表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

読み切り短編

世界の終わりに、何を願う

作者: 本宮愁

「もし、世界が明日終わるんだとしたら、何がしたい?」

「は……?」


 十年来連れ添った悪友の言葉に、俺はポカンと口を開けた。


「はは! 馬鹿面」

「なっ、うるせーよ! お前が妙なこと言い出すからだろ」


 ムキになって反論する俺に、悪友――センリはゲラゲラと腹を抱えて笑う。女にあるまじきその様に、呆れた眼差しを投げた。もっとも、今更こいつに淑やかさを求めることなどないが。


「意味わかんねー」


 腹の底から息を吐き出して、そのままごろん、と身を横たえる。柔らかな土手の草の感触がこそばゆい。ああ、スーツが汚れるな、と思っても、身を起こす気にはなれなかった。

 穏やかな午後の日差しに誘われて、じわじわと睡魔が襲う。昨日は悪酔いしたセンリに付き合わされて、碌に眠っていないのだ。

 川べりを吹き抜ける涼やかな風が、頬を撫でた。


染谷そめや

「……なんだよ」

「私はお前といる時間が嫌いじゃない」

「はあ?」


 閉じかけた瞼を跳ね上げた先で、思いの外真剣なセンリの瞳にぶつかった。予想外に強い眼差しに、面食らう。

 妙な気まずさに駆られて、隣に腰を下ろすセンリに背を向けるように寝返りをうった。


「当然だろ。成人してまで気に食わない奴と一緒にいるほどマゾじゃねぇ」

「……そう、か」


 一泊おいて返ってきたセンリの声は、いつになく弱々しかった。


「センリ」


 答えは、ない。


千里ちさと


 背後から、センリが身じろぎした気配が伝わってくる。


「――戻ってくるんだろうな」


 目と鼻の先で揺れるぼやけた小さな花を見つめながら、昨夜のことを思い出していた。


「わからない」

「あまり遅いと迎えにいくぞ」

「……それは困るな」


 くすり、とセンリの笑い声が落ちる。この声も聞き納めかと思うと、何とも言えずに黙り込んだ。


「なあ、染谷」


 不意に、目の前に影が落ちる。仕方なく身体を倒して再び仰向けに寝転がると、今まで見たことのないセンリの表情が飛び込んできた。

 泣き笑いのような、複雑な、顔。

 見飽きたはずの腐れ縁が、急に遠い存在に思えて、意味もなく焦る。……今更。


「好きだったよ」


 引き止めるなら、昨日だった。センリは、引き止められるのを待っていた。――俺はそれを、知っていた。気づかない、フリをした。


「……ああ」


 たった一言。昨夜飲み下した言葉は、未だ苦く喉につかえたままだ。

 伝えるタイミングを逃した思いを、消すこともできないまま、抱え続けている。

 無言のまま、ゆっくりと立ち上がったセンリが、大きく伸びをする。照らす太陽が眩しくて、目を細めた。


「行くのか」

「行くよ。終いの時間だからな」


 またよくわからないことを言う、と思いながら、なんとなく意味はわかっていた。

 そうか、終わりか。感慨にふける時間ならいくらでもあったはずなのに、今になって湧き上がる寂寥に苦笑する。

 センリの背中が、遠ざかる。緩やかなそのスピードが、名残惜しんでいるように感じられるのは、希望じみた俺の妄想なんだろうか。


「センリ!」


 呼び止めたのは、衝動だった。

 振り返ったセンリの顔は、逆光になってよくわからない。

 でも多分きっと、泣き笑いのような、あの複雑な表情をしているに違いないと、思った。


「もし、」


 ――世界が今日で、終わるのなら。

 終わらせてくれるなと、願うだろう。俺がいて、センリがいて、学生の頃から変わらないこの距離感を。

 それが叶わないのなら、せめて、忘れ去ることのないように焼きつけて欲しい。


「いつか、戻ってきたら」


 やりたいことなど何もなかった。望むことなど何もなかった。……今日までは。


「――真っ先に来い」


 けれど、明日からは。

 俺は迷うことなく、願うのだろう。無愛想で粗雑な悪友に、もう一度会わせてくれ、と。


「当然だろう」


 不遜にさえ感じられる口調で言い切ったセンリは、素早く踵を返した。

 迷いの無い足音が、徐々に小さくなり、そして、消える。


「『当然』……ね」


 なら、行くなよ、馬鹿。

 ――呟いた言葉はもう、届かない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ