第2話 ハデス
俺は老人――ハデスに、ついて行きながら話を聞いた。
ハデスは、俺のように行き場を失った子どもたちを保護して、自立できるように育て、教育までしているらしい。
「みんな、何かしらヒロキのように辛い過去を抱えておる。わしにできるのはあくまでも、学問やこの世界の仕組み、魔法を教えることだけじゃ。どんなに優れた魔法使いでも魔法で心の傷を癒すことはできん」
「だから辛い過去を抱えた――似た境遇の子どもたちを集めて支え合わせている、か?」
「そうじゃ」
俺がそれに気づいたことにハデスは嬉しそうに微笑んだ。
だが、その顔に驕りの表情は見えなかった。そこには、誇りとやって当然、という思いしか感じ取れなかった。
ハデスにとってそれは当たり前のことなのか?
ハデスって一体――
「一体も何もわしはわしじゃ。行き場のない子どもたちを救い――いや、それはちと傲慢じゃの。子どもたちを助け、こんな世界でも行きていけるように育てる。それがわしに残された最後の仕事であり義務であると思ってる」
何者なんだ、という疑問を思う前に答えられた。
「俺の思考を読んだのか!?」
「まさか。そんな器用なことはできんよ。実はさっきかけた魔法に少し細工をしてのぉ」
「なにっ!?」
細工ってことは常に俺の命を握ってるってことじゃねぇか。
背筋が寒くなる。血の気が引いていくのが分かった。無意識のうちに左手に持っている刀に右手を伸ばす。
だがそんな俺の恐れも、続くハデスの一言で瓦解した。
「冗談じゃよ」
・・・は?
「だから冗談じゃて」
そう言ってハデスは愉しそうに笑う。いたずらの成功した子どもの様というのがピッタリな笑顔だ。
俺の顔はひきつる。
元の位置に戻していた右手を再び刀にかける。今なら抜いていいよな?
「そう殺気立つでない」
「誰のせいだよっ!!」
「はて。誰かのぉ」
はぁ。まったく。真面目に話していると調子が狂う。
「・・・で?本当は?」
「だだ漏れじゃったよ」
「えっ?どこから?」
「わしにとってそれは当然なのか?ってところからじゃな。本当に気付いとらんかったのか?」
何でだ。心配そうな口振りなのに俺の方を振り返って言うその顔はスゲェ笑顔だ・・・。
だがその笑顔はどこか憎めない。
けどこいつは気付いてるはずだ。魔法なんか使わなくても、俺が口に出さなくても。誤魔化させはしない。
「それで?どうして俺の前に現れた?」
「はて?」
ハデスは白々しく惚ける。俺は舌打ちを一つしてから続けた。
「だから、何で――どうやって俺の前に現れた?」
「分かっとるじゃろ、魔法で、じゃよ」
「はぐらかすな。俺が聞いているのはどうしてあのタイミングで俺の前に現れられたか、だ。お前は――」
「大丈夫じゃ。わしはあいつらとは違う」
警戒を強めた俺にハデスは落ち着かせるように否定してきた。見たところ嘘を言ってるようには見えない。
その顔はさっきまでのような楽しげな表情は浮かべてなかった。
「ヒロキのことをマークしていたわけではない。帰りがけに偶然にも今にも倒れそうな少年を見かけての。気になって跡をつけていたら倒れたから助けたまでじゃ」
「その言葉を信じろと?」
「そうじゃな。困ったことに証明などしようがなかろう。できたとしても、あいつらの手先の者なら予め準備しとることだって容易に考えられるしの」
「『ギリギリ間に合った』なんて言ってたがそれでも偶然だと?」
「はて、そんなことも言ったかの。しかしそうじゃな。今はどうしようもないが、しばらく側でわしのことを見極めるが良い。何を信じるかは己の目で見て、感じて決めるのじゃ。こんな世界なんじゃからのぉ」
ハデスは鷹揚に答えた。
まったく。つかみどころがない。
どうやら俺はだいぶ面倒な爺さんに拾われたらしい。