2話 メイドになってみたかったんです
こつこつと歩く音を響かせながら歩く人影が二つ。聖女とクーレルである。
「まずはじめに聞いておきたいことがあります。あなたはどれほど真剣に仕事をしたいとおっしゃっているのですか?」
「それはもう、大真面目です! ただご飯を食べさせてもらって部屋にのんびりとしているだけの生活なんてできません! 私にお仕事をさせてください!」
「一口に仕事と言ってもいろいろあります。あなたは何ができるのですか?」
「昔はシスターとしてやっていたので、家事全般はできます! それに、昔からメイドにあこがれていて、メイドになってみたかったんです!」
聖女がメイドという言葉を口に出した瞬間、クーレルの眼が光った。
「今、メイドとおっしゃいましたね。メイドと人は簡単に言いますが、メイドというのは奥が深い。メイド道を極めるためには、想像を絶する努力が必要です。ただメイド服を着ただけの者をメイドとは呼びません。掃除、洗濯などの家事などはできて当たり前。主人の命令を絶対とし、主人の手となり足となり影となり働く。主人にもし危険が及ぶようなら全力でこれを排除する。すべてを極め、そして主人が快適に暮らすことを至上の喜びとする。それが真のメイドというものです。はたしてあなたにそれができますか?」
ごくり。唾を呑みこむ。クーレルの剣幕に威圧されながらも、聖女は口を開く。
「大丈夫です! 仕事がしたいんです! 立派にメイドとして仕事をこなしてみせます! だから、私にやらせてください!」
しばらく聖女の目を見ていたが、真剣なまなざしになにかを見つけたのか、一つ、うなずいた。
「いいでしょう。そのやる気に免じてメイドの一員として働くことを認めてあげましょう。ですが先ほど言った通りメイド道は長く険しいです。決して努力を怠ることなく精進してください」
「はい、師匠!」
「いいえ。私はあくまでいちメイドであり、師匠と呼ばれるほどにメイド道を極めていません。もしどうしても呼びたいのなら、メイド長とでも呼びなさい」
「わかりました! よろしくお願いします、メイド長!」
「そういえば、聖女様のお名前がなんとおっしゃるのですか? 聖女と呼ばれていらっしゃるところしか耳にしたことがないのですが」
「それはですね……聖女という役割を与えられた時に自分の名前を奪われてしまうんです。だから私は、ただの聖女です。以前名乗っていた名前は、もう思い出すこともできないんです」
「なるほど……。魔王様と同じですね。ですが、聖女とお呼びするのもわかりやすいですが不便ですね。ほかの方々の反感を買う恐れもないとは言えませんし。僭越ながら私が呼び名でも考えさせていただきます。そうですね、アリア、というのはいかがでしょう」
「アリア……。はい! ありがとうございます!」
「気に入っていただけたようですね。では、アリア様と呼ばせていただきます。それではさっそく仕事にまいりましょう」
「はい! よろしくお願いします!」
一方その頃魔王の間では。
「ほっほっほ、元気な娘ですのう。魔王様が気にかけておいでだった娘とはあの娘ですかの」
言いながら魔王の座る椅子へと歩いてきたのは、フードをかぶった小さな老人だ。
しわが刻まれたその顔は普段は優しげな爺といった風貌だが、今はにやにやと下世話な笑みが浮かんでいる。年季の入ったローブをまとい、シンプルながら多く魔力が秘められた杖を突いている。
「うるさいわ。さっきも言っただろうが。聖女と勇者のペアは脅威になるからとりあえず聖女の方をさらって捕虜にしてるだけだっての」
「そうですかのう? 暇さえあれば水晶球眺めていたではありませぬか。そろそろ敵情視察という言い訳も苦しいですぞ? そろそろ認めてしまってはいかがですかのう」
「なんだってお前らはそう色恋沙汰に話を持っていこうとする。そんなんじゃねぇっていってんだろうが」
「そんなに殺気立たないでくださいますかのう。このおいぼれにはちと厳しいですぞい」
「ならいい加減その桃色思考を改めろくそじじい」
「いやはや、若い者たちの恋路を見守るのは老いぼれの楽しみの一つでしてのう。もはや染みついた習慣のひとつのようなものですじゃ」
ほっほっほ、と笑う様は好々爺と言った風。しかし、ひとたび笑みを収めて魔王を見るは、幾度も死線を潜り抜けてきた猛者のまなざし。
魔王軍の内政を一手に引き受ける宰相、ゼフ・アルテ・ロイテとはこの老人である。
「話は変わりますが、征魔軍にもぐりこませている間者から、勇者が治癒を終え、勇者パーティーと共に出発したとの情報が。おそらく目的は聖女奪還でしょうな」
「ふむ。まぁそろそろか。だがなぜ勇者パーティー単独で来る? お得意の人海戦術で軍を率いてくるものと思っていたが」
「魔王様が直々に出なさったことにより、征魔軍には大きなダメージとなったようでのう、最優先で治した勇者とは違い大多数の者はまだ怪我が癒えてないようじゃ。それに、上の方も揉めておるようで、戦力を整えるべきという意見が大多数を占め、いてもたってもいられなかった勇者たちは単独旅立った、というところですの」
「人間共も一枚岩ではないというところか。まぁ聖女もいないことだし、治癒の手が回ってないのも手伝って、か。とりあえずは放置しておけ。ここまでたどり着くことができたなら丁寧に返り討ちにしてやろう。それに、見た感じ無辜の民に手を出す性分でもないだろ。見てくれはただの村人だしな。」
「一応、過激派には知られないようにしておきますぞい。手を出されても困りますしのう。」
「うむ。そうしておいてくれ。さて俺は誘拐の後始末でもつけてくるかな。あー頭が痛い」
「即刻殺せという奴らですの。まぁご自身でまいた種ですからの、がんばってくだされ」
「あーまーそうなんだけどな。はぁ、いってくるわ」
疲れたように首をこきこきと鳴らしながら玉座を立つ魔王。その背中には哀愁が漂っている。
「とりあえず城の奴らは殴って黙らせるとして、ほかの奴らはどうすっかなぁ……。話聞くようなやつらでもないし……。来たら殴って黙らせるか」
脳筋極まりない対応である。
再び聖女改めアリアとクーレル。まずはお色直しと、クーレルに連れられ城の一室にて着替える。
「わぁ、ありがとうございます! すっごい可愛い!」
アリアが身を包んでいるのは、白を基調としたシックなメイド服。髪の中ほどに赤いリボンを結び直し、アクセントを加えている。家事のしやすいように機能性を重視しながらも可愛らしさも兼ね備えた服装となっている。
「この城のメイドとしての制服です。似合っていますよ」
「ありがとうございます! 一層気を引き締めて頑張ります!」
感極まったように胸の前で手を組み、満面の笑みで飛び跳ねるアリア。小動物のようなその愛らしい姿は見るものを虜にするであろう。それは、目の前の無表情な彼女とて例外ではない。まるで母親のような笑顔を浮かべる。だが。
「(うわぁ、どんだけ可愛らしいのかしらアリア様。聖女の服も美しかったけど、メイド服を着てみたら可愛らしさが格段に勝って……! あぁ、笑顔も可愛らしいですし、彼女をいじめてこの顔が羞恥に染まるところが見たい……! じっくりたっぷりその体を撫でくり回したあとに……)」
魔王城を管理・清掃・維持しているメイドたち、それを束ねるメイド長、クーレル・レフシュテイン。絶世の美女ながら無表情で眼鏡をかけていることから、冷たい印象を与えがちな彼女ではあるが、話してみれば普通に対応するし、時折、ごくたまに浮かばせる微笑みは暖かく、密かにメイドたちからはお姉様と慕われ、城に住む者たちからも人気が高い。
だが、その仮面の下、彼女の内面は、ドSで変態であった。可愛らしいメイドたちと応対してはその心の中で思い浮かべるのはみだらな妄想。実行に移さないのが幸いといったところか。
「? どうかなさったんですか?」
「いいえ、なんでもありませんよなんでも……。それより、仕事内容がまだでしたね。おおよそ想像ついているとは思いますが、主に城内の掃除洗濯です。調理は別にコックたちがいますのであまりやりません。まぁ個人付のメイドとなれば調理からなにからすべてこなすようになりますがね。
それで、まずは顔合わせで城内を軽く回ります。といっても城内に住んでいる方はほんのわずかなので、すぐ終わるでしょう。そのあとはさっそく他のメイドたちに混じって作業していただきます」
「はいっ! がんばります!」
「それでは参りましょう。基本的には皆様良い方々なので、すぐ打ち解けられると思いますよ」
含み笑いするクーレルに若干首をかしげながらも元気についていくアリア。
クーレルの案内のもと、まず最初に訪れたのは、やたらと頑丈そうな扉の前。
「では最初に」
轟音。響きわたる音とともに分厚い扉が吹っ飛ぶ。もうもうと部屋から立ちのぼる煙。それをかきわけ出てきたのはたくましい体をした大きなひげだらけの親父。
「だっはっは、まぁた失敗しちまった。やっぱ火竜のおっさんの鱗は強力すぎるなー。しっかしがっつりぶっ壊れちまって。わりいな嬢ちゃん」
「そう思うなら壊さないでください。私たちの労力を少しは考えて」
「まぁまぁ、そんな怒ったらせっかくの美人が台無しだぜぇ? 美人でいろっぺー体してりゃ引く手あまただろ」
「お戯れを。さてアリア様。この人が技術班班長のシド様です。こう見えてドワーフ族の族長でもあります。詳しくは本人にお聞きください。シド様、この娘は新しくメイドとして働くことになったアリアです。手を出してはいけませんよ」
「おう! 紹介の通り、シドだ! なんか作ってほしいもんがあったんならいいな! 嬢ちゃんみたいな別嬪さんの言うことならよほどじゃねぇ限り作ってやらぁ! ところで嬢ちゃんこの後暇か? 暇だったら俺と」
言った瞬間残像すら見えそうなほどのスピードでシドの鳩尾にクーレルのひじ打ちが飛ぶ。
まともにくらったシドはどうにか吹っ飛ばされるのは耐えるも膝をつく。
「言ったそばからですか。救いようがないですね本当に」
「ぐぐ……そこにいい女がいたら口説くのは普通だろうが。ということでクーレルの嬢ちゃん、俺と」
ズドン。シドの脳天に無慈悲に打ち下ろされる鉄槌。とどめを刺されたシドは地面に頭をめり込ませ、そのまま動かなくなった。
アリアはちょっと帰りたくなった。