三人の調査/一人の思惑
「なんと! 薫ちゃんが協力してくれることになったよ!」
朝の通学路で彼女は案の定、昨日の報告をしてきた。
「へえ、青木さんか……」
「うん! 事件の事一番知ってるし、これで捜査が進めやすくなるよ」
そうだね、と笑顔で返しながら、するべきことは何も変わらないと自分に言い聞かせる。
私の反応に彼女は満足したようで、いつもより軽い足取りで赤に変わりそうな信号を駆け抜けていった。私は驚いて、それを追いかけ、車の切る風を背中に感じながら横断歩道を渡りきった。
「おい! 早くしろよ! グラウンド取られるだろうが!」
「ちょっと待ってくれよ……。たく、給食片づけるのを俺に任せといて……」
男子たちの昼休み直前の戦いを横目に、今日一日の違和感について考える。
教師たちがなぜかピリピリしている割に、生徒たちに何のアクションも起こしてこないことだ。何かあったのは間違いないが、その内容は推測の域を出ない。
可能性として、あげられるのは教師陣では対応できないほどの問題に発展したとか、他の事件が起こったぐらいしか思いつかないが……。
「奏ちゃん? 言われた通り来たよ」
彼女の声に顔をあげると、そこには彼女と青木がこちらを覗き込んで立っていた。
そして私の顔を見て、「何で、今私たちを集めたの?」と聞いてきたので、立ち上がり、ノートの切り取った一ページを突き出して言った。
「私たちはこの事件を解決するためのグループだよ!」
紙にはでっかく『植物事件調査』と書かれていた。
二人のぽかーんとした顔を置いてけぼりにして、続ける。
「昨日一日調べて、割とわかったことがあったから、その報告をここでしておこうと思ってね。それに今日の放課後から調査もしたいから、その計画もね」
彼女はそれを聞いて輝いた眼をこちらに向けて感嘆の声を上げる。
「すごーい! 本当に刑事さんみたいだよ! 捜査本部ってやつだね!」
「う、うん! 秋吉さんてやっぱりすごいね」
「で、わかったことってなんなの!?」
ち、近い……。
興奮している彼女を落ち着かせて、咳払いを一つ。わかりやすいように伝えることを意識しながら、ゆっくりと話し始めた。
「まず、植物を枯れさせる方法から。植物は塩に弱いらしくてね。直接かけられるのはもちろん、塩水でも枯れちゃうらしいんだ。でも、青木さん。事件の前日はちゃんと肥料を薄めて使ったよね」
「もちろん。ちゃんと少なめに……」
「それってどれくらい?」
「えっと……、じょうろにちょっといれてそこに水をバーッと……」
身振り手振りで説明してくれるが、その説明のイメージからすると……。
「もしかして、容器から直接いれた?」
「え? ああ、うん……」
「ちょろっとって言ってるけどたぶんそれだと5㏄位は入ってるね」
「そ、そう?」
「学校で使ってるじょうろの容量は2リットルだから、その濃さだと毎日上げ続けたら肥料でも枯れかねないよ……」
私が呆れた様に、ため息をつくと、青木はえへへと申し訳なさそうに笑った。
「まあ、それは置いておくにしても塩やその他、植物に悪そうなものをたくさん混ぜたものを畑にかければ、おそらく植物を1日で枯れさせられると思うんだ」
「へえ……。さすが秋吉さん、よく知ってるね」
青木の呟きに、そりゃ高校生ですからと心の中で返し核心に迫る。
「つまり、それをあの容器の中身と入れ替えておけば、青木さんと竹内さんに罪を着せることができるってわけ。で、ここからが本題だけど……」
そういうと、二人はつばを飲み込んで身を乗り出してくる。
そこで、びしっと青木に人差し指を向けると、びくっと身を震わせて、人を指さしちゃだめだよ、と拳銃を向けられたかのように両手をあげた。
「放課後に青木さんは、お兄さんから情報を収集してきてほしいの。二人が水やりをすることになった要因が事件にかかわっているかもしれないからね」
「う、うん」
「陽菜ちゃんは私と環境委員に、当日の名簿を確認しに行くよ。もしかしたら誰かが肥料を持ち出してるかもしれないし」
「さーっ、いえっさー!」
女性の場合はSirではないとは思うが、敬礼する彼女の愛らしさに些細なことは気にならなくなる。
すると、青木が不服そうに、手を胸の所で合わせて前のめりになって言った。
「な、なんで私は別行動なの?」
「お兄さんによけいな警戒をされないためだよ」
笑顔で簡潔に答えると、あっという間に黙った。
当然これは半分嘘だ。
彼女と同時に行動することで、自分の行動を怪しまれないようにする必要があったりするのだ。
……それだけ、だということにしよう。
「まあ、そんなわけで今日の放課後から『植物事件調査』スタートだよ!」
「おーっ!」
「おーっ……」
一人のテンションの低さは完全に放置することにして、3人の調査はスタートした。
私のもう一つの思惑を形作りながら。