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前編

【お面企画】材料:お面とトリップ■タグ:お面企画(必須)■〆:3/末(晒4/1)■手段:トリップトラベルスリップそういう系■場所:異次元異世界異空間過去未来な非日常■面種:不問■他:好きにせい

参加させていただきました! 大好きな異世界トリップものを久々に書くので原点に戻ったつもりです。異世界に落っこちたヒロインが日本での知識を活かしてピンチを切り抜けるエンターテイメント! でもどこか地味!(←外せない遊森仕様) お楽しみいただければ幸いです。

 コインを入れてレバーを回すと、カプセルに入ったおもちゃがコロンと出てくるアレ、あるよね。何が出てくるかはお楽しみ。もしかしたら前に出たのとかぶるかもしれないし、激レアなのが出るかもしれない。

 そういう感じだったんだと思う。私が異世界に落っこちた時の、あのふざけた状況は。



 子どもの頃からよく遊びに行っていた遊園地が、とうとう取り壊されることになったと聞いて、春休みに高校のクラスメイトたちと遊びに行った。いよいよ受験戦争も本格化するんだし、その前に遊んでおこうって。

 外壁パネルの錆びたミラーハウスが懐かしくて。ふざけて追いかけっこを仕掛けてきた友人を、笑いながらかわして逃げて。

 うっかりミラーにぶつかって、方向がわからなくなって、足下が滑ってめまいがして──


 ──滑り落ちたところが、祭壇みたいな石の台だった。

 おかしな模様が一面に彫り込まれた祭壇の傾斜を、そのまま勢い余って転げ落ちる。「痛……」と頭を押さえながら頭を起こすと、ブーツを履いた足が見えた。磨かれたように光る石の床に、何本も映っている。

 見上げたら、立派な身なりをした髭面のおっさんが何人も、私を取り囲んでいた。そのうちの一人が私の顔を目にするなり、明るい茶色の目を輝かせ、歯を見せて笑って、嬉しそうにこう言ったのだ。


「当たりだ! 【黒】だ!」


 は? と言ったか言わないかのうちに、腕を捕まれて引き起こされて。

「黒が出たのなんて何年ぶりかな?」

「このところ、ずっと青でしたからなぁ」

「こりゃ、高く売れる」

 口々に言いながら、私をぐいぐいと連れて歩きだしたのだ。

「あの……ここは」

 と聞いたけど、彼らは何も言わずに私を見て、機嫌良さそうに笑うだけ。笑ってるし、きっとそのうち今の状況を説明してくれるんだろう……と思っていたら──


 ──ぽいっ、と牢屋に放り込まれた。


「何しろ、黒ですからな」

「いくらになりますか……はっはっは」

 笑い声が遠ざかる。


 ……静まり返ったとたん、恐怖が襲ってきた。廊下のどこかに明かり取りの窓があるのか、かろうじて様子は分かる。でも、見えるのは石の壁と鉄格子だけ。

 鉄格子に駆け寄り、揺さぶってみた。ガチャガチャ言う割に、開く様子はない。

「……誰か。いないの?」

 最初は小さな声で。それから、すぐに自分の声がヒステリックになるのを抑えられなかった。

「ねえ! 何なの、開けて! 出してよ!」

 誘拐、の二文字が頭をよぎる。新聞に踊る「遺体で発見」の文字を想像して、私は悲鳴を上げた。

「やだ! 誰か!」


 持っていたはずのバッグは見あたらなかった。携帯で連絡もできない。心臓が耳元でバクバクうるさく鳴って、息苦しくなる。

 鉄格子がダメそうだとわかると、私は次に壁を探り始めた。どこか、動かせる石は。広げられそうな穴は。外への出口は……!

 指が、亀裂を探り当てた。奥の一番隅っこの壁だ。何か固くて薄いものが詰め込んであったので、引っ張り出してその辺に放ると、亀裂を辿ってみる。──ダメだ、小さすぎてどうしようもない。

 他の壁もくまなく触り、次の希望を求めたけれど、何も手に触れてこなかった。今度は床に這いつくばり、手探りする。ピンの一本、小枝の一本でも落ちていれば、鉄格子の鍵を開けられるかもしれない。


 その時やっと、さっき自分が亀裂から引き出して放ったものが、目に留まった。


 仮面だった。

 顔全体を覆うものではなく、物語の仮面舞踏会に出てくるような上半分のタイプ。材質は革だろうか、暗くて色がよくわからないけど黒っぽく、縁には金属か石かよくわからない飾りがぐるりとついていて、わずかな光を反射している。金属部分は耳に当たる位置まで覆っているんだけど、唐草模様みたいな透かし彫りになっているので重たげではない。紐がついていて、後頭部で結んで着用するものらしい。


 これを分解したら、何かに使えない?

 私はすがるような思いで仮面を拾い上げ、ひっくり返したり戻したりしながら観察した。血眼っていう言葉の意味がよくわかる……瞬きもしないで必死になってものを見るから、目が充血するんじゃなかろうか。

 ……触ってみて気がついたけど、目の部分にガラスが入っている。これを取り外して割ったら、武器に……


『……い! おい!』


 男の人の声がした。


「えっ」

 顔を上げ、私は声を聞き取ろうとした。もしかしたらさっきから呼ばれていたのかもしれないけど、緊張のあまり耳がボワーンとなっていて……

『こっちだ! 手を見ろ手を!』

 変な声。叫んでいるようなのにずいぶん音が遠いし、少しくぐもって聞こえる。


 ……手?

 私は恐る恐る、自分の手元に視線を落とした。


『仮面だ! 仮面を顔に!』


 手の上から、声がしていた。


「きゃあ!?」

 ぱっ、と放り出し、後ずさる。

 しゃべった! 仮面が、しゃべった!

 こんな短時間で自分がおかしくなるとは思わなかった。きっともう助からない。私、どうなるの?

「もう嫌だぁ」

 牢屋の隅に座り込んで泣きじゃくり始めた私に、仮面は尚も呼びかけてくる。

『泣くなっ! いいから、仮面を顔に当てろ!』

「やだよ気持ち悪いっ!」

『助けてやるから早くしろ!』


 助ける……?


 私は恐る恐る、もう一度仮面を見た。床の上の仮面は騒がしい割に、動きも光りもしない。

 膝をつき、慎重に仮面にいざり寄る。急に床をカサカサ走り出したり、飛んだりしないだろうか。

 やっぱり、これを顔に当てる勇気はない。私は紐の部分を摘み上げて両手でピンと張り、ちょっとだけ顔を近づけると、ガラスをのぞき込むようにした。

 さっきより近くで、でも相変わらずこもった声が聞こえる。

『牢の鍵穴を見せろ』

「み、見せろって、誰に」

『俺に決まってるだろう!』

 何なのこの仮面、仮面のくせに当たり前の人間みたいな口きいて……。見せるって、目? 目の部分?

 私は渋々、汚いものでも持つように指先で紐をつまんだまま、鉄格子の扉に近づいた。片手で鉄格子の外に出し、鍵穴の位置にぶら下げる。「はい……鍵穴」


 すると、仮面はいきなり、気合いの入った声を発した。

『我、(しる)す。〈ガーギ〉!』


 ガキンッ、という、何かが折れるような割れるような音がした。


 ──キイッ、と、扉が開く。


「……うそ……鍵が壊れた……?」

 呆然としていると、仮面は言った。

『逃げるぞ、さっさと動け!』

「あ」

 私はあたふたと足踏みしてから、そっと廊下をのぞき、そして腰を低くしたまま夢中で走り出した。

『くそっ……あの時この(しるし)が使えてりゃ……』

 仮面が何事かつぶやいたけど、答えている余裕はなかった。



 私はどうやら、大きなお屋敷の地下牢に閉じこめられていたらしい。そしてなぜか、仮面はここの構造に詳しかった。止まれ、とか、そっちの通路を使え、とか、指示が飛ぶ。私はいつしか、紐ではなくて仮面の耳の位置をつまんで、仮面の目が進行方向を見ることができるようにしながら移動していた。


『おい』

 通路の突き当たりに小窓のついた木の扉が見えた時、仮面は言った。

『お前、いい加減に仮面を着けろ』

「えっ、やだ」

『即答かよっ、ここまで助けてやったのに! あのな、お前、【黒】なんだろ』

「え?」

 私はぎょっとした。


 私を牢に閉じこめた男たちが、私を見て「当たりだ」「黒だ」と言った。そして今、この仮面まで……


「何なの、その、黒って」

『瞳の色だ。お前を閉じこめた奴らが喜んでたじゃないか。俺にも見せてみろ』

「やだ」

 私は仮面を前に向けたまま言った。何だか怖い。こっち見んな。

『この野郎……まあいい。とにかく、ここアルヴァシ家の主は数年に一回、妙に金回りが良くなる。お前の件ではっきりした、異世界から人間を召喚しては、どこかに売って高額の報酬を得てるんだ。黒い瞳は珍しいから、より高く売れるんだろう。お前、その瞳を隠さないとまずいぞ』


「うそ……」

 手が震えた。

 異世界だの召喚だのはよくわからないけど、石の祭壇に転がり落ちた私を見て、レアカラーが出たから高く売るって……私はカプセル入りのおもちゃじゃない!


『……聞け』

 私の手の震えを感じたのか、仮面は少し優しい声になった。

『仮面をよく見ろ。目にガラスが入ってるだろ、色ガラスだ。これを被ってりゃ、瞳の色はバレない』

「それ以前の問題でしょうが! 逃げるんでしょ、こんなの顔に被って歩いてたら目立つ!」

『その格好がすでにおかしいんだよ』


 何だと!? 遊園地に行くからと思って、胸元にフリルの入ったボートネックのトップスにニットのカーディガン、花柄レースの膝上スカートでひらひら春色パステルコーデにキメた私のセンスをバカにして……!


「ていうか、そっち向きなのに私のこと見えてんの!?」

『さっき足が見えただけだ。ここじゃ、足を出した短いスカートの女は娼婦か道化師なんだよ』

「そんなっ……ふ、服をどうにかしなきゃ」

『いや、好都合だ。派手な服を着た道化師なら、仮面を被るのも当たり前。それともお前、娼婦だと思われる方がいいか』

「やだよっ!」

『なら道化師と思われろ』

 思われろ、って、そこまで命令形!?


『時間がない、さっさと被ってそこの扉から出ろ。牢にいないことに気づかれる前にな』

「ええ……?」

 ためらったけど、仕方ない。ぎゅっと目を閉じ、仮面をそっと顔に当てた。金属部分が冷たい。

 頭の後ろで紐を結び、目を開くと、視界が少し暗くなっていた。でも、それほど違和感はない。

『よし。扉を出ろ』

 耳元で低い声がして、背筋がぞわっとした。どういう仕組みなのよ、この仮面。

 思わず「キモっ」と小さく言いつつ、ぞわぞわを振り払うように、扉を開けた。


 明るいと思ったら、大きな篝火がパチパチと音を立てている。そこは建物の裏庭らしく、大きなお屋敷の割にひっそりとしていて、荷車のようなものが置いてあったり樽や木箱が乱雑に積まれていた。すぐそこに門が見え、誰かが立っている。

『門から普通に出るぞ。門番に言え、いい商売させてもらいました、と』

 耳元で指示が飛ぶ。私は恐る恐る、門に近づいた。

 筋肉モリモリの大柄な門番が、ちらりと私を見下ろす。短く刈り込んだ白っぽい髪、つながった眉が特徴的だ。

 この人には、ひらひらの服を着て仮面をつけた私が、道化師に見えている……? お屋敷のパーティか何かで芸を見せた帰り、みたいに思うのかな?

「い、いい商売、させてもらいました」

 平静を装って言うと、つながり眉の門番は無表情のまま私をじっと見た。それから、顎で外を示す。

 私はすんなり、外に出た。


 夜の町は喧噪に満ちていた。石造りの建物に石畳の曲がりくねった道、あちらこちらにランプが灯り、布のひさしが突き出た下にはテーブルや椅子が置かれて、質素な服装をした人々がわいわいと食事をしている。

『上にマントの一つも着ないと、道化師として仕事中だと思われるぞ』

 耳元で、相変わらずくぐもった仮面の声。その声は少しハスキーで、喧噪の中だと余計に聞き取りにくい。

「マントなんてない。買うお金も持ってないし」

 ひそひそとささやくと、仮面には聞こえたらしい。指示が飛んだ。

『その左の路地を入って、天秤の絵の看板が出てる店に入れ』


 緊張しながらも路地を入って見回すと、すぐそこに天秤の看板があった。

 おそるおそる木の扉を開けると、カウンターの中につり目の小柄な男がいて、顔を上げた。何かのお店らしいのに、いらっしゃいませのひとこともなく黙っている。

『仮面の額のところに、石が一つはまってる。引っ張れば取れる。それを渡せ』

 声が言うので、もうやぶれかぶれで言われたとおりにした。仮面をつけたまま、指で額の当たりを探ると、固い出っ張り。爪を引っかけて引っ張るとぽろりと外れたので、あわてて受け止める。

 ランプの明かりに、黄色い石が澄んだ光を放った。……宝石?

 黙ってそれをカウンターに置くと、つり目の男はそれをさっと手に取り、光に透かしてためつすがめつした。

 それからカウンターの下に屈み込むと、また立ち上がり──

 ──私の前に、何枚かのコインを置いた。


 見たことのない銀色と茶色のコインを観察する間もなく、私はそれをスカートのポケットに突っ込んで店を出た。仮面に『さっさとしろ、次は古着屋でマントを買うんだ』と言われたからだ。

『マントを買ったら着て、町を出るぞ。川にボートがある』

 私は小さくうなずき、教えられた方向の古着屋へと急ぎ足で向かった。


 しかし、そうすんなりとは行かなかった。

 急に、目の前に立ちふさがった二つの影があったのだ。


「おう、道化の嬢ちゃん、夜まで熱心だな」

 知らない男たちだ。どっちも無精ひげに赤ら顔、お酒の匂い。……屋敷の、つながり眉の門番と同じ服装……?

『まずいな。あの屋敷の用心棒たちだ』

 仮面がささやいた。うそっ……

『バレたら連れ戻されるぞ。お前、足は速いか』

 速くないよ、(ドン)だよ! 走って逃げるのなんか無理!

 冷や汗をかきながら、私はとりあえず愛想笑いをした。道化だと思われてるんだから、もう、笑うしかない。

「俺たちにもなんかやってくれよ」

「一発、楽しい気分になるやつをな!」

 そう言って、二人はゲラゲラ笑う。すでに十分楽しそうじゃん、見逃してよ……!

『このままじゃ怪しまれる。お前、何か芸、できないのか』

 仮面が無理難題をふっかけてきた。そんな簡単にできるもんか! 芸の世界は奥が深いんだぞ! 知らないけど!

 サーカスのピエロや、テレビのお笑い芸人が、次々と頭に浮かぶ。人を笑わせる、楽しませるって、すごく難しいはず……

 ……あ。ひとつ、できる、かも。

 とっさに開き直った私は、えへへ、と右手で頭をかきながら左手をポケットに入れた。あー、こんなのすぐにバレるかも、でもバレたらバレたで新人道化師のフリでもすれば面白がってくれるかもしれないし、やらないよりは! 


 ひょい、と、腕を上げ、左の肘を男たちに見せるように突き出す。私は不思議そうな表情を作り、右手で左の肘をこすってから、右手を広げて見せた。そこには何もない。私は「あれっ」と言うように左の肘や脇のあたりをのぞき込み、次に両手とも広げて彼らに見せながら何かを探すように見回した。

 男たちはニヤニヤしつつも、私の空っぽの両手を見ている。

 続いて、今度は右の肘を突き出し、さっきとは逆に左手でこすった。その左手を広げてみても、何もない。肘や脇をのぞき込んでも、何もくっついていない。

 おかしいなぁ、という感じで首を傾げた私は、グーにした両手を顔の前に持ってきた。ふっ、と息を吹きかける。

 そして、男たちの目の前で、両手を広げて見せた。

 手の上には、一枚の茶色のコインが出現していた。


 とたん、男たちが目を剥いてのけぞった。「見たか今の!」「いきなりコインが!」……大興奮してる。

 そして、彼らは感じ入ったように首を振ると、

「いいもん見せてもらったぜ……! 頑張れよ嬢ちゃん!」

と私の手のひらにコインを数枚追加し、機嫌良さそうに去っていった。

 ……お金、もらっちゃった。まさか、お父さんが会社の宴会芸用に練習してた手品をついでに教えてもらったのが、こんなところで役に立つなんて。

 コインマジックなんて珍しくもないのに……この辺の人、手品見たことないの?

『よくやった。急げ!』

 ほっとしたのもつかの間、鳴りを潜めていた仮面にまた急かされ、私はあわてて古着屋へと急いだ。


 

 流れの緩やかな川を、ボートは行く。オールが一本しかないので、バランスよく漕ぐのが大変……公園のボートはオール二本だもんなぁ。ああ、足漕ぎのスワンボートが欲しい。ジャバジャバうるさいけど。

『このまま行けば、別の町に着く。そこから乗り合い馬車で移動だ』

 仮面がもごもごとハスキーボイスで言っている。乗り合い馬車……そんなの聞いたこともない。

「どこに向かってるの?」

 それを聞いてないよ。私が尋ねると、仮面は短く答えた。

『ジャハルジアという都市だ。人身売買を禁じている都市だから、お前もひとまずは目を隠さずに歩ける。全てはそれからだ』

「…………」

 私は黙り込んだ。


 売られずに済むのは、助かる。ほっとする。でも私が聞きたかったのは、どこに向かえば家に帰れるか、ってことなんだけどな。

 全てはジャハルジアってとこに着いてから、か。……ほんとに私、ライトノベルみたいに異世界に来ちゃったの? この後、どうなるんだろう。


「……ねえ」

 不安を紛らわしたくて、私は質問する。

「あなたは何なの。仮面なのに何でしゃべれるの。こっちでは普通なわけ? 仮面がしゃべるって」

『んなわけないだろ』

 仮面は呆れたように言い、しばらく黙った。やがて、話し始めた。

『……お前の前に、この仮面を被っていた人も、道化師の格好をしていた』

 微妙な言い回し。「道化師だった」んじゃなくて、「道化師の格好をしていた」? 本当は道化師じゃ……あっ。

「私みたいに目の色を隠すため? 黒い目だったの!?」

 私と同じ境遇の人が! と思って勢い込んだけれど、そうじゃなかったらしい。

『違う。お前みたいな異世界人じゃなく、こっちの人間。彼は俺の案内であの屋敷を内偵していたんだが、道化の振りをした泥棒だと思われてあの牢に捕まった。彼は素性を隠すため、あの亀裂に俺を突っ込み……しばらくして、連れて行かれた』

「どこへ?」

『幸い、泥棒だと思われたままだったから、当局だな』

 当局って、警察?

『このボートも、元々はその人が内偵を終えた後に逃げる手段のひとつとして用意していたものだ。あれから半年経ったが、使える状態で良かった』

 は、半年……半年間ずっと、この仮面はあの牢屋で。狭くて暗い、亀裂の中で?

「ちょっと、その男の人……男の人だよね。ひどくない? 何で牢屋から出されるときに仮面を持って出なかったんだろ」

 私はちょっと憤慨して言ったけど、仮面は淡々と言った。

『特殊な仮面であることがアルヴァシ家の人間にバレれば、内偵のこともバレる。仕方ない。俺も壊されるのはごめんだから納得してる』

 そ、そうか。壊されたり、分解されたり……色々あるかも。そういや私も、目のガラスを割ろうと思ってたっけ、すんません。

「大変だったんだね……」

『納得してるって言っただろ。大体、何、仮面に同情してんだよ』

 茶化すように仮面が言うので、私は少々ムッとした。

「ただの仮面じゃないじゃん。モノでも意識があるんだったら、辛いに決まってるじゃん」

 あそこに閉じこめられた恐怖を知ってるのに、ましてや半年。同情しないわけがあるか!


『…………』

 仮面はちょっと黙ったけど、やがて言った。

『お前、名前は』

「志水波南(なみな)。名前でいいよ、波南って。仮面のことは、何て呼べばいいの」

『仮面でいい』

 ……名前がないのかもしれない。仮面、だもんなぁ。


「ねえロミオ」

『何だ唐突に! 誰だそれ!』

「いや、有名な物語があるんだよ、仮面舞踏会が出てくる……それの主人公。仮面、って呼ぶんじゃあんまりだから」

 私は勝手に呼び名を決める。ほんとはこんな生意気仮面じゃなくて、映画『ロミオとジュリエット』でロミオを演じたイケメンハリウッド俳優が助けてくれるんだったらいいのにな。

「で、さっきロミオは普通に『異世界』って言ってたけど、私はこっちの世界のことなんか知らなかった。魔法みたいなのが存在する世界なんて。こっちの人はみんな、私の世界のことを知ってるの? 行き来とかしてるの?」

『神話では、いくつかの世界が宙に浮かんでいて、お前らの世界の方が「上」、俺たちの世界の方が「下」に位置するとされている』

 仮面はぶっ飛んだ話を始める。

『上の方の世界は「天」に近いから、様々な「術」の元になる力が薄いが、下の方の世界は「地」に近いから力が濃く、「術」を使わないと生きていけない。で、上から下へ落ちるのは珍しくないが、下から上へと飛ぶのは難しい。だから、上のやつが落ちてくることで下の世界は上の世界があることを知ってるが、上はあまり下のことを知らない』

 ……気圧や重力の話をしてるわけじゃなさそうなのは、とりあえずわかった。

『この世界とお前の世界は近く、似ていて、暦や何かもほとんど同じらしい。で、お前の世界には白人と呼ばれる人種がいるだろう。その中の青い瞳の人間は、俺たちの世界の人間に最も似ているらしい。だから引き寄せられやすい。お前みたいな色持ちは珍しい、というわけだ』

「こっちの世界に落ちたっていうか、さっきロミオが『召喚』って」

『呪術師が何かやって落としたんだろ』

 一言で済ませられてしまった。

「世界が似ているって言ったって、こうやって言葉まで通じるのは何で? 私の世界の中でさえ、言葉が通じない人はいくらでもいたよ」

『下の世界は、上の世界を知ることを望んでいる。通じ合おうとするのがこっちの世界の意志なんだそうだ。まあ、神話だから何とも言えないが』

 あ、そう。とりあえず、納得するしかなさそうだ。


「……で、今、私のためにジャハルジアってとこに向かってるんだよね。ロミオはどうしたいの? なんか、魔法みたいなのも使えるすごい仮面じゃん、私なんかが持ってていいの? そりゃ、今はいてくれないと困るけど」

 私は尋ねる。何というか、ゲームのマジックアイテムを手に入れた気分だ。

 仮面ロミオは答えた。

『ナミナが来て、俺も牢屋から助かったからな。ジャハルジアまで手を貸す』

「……手、ないじゃん」

『目とか色々、貸すってことだっ、うるさいな』 

 そっちこそ、口もないのにうるさいよ。と、言い返そうかと思ったけど、私は代わりにお礼を言った。

「……ありがとう」

 見ず知らずの私に、付き合ってくれるなんて。

 ロミオは、静かになった。


 ゆったりとボートに揺られているうちに、緊張がゆるんで眠くなってきた。オールを持ったまましきりに欠伸をし、眠気覚ましに肩を回したりしている私に気づいたのか、ロミオが言う。

『しょうがねぇな、少し寝ろ。起こす』

「うん……」

 仮面は寝なくて平気なんだろうか、と思いながら、私はいったんオールを引き上げた。マントに付いていたフードを被り、ボートの底に横になる。土埃でざらざらしていて気持ち悪いけど、眠気には勝てない。


 すぐに、眠りが訪れた。でも、やっぱり不安で深く眠れないのか、短い夢をいくつも見た。


 牢屋から引き出され、競りにかけられる夢。

 私を買ったらしい、気持ち悪いオヤジに迫られる夢。

 二人の酔っぱらいに、町の中を追いかけ回される夢。


 でも、起きる直前に見た夢は、何だか変わっていた。


『じゃあ、……ティの近くまで来ているのか』

 女性だか男性だかわからない、知らない声が質問した。ロミオの声が答える。

『ああ。このまま、こいつを連れていく』

『【黒】か……それは珍しい……』

 中性的な声が感心した風に言う。


 何だよ、珍しい珍しいって。そういえば、門番とか屋敷の用心棒とかは明るい色の瞳をしてたかも。ランプの灯りだからよくわからないけど。

 日本じゃ、黒はありふれた色だったのに……本当に私、違う世界に来てるんだ……

 

 ふっ、と意識が浮上した。目をこすろうとして、仮面をつけたままなのに気づく。

『起きたか』

 仮面ロミオの耳元の声にうなずいて、私はキョロキョロとあたりを見回した。川面が月明かりを反射して、ボートが夜の森の木々の間をゆっくりと下流へ流れていくのがわかる。

「……あれ?」

『何だよ』

「ううん、何でも」

 私はオールを握り、再び漕ぎだした。

 誰かもう一人いて、ロミオと会話してたような気がするんだけど……あれも、夢だったのかな。

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