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プロローグ



 時刻は午前8:25。本日の天候は晴れ。靴底がぱくぱくと音を立て景色を後ろへと押し出していく。全ては布団ちゃんのせいだ。時間は十分前に遡る。遡ったところで僕の朝のふしだらで怠惰的な光景と布団ちゃんとの別れという感動的で全米が涙する感じの場面しか見所がないので割愛する。「布団ちゃん、燦々と輝く太陽が君の頬を赤く染める前にまた会いにくる」というセリフは上手かった、と思い返して賞賛を与えたくなるのだけれどそれの素晴らしさを垂れ流すにはどうにも時間がない。僕は全人類が怯える遅刻という悪魔に頚動脈をかっさばかれそうになっているのだ。端的に言えば後5分で首が飛ぶ、今スマホを確認したところ正確には後3分。小さい頃は大きい人が怪獣を三分で倒して地球を救い助けてくれるという特撮が好きでその大きな人なりたいなあと思っていたのに、今となっては助けられるサイドに立っていて大きい人が遅刻の悪魔を倒してくれないかな、なんて思っているのが情けない。そんなくだらない事を考えている内に最後のコーナリングだ。僕は知っている。内輪差を鑑みなくて良い両足の走行では角ギリギリを攻めるのが定石なんだ。セットした髪がなんだ、乱れたネクタイがなんだ、ブロック塀で合皮のスクールバックが傷ついたって知るもんか。僕は左足をブロック塀の角の示す方角に向かって少し大股でつま先が少し外を向くように投げた。ベスポジだ。スクールバックは傷付くかもしれないけれど、曲がるのに必要最低限の距離と力で曲がれる。これで遅刻は免れた…。


 ――ドシン。


 塀にしては柔らかい物に触れる。原因不明で大げさな衝撃が身体を揺らして重心を後ろにさせる。ジェットコースターの落ちる時みたいな嫌な気持ち悪さが腹を鷲掴んで離さない。頭の後ろや背中に触れるチクリとした痛みと、鼻腔を通り抜ける少し不愉快で青臭くて心地良い香りが去年行ったおばあちゃん家の庭を思い出す。気付けば僕が生まれた頃から肩身が狭そうだったそれは、伸び伸びと青を視界の端から端まで広げていた。その端から、ぬっと、なにかが、黒と白っぽい肌色とを持っているなにかが、青を侵食していって、また黒と、今度は白が見えて、それにぽっかりと空けられた穴が見える。二つ穴のドーナツだなんて珍しいなあ、と思っていたらどうやら目らしい。これは人らしい。瞬きと一緒に靴磨きブラシみたいなまつ毛がお辞儀をする。


 「こんにちは、大丈夫かしら」


 文明錯誤も甚だしいお嬢様言葉も僕の混乱した頭は受け入れた。自分の身に異常がないことを言うのと同時にアスファルトが敷かれているはずの鉄筋コンクリート製のコンクリートジャングルが大草原に変わっているのも簡単に受け入れた。その秀でた適応能力と、


 「ここは?」 


 なんて聞けてしまうコミュニケーション能力に是非拍手喝采の渦が起こっても然るべきだと思う。でもそれは起こらない。代わりに彼女はその問を動作で答えた。視線と顔を同じ速度でどこかに向けたんだ。肘を立てて僕もそれに従うようにそちらを見た。


 『始まりの草原』


 彼女と僕の視線の先にある看板にはそう書いてあった。これも僕は受け入れた。適応力が高い僕は少し洒落の効いた遅刻の言い訳に使えるぞとさえ思い、証拠として写真でも撮ってやろうとスマホをカメラマンみたいに構えた。しかしただ両手が空を裂いただけだった。コーナリングの時に時計代わりにしっかりと握っていたスマホが行方不明になっていたんだ。






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