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私の愛した結末  作者: おーい十六茶
植物騒動
22/34

滝に向かう石のように

「なんだか、聞き込み調査なんてわくわくしちゃうな。ドラマでも、刑事は無駄足の数だけ真相に近づくって言ってたし、この一歩が重要なんだね!」


 彼女がいつになく興奮しながらついてきている。

 

「なるほど。確かにそうかもね」

「うんうん。よし、がんばるよ!」


 あまりドラマを見ないのでわからないが、『私は失敗した数が人より多いだけだ』なんていう成功者たちのよく言う意見とも通じるところがあるし、そういう部分があるのは事実だろう。

 しかし、私が求めているのは真相でも真犯人でもなく、彼女が世間を知るための事象だけだ。

 今回の事に関してはなるべく無駄足は減らすつもりでいる。 


「そういえばこれってどこに向かってるんだっけ?」

「職員室だよ。仕事をしてるかどうかの名簿は先生が持ってるだろうから」

「なるほど」



「ああ、名簿とかなら環境委員長が持ってると思うわ。じょうろと肥料の管理は生徒に任せてるから。……何をするつもりかは知らないけど、迷惑かけないようにね」 

 

 ……いきなり無駄足を踏むこととなった。


 職員室を去って、「これで真相に近づいたんだね!」と自らを鼓舞している彼女とともに、教師に言われた通り第二理科室へと向かう。

 ……職員室に連れまわしておいて、顔から火が出そうな私としては、この反応は非常にありがたい。


 立てつけが悪くなってきたドアを、がたがたいわせながら開けると、二人分の視線がこちらに向いた。

 

「失礼します。三年三組の秋吉奏です」

「四組の神代陽菜です……」

「……誰?」


 そう厳しい目を向けて言ったのは、メガネをかけた短髪の男の子だった。

 そのとがった声に、彼女が私の後ろに隠れる。

 

「顔が怖いよお。背が小っちゃいからって人を威圧するのは間抜けだぞー」


 不必要にコンプレックスを刺激する言葉で少年を茶化したのは、隣で厚めの教科書を枕代わりにして、ぐてーっとしている女子だった。


「うるさい! えっと……。なにかようかな?」


 ぎこちない笑顔で用件を聞いてきたので、私は簡潔にここに来た理由を伝えた。

 聞き終わると、少年は渋い顔をして言った。


「それは……勝手に見せていいのかな……」

「別に書いてあることは大したことないし、いいんじゃない?」

「ええ……。でも……」

「さっさと決めないとあの子たちが待たされてかわいそうだよ? ほらほら」

「……まあ、いっか。これだよ」


 そういって渡されたのは、確かにここ数か月の活動記録だった。

 私が受け取って眺めていると、彼女が横から覗いてくる。


「環境委員会は、一週間の当番制で自分の仕事の時はここにきてじょうろと肥料を取りに来るんだ」

「その時に私たちがそのファイルに丸を付けるってわけ。まあ、水曜日に畑があんなことになって、その仕事は消滅したんだけどね」

「君にはここの器具の管理の仕事も手伝ってほしいんだけどね」

「毎日ここに来るだけでも大仕事だっちゅーの。一個一個確認なんてめんどくさくてやってられないわ」

「何で君は副委員長になったんだよ……」


 成り行きだよ! という言葉に、小学校社会の深い業を感じながら、今週のページに行きつく。

 そこには確かに月火までは確かに丸がついているのを確認する。おそらく事件の前日は持ち出したのは本人で、返しに来たのは青木と竹内なのだろう。さすがにこの男女も水やりが終わるまでいるということはあるまい。

 と、そこで仕事をしたかどうかの欄の隣に『新』という欄があるのを発見した。


「この新っていうのなんですか?」

「しん? どれどれ……。ああ、これか。これは肥料を使いきって新しいのに変えたら丸を付けるんだよ」

「でも、これ火曜日と水曜日の所についてますけど……」

「ああ……。もう畑に肥料をやらなくていいってわかってたけど、いつものくせで新しいのだしちゃったんだよね」

「いや、それより二日連続っておかしくないですか。普通無くならないのでは?」

「結構よくあるんだよ。容器倒して無茶苦茶にしたりとか。だからあんまり気にしなかったな」


 いや、新品がダメになったんだから気にするべきだろう。

 

「これって他の人が勝手に持ち出せたりするんですか?」

「まあ、たぶん無理だと思うよ。一応棚には鍵がかかってるし、鍵はこの教室の鍵と一緒になってるからね」


 少年はその鍵を持ち上げ左右に揺らす。確かに二つの鍵がまとめられているようだ。

 なるほど、とつぶやいて私は彼女に小声で問う。


「なにか聞きたいことある?」

「え、えっと、ないよ?」


 それならと、私はファイルを返し感謝を伝えて、帰ることにする。

 すると、さっきまで寝ていた女子が立ち上がり、近くに来て屈んだ。


「これでも、手塩にかけて育てた畑が荒らされて結構腹が立ってるからさ。なにかわかったら教えてね」

 

 そういって頭にのった副委員長の手のぬくもりを感じて、この人がなんだかんだこの教室に休まず来ている理由がわかった気がした。


 

 

「なにか分かったことあった?」


 青木との待ち合わせ場所の荒れ果てた畑の前で待っていると、彼女がそんなことを聞いてきた。


「まあ、ね。それなりにかな」

「やっぱり奏ちゃんはすごいね……。何が分かったの?」

「そうだなあ。やっぱり犯人は環境委員の可能性が高いってことだね。肥料を入れ替えられるのはおそらく環境委員ぐらいしかいないってことが分かったかな」

「てことは……薫ちゃんと真理ちゃんに罪をなすりつけようとしたってことなの?」

「結果的には、そうなるだろうね」

「おーい! ふたりともー!」


 青木が手を振りになりながら汗だくで走ってきた。

 そちらを見て気づいたが、陽に赤みがさしている。そろそろ最終下校時刻だろう。


「遅れてごめんね。ちょっと話が長引いて……」

「お疲れ。でも、とりあえず学校から出ようか」

  

 そう私が言うと、青木は疲れたような顔をしながらもうなずいた。


 

 門をくぐりぬけると、すぐに分かれ道なので、門の前で話しを聞くことになった。

 

「言われた通り、もう一人の環境委員についてとか聞いてきたよ。名前は中島正也。浩太兄ちゃん、あ、あの近所の兄ちゃんの事だけなんだけどね。浩太兄ちゃんと一緒に遊ぶことは割と多いらしいんだけど、鍵っ子らしくてあんまりお父さんとお母さんとは仲良くないとか。あと、前日さぼることを提案したのは中島って人からだって」


 最後の情報は盗み聞きしていたから知っているのだが。


「うーん。それ以外はどんなゲームが好きかとか、そんなのばっかりだったよ。他の環境委員の人は全く知らないって」

「うん。ありがとう。でも、なんであんなに長引いたの?」

「あー……。それは母親同士が会っちゃって……」

「なるほどね……。あとさ、火曜日の時って肥料をこぼしたりした?」

「え? うーん。なかったと思うよ? まあ、ちょっと水やりに時間かかったりしたけど……」

「そっか。ならいいんだ」


 その後当然、私たちのほうの調査結果も話すが、青木はイマイチピンときた様子はない。

 そう、それでいい。


「秋吉さんは、その、中島って人の事疑ってるの?」

「そうだね。肥料を入れ替えた犯人は、その時当番だった人たちが一番怪しいし。動機はまだちょっとわからないけどね」

「そっか……。でも、本当にあの畑を枯れさせたのは許せないよね。校長先生とかも悲しんでるだろうし」


 青木の言葉を聞いて、彼女はこぶしを強く握って怒りを込めて吐き出した。


「許せない。委員長と副委員長はあの畑の事が大好きだったのに……。奏ちゃんのおかげで犯人が分かってよかった。直接理由を聞かないと、あの畑を好きだった人がかわいそうだよ」

「うん……。私もそう思うよ」


 私は彼女のその姿を見て、いい方向に転がる予感を強く感じた。

 しかし、陽はまだ沈み切っていないのだ。

 まだ気を抜いてはいけない段階だと、自分に言い聞かせた。 


 

 家の自分の部屋につくと、調査ノートを開く。

 あとは、動機だけだがそれに関してはもう察しがついた。

 それより今日みたあのファイル。

 あそこに書いてあったことにおかしなことがあった。

 青木は肥料をぶちまけたということはなかったと言っていた。

 あのファイルには確かに、青木と竹内が水やりした後、新品のはずの肥料の中身が著しく減っていたことが示されている。そうでなければ新しいものに変えることなどないだろう。

 委員長か副委員長があの肥料を捨てた?

 いや、心底あの畑に愛着がわいていたであろう理科室の二人組がそんな証拠隠滅まがいの事するわけがない。

 

 明日は土曜日。割と忙しいから早く寝たいという、私の望みに反して、この謎は見事に私の睡眠の邪魔をした。

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