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私の愛した結末  作者: おーい十六茶
正義の在処
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動機の謎

 今日は意識を表層に出していられる時間がもうほとんどないらしく、詳しいことは明日ということになった。


 その後、ファミレスからの帰り道の途中、私は本当の竹内とそうでない竹内の継ぎ目を目にする。どっちが本物なのかは置いておくとして。

 なるほど、普通では知ることのできないであろう、言葉にできない違和感のある光景だった。人間が突然、自失するというのは存外に非現実的な様子らしい。


 きょとんとして私の前に座る竹内はいつも通りの竹内だった。しかし、すぐに状況に得心がいったのか、両手のひらを合わせる。


「奏ちゃんも、ハイリちゃんと話したの?」

「ハイリ?」


 誰? と聞き返そうとして、すぐに思い至る。真理に対して背理。十中八九、逆行した竹内の方がその名前を自称したんだろう。便宜上でも名前を分けた方が分かりやすい。


「うん。話した」

「そっか。奏ちゃんには内緒にしなくていいんだね。ハイリちゃんのこと」


 竹内は安堵のため息をつく。


「なんで、嬉しそうなの?」

「だって、不安なんだもん。突然図書館で本を読んでたり、自分の覚えてないことで誉められたり、ご飯食べてないのにお腹一杯になったり」


 話すときの身振りが大きい竹内は、危なっかしく歩いている。


「でも、ちゃんと私のことを知ってくれてる人がいるって思ったら安心できるよ」


 心底の信頼を感じて、少し照れた。子供って言うのはこれだから。


「大げさだなぁ」


 でも、竹内は笑い返してくれた。




「おかえり」


 家に帰ると、叔母は洗濯物を畳んでいた。

 

「ただいま」


 そういいながら、持っていたカバンを下す。リビングは外ともファミレスとも違って、冷たすぎない空気が流れる。


「明日から、ちょっと忙しくなる。友達と夏休みの宿題やることになって」


 叔母は黙々と動かしていた手を止めてタオルに向けていた視線をこちらに向けた。


「そう、がんばってね」


 私に意味を持たない言葉を投げかけるが、まだ何か言いたそうにしている。しばらく私が黙っていると、叔母は口を開いた。


「あんまり危ないことはしないでね?」


 その嘆願に対して素直に感じた質問を表出させる。

 

「なんで?」


 色々なものを含意した、なんで、という言葉に叔母はためらうように眼をそむけた。しかし答えはあらかじめ決めていたかのようにすらすらと流れ出た。 


「なんか最近変わったなと思って」


 そうかもしれない。あの事件の後、記憶が間違っているかもしれないという違和感を持ちながら、自分自身の願いはなんなのか真剣に考え始めた。

 彼女との出会いをやり直した今、タイムリープの目的自体は果たされている。畑が枯らされた事件の時に、彼女を前の世界の彼女へと導くことを考えたが、それで彼女を傷つけてしまうのなら意味はない。

 しかし、いきなり自分の願いを答えられるものではない。

 だから、彼女に踏み込むために、『家族』というものへの想いを知りたいと思った。

 

「それに……あなたは姉さんに似て、頑固だから」


ゾク。


 私は得体のしれぬ悪寒に体を震わせる。それでも声を震わせずに言葉を返す。


「大丈夫。私はお母さんとは違う」


 叔母が、はじかれたように私を見る。その視線を振り切って、二階に上がる。


「違うから」




 翌日、情報共有のために竹内と集合したのは、駅前の商店街を抜けたところにある大きめの公園だった。夏休みでしかも日曜日ということもあり、家族連れや子供の集団が公園の空気を浮ついたものにしていた。

 しかし、中心となるグラウンドから階段を上り、それを見下ろしながら取り囲む環状の林道に入ると、木々が日光を遮る静謐なベンチが散見されるようになる。


「このあたりなんてどうでしょう」


 竹内が立ち止まったのは、喧騒から一番離れた場所だった。グラウンドの入口付近に集まる人が多いので人の声にも多少の偏りがある。ここで話をすることにも異論はなかった。


「そういえば、あなた、昔の自分にはハイリって名乗ってたらしいわね」


 そういうと、竹内は気にした風もなくベンチに座る。


「この子が自分の名前を呼ぶのが気持ち悪いからニックネームで呼びたいといったので。適当に思いついたものにしただけです」


 どうやら感情的な面で呼び方を変えることにしたらしい。私もベンチに座り、今日の目的となる情報交換を始めることにした。


 


 事件が起こる日は8月22日。事件の詳細はそれを知る人の不在のせいで、不明瞭な点が多い。真理が集めることのできた情報は以下の通りだ。


 事件現場は水泳部部室。凶器はその場に置いてあったはさみで、死因はめった刺しにされて失血死だ。第一発見者は先生を捜しに来た一年生の部員で、血まみれのままへたり込んで茫然として死体を見下ろす竹内やなぎの姿があったと証言している。


 犯行や証拠を隠すつもりも、隠しようもないその現場のおかげで、犯人については捜査なんて必要がなかった。

 わからなかったのは動機だ。


 一応、やなぎには悩んでいることが在る。


 それは事件が起こる日が決まっていることと関係している。

 8月22日は真理がある程度邪魔しても、間違いなく学校に行った。

 その理由が『報告しなきゃいけないことがあるから』だ。


「その内容は教えてくれませんでしたが、おそらく生徒会長選に立候補するか、水泳部の部長になるかを表明しにいくんだと思います」


 生徒会長になれば部の代表になることはできない。つまり、三年生が引退する時点でやなぎはその動向をはっきりさせる必要がある。生徒会長に立候補する人が、部長になることを期待されるのはままあることなので、選挙期間のせいで部長にも生徒会長にもなれないことが在り得る今の制度には文句もあるが放置されている。それはそもそも生徒会長選が信任投票になることが多いので、立候補した時点で当選が確実になりやすいからである。


 竹内やなぎはその責任感ある性格や、人に信頼されている実績からどちらの方向からもアプローチがあった。例年通り何事もなく終わると思われた選挙だったが、それに待ったをかけた人物がいた。なにかと竹内やなぎを目の敵にする弥栄やさか波花である。

 弥栄は目につく人間に対して攻撃的な面があり、めんどくさがられているが、その一方で身内に対しては面倒見がよくカリスマ性も発揮するので、同じクラスになった人の中には弥栄に頼りがいを感じている人も多い。


 この出来事のせいで、やなぎは夏休みの間中に決断しなければならなくなった。

 



「でも、それが原因で殺害したってことはないわよね……? 高校の代表者云々の話で追い詰められて、とかだったとしても、それで水泳部の顧問を殺すっていうのは……」

「確かに、この悩みが直接の原因ではないでしょう。しかし、遠因になってる可能性はあります」


 


 板挟みとは別の問題が発生したのは高校の終業式が近づいてきた頃だ。ネットで竹内やなぎへの誹謗中傷がばらまかれるようになった。その内容はやなぎの人間性への攻撃が多く、やなぎをよく知る人物ではないかと真理は予測している。

 

 警察は結局、これに追い詰められて錯乱した、と結論付けている。

 

「でも、姉はあんな妄言程度で心を折られる人間ではありません。それに、ほかにもその中傷が原因ではない根拠があります」


 真理はループの中で一度、事件のあった日になりふり構わずやなぎが学校に行くのを引きとめたことがあった。その日、やなぎは学校に行かず、選挙に出ることを電話で伝えて、事件は起こらなかった。結果、無事選挙は進行した。真理もやっと戦いが終わったと安堵した。

 

 その油断が仇となる。


 竹内やなぎは生徒会長になった次の日に自殺した。


 


「この回のループで解ったことがあります。まず、ネットの暴言が嫌なら選挙に出るのを止めればいいのにそうしなかった。つまりそれは動機ではない。そして、8月22日の殺人自体を止めるのは至極簡単です。しかし、その動機には姉が自殺するほどの何かが埋まっている」


 竹内が言葉を切って持ってきていたペットボトルのお茶に口をつける。 


「なるほど、それで死ぬか殺すかってわけね……」


 なんだかややこしい話になってきた。でも、まだ思考に没頭する段ではない。


「他のループはどうなの? どんなことが分かった?」

「私の『お試し期間』で起こったことが特に重要でしょう。現場のロッカーに潜入して、姉を直接止めようと試みたんです。しかし、姉たちが来るのを待っている間にスプレーで何か吹き込まれて眠らされました。気付いたら外で転がってて、守衛さんに病院に連れて行かれるところでした」

「え?」

   

 竹内の記憶に思わず、反射で聞き返す。スプレーなどと言うある種の悪意のこもった手段を取る以上、現場に居てもらっては困る人物が存在することになる。竹内やなぎが妹を排除したのだと考えるには、まず犯行が計画的である必要があるが、竹内やなぎが自殺した世界線の出来事を考慮するとやはり顧問殺害は突発的だった可能性が高い。百歩譲って前から殺害を考えていたとしても、竹内やなぎが自分の妹が来るのを予想していて、しかもそれを追い返す方法としてスプレーを選ぶというのは不自然過ぎる。


「これはただの衝動的な殺人ではないってことです。誰かが姉を殺人の方に追い込んだんです」


 なるほど。こうなると話は変わってくる。竹内やなぎの動機に、わざわざスコップを使って地雷を埋め込んだ人間がいるかもしれないということだ。


 木漏れ日に目を細めながら、思考を巡らせる。風が汗をすくうように取り去っていく。

 そして私は竹内の気づいていないことがないか、それを重点に据えながら情報を吟味していく。


「とりあえずあなたの姉への悪言の詳しい内容を見たい」


 それが第一歩だった。

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