第6話 歪んだ世界・後
Kは一人で国一つを易々と落とした。それは紛れもない事実だ。現に、それによって世界中がKを敵とみなし、当時の国連すらも武力行使に出たのだから。そして、そこまでは以前まで通っていた学校で習っている。
だが、未だに何故Kが国一つを落としたのかは解明されていない。
「ハデス、質問はしていいのか?」
そう、俺はようやく面と向かってハデスと呼べるようになった。初めは気持ち悪いくらいニヤニヤしていたハデスも昨日あたりからはは普通に対応してくれる。むしろあと一日でも長く続いたら二度と呼ばないつもりだったが・・・。
「構わんよ。気になることは早めに理解する方がいいからの」
「ありがとう。前から気になってたんだけど何でKは国を落としたんだ?」
「一般に、それは解明されていないから何とも言えんのぉ。よく言われるのは気まぐれや殺人衝動となんともその呼び名に似合うものじゃがの」
「一般に、ねぇ。それをハデスは知っているのか?」
「いかにも」
そうハデスは言い切った。つまり、世界中が未だに分からないことをこの爺さんは本当に知っているのだろう。
「さて、ヒロキの質問に答えるためにも話を進めようかの。まず、Kが落とした国じゃが・・・アフリカの独裁国家での。そこの国は飢饉に襲われ国民が衰弱していく中、国家という力を持つ一部の人間が富を独占し、裕福な暮らしを送っていたのじゃ。国としての典型的な歪みじゃの。ただ『国を一つ落とした』と言えど、この観点から見ればKの行いは悪いものでもなかったのかもしれん。悪政を排除し、それに苦しめられていた人々を救った、とな。じゃが世界はそう捉えなかった。たとえそれが悪政だとしても、壊したものは国じゃからな。仕方ないとも言えよう。大きな力は、例えそれが一般的な正義に使われたとしても、恐ろしく感じられるからの。結果的に『次は自分の国かもしれない』という恐怖から悪とみなされ、世界中から個人に対して宣戦布告されたのじゃ」
考えてみたらそれはとても異例で異常なことだった。なにせ単純な考え方をすると百億人vs一人。片や地球環境を揺るがすほどの莫大な戦力を有し、片や摩訶不思議な“魔法”と呼ばれる力を操る。
誰がどう見ても百億人に軍配があがると思うだろう。
「今になって思えばなんとも愚かな選択じゃった。排除されないための先制攻撃ではなく排除されない政治への転換を行うべきじゃった。考えるだけ意味のないことじゃがの。・・・さて、ここまでは史実じゃ。ここから先はわしの体験を聞かせよう」
「ハデスの体験?」
「そうじゃ。Kが魔法使いを名乗り世界に出てきた時、わしは軍に軍医として所属していたんじゃよ」
「・・・ってことはーー」
「そうじゃ。わしは軍人としてKに会っておる。――否、見た、という方が正しいの。場所はKが落とした独裁国家があった場所じゃ。Kはその国を落とし、戦線布告されてからそこを根城として活動しておってな。そこに出兵したのじゃ」
俺には未だにハデスの経歴が分からない。
軍医だと?今見た感じ七十歳過ぎだろうからKが現れた三十年前は四十歳?いや、それで軍に現役は少しキツイだろ。え?じゃあハデスはもう少し若いのか?
あーもう分かんねぇ。まぁ今はどうでもいいか。
「さて、戦場に立ったわけじゃが、わしは軍医という役職上後方で治療するだけでの。当初、Kと相対する前線には出なかった。その代わりに何十、何百という負傷者を治療したんじゃ。それはもう今思い出しても酷いものじゃった。片腕や片足が無くなっている者なんて何人もおった。中には致命傷を負い、治療すらできない者すら送られてきた。わしは他の軍医たちと力を合わせて、力の限り治療し続けたがそれでも、手に負えないものもあった。結局、わしらは何人もの軍人を見送っての。戦端を開いてからわずか二ヶ月ほどでわしが所属していた部隊も壊滅しておった」
「・・・ねぇ、ハデス。私、この子たち連れて外にいていい?」
突然ミナミがそう断りを入れた。
その顔を見ると不快げに顔をしかめ、他の子たちも顔色が悪くなっていた。
「おぉ、すまないの。無理はせんでいい。しっかり休みなさい」
そう答えたハデスにミナミはありがと、とだけ答えて他の子たちを連れて部屋を出た。部屋にはハデスと俺だけが残された。
それも仕方ないだろう。この手の話は何度聞いたとしても慣れるものじゃないだろうしな。
「さて、続きを話すがヒロキは大丈夫かの?」
「あぁ。問題ない」
「では。わしの所属していた部隊が壊滅してしまった時、他の部隊も同じく壊滅状態での。まともに動けるところはなかったのじゃ。そして、その寄せ集めで新たに部隊を作ったのじゃ。その頃にはまた各国、国連から援軍が派遣されての。戦場は終わりの見えない地獄と化したのじゃ」
当たり前、といえば当たり前のことだった。各国は宣戦布告した以上退けないし、退いたところでいつ自国が落とされるか分からない。それなら戦場を極力そこに固定しなければいけない。結果その為に軍を送り続けるしかないのだ。
それはもはや泥沼化、とさえ言えないだろう。
「じゃがの、終わりは意外と早かったのじゃ。戦闘が始まってから四ヶ月ほど経ったある日じゃった。戦闘を行っていたわしらのもとに『魔法の発見』という情報が流れたんじゃ。誰もが初めは、絶望した者の妄想だろうと思っておったのじゃが・・・二日ほどして七人の日本人の男女が突然現れたのじゃ。正気じゃない、と思ったのを今でも覚えておる。見るからに若かったのもあるがそもそも女性を戦場に連れてくること自体間違っておるし、男にしてもとても戦闘ができるとは思えないほど鍛えられていなかった。しかし、彼らはあの頃ではKを除いて初となる魔法を使える者達だった。そして、そうである以上十分に強かったのじゃ。結果翌日の戦闘に参加しての。そしてその一日で戦闘は終了したのじゃ。その時の戦闘に初めてわしら軍医もついて行っての。本来はありえない事じゃが、その七人の戦闘を見たくての。必死に指揮官に頼み込んで許可してもらえたのじゃ。そこでわしはKを見た。彼は日本人じゃった。見た目は二十歳くらいだったかの。そして、その戦闘は僅か三時間足らずじゃった。それだけの時間で今まで軍隊が銃をもってさえ傷一つ与えられなかったKを制したのじゃ」
世界各国の軍人たちが集められて三ヶ月かけてなお手も足も出せなかった相手に、七人の男女がたったの三時間の戦闘で退けた。
それの意味するところは大きい。
改めて魔法の価値、力が証明された時と言えるだろう。
「じゃがの、ここには大きな誤りがあるのじゃ」
「誤り?」
「そうじゃ。公には七人が魔法をもって制した、とされておるが実際は少し違うのじゃ。確かに七人の魔法でKを追い詰めた。しかし、・・・最後は魔法ではなく一発の銃弾じゃった」
「・・・銃弾?でもそれまでは効かなかったんじゃ?」
「あの時、七人が放った魔法の炎が偶然にも逸れての。その射線上には一人の女性がおった。おそらく現地の方じゃ。彼女にはその炎をかわす手段はなかった。逃げるには遅いどころか恐怖からか動くこともできず、ましてその魔法は速かったのじゃ。あわや、というところでKが間に入っての。“Killer”などと呼ばれる男には似合わない、何とも人情深い行動じゃった。その女性は助かったのじゃが、その時にKに一瞬の隙ができたのじゃ。そこをついて一人の兵士が発砲しての。客観的にはある意味卑怯なものじゃったが、命を懸けた戦闘に卑怯も何もない。結局それが足に直撃して出血がひどくての。Kは後退し、姿をくらませたのじゃ」
「じゃあなんでその七人が倒したってことになってるんだ?」
「それはの・・・その方が色々と都合がよかったからじゃ。隙をついて銃弾を当てた、というより七人が魔法をもって制した、とする方がの。日本政府は、その七人のお陰でいち早く魔法の情報を得た。それと同時にその有用性も悟ったのじゃ。そして、世界中に魔法を浸透させ崩壊寸前だった世界を救う、という決断をしたのじゃ。もっとも救う、という綺麗な建前があるが本音は『世界の主導権を日本に』という欲にまみれたものだったがの。それでも、その七人の存在は大きい。その場にいた兵士たちには箝口令が敷かれての。その七人を抱えた日本に刃向かってまで事実を口外しようとする者はいなかったのじゃ。実際、七人のおかげで戦局が動いて、泥沼化していた戦闘に終止符が打たれたことも口を紡ぐ大きな理由となったのじゃろう」
「結局日本が欲に溺れただけじゃないか・・・」
「それは確かにそうじゃが、仕方のないこととも言えよう。哲学的な話じゃが、本来人間は欲に弱く、流されやすいものじゃからの。結果的に世界が一応救われただけ僥倖と言えるじゃろう」
言い訳に近い理論だが間違ってはいないだろう。
ましてハデスの言うように崩壊寸前だった世界が救われたのだから。
「だが、一応か・・・」
「そうじゃ。一応じゃ。当初はうまくいったのじゃよ。世界中に魔法が浸透することで、不作などに陥ることはなくなり、食糧問題は解決された。そして魔法の存在により、世界各国は存在自体が不要となった核兵器を手放すことができた。魔法を用いた結果、科学だけではできなかったこともできるようになり、温暖化を始めとする環境問題も改善されたしの。一般市民にも魔法が浸透することで、各個人が多少の差はあれど大きな力を持ち、国に対抗できるようになった。それ故に権力者たちも富の独占などできず、公平な世の中になったのじゃ。こうなっては革命軍などいる必要もないじゃろ?自然とそれもなくなっていったのじゃ」
ハデスはしゃべりながら、ディスプレイに映されていた文字を消していった。
そこにはもう問題なんてない。
「何だ・・・魔法一つでホントにうまくいってるじゃないか」
「そうじゃの。うまくいっておったのじゃ。それが続けば半永久的に平和じゃったのじゃろう。しかし大きく歯車が狂ったのじゃ。次に問題になったのは、Kを制したとされる七人じゃった。彼らはその公表故に、物語のように“勇者”や“英雄”とまで呼ばれての。その発言力は馬鹿にならなく、ある意味大きな権力をもったのじゃ。そして彼らは『魔法の濫用を防ぎ、世界の恒久的な平和を守る』という名目をもって、ある組織を作り世界を統制し始めたのじゃ」
不意に背筋が凍った。
七人を幹部とする組織。
世界の恒久的な平和を守る、という建前。
そんな組織、二つとないだろう。
三日前の光景を思い出す。
それと同時に一昨日と同じように呼吸がしづらくなる。
しかし、今回は意識を落とす寸前まではいかなかった。
「〈マンナズ、シゲル、回復を祈る〉」
ハデスが唱えた魔法がすぐに効果を現した。
呼吸も戻り落ち着いてきた。
どうも俺はあの一連の事件がトラウマになってるらしい。
「ヒロキ、大丈夫かの?」
「あぁ。ありがとう。落ち着いた」
「そうかの。じゃが今日はここまでにしよう。さして日も経っておらんのに思い出させてしまってすまないの。少し休みなさい」
ハデスに促されて部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
一体いつまで俺はあいつらの影に付きまとわれるんだ。
どこかで折り合いはつけなきゃな・・・。