一方的女子会
「なんでこうなっちゃったの……」
外の時間もわからない、ただ暗闇が覆う空間で桜井希美は後悔の念を吐き出す。しかし、他の二人は泣き疲れて寝てしまっているので、この呟きは誰にも届かない。
ずっとかかっていたわけのわからない曲はもう止まっていた。もっと明るいところで聞いたら激しく気持ちが昂るのかもしれないが、今の私達には恐怖しか与えなかった。
もう何時間たったのだろう。おなかすいた、と何度目かわからない欲求を振動させる。
携帯もあの悪魔に持って行かれ、ご飯も何もない。ここで私たちは死んでしまうのだろうか。
そう考えて何度目かになる絶望につかろうとしたとき、外からの光が届いた。
その光を見て、ああ、もう日が明けてたんだな、と少しずれたことを思う。
「大丈夫?」
心配そうな顔をしている悪魔をみて、これまでにない混乱と驚愕が桜井を襲った。
だれだこいつ?
「お腹すいてるんだったら、うちに来る?」とこれまたわけのわからないことを言い出す悪魔。他の二人も、あまりに強い押しに負けてついていくこととなった。それに、あれだけ手痛い反撃を受けた桜井たちが悪魔に逆らうことができようもなかった。
「おばさん、ただいま。昨日言った通り連れてきたよ」
ここに来るまでの女の子らしい声でも、これまで聞いてきたこちらを威圧するような声とも違う、安心感を感じる声だった。こんな声も出せるのか、と思う。
「よく来てくれたわね。ちゃんと、腕によりをかけて作ったからいっぱい食べて言ってね」
クエスチョンマークが何個並べばいいんだというくらい意味不明な会話だ。女性らしい丸みのある顔の、優しい微笑みに桜井たちはただうなずくしかなかった。
ごくっ。
目の前に並ぶ大量のご飯に腹の疼きを抑えられない。
ほんのりとかつおの匂いをさせながら立つ味噌汁の湯気に、大きな目玉焼き。トマト、キュウリ、レタスなどを惜しみなく並べたサラダ。そして何より白く輝くおこめ。
「どうぞ」
「「「いただきまーす!」」」
いまは多少の違和感は封殺してこのご飯を精一杯味わうことにしよう。
「「「ごちそうさま」」」
「はい、おそまつさまでした」
もう、おなかいっぱいだ。なんだか餌付けされた犬みたいだが、なんかもうどうでもよくなってきた。なんにせよ、早く帰りたい。桜井自身は、親がほとんど家に帰ってこないので問題ないが、他の二人はそうはいかないだろう。
「じゃあ、そろそろ……」
「そろそろ私の部屋で遊ぼう!」
悪魔に押しで勝つのは不可能だ。
部屋に入っても、悪魔は本性を表さなかった。
「みんなのお母さんにはちゃんと電話してるから安心して? 昨日からこの家で泊まってることになってるよ」
とてもかわいらしい笑顔を見せて言うので、それがどういう意味か、一瞬理解できなかった。
「あんた、何をするつもり……」
「でね? 今日も、ここに泊まってほしいなって……」
最後まで喋らせずにわけのわからないことを言う悪魔。そもそも昨日は泊まっていないし、昨日の事が嘘のような口調でしゃべっていて……。もうわけがわからない。
「もう、みんなのお母さんには今日も泊まるって伝えてあるから、帰ったらむしろ怪しまれちゃうんだけどな……」
やはり悪魔には勝てない。
朝ごはんよりごちそう感がました昼ごはんで、満腹になってからも桜井たちの少しばかり一方的な四人の遊びは続いた。
「やったー! 三連勝!」
大富豪のルールを教えてもらって、遊び始めて三時間。一番慣れている彼女が勝つのは当然だった。
「うーん。そろそろ、お風呂に入ろう? みんなで!」
そういって、首を傾げる彼女は年相応に可愛らしかった。
けがをしている彼女を世話しながらお風呂に入るのはとても大変で、こんな風にしてしまったことに、これまでみじんも抱いていなかった罪悪感を、強く感じることとなった。
夜になって、お約束である女子トークをしたのち、布団にくるまって彼女は言った。
「今日は友達として遊べて楽しかったよ」
その言葉に少し泣きそうになったのは秘密だ。
「きょうは、ね」
その呟きは布団に包まれて、誰にも聞こえることはなかった。
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月曜日。私はいつも通り片足が使えない状態での昇降口の靴の履き替えに苦労していた。しかし、非常にありがたいことに私の作戦は上手くいき、迷惑な手紙等は入れられていなかった。これがなくなるだけでかなり楽になった。
作戦とは、あの三人組を手なずけることだ。基本的には優しく。つけあがってきたら上下関係をわからせる。簡単なことだ。
まあ、それだけではなく、私が何でもできるように見せることや、常に主導権を握るなど、意識したことはいろいろあったのだが、それくらいは朝飯前ということだ。
この世で最も人を従順にさせるのは畏敬だ。恐怖と尊敬。敵わないと思ってしまえば、その人と相対することは不可能となる。
とにかく、今日からは彼女とゆっくりいられる。そう思うと心が躍る。
「お、おはよう。秋吉さんなんかいいことあったの?」
春の日差しを抜けてやってきた青木が引き気味に私を見て言う。
「ええ、とっても」
二回目の世界で私は初めて心からの笑顔を浮かべることができたように思う。
私は、とても順調だ。