第3話 第2の家族
のんびりと路地裏をハデスは歩いていく。
何度も曲がってるけどこんなん覚えてられんのかよ。
迷わねぇのか?
「なぁ、これ、迷わねえのか?」
「大丈夫じゃよ。わしらの――そうじゃな、“隠れ家”には特殊な魔法がかけられていての。それに“名”を登録した者にはその方向が分かるように――っと、ここじゃ」
そう言ってハデスは突然立ち止まり、左側を指差した。しかし、そこにあるのは古すぎて今にも崩れそうなビルだった。灯なんて点いてるはずもなく、ここに誰かが生活しているなんて考えられなかった。
「・・・どこに?」
「だから、これじゃよ」
俺の聞き間違い・・・じゃないのか。
「ただの廃ビルじゃん」
「さっき言ったじゃろ?特殊な魔法をかけた、と。これもその一つでな。一見するとただの廃ビルじゃが・・・まぁ、入れば分かる」
そう言ってハデスは廃ビルの中に入っていく。
しかし、廃ビルの入り口を過ぎた時、ハデスの姿が消えた。
え・・・?
どこに行った・・・?
「ハ、ハデス?」
俺の問いかけに反応して、丁度消えた位置からハデスは出てきた。
その顔は何故か嬉しそうだ。
「ようやく“ハデス”と呼んでくれたの」
さっきから俺のことからかいすぎじゃねぇか?それと、その笑顔はちょっと引く。というかイラっと来る。
「安心しろ。それは気のせいだ爺さん」
「はて。歳はともかく耳はいいのじゃが」
「耳は良い代わりに性格が悪くなってんじゃねーのか?」
「わしは元からこの調子じゃよ」
「・・・勘弁してくれ」
「まぁ、ともかくついてくるがよい。ちと面白いぞ?」
再びハデスは廃ビルの方に向かっていく。今度は俺もついていった。
そして、廃ビルのエントランスに入った瞬間――空気が変わるのを感じた。
「は?」
それしか言葉が出てこない。でも、これをどう表現しろと?
今更になって言葉は不便なものだと実感した。
広いロビーはたくさんの照明で明るく、吹き抜けの二階にはいくつものドアが見える。それはどこか西洋を思わせる造りだった。
廃ビルらしさはどこにもなかった。
「本来の姿は大きな西洋風の家なのじゃがな、特殊な魔法でただの廃ビルに見せておるのじゃ」
ハデスはことも無げに言うが、今一つ腑に落ちない。
「なんでわざわざ隠してるんだ?あんたがやってるのが孤児の支援なら公にやれるだろ?」
「それについてはいずれ話そうぞ。今話しても大して意味はないしの」
なんかはぐらかされた気がするが・・・
突然高めの声が響いた。
「あ、ハデス!お帰りなさい!」
声のした方向を見ると、二階の吹き抜けのところに一人の少女がいる。
と思ったら走ってどこかに行ってしまった。そして、少女の声を聞いてか、二階のいくつかのドアが開き、何人もの子ども達が出てきた。その中には初めの少女よりも明らかに幼い子どももいる。
その子どもたちもどこかに駆けていく。
そして、一分と経たずに俺とハデスの前に集まった。
「「「お帰りなさい!ハデス!」」」
子どもたちは口を揃えてハデスを出迎えた。
「愛されてるな。爺さん」
「そうじゃのぉ。そうでもなければこれは続けてられんしの」
それもそうか・・・。
納得せざるを得ないが・・・皮肉で言ったのに真に受けられるとは思わなかった。
「ねぇハデス。この人は?」
そう声を発したのは、最年長と思われる少女だった。
見た感じ俺と同い年くらいか?
そんなことを考えていると、隣にいたハデスに肩を小突かれた。
どうやら、自分で言えってことらしい。
「・・・でも、俺は偽名なんて持ってねぇぞ」
「偽名なんぞ必要あらん。魔法的に意味があるのはフルネームでな。名前だけなら問題はないんじゃ」
「分かった。・・・俺は宏樹。ヒロキとかヒロ、って呼んでくれ。みんなよろしくな」
「ってことじゃ。ヒロキは十五じゃから・・・最年長じゃな。まぁそれでも知らんことも多いじゃろうし、みんな助けってやってくれ」
そうハデスが言った直後、一人の少年が俺に駆け寄ってきた。
「ねぇねぇ!これって刀だよね?本物!?」
テンションが高いなこいつ。目が何か輝いている。子犬か。
その勢いに思わず引き気味になった。
「あ、あぁ。そうだ」
「スゲー!本物なんて初めて見た!!」
やっぱり目がやたら輝いてる。
うん。こいつは子犬だ。誰が何と言おうとこいつは子犬だ。目に見えない尻尾を大きく振っているのが分かる。
「ちょっとハルト!ヒロキが困ってるじゃない」
最年長かと思われる少女が少年――ハルトをたしなめた。
それでようやく気付いたのか、跳ぶように一歩下がって頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。・・・僕はハルトです。よろしくお願いします」
さっきとは態度が打って変わり、何故か敬語になっていた。
「いいって。こっちこそよろしくな、ハルト。いつでも見せてやるから見たい時にでも見に来たらいい。それと敬語はいらん。普通に喋っていいって」
そう言って頭に手を乗せるとハルトは嬉しそうに笑った。
「うん!」
後日、ハルトがやたら俺に懐いたのはまた別の話。うん。やっぱり子犬だ。
それはさておき。
「私はミナミ。よろしくね、ヒロキ」
笑いながらそう言ったのは最年長の少女だった。
「あぁ、よろしく」
そう言って右手を出すと、ミナミは嬉しそうに握手に応じてくれた。
「それと、ハルトがゴメンねー。やっぱり男の子はそういうのに憧れるのかなぁ」
「・・・一つ言っておく。俺は別にそういうわけじゃないからな?」
一応釘は刺しておくが果たしてどう受け取るのやら。ニヤニヤするのやめなさい。
それと、すっかりお姉さんキャラが定着しているらしい。まぁ最年長だから何かと面倒を見ていたのだろう。その様子を微笑む俺をよそにミナミは他の子たちも紹介してくれた。
「こっちから順番にコウタ、ハルナ、ユウキ、リョウ、ユウナ、ミホ、トモキ、ユウトよ」
無理だ。覚えられん。まぁおいおい覚えていくとして、今はいいか。
「何か分からなかったら何でも聞いてね。一応この子たちの中では私が最年長だし、ここは長いしさ」
「あぁ、分かった。みんなよろしくな」
そこでハデスが口を挟んだ。
「さっきは言い忘れたがの。この中では安心して名前を使うといい。わしらは“家族”じゃからの」
そう言ってハデスは、俺を迎え入れ、俺に二つ目の“家族”をくれた。