邂逅~エンカウント~
「まずは状況を整理しよう」
できる限り格好良く、なおかつ母性を燻るような甘さを残した声で憧れのセリフを言ってみた。そこらの女性ならばイチコロなはずなんだけれど、彼女は僕の甘い声には特に反応を示さぬままもう立ち上がりふわっとした鳥かごのような形をしたスカートについた草を悔し気に唇を噛み締めて払っているので女性ではない可能性が出てきた。最先端の雑魚モンスターと呼ばれるものが僕の知っているあのティアドロップ型ではない場合もある。僕は心の中で「エンカウント」とつぶやきながら話かけてみた。
「何歳?」
完璧だ。この上ない会話の切り口だ。宮本武蔵もびっくりだろう。
「レベルは1です」
僕はめげない男だ、脂汗を垂らしながら立ち上がりもう一度聞いてみた。
「何歳?」
「レベルは1です」
村人だったらしい。始まりの草原が村の名というのは分からなかった。見渡す限り草原か森だし。ましてや彼女が村人だったなんて。確かに言われてみれば服装は現代で言うロリータチックであり若干古風。肌は蝋のように滑らかだし髪も枝毛知らずという言葉が似合うほどに艶やかな黒髪だ。村人でもなんら不自然ではない。アジアンな顔なのに目は青いし。なによりも先ほどの甘い声に黒目がハート型に変形せぬところ特に村人みたいだ。つまりこの子はいわゆる案内役であり、僕をこれからなにか勇者的な立ち位置に見立てて色々説明してくれるんだろう、と思ってわくわくとし、なにやら小さなポシェットを探る動作を始めた彼女を凝視していると一つのスマホを取り出した。そこには黒地にドット調の白文字で「アツシ:Lv1」と書いてありその上にはパーティーリーダーとも書いてある。アツシとは僕の名前だ。主人公だからそりゃリーダーだろう。やはりこの人は案内役で、これから酒場にでも連れて行ってくれて仲間でも紹介してくれるのだろうと確信を抱いた辺りで、彼女がその画面を僕に向けたまま白くて細い指を一文字に動かしスマホの腹をなぞった。そこに映ったのは「アンナ:Lv1」の文字。その上にはパーティーメンバーと書いてある。どうやら酒場には行かないらしい。どっきりの可能性もあるので一応スマホを借りていじってみたがそうでもない。しかしこのスマホ変に手に馴染む。付いている傷を見るとなぜか懐かしい気持ちがして安心する。というかこれ僕のだ。案内人どころか盗人だったのだ。疑惑と怒りを隠し味に入れた視線を向ければ彼女はあっさりと
「目が覚めたら地面に転がっていたのでいじってしまいました。すみません。しかし暗証番号がフィボナッチ数列というのはいささか無用心ではありませんこと?」
と告げて、小さな顔を傾げぱつんと切り揃えられた前髪を揺らした。つまり同じ境遇のプレイヤーらしいがそんなことは関係なくその純真と思わせる皮肉な戦略的首傾げが僕を苛立たせた。その他諸々要因があるだろうが面子のために秘匿としたい。自然とスマホを持っていない手がグーを作る。小さい頃怒るとグーを作る人をパーを出されたら負けるのに、と軽蔑していたけれど今ならわかる。グーというのは一番殺意を込めやすい形なんだ。その拳を横に置いて平和的に彼女に怒りを込めた言葉の頭を投げてやろうと口を開いた。しかしそれと同時に彼女の口もぽかりと開き、まるで長年探していた犬が見つかった時の、犬の名を呼ぶようにこう言ったんだ。
「エンカウント」
一つ違うのがその声の震えが喜びなどではなく深い恐怖から来るものだったという点だ。




