惨憺たる夜闇にて〜ブラックアウト〜
「無い!無い!僕のドングリが一つもない!!」
とっぷりと暮れた夜闇と燦々たる月の光は人を狂わすというらしいけれど僕も例外になく狂った。
原因はもちろん夜闇だとか月の光だとかなんてものじゃない、ドングリだ。
僕が一眠りしている間にどこかに消えてしまったのだ。
ここで見つけたドングリだから精鋭というわけでもないけれども確かに彼らはそこらのドングリであれば薙ぎ払えるであろう程の体躯と、艶を持っていた。
やけに先端が鋭利なドングリ、シュナイダー。寸胴なドングリ、オッペンハイマー。ツブラジイに酷似しているけれどもなぜが人語を介し犬語を話すドングリ、佐々木。
正直佐々木は煩いし合いの手ばかりというか合いの手しかいれてこないし、それも犬語だからワンが精々良いところだし小さいからいなくなってもいいと思っていたけれどいなければいないで悲しい。またあのワンという声を聞きたい。そうでもない。
シュナイダーやオッペンハイマーの方が恋しい。
「ワン!!!」
望まれない一声が森の中をこだました。
思わず僕はそちらを向く。
シュナイダーやオッペンハイマーも居るかもしれない!!
しかしそこにあるのは望まれない結末だった。轟々とうねる火に顔を照らされた彼女が佐々木を眈々と焚き火にくべようとしていた。
「ほ、他の……ド、ドングリは?」
一応尋ねる僕、優しい。イケメンだ。将来はイクメンにもなるだろう。
「燃やしました。」
しかしそんな優しさも独自の冷酷さを持つ彼女の前では無意味だった。
そんな冷酷な彼女にとっても喋る(犬語を)ドングリは気持ちが悪いらしい。
佐々木だけは焚き火にくべず、こちらに投げた。僕の足元に転がる佐々木。まるで感情があるかのように足元でワンワンと鳴いている。少し揺れているようだ。なぜ揺れているんだ。中に違うの入ってるんじゃないか。
そこまで考えに至った僕の感想は至極単純。気持ち悪い。絶対虫入ってるじゃないか。
瞬間的に僕の中の生理的嫌悪感が一定の数値を超え、思わず佐々木を蹴り焚き火の中に突っ込んだ。
それはさながらロケットシュート。とても、良いシュートだった。
「いけない!!!」
普段冷酷で鉄面皮な彼女が僕に抱きついくる。正確に言えばタックルだがそこはあれだ、誤差の範囲内というやつだ。
頭が回らなくなるか視界がぐるんと回るか、ダメージがあるかないかの違いしかないだろう。
そこを大きな違いと言う人とは分かり合えそうにない。踵を返したまえ。
いや違う、踵を返したいのは僕の方だ。
だってほら、さっきまで火があったところにさ明らかに木属性だろうっていうビジュアルの顔っぽいウロのある木がさ、こっちを睨んで根っこをビタンビタンしてたら誰だって踵を返したくなるだろう。
なんか口っぽいウロから犬の鳴き声みたいな声が聞こえるし。
待てよ、これは佐々木なんじゃないか。
上に覆い被さる彼女をとりあえず退けて仲間だと言わんばかりに両手を広げて歩み寄ってみたら見事に極太な根っこで脇腹辺りを殴られ3m程度飛んだ。
ふと、彼女の方を見たらその背中には裂傷みたいな傷がある。服が裂けているし血も固まった様子はないからついさっきできた傷だろう。
「エンカウント?」
疑問符は不必要だった。
ニ撃目が来る。