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私の愛した結末  作者: おーい十六茶
エピローグ
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想いは食い違ったまま

 私の彼女への想いと彼女からの私への想いは決定的に違った。

 おそらく理由なんてないし、知ったとしても意味はない。

 違うものは違うのだ。これはどんなにあがっても変わらない。


 いつか来ることだと思っていたとはいえ、実際にこうして想いの差を見せつけられるのはとても辛い。しかし、もうあきらめていたことだ。

 そして突如、外が騒がしくなった。どうやらインターホンが押され、家に人が入ってきたようだ。煩わしい。

部屋には彼女の可愛い仕草、表情、部位の写った写真がたくさんある。いくらなんでも私の目の黒いうちに、この部屋に入られるわけにはいかない。下の階に降りて居間にいることにした。


「奏!」


 階段を降りる途中で、叔母に呼ばれたので少し駆け足で居間に入る。

 そして、そこには黒いスーツを着た中年男性がいた。その男は少し太りぎみだが、野暮ったい印象はなくどちらかと言えばカラスのような、ずる賢さを感じる。

 私はその男の手に収まっている黒光りする手帳を凝視していた。そして、その手帳の開く瞬間も。


「はじめまして。生活安全部の渡部徹と申します」


 警察が来る理由には心当たりがあった。いや、むしろさっきの彼女からのメールで予想していたといってもいい。


「奏さんは、最近桜ヶ丘付近で発生した連続殺人事件の重要参考人です。署にご同行願えますか。もちろん任意なので断ることもできますが」


 言外に、断ってもお前にとって得なことはないぞ、といっていた。


 当然、私は任意同行を受け入れ、取り調べといって差し支えない詰問をされた。若い女子のためか想像していたより幾分ましだったが。


 警察の取り調べの内容から察するに、もう証拠も十分に揃っていてあとは犯行当時の私の精神状態を確認するだけらしい。私は、警察のいったストーリーに頷くだけだった。

 これでも任意同行をしなければならないとは警察も、やはり未成年には手を出しにくいのだろうか。


 そして私は翌日の精神鑑定を残して、取り敢えず拘置所に入れられた。


 その夜、久しぶりに月を見た。三日月ですらなく、寝待月といったところだろうか。思えば、私が大事な日に見る月はいつだって欠けている。母親が死んだ日。はじめて彼女に出会った日。彼女の涙を見た日。どの日の月も満月でも新月でもなかった。だからどうしたと言えばそれまでだが、私はもう月を見ることがないと思うとこういう大事な記念日にはそういうサプライズがあってもいいと思う。

 ……どんなに別のことを考えようとしても彼女からのメールの文面がフラッシュバックする。私は彼女によって警察に売られたのだ、という事実が。


『人殺し。全部警察に告発しました。

あなたが私に報告した犯行の顛末は録音していました。

もう私の前に現れないでください』


 私はどこで間違ってしまったのだろう

 スタートから狂っている私の人生がもはや社会と相いれない道なき道になってしまったのはいつからだろう。

 答えはないし、いらない。


 私はここで死ぬ。シーツをドアのノブに引っ掛けて、無様に、意味なく。

 失敗の無いようにシーツを固く縛り、たるみを少なくする。尻が着いてしまったり、途中でシーツがほどけてしまってはいけない。

 準備を終えた私は、息を整え首をシーツにかけた。


 さようなら。私の生まれるべきでなかった世界。









 



 




 そしてそのシーツはほどけ、私はしりもちをついた。


 「へ?」

 

 おもわず、間抜けな声がでてしまったが……。

 おかしい。

 これだけきつく縛って、それがあっさりほどけるなんて……。

 仕方なくもう一度結びなおそうと、シーツに触れると中腰のまま体が動かなくなった。

 

 (な、なにこれ……)


 身じろぎ一つできない中、本能は警鐘を鳴らす。これまで感じたことのない恐怖に体は全力で逃亡を試みていた。


「初めまして。秋吉奏さんですよね」


 突然の声に振り返ろうとするが体は動かない。


「あ、すみません。金縛りかけてましたね。はい、これで大丈夫です」


 パン、と手をたたく音が聞こえるとバランスを崩して倒れてしまう。体をひねって後ろを向くと、ベテランの営業のような服装とたたずまいをした男性がいた。見た目の特徴はさっき述べた通りで特に意識されるものではなかったが、その男が持つ雰囲気は尋常ではなかった。殺気でも敵意でもない、まるでおもちゃを見ている幼児のような好奇心をこちらに向けている。これまで感じたことのない恐怖、というのに付け加えるべきだろう。


 これまで感じたことのない圧倒的な力の差と、それに対する恐怖。


 別に学園バトル物の世界に居たわけではないが、それでも感じる。こいつは人間じゃない。やろうと思えば私の意思に関係なく煮ることも焼くこともできる、と。


「そんなに怯えないでください。私は確かに人間ではなく神に近い存在ではありますが、別に煮ることも焼くこともしません」


 背筋が凍った。こいつは私の心が読めるのか。


「はい、読めます。洗脳もできますし目を見るだけで殺せます。しかし、しません。私はあなたに取引、いや、ほとんど一方的にあなたの方に利益があるのでプレゼントと言っていいかもしれません。そのプレゼントを渡しに来たのです」


 人懐っこい笑みを浮かべながら、訳の分からないことを言い出す。いったいこいつは何が目的なんだ。


「だから言ってるじゃないですか。あなたへのプレゼント。これまで生を受けそして死んでいった兆は下らない数の人間、其の全てが一度は望んだものです」

「……なに?」

「お、やっと食いついてきましたね。そう、今あなたが一番望んでいるのではありませんか?」


 男はどうやら調子が乗ってきたようで、うろうろし始めた。


「人は選択をせずに生きていくことはできません。あの時もしあれを選んでいたら……、もしこれをしていたら……。そんな後悔をせずに生きていくこともまたできないのです。私はそれを解消してあげることができます。やり直しのきかない人生を根っこからひっくり返してあげられます」

「……結局何が言いたいのよ」

「私なら!」


 人さし指を立て、宣言するように言う。


「私ならあなたを任意の時間に、記憶を保ったまま送ることができます」


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