帰宅
私は、今市警で保護されている。精神的に不安定な 私が家にいたら何をしでかすかわからない、と判断されたらしい。婦警さんに慰められたりしているのだが、本音を言えば警察に対してトラウマ気味なのでこんなところからさっさとおさらばしたい。
私の計画は結果から言えば成功だった。
浄水器の中に大量の胃腸薬と少し睡眠薬も入れて、母が毎日寝る前に服用する睡眠薬と同時に飲ませ、昏倒させるというのは上手くいけばいいかな、程度の物だった。いつも通りの睡眠薬では起きて暴れだしかねないと思って、飲み合わせを利用した。詳しいことはよくわからないが、特定の胃腸薬と睡眠薬を飲み合わせると運動障害を引き起こすらしい。母の服用していた睡眠薬がその特定の物であるかはわからなかったので、その部分に関しては賭けだった。
そしてここからが重要なところだが、母が睡眠薬を服用するのは当然寝る直前なので寝間着を着ているのだ。それを着替えさせる間が一番不安だったが、薬が良く効いてくれたおかげでうまくいった。着替えさせた母親を実際に殺すところでは、本当はカミソリで切った腕を湯船につけるのが一番自然なのだが、ためらい傷などをうまくごまかす自信がなかったので多少無理はあるが包丁で腕を刺しそれを湯船に着けるというものにした。
そして私は返り血などをごまかす必要の無いように、一晩風呂の中ですごした。朝になったらあたかも今見つけましたとでもいうように母の死体を風呂から引き揚げ、血だらけの状態で警察へと電話をかけたのだった。
警察は、日記に挟まっていた遺書を見て、多少の疑問は押しつぶして自殺と断定した。
実はまだもう少しだけ計画は残っている。叔母の家に行く直前に最低一回は家に行くことができるはずなので、その時に浄水器の水を全部流してしまおうと思っている。ちなみに遺書の練習用紙は、とっくに燃やせるごみとして運ばれているだろう。
これであっという間に私の母親は自殺した。
さて、ここからの事はかいつまんで説明しよう。
私は通夜、告別式を終えると、叔母の家に引き取られることも何の問題もなく決定された。これが、母親自殺から三日後の話だった。やはりこんなに急がなくても向こうが勝手に急いでくれる。もう少しゆっくり計画を練ってもよかったが、結果よければすべてよし、だ。
そして、家においての最後の始末を終えると、叔母の車で家に送ってもらった。私の元の家と叔母の家は割と近く、行こうと思えば自転車でも行ける距離だ。半日はかかるが。
二時間ほどかけて、見晴らしのいい坂道の上にある叔母の家に着いた。
体感で一週間ぶりぐらいに見る景色は、私の思っていたものとはなんだか違う。これまでは彼女に早く会うことに必死で、不安を忘れていた。やり直すことができても、私の手の届くものなんて微々たるものだ。私は彼女との関係を、彼女と迎える結末を望んだものにできるのだろうか。
「さあ、奏ちゃん。ここが、あなたの新しい家よ」
緊張気味の叔母の声にむしろ励まされ、叔母の家、懐かしい我が家を見上げる。なんだ。悩むことなんてない。できるかできないかじゃない。私には彼女しかいない。やらなきゃならない。
私はそのために帰ってきたんだ。彼女のそばに。