やさしい世界
「開けて! 開けてよ!」
叩く。叩く。叫ぶ。叩く。叩く。叫ぶ。あかない。とどかない。壊れて。お願いだから。
「なんでよ……。開けてよう……」
涙がぽろぽろこぼれて、床を濡らす。なんで。なんでこんなことするの……。
「うぐ……ひっく……。もうやだよ……」
暗くて、狭くて、ほこり臭くて、虫もいる。お腹もすいた。こんなところ、いやだ。
固くしまった扉に頭を打ち付ける。
ゴン、ゴツン、ゴン、ゴン。
痛みで何もかも忘れてしまえそうだ。このまま頭を打ち付ければ、ここから出られるのだろうか。
ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンガツン。
何かが外れる音がする。
内側にはとってはないから、無理やりあけるしかない。思いっきり蹴りつける。
すると、扉の金具の方が外れた。もう一回蹴ると扉が曲がって少しだけ隙間ができる。
「やった!」
その隙間を抜けて外に出ると、久しぶりの光を体に浴びる。初めて脱出に成功した。ふと二日ぶりの床をみる。
そこは赤く血で染まっていた。
「ひっ……」
後ずさって、背中が扉にぶつかる。すると、ピチャと音を立てて血の池にまた一滴血が落ちる。
そこでやっと自分の頭から血が滴っていることに気づいた。さっき頭を打ち付けたときの傷が思った以上に酷かったようだ。
この血が自分のものだとわかり、安堵の溜息をつくとそのままリビングへと入る。
「お母さん! ごめんね。もうお腹すいたって言わないから……」
謝りながら、足を進めるが一向にお母さんの姿が見つからない。
キッチンに向かうが誰もいない。買い物にでも行ってるのだろうか。振り向いて、よく見るとソファの上で寝っころがっているのが見えた。
「お母さん。怒ってるの?」
貧血気味になってきたのか、足がふらふらする。しかし、おぼつかない足取りで親のもとに駆け寄る。
目に隈ができて、ほほがこけているお母さんは、すごく苦しそうだった。骨や血管が浮き出てしまっている首が痛々しい。どれだけ眺めても元の顔は思い出せなかった。よく考えれば、この二週間ほどお母さんの顔を怖くて見れていない。
「お母さん大丈夫!?」
お母さんの口に耳を寄せるが、息も絶え絶えで今にもこと切れそうだった。
血を振りまきながら電話へと走る。受話器をつかんで、記憶の隅にある救急車を呼ぶための電話番号を掘り起こす。
「もしもし! お母さんが死にそうなんです! 助けて!」
暗闇の中でゆっくりと目を覚ます。嫌な夢だ。
微睡みを暗闇の中に霧散させ、上体を起こす。立つには狭い部屋だった。腹はあまり減ってない。
初めて、この物置に入れられたのは小学一年生の時だった。お腹がいっぱいでご飯を残したのが要因だった。それ以来、まれに私をここに放り込むようになった。時が経つごとに、その頻度は増えていき時間も長くなった。六年生の時に至っては一週間に一回、夜中にずっとなんてことになっていた。そして、最後に入れられたのは九月の連休の時に、二日間入れられたというものだ。まあ、あの時脱出できていなかったら母が腐敗して近所の人が気付き、通報するまでそのままだったんだろうが。
これから彼女と会おうというのにこんなバカなことをやっている暇はないのだ。さっさと殺し、虐待だのなんだのという事実を誇張して遺書に書いてやればいい。せめて、肉親の情けとして苦しまないように殺してやろう。
私の母親はこれから改心することも、生きていて楽しいこともない。殺してやるのが母のためだ。