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私の愛した結末  作者: おーい十六茶
一家断乱
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家族日記

 穴を掘り進める。これではまだ小さい。額から汗が噴き出すが拭う時間も惜しい。

 掘って掘って掘る。存外に大きい穴を掘らなければならないことを知る。

 私は今家にいることになっているのだ。早く帰らなければならない。

 もう一度スコップを突き刺すと固い地盤にあたったようで、カンという音がする。

 もうこれで大丈夫だろうか。腐敗を始めている死体をそこに放り込み、土を被せる。


「あ」

 

 力を入れすぎて、また掘り返してしまった。その穴から見える死体の形相は、もう人の物とは思えない。くぼんだ眼、平たくなった顔、髪の毛は泥まみれになっていて、表情豊かに周りに愛嬌を振りまいていた時の物を連想することすらできなかった。しかし私は嫌悪感は覚えても、けして恐怖はわかなかった。

 いつ来るかもしれない死に対する対策がなってなかっただけだ。

 私は、手早く土を埋めなおすと、灯りのともる我が家へと帰って行った。




 目を覚ますと、目の前には非常に懐かしく、絶望的なまでに見慣れた天井があった。

 目をそらすように時計を見ると8時30分だ。今日は4月1日だから、まだ春休み。あと何日かは自由に時間を使える。

 さっきまで見ていた夢は前の世界で初めて行った殺人だろう。初犯がいきなり撲殺とは思い切ったものだ。今考えれば、殴った角度や、死体の遺棄の場所などから犯人がばれる可能性は十分にあった。まあ、最後まであの人物は失踪していたのだが。

 私は布団から降りて、そこにある鏡を見る。昨日もこれで自分の姿を見たが、やはりこの未成熟な体を見ると、言葉に表せないほどの喜びが湧いてくる。

 しかしこの部屋、いや、この家自体は今の私からすればこんなものもあったな程度だ。懐かしすぎて反吐が出る。


 その象徴たるもっとも会いたくない人物もすぐそこに居る。




 下の階のリビングに降りるとやはりそこでは、母親が朝ごはんを三人分作り、まるで一人でおままごとしてるかのように喋りながら待っていた。


「おはよう」

「おはよう、奏」


 挨拶をすると、ほほ笑みながら返してくる。

 何も言わずに、席に着きご飯を食べようとすると、


「こら! ちゃんといただきますって言ってから食べなさい! お父さんも何か言ってやって!」


 私の為に作ったものじゃないんだから感謝する必要もないでしょう。と心の中で毒づく。

 そして、母親の呼びかけにもかかわらず、どこからもお父さんとやらの声は聞こえず、席も一つ空いたままだ。朝ごはんも一人分置いたままだし母親は誰も何も言ってないのに、そうねえと訳の分からない相槌を打っている。

 

 もう嫌というほど思い知らされている事実。この母親は狂っている。手の施しようがないほど。


 事の発端は、結婚五年目、長女の奏が三歳の時の話だ。

 秋吉修は毎週、週末だけは二人目を妊娠している母親の代わりに娘を公園に連れて行っていた。

 そして、その日も例外ではなくいつも通り暗くなるまで可愛い娘に付き合っていた。

 しかしその帰り道、飲酒且つ居眠りというこれまた、最悪の運転手の運転する車に二人ともひかれてしまう。

 愛する人を二人同時に失ってしまった彼女は心の支えを失い、生まれてきた二人目の娘にも奏と名付け、あたかも父親が存在するかのようにふるまった。そして、これが私の母親の虚構の家族生活の始まりだった。

 しかし彼女は父親の分も金を稼がなければならない中、無慈悲に泣きわめく赤ん坊に耐えられなくなり、過労で倒れてしまう。これが、私が二歳の時の話。

 その間、私が母親の妹の家に住むことになったりといろいろあったのだが、なんとか体を元に戻してきた母だったが、以前と同じように体が動いてくれなかった。

 その結果、母の実家や妹から仕送りをもらうという何とも情けない事態に陥っているのだ。 

 ちなみに母の家族も母のこの妄想を取り除こうと尽力しているが、この時点では睡眠薬程度しか処方されていない。

 まあ、これから病状が悪化し、抗鬱剤も処方されるようになるが、あるとき、ついに食事をしなくなる。そしてあわや餓死というところで、私とともに母の家族に発見されるが、私は給食などがあったのに対し、ずっと何も口にしていなかった母は搬送先で死亡した。これが私が小学六年生の時の話。

 

 これは紛れもない本当の話で、そしてウソになった話だ。母が死ぬ日はそれより三年ほど早くなる。私が殺すのだから。




 前の世界で母が亡くなったのち、これまでうちに仕送りをしていた母の妹、つまり叔母の家に私は引き取られた。叔母は母親が居なくなって不安定だった私にどう接していいかわからなかったようで、あまり向こうから関わってくることはなかった。子供が一人もいないのだから扱いがわからなくても仕方ない。それに私も分かりやすくも、扱いやすくもなかった。

 その引き取られた先の学校で、私は彼女と出会った。

 母の身よりは少なく、面倒な事情のある少女を引き取ってくれるような人は叔母ぐらいのはずだ。つまり母が死ねば私が彼女に出会えると言ってもいい。だから私は母を殺す。彼女と早く出会うために。




 決行の日は三日後。母の文字をまねて遺書を書くのに練習が必要だからだ。本当はそんなに急ぐことはないが、夏休みまでには転校したいので自分を追い込もうというわけだ。しかし、母の筆跡をまねるのには少ししか割けないだろう。様々な準備も必要になる。

 

 母親の直筆の物を探すところから、始めるとしよう。


 母親は日記をつけるのが趣味なのは知っていた。昼ご飯を作っている間に部屋に侵入して日記を盗む。手に入れた日記は何冊かかさなっており、変色していた。


 部屋に持ち帰り、イスに座って読み始める。まずは字を観察する必要があるのだ。


 内容は思った通りの物だった。最初の方は夫や娘に対する愛情であふれていた日記が二人の死をきっかけに恨み節へと変わり、私の誕生を節目に家族生活をねつ造している。中身だけ取れば読む価値もないものだが、これだけの文字数があれば完全に字のくせを見切ることができるはずだ。


 ふと、窓の外を見るともう茜色に染まっていた。夕ごはんまでには戻しておいた方がいいだろう。母のこの日記への想いを考えると、無くなっていることに気づいたら発狂しかねない。今日はここまでにすることにした。 




 翌日、私は昨日と同じ異様に日記を盗み出し部屋へと持ち帰る。とりあえず、日記の最初の文章を二十回書いて、それから文章を考えて必要な文字を覚えていくことにした。


 

   4月23日 木曜日 

 1週間前奏が生まれた。退院の準備や名前を決めたりするのに忙しかった。夜泣きなどで目がさえてしまった時のために日記をつけようと思う。


 

 私はこの時のことを知らない。知りたくもない。

 いけない、母の事となるとつい感情的になってしまう。

 無心に、だ。




 三日目。もうだいぶ完璧に模写できるようになったし、文章も完成した。後は、どうやって母を殺すかだが……。


「奏!」


 恐ろしく大きな声で名前を呼ばれ、とっさに練習用紙を隠す。紙がごみ箱の中に入った次の瞬間、母が部屋のドアを壊れるぐらい強く開ける。


「なんで私の日記を勝手に持ち出すの? ダメでしょ。そんなことしちゃ」


 口調は努めて優しくなっているが、憤怒の感情を隠せていない。この分ではどんな言い訳をしても結果は決まっている。


「来なさい」


 どすの利いた声でそう言うと、私の腕を思いっきり引っ張って部屋を出る。腕に千切れそうな痛みが走るが、反抗すればもっと痛い目に合う。

 乱暴に階段を降り切ると、強く引っ張った。


「ここに入ってなさい」


 そういって私を階段下の物置に放り込むと鍵をかけて行ってしまった。

 私の話をろくにも聞かないで。呆れるほかにない。

 しかし、この世界では4,5回目のこれも、私には何十回目の物だ。今更怖がったりするものか。

 母を殺す方法を考える時間をたくさんもらえたと思って、ありがたく、くつろがせてもらうとしよう。

 

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