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私の愛した結末  作者: おーい十六茶
正義の在処
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オイディプス・シンドローム

 第二科学準備室という場所は、私の記憶の中で埃の舞う控えめに言って雑多な部屋であったが、目の前にあるのはしっかりと整理整頓され人が会話できるスペースがしっかりと確保された部屋であり、少なくとも物置のような印象は受けなかった。


「わぁ、かわいい! この娘達が僕に話を聞きたいってことですよね、先輩?」


 念のためということで先に連絡しておこうと弥栄が言い出して、そのおかげで確かに話は通りやすくはなった。ただ私は竹内が言うほどこの人物たちを信用できなくなっていた。原因は隠し事をするようにこそこそと会話をする先輩後輩の姿であった。


「そやで。じゃあ、私は準備に戻るわ。あとは淡に任せる。頼んだで」


 弥栄の後輩の名前は中野淡というらしい。弥栄の快活そうな見た目に比べると 背丈も低く温和な顔立ちだがその目は明るく輝いて見える。そのせいか、野生の小動物のような印象を強く感じた。


「あ、少し待ってください」


 背を向けて、階段を下りようとしていた弥栄は私の呼びかけに振り向いて小首をかしげる。


「もう少しだけ話を聞けませんか? できれば二人で」

「ん……。まあ、別にええけど。そんな急いでるわけやないし」


 弥栄は怪訝そうだがこちらからすれば聞きたいことはまだある。しかし気づいているのかいないのか、竹内はそれに触れていない。私としてもこの人に会って初めて沸いた疑問なので、竹内が知っていて私に伝えなかったとしても責められない部分がある。竹内の言う弥栄の人間性を私が最初から信じていれば、もっと早くからおのずとこの疑問は生まれていたはずなのだ。

 

「ま、じゃあ真理ちゃんと淡は二人でなんか話しとってくれるか? 私は奏ちゃんのラブコールにこたえなあかんからな」


 いたずらっぽく笑う弥栄に、中野は呆れた表情を向けて、またそんなこといって、とため息混じりに漏らした。

 そして私と連れ立って、特別授業等の目の前にあるベンチに向かうこととなった。



「それにしても暑いなあ。どや奏ちゃん、なんか飲む?」

「あ、じゃあお茶でお願いします」

「おお、よし特別に抹茶の深みが味わえる緑茶にしたろ」


 見たところその自販機には弥栄の言っている緑茶しかないようだが。


「で、何が聞きたいん? 初対面であんまりプライベートなこと聞いたらあかんで?」


 冗談じみた話し方でこちらに拒絶の意図を表してるつもりなのだろうが、生憎私は空気を読むという処世術を持ち合わせていない。単刀直入に行かせてもらう。


「なんで竹内やなぎさんに突っかかるんですか?」


 竹内妹からは最初竹内やなぎとはしばしば対立することがあるというのを聞いていた。最初は人間だから好き嫌いの一つや二つは有るだろうと思っていた。しかし、この弥栄波花がいくら竹内やなぎを嫌いだと言って露骨にその感情を出すようなことをするとは思えなかった。しかも弥栄は竹内やなぎを気にかけているというような発言をしていたし、加えて竹内妹と連絡を取っているようだった。そこに違和感を抱かずにはいられなかった。


「……なかなかの先制パンチやね。まあええ、答えたる。目上に生意気な口を利く度胸を評価してな」


 案の定あまり触れてほしい所ではなかったらしい。声のトーンが一つ落ちる。


「大したことやない。嫌いやから。それだけ」

「それはどういう理由ですか?」


 私の返しに弥栄は顔をしかめる。ただ嫌いなだけではないはずなのだ。そうでなくては弥栄のなかでの相反する感情を成り立たせることはできない。


「あのなぁ、嫌いやって言うのに理由なんかない。そないなもんを求めてもなんも出てこんで」

「あなたに近しい誰かと竹内やなぎを重ねてるんじゃないんですか? 例えば、家族とか」


 弥栄は目を見開く。竹内やなぎにたいして『身内にこんなに見てもらって幸せ者』と評したことが一点。嫌いで受け付けない相手だが心配はするというアンビバレンスは昔から付き合いのある人間にたいして抱きやすいというのがもう一点だ。そもそも赤の他人にそんな複雑な感情を持つことがあまりない。虫の好かない相手を気にかける必要がないとほとんどの人間は判断するからだ。しかし家族であればそうはいかないこともある。例え憎しみを抱いていても、其を上回るほどの執着を家族に向けていることだってあるのだから。

 暫くの間沈黙し、何事かを思案する弥栄に、私は次の言葉が継がれるのを待つ。


「はぁ……。あんた、ほんまに小学生か? こない簡単に心ん中覗かれるんやったらおちおち会話もできんなぁ」


 それはその通りだと思う。今回はたまたまヒントがあったというだけだ。それだって確実なものではない。それに人の心がわかると言えば聞こえはいいが心理を読んでいるにすぎない。こんなのは手品みたいなもので、ハッタリには使えるが相手を理解するには足りないのだ。もし、心が覗けるなら彼女の気持ちを理解するためにこんなに回りくどいことをせずにすむのに、と意味のない空想をしてしまう。


「おっしゃる通りや。竹内やなぎは私の父親とよう似とる。勝手に他人と自分の間に線を引く所なんてそっくりや」


 弥栄はその心情を吐露しながら、私からそっぽを向く。眩しすぎる太陽も相まってその表情を伺うことは出来ない。


「だからわからせてやろ思たんや。『あんたは一人で生きとるわけやない。あんたのことをみとる人はぎょうさんおる』ってな」


 その言葉はまるで吐き捨てるように放たれる。なぜ、弥栄はこんなにも悲痛な表情をしているのか。もしかしたらわかってくれない人に伝えるというのは非常につらいことだからなのかもしれないし、また別の苦しみがあるのかもしれなかった。

 最近私はどうも思考がぎこちなくなっているように感じる。今まで引っ掛からなかったような、決めつけてしまえばすむようなことが心のどこかで違和感を感じている。

 しかし、経験のなかった感覚に今の私は新鮮さを感じていた。先程のように心理だけでは読めない、弥栄の考えていることを私は知りたいと思った。


「生徒会長に立候補したのはもちろん他に理由があるけど、やなぎちゃんに対して怒りを感じるのはそれ。一人で抱え込もうとするのを見れば、横から忠告をする。それが突っかかってるようにみえるんやったら、私がやなぎに突っかかってるっちゅうことになる」


 よほど、私の言い方が気にくわなかったのだろう。弥栄は威圧するような目でこちらを見てくるが、それを軽くかわして、会話の結びに入る。


「どうも、話したくないことをこんな若輩に打ち明けてくださりありがとうございました」

「おもっとらんっちゅう顔しとるで……。全くしゃあないな。私はまだ文化祭の準備があるから、後は淡に聞いたってや」


 私は頷いて弥栄の顔を見る。弥栄は微笑して背を向けた。

 その笑顔が愛想笑いであったかもしれない。私は不躾に弥栄の内面をこじ開けたから、それを恨んでいてもけしておかしくはない。

 しかし、自分の目的と他人からの好悪を天秤にかけて傾く皿は今も変わっていない。私は本校舎に入っていく弥栄を見届けてから、二人のいる第二科学準備室へと戻っていった。

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