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私の愛した結末  作者: おーい十六茶
植物騒動
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犯人探しは探偵に

 朝の会。どこか浮ついた空気の中で行われるそれは、先生の話を聞いている人などおらず、全く意味をなさないものとなっていた。


「……というわけで、猫や、犬が惨殺される事件が多発していますが、動物の死体を見かけても触ったりしないでしないでください。なにか話すことがある人はいる?」


 先生のいつもの形だけの呼びかけも今日ばかりは、反応が多数だ。


「先生! あの畑はどうなっているんですか?」


 声を上げたのは、やはりクラス委員の竹内だ。その真剣な表情はクラスメイトの不安をいくらか和らげるものであった。


「……いま調べているところなので、何も言えない。皆は気にしなくていい。他には?」


 今度はクラス全員が黙ったままだった。 


 

 今日の授業はすべてつぶれているようなものだった。というのも先生や生徒がしょっちゅう授業中にいなくなるのだ。こんな特殊な空気の中では集中しろというのが無理な話だろう。


 そうは言っても、少しぐらい静かにしてもらいたい。授業中にぼーっとすることもできないくらいふざけるのは本当に迷惑だ。

 帰りの会の直前になると、もう少しで帰ることができるという興奮と相まって、なおさらだ。


 クラスの話題は当然朝の植物騒動でもちきりだ。昨日水をやっていたのがだれだとか、一日で枯れさせるのなんて無理だとかそんな内容だった。


「ほらほら静かにして! 帰りの会始めるぞ!」


 先生の怒号がいつもよりうるさいのも仕方のないことだ。

 しかし、帰りの会においていつもと違うのは声の大きさと教師の苛立ちだけ。内容には何の変化もない。今朝の事件についても保護者用のプリントが配られたぐらいで、何らかの報告があったわけでもない。実際、子供に伝えるべきことなんて一つもありはしないのだろう。


「で、何か連絡のある人」


 いつもよりそっけない言葉。心底このホームルームがめんどくさいのだろう。顔に出るようでは教師として失格ではないのだろうか。

 しかし、そんな先生の態度も意に介さないのが、ガキがガキたるゆえんなのだ。

 委員長が朝と変わらず手をあげ……いや、もう一つの派閥の長のようだ。争っているわけでもなんでもないので別にそのこと自体は気にすることでもないのだが。


「青木さんと竹内さんが呼ばれたのは犯人だからですか?」


 そういえば、今日青木と竹内は職員室に呼ばれていた。まあ、あの二人が何かやったということはないだろう。竹内はもとより、青木に関しても特に様子が変わっているということもなかった。今日はそういった経緯があったので、多少の動揺があっただろうが。


「何も言えない。そんな野次馬根性だすんじゃない」


 この先生の返答を聞いてあーあ、と思ったのは私だけではないのではなかろうか。小学生にこんな言い方をすればそれこそ小火程度だった野次馬根性にナトリウムやらカルシウムやらを投下するようなものだ。どうなっても知らないぞ、と無関係を決め込むことにする。


「もう何もないな。じゃあ、号令!」


 子供たちはいつになく元気よく起立した。




「そっか……。薫ちゃんと真理ちゃんが疑われてるんだ……。そんなことする子じゃないのに」

「そうだよね。みんな本当にひどいんだから」


 彼女と二人の帰り道。周りからの好奇の目に耐えきれなかったのか、竹内は先に帰ってしまった。

 それにしても、彼女と青木が名前で呼び合う仲だったとは……。そういえば彼女との関係を問いただすのを忘れていた。この機会に恩でも売って根掘り葉掘り聞いてやろうか。


「でも、しょうがないよね。先生に呼ばれたりしてるのに、先生はなにも説明してくれないんだから。みんな犯人って思っちゃうよね」

「その通りだね。たぶん犯人が見つかっても教えてくれないだろうし……」

「え? そうなの?」

「ここまでみんなが知ってる事件の犯人ってことになったらみんなにいじめられるかもしれないからね。たとえ、噂で知られることになったとしても自分たちがばらしたわけじゃないってことにしておきたいだろうし……」

「……なんで?」


 本当に解らないという顔で小首を傾げる純粋な彼女に、学校の汚い部分を教える必要はないだろう。

 私はとぼけた声で、「探偵は自分の頭の良さを自慢したりしないからだよ」と言うと、彼女は、そうなの? といぶかしげに呟いた。そうやって人の言ったことをうのみにしないのは彼女のいいところだ。

 そこから派生して、彼女のいいところをあげていて、二十個目に行こうとしたときに彼女の顔がとても真剣になっていることに気づいた。

 考え事をしている彼女も可愛いなあ、と思ってみていると、


「そうだ! 私達で真犯人を捜そうよ!」

「……え?」

「それで薫ちゃんたちのおめいをへんじょうしようよ!」


 最近知った言葉をぎこちなく使っているとこも可愛いが、そうではなく。


「いま、なんていった?」

「あ、おめいっていうのはね」「そこじゃなくて!」


 彼女の言葉にかぶせるように怒鳴ってしまった。やばい、動悸が収まらない。


「え、し、真犯人を捜そう?」

「……なんで?」


 彼女の前で素を出してはいけない。頭で解っているのに。


「真犯人を捜すなんて、彼女は……いや、そうじゃなくて……なんで?」

「ど、どうしたの、突然。顔色悪いけど……」


 彼女がおろおろしながら、私の顔を覗き込む。その心配そうな眼を見て体がはじかれるように走り出した。


「ごめん帰る!」


 その言葉は誰に言っているのかわからないぐらいあらゆる方向に飛び散って行った。

 

 


 自室に閉じこもった私は、叔母が買い与えてくれたぬいぐるみと見つめあいながらぶつぶつと意味のないループを吐き出していた。


「彼女は、でも、そんな、言うわけない、彼女は、子供、まだ、彼女、違う、私、彼女、小学生、しょうがない、うそでしょ、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女、彼女」


 私は、なんでこんな不安定になっているのか。自分で自分が分からない。

 整理だ、整理しよう。そうだ。そうしよう。落ち着け。


「すぅううーー……ふぅ……」


 深呼吸を繰り返し頭に酸素が行きわたると、すぐに答えが出た。

 彼女が真犯人を捜すなどと言うはずがない。それに尽きるのだ。

 前の世界なら、彼女はもっと冷静だった。一般人の犯人を捜すという行為そのものが、下劣で愚かしいことだと理解していたし、その結果が状況の改善になることなんてほとんどないということも知っていた。


 なんでそんなことを言うのだ。彼女がそんなこと言うはずが、


「ない」


 その言葉は部屋に冷たく乾いた音で響いて、まるですべて自分の体に戻ってきてしみこんできたようだった。


 本当は私が言っていることがむちゃくちゃであることもわかっている。彼女は前の世界とは違う。子供なのだ。まだ知らないことがたくさんあるのだ。しょうがない、落ち着いてそんなことはいけないと彼女に教えれば……。


 いや、ちがう。子供には体で覚えさせるのが一番だ。当然彼女はそん所そこらのガキとは違うのだから、一回でよくわかってくれるだろう。そうに違いない。


「もう、しょうがないなあ」


 本当にしょうがない。まだ、彼女は子供だから、私が守って私が導いて、世の中を問題なく渡れる、強く優しく美しい、そんな大人にしなければならないのだ。

 彼女のために一肌脱ぐとしよう。


夕陽が西向きのこの部屋を照らすなか、私は窓の外の誰のものかもわからない影を睨んでいた。

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