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私の愛した結末  作者: おーい十六茶
植物騒動
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hope or wish

 私の学校の門が開くのは七時半だ。直後であれば誰にも気づかれずにラブレターを下駄箱に入れるのは造作もないだろう。

 用意してきた手紙を投函して、教室へと戻る。できる限り自分のいつもと違う行動は印象づけたくない。そのため教室で本を読んで時間をつぶすことにした。


 私の一つ目の仕掛けが作動したのが昼休みの事だった。


「奏ちゃん! あの環境委員の副委員長が、あの犯人さんの所で喧嘩してるって!」


 彼女に呼ばれて、件の教室に行くと、確かに騒ぎになっていた。人をかき分けて、その様子を覗くと、どうやら例の副委員が一方的に中島を責めているようだ。中島は気にしているのかしていないのか、浴びせられる言葉を右から左に流しているようだった。


「何であんなことやったのかぐらい答えなさいよ! どうせたいしたことないと思って枯らしたんでしょうけど、あれにはたくさんの人の手間がかかってるのよ!」


 この説教の間も中島は、何かほかに気になることでもあるのか明後日の方を向いている。

 どうやら私の作戦は今のところうまくはまっているようだ。


 しかし、なぜが私の目に映るのは彼女の悲しそうな眼ばかりであった。

 



 放課後、私と話したそうにしている彼女を振り切って河川敷へと向かう。あそこは何をするにおいても死角が多いので穴場なのだ。

 

 桜井たちを閉じ込めた、あの倉庫の裏に張り紙を張り、準備は万端だ。カッパを着て獲物がやってくるのを待つだけだ。

 その間も私はなぜか落ち着かない気分になった。心の中に発生したもやはなかなか消えてくれない。しかも、私にはそのもやの理由も発生源もわからない。

 なぜ母親を殺した時にはこんな気持ちにならなかったのか。今の私には想像することすらできなかった。

 

 しばらくたって、中島が走ってきた。すべて計画通り。多少の不安要素はあれど、やりきる自信はあった。人を殴るときも殺す時も、それに対して自信を持っていれば必ずやれる。それは自分の中で持っている確固たる理念であった。




 私の推理と計画は次の通りだ。

 私ははじめあの畑を枯れさせたのは、周りの事を小ばかにしている子供が、ばれないと思って行った愉快犯だと考えていた。

 しかし、中島は早々に教師に自首していたのだ。

 それは親が呼ばれていたりしていることや、教師たちの様子からわかった。

 あの教師の様子は、おそらくすぐ犯人が見つかったものの、中島の問題をどうするかで神経質になっていたのだろうと考えたのだ。

 つまりこれは何かしらの固い意志によって行われた行為であると考えられる。

 そこで、思いついたのが両親がおそらく不仲であると思われることだ。

 おそらく前々から仲が悪かったのではないかと思う。この事件をきっかけにきっと久しぶりに顔を合わせたであろう両親は、内容が内容なので責任をなすりつけあい、罵り合い……。散々なことになったのではないかと考えられる。

 しかし、おそらく中島は両親に話し合ってほしかったのではないかと私は考えた。

 このままでは自然消滅してしまう両親の仲を、自分を共通の敵として議論して欲しかったのではないかと思う。ちょっと考えればうまくいかないことはわかる。けんか別れするに決まっているのだ。しかし、これはおそらく最後の賭けだったのだろう。ここで二人をぶつけて鬼が出るか蛇が出るか、と。

 

 私はそれを利用することにした。中島の願いは両親が仲良くなること。それならば両親の浮気写真をばらまくと脅せばどうなるか? わかりきったことだった。

さらにあの副委員長を動かすことで、中島の学校での立場を少しでも悪くして、一つでも多くの自殺の動機を作ろうと考えた。


 そしてあの張り紙には『あなたがそこに来るのを確認したら、対岸から一分間だけ指示を出す。それまでの間にランドセルと靴をその場において指示を確認しろ』と書かれている。


 これを見た中島は一分間という時間制限のために思考停止に陥り、言われた通りにするはずだ。そして、対岸を探しても何もない。柵に乗り出して必死に探すだろう。

 そこを私がガムテープで補強したカッターで首を刺す。それでもう少し離れた場所に用意していた穴の中にぽいっと入れればそれでおしまいだ。死体が引き上げられることはなく、ばれることもない。


 私の目の前ではまな板の上の鯉が私に捌かれるためにぴちぴちとはねていた。

 中島は靴を脱ぎランドセルを下した。そして急いで柵に向かって、乗り出す……ことはなかった。


「出てこい」


 恐怖が走った。なぜだ。目の前が真っ暗になるような思いがした。本人にばれたら、小3の女子が小6の男子に勝てる通りはない。


 私はおとなしく姿を現すことにした。隙を探ることも頭から抜けてしまった。


「へえ。小さいな。僕の事を嗅ぎまわってた子でしょ。安心して。君の事を誰に言うつもりもない。でも、少しだけ話をしてもいいかな」


 私は訳も分からず頷く。混乱は最高潮に達していた。


「実は僕の母親は、他の男と子供ができたんだよ。一回り下の男の子だ。僕はその子のために家族をどうにかしようと思ったんだ」


 言葉が頭の中に入ってこない。かろうじて脳みそがまるでするめを噛むように情報を咀嚼していく。


「君のこのベルトコンベアには驚いた。よくできてる。僕の計画のためには確かに両親の浮気写真は致命的だ。別れるにしても、やり直すにしても両親の浮気は自分から話してほしかったから」


 私は別に彼の両親が浮気しているという確証なんてなかった。しかし浮気していなかったとしても、子供としてはそれを知らないだけじゃないかと考えるだろう。本当に浮気している必要はない。


「何で気づいたの?」


 私が聴きたいのはこれだけだった。他の事はどうだっていいのだ。


「対岸を覗かせて次の指示を捜せば、その間僕は無放備になる。そこを狙っているんだろうとあたりをつけた。まだ、その後に指示が残っている可能性もあったが、川の対岸にも遠くから見える目印を作るなんてちょっと手が込みすぎてる。小学生の行動を操りたいというなら暴力なりなんなりで動かせばいいんだ。それをしないということは僕より力がないやつが僕の隙をつこうとしてるんじゃないかと考えただけ」


 私はため息をつく。中島がこんなに頭が切れる奴だなんて聞いてない。しかしそれなら私の事を誰にも言わないというのはなぜなのだろう。


「それは、すぐわかるよ。それより後片付けを頼みたいんだよ。あそこに放置したランドセルと靴。ちゃんと並べておいてくれよ。ランドセルの中に手紙も入ってるから。読んでもいいけど、読んだんなら警察を呼ぶように。そうしないと、下手に疑われるよ? この手紙を触ったのは誰だってね」


 私はその言葉の意味がしばらく理解できなかった。後片づけっていったい何の後だというのか。


「君は迷っているように見える。しかし、人は努力する限り迷う生き物だ。ただ、人が何かを願った時、そこに眠る願いは一つではないことを忘れないでほしい。誰だって、自分の幸せをお祈りするときにどんな手を使ってでも、なんて但し書きを書かないだろう? 自分の幸せは、自分の周りが幸せであることを前提に願っているのさ。君の願いは本当に一つだった? その願いを叶えようとするときに感じた気持ちは一つだった? 君の望む結末は、全ての願いをひとつ残らずかなえるっていう、ないものねだりなの?」


 私はやはり彼の言葉を理解できなかった。しかし小6の男子に、私は確かに何かを教えられていた。彼が私に、最期の置き土産を渡そうとしていることが分かった。

 彼が本当はさみしくて仕方がないのだと、私は感じていた。

 これは私だけではなく、他でもない自分自身に言い聞かせているのだと。


「僕は届かないなら、自分がいなくてもいい」


 目の前にその光景は広がった。

 

 水は少年の手を頭を自らの中へと引きずり込もうとする。川は荒れ狂うこともなく、力ずくで押し流すこともなく、ゆっくりと絡みつくように彼の足を取り、空気をつかもうとする彼の肺にさらに水を突っ込み、何事もなかったように流れていく。

 さらさらと消えていく彼を見ているものは私のほかは誰もいない。


 

 ランドセルと靴を並べておいて、彼の言っていた手紙を読むことにした。


 そこにはさっき言っていた子供についての事が書いてあった。


『生まれてくる子供には僕のようにはなってほしくない。大人の怒鳴り声を聞くと落ち着かなくなりそこから逃げ出してしまうようには。だから、お父さん、お母さん。今一度考えてください。生まれてくる子供のために。別に離婚しても構いません。しかし、必要なことはけして、何もかもをなかったことにすることではないと思います。偉そうに語ってすいません。さようなら』


 彼はきっと最初から死ぬつもりでこの計画を立てたのだ。両親をぶつけ、一瞬だけ向き合った瞬間に、自分の死を見せつけ、弟の幸せを考えさせようとしたのだ。

 

 突然現れて、言いたいことだけ言って去って行った彼は私のこのもやもやした気持ちをさらに深くさせ、迷わせ、惑わせ、しかし答えへの一つの光明を残していった。


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