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私の愛した結末  作者: おーい十六茶
正義の在処
31/34

入り組む書き込み

約束から遅れてごめんなさい。

待ってくださった方には謹んでお詫び申し上げます

 高校入学後、私と彼女は平和な日々を過ごしていた。彼女へ向けられる悪意というのは、ひどく幼稚なものであることが多かった。高校生ともなると、そのような縄張り意識の強い猿として振る舞う間抜けも減ったのだった。


 中学の時に流布された彼女への風評を出所ごと叩き潰した私も、新たな学校では心休まった。その分、彼女の周りに人が集まるようになり、少し寂しくはなったのだが。

 しかし、彼女と同じ吹奏楽部に入ったということもあり、けして彼女と一緒にいる時間が減ったということはなかった。

 彼女は私の目の前にいた。手の届くところに。

 彼女と一緒にいる時間が終わることはない。

 いつしかそんな確信が生まれ、私の視界の輪郭を縁取っていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 パソコンを閲覧するために、竹内の家に向かう途中、探るような声を向けられた。


「それにしても、思った以上に積極的ですね。不意打ちで恐喝するなんてフェアじゃないことをされて、嫌がるかと……」

「それは……どちらかというと、悔しかった。遺書さえ疑われなければあれが殺人である証拠はないとおもってたから、失態を晒してしまった、って気持ちの方が強い」


 そんなことを語っている自分にもなんとなく居心地が悪くなる。


「それに、私も近づきたいというか、義を見てせざるはというかなんというか……」

「え?」

「い、いやなんでもない」


 自分の内面の話をすると、要領を得なくなるし、面倒くさい。


「でも、どうやってあの遺書を手に入れたの?」


 話を逸らしたつもりだがあまり逸れていないことに気づく。しかし、これは結構な謎だ。考えてみれば、かなり不自然である。タイムリープがどういう仕組みなのかわからないが、私があの事件を起こすことは私以外、知りようのない事実のはずだ。


「まあ、企業秘密ってことですかね」


 そういって笑顔を向ける竹内。竹内が初めて見せるなにかぎこちない笑顔だった。

 しかし、できれば知っておきたい。あの事件に関しては竹内が黙ってくれるというのをとりあえず信じておくが、それでも何が起こったのかわからないというのは気持ち悪い。


「どうしてもだめ?」


 頼み込むのはあまり好きではないが今回は別だ。弱みを握られるのは、私にとっては死活問題。どうにかして避けたい。


「どうしても無理、ですね」


 少し疲れた様に突き放す。

 そうか……。竹内が約束を守ってくれる限りは、絡繰りが解らなくても問題がないのだが、怪しい動きを見せた場合の為に、口封じの用意くらいはしておいた方がいいかもしれない。


「ま、それならしょうがないね」


 


 公園は学校の西門と東門の中心を通る直線上にあるので、そこそこ利便性がある集合場所だ。 学校から見て、竹内の家は私の住んでいる場所の反対側にあるので公園が選ばれた。


 竹内の家は住宅街にあり、車の量も少ない静かな所だ。周りに大きくてきれいな家が多く、金持ちが集まっているんだろうと推察できた。


 目的地に近づいてきた頃、前からやって来た女子高生が声をかけてきた。


「あ、真理ちゃん。こんにちは」

「こんにちは、幸さん。休みなのにこれから学校ですか?」


 幸と呼ばれた女子は見覚えのある制服に身を包んでいた。

 たしか電車で何駅かいったところにある、偏差値の高い学校だ。名称は泉台高校だと記憶している。

 制服の色が紺、という理由で、彼女が目指そうとしたが、偏差値が足りず断念したことがあった。彼女は少し暗めの色が好きだったが、黒はあまり好きではないらしい。


「そう。文化祭の準備があってね」


 泉台高校の文化祭は夏休みが終わってすぐで、夏休みは追い込みの時期だ。

 なぜ通ってもない高校の文化祭の日付を覚えてあるかと言えば、その日程が私と彼女の通っていた桜ヶ丘高校と被っていて、毎年客の動員数で勝負をすると言う慣例になっているからだ。勝負をすると言っても公式ではないが、職員もその結果を気にしているのだから、当人たちにとっては重要な戦いなのである。


 そして、桜ヶ丘高校は竹内やなぎや、神代比嘉奈が通っている高校でもある。


「頑張ってくださいね」

「うん。またねー」


 急いでいるのか、あまり立ち止まらず、手を振って離れていく。


「知り合い?」

「はい。姉が昔から仲良かった人です。最近は学校も違うので、あまり連絡はとっていないようですが」


 やはり、環境も変われば関係性も変わる。


「でも、私の家のはす向かいに幸さんの家があるので、顔を会わすことは多いですよ」


 竹内は、もう少しで着きます、と言って歩き始めた。




 竹内の家は豪邸とよんで差し支えないものだった。彼女の家も結構大きいのだが、明らかにそれを上回っていた。竹内の母に歓迎されて、上の階にある竹内の部屋に案内された。


「どうぞ、楽にしてください」

 

 竹内の言葉に甘え、緊張を解いて、部屋のなかを見回す。すると、大きめで古い型のパソコンが机の上に置いてあった。竹内がディスプレイにかけてあるタオルをひっぺがして、向かい合っている椅子に座る。


「もしかして、自分のパソコン持ってるの?」

「いえ、姉と共用なんです」


 それでも、高校生と小学生の共用パソコンというのはなかなか珍しいと思う。

 竹内は密かに驚く私を他所に、パソコンを立ち上げる。


「古いやつなので時間がかかります」


 しばらく退屈な時間を過ごして、竹内がマウスをいじってからこちらを向く。


「これです」


 画面を覗き込むと有名なSNSだった。竹内がすこしづつスクロールしていくと色々な書き込みが見つかる。

 しかし、内容は様々でも意図することは同じ。竹内やなぎを貶めるものだった。


「これだけ悪口かかれるってあなたの姉、まさか本当はめちゃくちゃ嫌われてるってことない?」

「ありません!  面白がって拡散する阿呆がいるんですよ!」


 怒られてしまった ……。しかし、火のないところに煙は……とか思っていたら竹内に睨まれる。観念して、一つ一つの書き込みを精査していく。


「うーん。もうちょっと色々わかるかと思ったけど、意外と情報量が少ないわね」


 書き込みを見ても、個人名は竹内やなぎだけ。ハンドルネームで誰が書いたかわかるわけでもないし、そもそも竹内の言っている通り、目的意識をもって書き込んでいる人がどれだけいるかかわからないのだ。


「これって拡散とかの火元を辿ることってできないの?」

「うーん……。できないわけではないですが、あまり意味ないと思いますよ。言い出した人を特定したからと言って、こういった書き込みを止められるわけではないですし」


 不特定多数ということの厄介さの真価をここに来て感じる。竹内姉が嫌いだから悪口を書いたのか、生徒会選挙で目立ってるから面白がっているのかすら判断がつかない。やはり、徒労だったかな……。


「どういう書き込みが元だったのかわからない? 一応知っておきたい」

「まあ、そこまでいうならやってみますけど」


 しぶしぶといった体でなにか操作を始める。書き込みを遡っているように見えるが、詳しいことはわからない。


「とりあえずこれは結構最初の方の書き込みですよ」


『生徒会役員に竹内やなぎはふさわしくない。なぜなら彼女は社会不適合者だからだ。自己顕示欲が強く、虚言癖がある。人の見ていないところでは動物に暴力を振るったりしている。』


 思ったより固い文章だ。


「これ、本当なの?」

「そんなわけないでしょう。でまかせですよ」


 そう言いきれる根性がすごいと思う。この書き込みを見て、疑問を抱くことが一つあった。


「そもそも、あなたの姉はまだ立候補するかどうか決めていないんでしょう? なんで選挙に出ることに確信的なの?」

「推測するに、どうしても姉に当選してほしくないということでしょうが、本当のところはわかりません」


 竹内の話を聞きながら、書き込みの内容を熟読する。しかし、もちろんこれが本当か嘘かが問題ではないことぐらいはわかっている。


「これは、七月八日の午前10時ちょうどの書き込みか……」

「学生だったら授業中ですね」


 しかし、先に文面を書いておけば投稿するのは一瞬のはずだし、学生ではないとは言い切れない。もちろん、学生だとしたらなぜそんな偽装工作をしたかが問題にはなるが。


「これだけではなんとも言えないね。他の古い書き込みを……」

「ちょっと待ってください。悪口が書き込まれているのはここだけではないんです」


 竹内はネットを開き、『桜ヶ丘高校 裏』と検索する。


 そうして出てきた掲示板はなかなかに荒れていた。


「まともな書き込みがないわね」

「こういうのは、誰も見てないから適当なことを書き込みますからね」


 竹内の言葉に疑問を抱く。


「誰も見ないなら、ここを閲覧する必要ないんじゃないの?」

「まあ、見てください。これです」


『あいつまじうざいんだけど! 体売って男で遊んでる癖に優等生ぶってるし。だいたい教師に贔屓されてるから生徒会長に推薦されただけのくせに調子のんなよ、クソが!』


「これだったら、対立候補の人への悪口かもしれないんじゃ?」

弥栄やさかさんは署名を集めて立候補しています。それに対して姉は担任の推薦があって署名をとばして立候補しています。間違いなくこれは姉のことを言ってます」


 でも、この書き込みがどうしたって言うんだろう。


「この文面と同じものがさっきのSNSにも有りました。つまり、これはより多くの人に見てほしいと言う意図のある書き込みなんです」

「へえ」


 つまり、ただ思ったことを書き綴った衝動的なものではないと言うことだ。これは、物的な証拠ではないが、誰かが竹内やなぎへの中傷を広げようとしていることの根拠にはなるだろう。


「こうなってくると、竹内やなぎを生徒会長にさせないために罵詈雑言をばらまいてるっていう線が一番強くなってくるわね」

「ええ。ですから、怪しいのは対立候補の弥栄さんだと思うんですが……」


 歯切れの悪い竹内を訝しく思って、視線を向ける。続きを促すと、マウスの操作を始める。そうして、開いた画面はパソコンのメモ機能の部分だった。


「これはあるループ回での書き込みなんですが……」


『竹内やなぎは一年の体育祭を、生理が辛いと言う理由で休んだが、実際は妹の運動会を見に行っていた。こんな公私混同をする人間に生徒会長が勤まるだろうか』


「これがどうしたの?」

「いえ、実はこれは本当のことで……」

「え? どんな姉よ……」

「前日に熱を出してしまったんです……。それで、病み上がりの私を心配して来てくれたんです」


 確かに、そんな人間に生徒会長になってほしくないが。とんだシスコンだ。


「でも、それが何の関係があるの?」

「はい。このことは姉は殆どの人に黙っているはずです。よっぽど親しい人でないと、こんなプライバシーは明かさないでしょう」


 なるほど……。そう言えば、竹内はこの書き込みをしたのは姉と親しい人だと言っていたな。


「だったら誰かにバレたんでしょう。意外とその噂は学校で広まってたのかも」

「そう思って調べましたよ。姉が体育祭を欠席したことすら知らない人が殆どでした」


 そうなってくると、どんどん話は複雑になってくる。


「竹内やなぎに生徒会長になってほしくなくて、かつ親しい人物……」


 全く想像もつかない人物像だ。そもそも親しいのなら直接生徒会長にならないように頼めばいいのに。


「あ。でも、さっきの書き込みとその書き込みが同一人物かどうかわからないじゃない」


 私の言葉に竹内がため息をつく。


「もちろんそうです。でも、どちらにしても同じことです。姉と仲の良い人しか知らないような事実を姉を失脚させるために使う人がいるんですから」


 そう言えばそうだ。結局、竹内姉とちかしい人物が、姉の失脚ーー少し大袈裟な表現な気もするがーーを目的としているという事実は変わらない。


「いや、その情報を仕入れて赤の他人が、そういった画策をしている可能性はあるじゃない」

「確かにその線は強いですが……。弥栄さんはそういう事をしそうな人じゃないんですよね……」


 そんなことわからないじゃないか、と思うが私としても人間性に関してはまさに会ってみないとわからない。


「私は犯人探しはもう諦めています。情報も少ないですし」


 竹内の選択には一理ある。それに、この案件について何かがわかったからと言って、意図的に竹内やなぎの殺人を行わせようと画策した人物が特定できるわけでもなさそうだ。別の方向と言うと……。


「高校に潜入するぐらいしか出来ることないわね……」


 私も桜ヶ丘高校には通っていたが、五年以上前の話なんて知る由もない。実際、私が興味を持たなかったからかもしれないが、竹内やなぎの事件を私は知らなかった。


 だから、私の知る桜ヶ丘高校とどう違うかを頭にいれておく必要がないこともない。しかし、これをすれば何かわかると言う確証もない。


「起こってない事件を調べることほど面倒なこともないわね」


 竹内は不服そうにしているが、反論はしない。その事を実感してる一番の人間だからだろう。


 竹内の残り時間もあるので取りあえず、侵入する方法と日程を決めてその日は解散となった。

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