第4話 ミナミ
[翌日]
「ん・・・」
目が覚めた。目に入る光が眩しい。
ここは・・・どこだ?
広めの部屋にあるベッドに俺は寝ている。部屋もベッドも俺の部屋のものじゃない。
思わず首を傾げる。
「あ・・・。そうか。ハデスに拾われたんだったな」
ようやく思い出した。
ゆっくりと身体を起こす。あんなことがあったのに、痛みはおろか傷や疲労さえも全く残っていない。ハデスの魔法がしっかり働いていた。
「うっ・・・」
頭痛が突然きた。心臓の鼓動が早くなっているのが分かった。
原因は昨日のことを思い出したからか?
落ち着け・・・大丈夫だ・・・。
冷静になろうにも冷静になれない。むしろ自分がそうなっていることに、無意識に焦る。上手く呼吸ができない。
そのまま身体がベッドに倒れるが、そんなことでは治らなかった。
脳が酸素を寄越せと叫んでいる。
その時、ドアがノックされた。
「ヒロキ〜。起きてる?」
ミナミか・・・。何とか返事をして・・・
「――――――」
声が出ない。
「ヒロキ〜」
またミナミが声をかけてくる。
それでもやはり声は出なかった。
「ヒロキ――」
マズイ。意識が朦朧としてきた・・・。ミナミの声もはっきり聞こえない・・・。視界も霞んできた。
ぼんやりとした意識の中、最後に見たのはミナミが部屋に入ってきたところだった。
倒れている俺を見て、ミナミの表情が焦りに変わった。
「〈――――――〉」
何か言葉を発するとともにミナミの右手が青白く光り、俺の方に向く――。
そう思った時、意識が急にはっきりした。これは・・・ハデスの時と同じ感覚か?
でも、おかげでまともに呼吸ができるようになった。
ゆっくりと深呼吸をする。
「ヒロキ!大丈夫?ちょっと待ってね」
そう言ってミナミは、部屋のテーブルに置いてあったコップを取り、小さく唱えた。
「〈ラグズ、水を満たしたまえ〉」
コップに突然水が入った――というより現れた。
コップのふちギリギリまで入っていて溢れそうだ。
「はい。飲んで」
「あ、ありがとう」
渡してくれたコップを素直に受け取っておく。
ようやく落ち着いた。
はぁ、と俺がため息を吐くと、ミナミが話しかけてきた。
「どうしたの?過呼吸になってたけど」
「少し・・・昨日のことを思い出しててな。そしたら苦しくなってな。やっぱり嫌なことは忘れた方がいいな!」
「何があったの?」
無理に明るく答えたが、俺がぼかそうとしたことをミナミは反射的についてきた。
だが、俺はそれに言葉を返せない。
「あ、ごめん・・・。言いづらい・・・よね。無理に言わなくてもいいよ。みんな何かしらの秘密は抱えてるし、私だってそうだし」
そう。ハデスも言っていたがミナミにだって抱えているものがあるのだ。俺だけじゃない。俺一人で抱え込んでも意味なんてないんじゃないか?
少しの沈黙の後、ミナミは突然立ち上がった。
「あ、えーっと、朝食作らないと。先に行ってるね」
おそらくミナミなりに気を遣ってくれたのだろう。そのまま部屋を立ち去ろうとする。
でも、それじゃダメだ。言うならこのタイミングしか――
「ミナミ」
静かに呼び止める。ミナミは、ちゃんと止まってくれた。
大きく息を吸ってようやく言葉を紡ぐ。
「俺は・・・両親を殺された」
俺の突然のカミングアウトに驚いているのか、ミナミは言葉を返さなかった。
「みんなには黙っていてくれないか?ハデスは知ってるけど、聞いて楽しい話じゃないしな」
「・・・なんで」
「え?」
「なんで私に話したの?」
よく見るとミナミは少し肩を震わせていた。後ろを向いているから表情は見えないが、多分怒ってるだろうな・・・。
「ごめん。こんな話、聞きたくなかったよな」
「違う。・・・なんで、思い出すだけでも辛いのに、私に話したの?みんなにだって黙っておこうとしたことをなんで私なんかに?」
「それは・・・」
とりあえず怒っていなくてよかった。
でも、理由を聞かれても俺自身分からない。
さっき助けてくれたから?・・・違う。
新しい“家族”だから?・・・違う。
会ってまだ短いけど信用できそうだから?・・・違う。
じゃあ何故――?
「ごめん。自分でも分からない。でも、ミナミには隠し事をしたくない、って思ったんだと思う。・・・一つしか違わない、年の近い“家族”だしな」
できる限り明るく言う。俺のせいでミナミが負い目なんて感じないように。
「そっか・・・。話してくれてありがとう・・・でいいのかな?いや、ありがとうは違うか・・・」
そう何故か考え込むミナミを見ると自然と笑えてきた。
俺がクスクスと笑っているのを見てミナミもつられて笑った。
「ようやく笑ったね。その方がヒロキには似合ってるよ。お礼としてはなんか変だけど・・・私の秘密も今度教えるね。それじゃ、朝ごはん食べよっか。みんな待ってるよ」
そう言ってミナミは部屋を出ていった。俺もその後をすぐに追いかける。