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空中浮遊

作者: 城田 直

本当は君は、もっと女の子らしいことが好きなんじゃないかな

かわいいものとか、きれいなものとかそんなものが似合っているような気がする。だからあまり難しいことは考えないようにしたほうがいいんじゃないかな?本を読むにしたって、臨床心理とか、医学書なんか読むのはやめたほうがいい。読むなら絵本にしなさい。

 そういって主治医は目を閉じた。グレーがかったたわわな短髪に前髪にひときわ白いものが煌いた。

絵本って何を読んだらいい?

たとえば、と主治医は言葉を選んだ。

はらぺこあおむしくんとか。

ああ、本に穴が開いてるやつね。

そう、そう。はらぺこあおむしくんの絵本を読んでいるとカップケーキが食べたくなると思わないかい?

そういって主治医は笑った。

おもわないわ、とわたしはこころのなかで呟いた。

あたしを馬鹿にしてるの?このひと

思ったとたん、主治医が口を開いた。

むろん、馬鹿になんてしてないさ。

え?わたしはちょっとびくついた。このひとはたまに、ごくたまにだけどこういうちょっとしたサプライズを披露する。

こころをよんでる?

むろん、きみのこころなんてわからないさ。でもねあまり頭を堅くしないほうがするする生きられるんじゃないのかな?君はどうしたって敵をつくりやすいい。仮想的を作ってそれと戦うことで生きている実感を得ているみたいだよ。

まわりの人間は、ことに君のパートナーは君を阻害したりしてはいない。ただあまりに君の思考が複雑すぎるので、ついていけないだけだ。もっとわかりやすくなったほうがいいよ。だから単純に絵本を薦めているわけで。だってそうだろう?おなかがすいたら何かを食べる。寒くなったら何かを着る。眠くなったら寝て言い訳で、誰かを好きになったら近づいたっていいんだ。君がそう望みさえすれば。

いつも望んでいます。

わたしは堅い声で答えた。

わたしの希望をかなえてくれない周りのほうが悪いんだわ。

たぶん、そうなんだろうね。

主治医は目を閉じた。そう、だね。たとえば・・・

地上五センチでふわふわ生きるとか。自分の重さを忘れて、妖精のように生きるとか。素敵じゃないか?君の生き方としてよく似合いそうだよ。

主治医は笑った。

ふわふわ生きなさい。雲の上を歩くみたいに。

あまり難しく考えすぎないこと。

主治医はわたしのカルテの入ったファイルを閉じた。ファイルはふくらみ、薄水色の半透明なプラスチックがざらざらとした汚れを付着させていた。

そのファイル、とわたしは言った。二冊にするか、厚みのあるものに変えたほうがよくはありませんか?

主治医はなんのこと?というようにファイルを掲げて下から覗き込んだ。

ああ、そうだね。たしかに。今度、君のいうとおりにするよ。

そして彼はわたしに告げた。また、二週間後に来てください。薬はサボらず飲むように。

ビルの七階にある心療内科をでて、エレベーターに乗り,階下に下りる。ビルのエントランスの自動ドアを抜けて通りに出ると、むん、とする熱気がわたしを押しつつむ。汗が体内からじわじわ進出してきて、蒸し器で蒸される肉まんのような気持ちになる。

はらぺこあおむしくんか。

本屋に入って絵本コーナーを回り、件の絵本を見つけてわたしはページを開く。

丸い穴がひとつふたつ、そっと指を差し込んで見る。

単純なのになんでこころそそられるんだろう?

ふと、幼稚園のお砂場で遊んでた自分がよみがえる。

あのころ、のわたしはあらゆる世界とつながり、虫や石ころや草や花、星々

も、月も太陽もみな自分のかけがえのない友人だった。

気がつくとわたしはレジに並んでいた。

プレゼントですか?ラッピングしますか?

そのように訊ねた店員にわたしは胸を張って答えた。

リボンもかけてください。ピンクの。

きれいにラッピングされた絵本を胸に抱いてわたしは電車に乗る。

車窓に映る夏空が一筋の雲をひいてひかっている。その雲の切れ端を目で追い、わたしは深く息を吸う


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