせてもらおうと訪ねた。
しかし洋館に人の気配はない。それをいいことにイチャイチャしようとする二人だったが、悲鳴が聞こえた。二人は誰かいるのかと声をたどる。
そこで彼らが見つけたのは幼い少女の遺体だった。くわえて入り口には鍵が。
そして到底人とは思えない怪物の姿を目撃する──。
今でも恐怖に震えが止まらない。
化け物……。
男の頭の中でそんな言葉が反駁した。
それに女の子の……死た……。
考えたくもなかった。
あれは……なんだったんだ?
男はそう思った。
男は洋館のトイレで頭を抱えていた。
まるで自分の体じゃないみたいに神経が硬直し震えている。
それは本能的な恐怖でいくら男が理性から自制しようとも止まらない。
体が死に対して怯えているのだ。
「と、とにかく……神主さんに言われた通り、水に潜らないと」
男は先月お参りに行って神主に言われたことを思い出した。
それになんの意味があるのか男にはわからない。しかし水には清めの作用があるし、神にもっとも近しい神主が言うのだから間違いはないだろう。
男はごくりと生唾を飲み込み、便器に顔を突っ込んだ。
しばらく水の中で溜飲を吐き出した。ボコボコと音を立てて気泡が弾けていく。
男は水の中でこれまでを振り返る。
恋人とドライブして夜景を見に来た。しかしあいにく天気が急に悪くなって道なりを進んでいたはずなのに国道から逸れてしまっていた。仕方なく天気が回復するまで時間を潰そうとしていたのだが、バッテリーが上がってしまい、暖房が切れた。
真冬の山に入るのは今更馬鹿げたことだと考え改めたが、こうして雨宿りする場所を見つけることができたのは不幸中の幸だったろう。
それに暖炉は使えた。だから寒さは最低しのげたのだ。
男はトイレの水から顔を出していくらか冷静さを取り戻していた。
落ち着いたら急に尿を催し、男はズボンのジッパを下ろした。
濃い尿と一緒に不安や恐怖も流れ出てしまうような気がした。
男は溜まっていた尿を全部出すと満足した。
「おーい、桐花ぁ。ちゃんとそこにいるかぁ?」
声はなかった。桐花も同じように用を足しているはずだった。トイレは個室ではなく大きい方の個室が三つほどあった。広い屋敷だったので公衆トイレほどの広さは別に不思議ではないと勝手に想像した。
桐花は一番奥のトイレに入っているはずだ。一緒に入ろうといったのだが、彼女は頑なに拒否した。
いつもそうだ。ホテルに行っても桐花は一緒にトイレに入ることを拒む。
恥ずかしいからだと最初は思っていた。一緒に風呂だって入ったことはない。だが付き合ううちに桐花は軽い潔癖というか、プライベートに男が踏み入れることを拒んだ。
付き合って一年だというのにまだ彼女の家にも行ったことはない。彼女が普段何をしているのか、どんな人生を歩んできたのか、過去に付き合っていたことなどはもちろん、桐花の一切のプライベートを男は知らなかった。
泊まりに来たことは何度かあった。体の触れ合いも経験済みだ。
しかし桐花は最中に服を脱ごうとは絶対にしなかった。
不思議な人だとは思っていた。
今日だって男が必死にプランした夜景コースを桐花の意見で山から見ようということになった。
考えても仕方ない、と男はもう一度声をかける。
「おーい。大丈夫か?」
だが返事はなかった。静かすぎた。隣から桐花の気配がしなかった。男は不安になって扉を開けようとするのだが、何かに支えてしまったように扉は薄く開くだけで片手を出すだけで精一杯だった。
「桐花……?」
急に男は不安になった。叱責を覚悟で男は壁をよじ登ってみると桐花がいるはずの個室には誰もいなかった。
それに男が入っていた個室の壁と扉の間にモップが何本も挟み込まれていて、まるで男を部屋に閉じ込めてしまっているかのようだった。
桐花……。
男は呟いた。
それと同時、トイレの電灯が怪しく明滅したのであった。