即興で滑稽で見え透いた劇
夏の厳しい日差しも、朝だといくらかやわらかく、気持ちいい風を受けながら私はたたずんでいる。これから状況に応じて頭を酷使しなければならないという不安感も、肺を突き刺す空気の冷たさに喝を入れられて、いくらかましだ。
私は彼女が来るまでの間状況を整理することにした。
まず、あの事件がどこで起こったかは言うまでもないし、誰がやったかはこれから調べるので置いておくとする。
いつ起こったか。
あの畑が何らかの攻撃を受けたのは間違いなく、火曜日の放課後から水曜日の早朝であるだろう。しかも朝には植物が枯れていたことを考慮すれば、断言はできないが火曜日の深夜までには何かしらのことをされたと考えていいだろう。
どのように行われたか。
塩を使えばかなり強く植物を枯れさせるだろうが、それでも一日とはいかない気がする。それに洗剤などを大量に混ぜたものを使ったか、工場廃液を撒くなどをした可能性が高いだろう。
なぜやったか。
これは推測の域を出ないが、畑に強い恨みを持つというのが常識的に考えれば動機だろう。……違うか。
他にも、あの畑を管理しているのは環境委員であることも確認しておくべきだろう。
委員会は五年生になると全員が入ることになる。一クラスで二人、一つの委員会に入るのだ。
つまり、青木と竹内で水やりをしていたということは、二人サボったやつがいるということになる。
話を聞くなら、まずはこの二人からということになるのだろうか。
ある程度まとまったところで、視界に彼女を認めると思考を現実に戻し、深呼吸を一つ。肺を満たす空気はさっきより湿気を含み、冷たい痛みはやわらいでいた。
彼女のためにやらねばならない。きっと、この事件をコントロールしてみせよう。
「昨日はごめんね。ちょっと調子が悪くて」
あいさつの後、私が先に彼女にそういうと、伸ばした黒髪を揺らして首を傾げ、心配そうに顔をしかめる。
「もう大丈夫なの?」
「うん。心配してくれてありがとう」
さて、本題に入るとしよう。
信号が青になり、歩き出すと同時に口を開き、
「私も犯人探し手伝うよ。青木さんも竹内さんも犯人なはずがないんだからね」
彼女は私の顔を一瞬だけ、きょとんとした目で見つめ、ぱあっと表情を明るくして「ありがとう!」とそのやわらかい体で私を包む。
予想外の彼女の香りに、声をひっくり返す。
「こ、こんなところじゃ危ないよ!」
そして、予想通りのクラクションに私たちはせかされるのだった。
「これは由々しき事態だよ。奏ちゃん」
「はあ」
「このまま放置していたら授業にならないよ」
「そうかもね」
「どうするのがいいと思う?」
「放っておけばそのうち落ち着くんじゃないかな」
「さっきと言ってることが違うよ。奏ちゃん。ていうか、ノートから顔をあげようよ」
放課後の喧騒の中、今日一日彼女とは別行動で調査した結果をまとめていた。
その隣で竹内は、今日もまたクラスに落ち着きがなかったことを憂いているようだ。昨日の空気を引きずっている面が大きく、それを落ち着かせるのは難しいと思う。
しかし、そんな無理を気にせずに竹内は続ける。
「奏ちゃん、今日の様子だとあの騒ぎについて調べていたんでしょう? なんとかできるんじゃないかな、と思って」
「うーん。犯人を見つけたら、それはそれでいたずらに騒ぎを長引かせるだけだと思うけど……」
「なるほど。じゃあどうしよう……」
真剣に悩む竹内を横目で見る。どうも何かを忘れているような……。
「あ、そういえば竹内さん疑われてたじゃない。そっちの方が重要じゃないの?」
「ん? ああ、別にどうだっていいよ。そんなの」
私が、顔をあげて、今日ずっと思っていた疑問を伝えると、そうめんどくさそうに答える。
「いやいや、そうはいかないでしょう。この事件の犯人は魔法使いだとか言ううわさまで流れてるんだよ? 気にしないってわけにはいかないんじゃ……」
「そうは言っても、このクラスの状況の方がよくないと思うんだけどねえ」
竹内は、こともなげにそう言って、じゃあね、と手をひらひらさせながら帰って行った。
なんだか、竹内にはどこかつかめないところがある。思い返してみれば前の世界で竹内がクラス委員だった記憶がない。筋金入りの委員長なのになぜだろうか。少しばかり違和感があるが、とりあえずそれは置いておこう。
大して時間がかかることもなく整理は終わったので、下校の準備をしてまだ何人かを中に入れたままの教室を去っていく。
そして、下駄箱から校門までの道の途中、ふと横を見ると校舎裏で上級生の男子に詰め寄る青木……とそれを植え込みに隠れて見つめる彼女と言う面白い構図を発見した。
まだ、帰っていなくてよかったと思いながら、私は見物兼人待ちをすることにした。
「だから、たまたまだって言ってるだろ!」
「じゃあ何してたのか言ってよ!」
「なんでお前に教えなきゃいけないんだよ! 関係ないだろ!」
「むぅ……」
男子生徒は必死に青木から逃げようとしている。しかし、青木は意を決したように眼をあげ、男子の目を見て、図星を突いた。
「どうせ、立ち入り禁止のビルで遊んでたんじゃないの?」
「げっ、なんでそれを……」
「あれだけダメって言われてたのに! まったく……」
呆れる青木に、男子は手刀を切って、頼み込む。
「な? お願いだから母さんにだけは言わないでくれよお」
「そんなことより、そのビルには誰と一緒に行ったか教えてよ」
「ええ……。お前の知らないやつばっかりだぜ? 館山ってやつとか、同じ環境委員の中島とか……」
「確かに知らない……」
そう言って眉を寄せる青木に、すがりつくように言った。
「そ、そういえば、環境委員の仕事をさぼろうって言ったのは中島なんだよ。俺はそれについて行っただけだからさあ……」
「そんな言い訳が通用するわけないでしょ。まあ、叔母さんにはいわないから安心して」
「おお! ありがとう! 心の友よ!」
「なに調子のいいこと言ってるの……」
男子は大げさに頭を下げて、そのまま帰って行った。
青木はその様子をため息をつきながら見送った。
委員会に入っているといういことは、あの男子は間違いなく青木より上級生のはずだが……。
どうみても、青木の方が年上なのはどうしたことか。
青木はそのあと、表情を曇らせて後ろを向いた。そこにはこそこそと身を縮めている彼女がいる。どうやら気づいているがどう反応したらいいか困っているらしい。
一瞬ためらったのち、青木は恐る恐る口を開いた。
「あのぉ……ひなちゃ、あ、えっと……神代さん……ですよね?」
彼女はその言葉にはじかれたように立ち上がり、目をめちゃくちゃ泳がせて言った。
「あの、べ、べつに盗み見ようとしたわけじゃなくて、いや、結局そうなっちゃったけれど、あの、えっと……」
しどろもどろになる彼女も可愛い。が、みていれば彼女がどうしたいのかがある程度分かる。
青木と彼女が友達であったのにもかかわらずここまで気まずくなっていることを考えれば、おそらく彼女は青木と……。
「あの! また友達になってくれませんか!」
「へ?」
言い切った彼女は吹っ切れたようで、まっすぐ彼女を見据えていた。
それとは反対に青木は目を丸くして、顔を真っ赤にした。
「な、何言ってるの! 私は陽菜ちゃんを裏切ったんだよ!? わ、私なんかが……」
「そんなことないよ。私、薫ちゃんが私の事いつも、心配して助けてくれたことがあったことも知ってるよ。それに、私と一緒に居て薫ちゃんがいじめられるの、嫌だったから」
そう彼女に笑いかけられて青木は目に涙をためていた。彼女はさらに続ける。
「今はね、奏ちゃんていう子に助けてもらって、いじめがなくなったの。その子はとても優しくて強い子だから、きっと薫ちゃんの事も守ってくれると思う。自分では何もできない私だけど……。私、薫ちゃんと一緒にいたいの!」
言いたいことをまくし立てるのはこの頃からだったらしい。
青木は大粒の涙を振りまきながら、首を縦に振った。
「ダメなわけないよ! こちらこそ……よろしく」
私はそんな彼女たちの様子をどこか保護者のような気持ちで眺めていた。
しかし、抱く思いがそれだけというわけではないのは、言うまでもないことだった。