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私の愛した結末  作者: おーい十六茶
植物騒動
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霞の中でくるくると

 直接見ると、火というのは、なぜか人を不必要に興奮させる。……らしい。


 見たことのないものを、さも見たことがあるかのように語ることはできないものだ。知らないということは自分が一番よくわかっている。

 しかし、見えない何かを、見たかのように語ることは、難しいとはいえ可能であろう。


 あの燃え跡を見た人に死んだ人の怨霊が見えるなんて言われたらどうしようかなんて、面白くもない冗談をぶら下げ、いくつかの空席を眺めながら授業を聞き流していた。

 

 桜井を殺害した後、その携帯を使って、彼女のいじめにかかわった人間を入り浸っていた廃ビルに呼び出した。入り浸る場所なだけあって扉やガラスの窓が既に備え付けてあった。

 あまり灯油の量が多すぎると匂いが酷くなってしまい気づかれてしまうので少量で済むように、プラスチックにかけてそれを導火線にしてアルミサッシと扉に誘導し、逃げる暇なく全体に炎が行きわたるようにした。さらに生ごみなどもいくつか配置して、灯油の匂いから気をそらしたり、燃えやすくしたりという配慮も一応していたのだった。

 

 彼女の中学生活はやはり周りからの攻撃に耐えるだけの生活だった。しかし、邪魔者はすべて排除し、かなり生活も落ち着いたと言えるだろう。

 疑いがまったく私に向けられなかったわけではないだろうが、どちらにせよ私が中学の間に捕まるということはなかった。

 

 そして、私たちは高校へと進学していく。




 非常に目覚めが悪かった。

 鳥の鳴き声でも聞こえたら落ち着いた目覚めができようものだが……。


 思い出すならともかく、夢で見たい過去じゃない。そして夢でありながら、当時の感情を呼び起こす記憶は、まさに悪夢だった

 しかし、時間はそろそろ学校を出る時間だ。彼女を待たせるわけにはいかないのだから、いつも通り家を出よう。


「今日も早いのね。気を付けていってらっしゃい」

「うん。いってきます」



 私に見える朝の通学路は、いつもと違った。街路樹が緑だという当たり前のことに初めて気づいたような気になった。空が青いのも雲が白いのも、まるで珍しい物でも見るように感じた。しかし、それは消して明るい気分ではなかった。


 私は思考の穴を埋めるように景色を受け入れていた。当然昨日の出来事がきっかけだ。

 この世界に帰ってきたときに願った彼女との出会い。彼女のために人を殺した時、想った彼女の行く末。考えれば考えるほど、夢よりもつかみどころのない過去に翻弄されるばかりなのだ。


 彼女を待つ時間が苦しいということはない。しかし、いつにない緊張がある。いうなればインフルエンザが治って久しぶりに学校に行くような、気恥ずかしさと時間がずれていたかのような一抹の不安。


 そして彼女はやってきた。その短い髪を揺らしやってくる姿に抱く感情に息苦しさがともなったがその正体はわからなかった。


「おはよう」

「うん。おはよう」


 普通に挨拶を返すが彼女の声はいつもと違いどこか暗かった。それは、おそらく昨日の中島に対する学校中からの声なき非難に対する罪悪感によるものであろう。それをわかっておきながら私はそれに何かを言うことはできなかった。これから訪れるであろう悼報をわかっていたからだ。


「ん? 私の顔になんかついてる?」

「……いや、なんにもないよ」


 なんとも言い難い気持ちになりながら、それを言語化することができず、何でもないと表現することしかできなかった。

 

 

 学校に着くと、そこにはどことない浮つきと沈殿があった。横たわった暗いものが、まるで人の心の暗い部分に共鳴しているようで、人間そのものから嫌な雰囲気が流れ出していた。そして、それは彼女も例外ではなかったと言えるだろう。



 放課後、一緒に帰ろうと、教室に行くと、彼女に公園で二人で話そうと言われた。その時の不安に押しつぶされそうな表情をみて、断ることなんてできなかった。


「私たちが殺したのかな……」


 彼女はその思いつめた声でそう言った。それは私の望んだ言葉であったと言える。私たちが興味本位で行ったのが原因で中島は追い詰められたんだ、と。そう私は続けるはずだったのだ。

 しかし、なぜかその言葉を聞いた瞬間、胸が締め付けられる思いがして声が出てこなかった。


「奏ちゃんだって最初は乗り気じゃなかったのに……。私が無理やり引き込まなかったらこんなことには……」

「そんなことないよ! 私が面白半分で探偵ごっこをしなければよかったんだ」


 やっと音を発することができた。だが、彼女が納得した様子はない。こうなったときにどんな言葉を言うかは考えてあったはずなのに、頭が真っ白になった。


「やっぱり人を殺したら捕まるよね……。ううん。犯罪じゃなくても私のやったことはいけないことだった。私、悪い子になっちゃった……」


 彼女はそう言って泣き出した。彼女のそばにいなけれなければ。彼女の心を守らなければ。その衝動に突き動かされて私は彼女を抱き留めた。


「大丈夫。みんなが敵になっても私は陽菜ちゃんの味方だよ。どんなことになってもね」

「……ありがとう。でも、私は自分が許せないんだよ。私、こんなことになるって想像もしてなかった。自分が人の気持ちを考えられない人だって、気づいちゃった」

「そんなことない。陽菜ちゃんは亡くなった人の気持ちだけじゃなくてその周囲の人にまで思いを巡らせて、自分がいけないことをしたって、そう思ってるんだよ。だからね。陽菜ちゃんがこうやって悲しんでる時に、私が大丈夫だって抱きしめてあげる。陽菜ちゃんはすごい。とっても優しい子なんだって。何度でもいえる」

「……私、そんな偉い人じゃない」

「陽菜ちゃんが自分の事を許せない分、私が陽菜ちゃんを許すの。そしたら陽菜ちゃんの中で、きっとプラスマイナスゼロでしょ?」


 私がそういうと、彼女はその涙にぬれた目で私を見つめて、ありがとう、と言ってくれた。

 本心からの言葉に彼女は感謝してくれたのだ。私の心の中で生まれていた迷いもこれで晴れる。彼女のためなら……。


 ――何言ってるの!――


 突然私は腕を離した。彼女は驚いた顔でこちらを見ている。しかし、私は自分の心拍を抑えるのに必死で何も見えていない。

 

 今のは彼女の声?


 こんな記憶はない。私はメールで拒絶されただけだ。こんな言葉はもらっていないはずなのに。


 過去の記憶がドロリと音を立てて私の脳からあふれ出そうとしていた。


 それをぎりぎりでせき止める私は、昨日から感じていたもやの発生源に気づいた。

 私は何かを忘れている。忘れようと努めていたのだ。何かを。それが思い出すべきことなのか、そうでないのかわからないまま、その蓋に触れようとして……。


「奏ちゃん! どうしたの! 息が荒いよ!」

「え? あ、ああ、うん」


 彼女の声で、ふと我に返った。


「大丈夫? 調子悪いならもう帰ろうか?」


 心配そうな彼女の目に、押しつぶされそうな感覚はすぅっと引いていき、落ち着きを取り戻した。


「いや、調子は大丈夫だよ。でも、もう遅いから帰ろうか」

「そう、だね。じゃあ、何かあったら私に言ってね?」

「うん。それじゃ、また明日」


 手を振る彼女に私も同じように返し、不安を押し殺して彼女が見えなくなるのを見送る。

 すっかり真っ赤に染まった空を仰げばそこに見える月はとても薄く、それがどんな形かあまりよく見えなかった。


 さっきの記憶はなんだったのか、考えることがあまりにも怖く、触れるのがあまりにも辛く。

 見なかったふりをするのが、私に残された、ただ一つの道だった。


 ガコンと一つ音がした。

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