【短編小説】逢えぬ貴方と 遇うその日まで じっと私は……『ソウル ロンダリング2 饒舌な鏡 外伝』
※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・地域等とは一切関係ありません。 ※
※ タイトルは都都逸形式(七・七・七・五の文字数)の七・七・七で、最後の五文字は空けてあります。読み終わったら、最後の五文字を皆様、考えてみてください ※
この物語の主人公、天美 かえでは『ソウル ロンダリング2 饒舌な鏡 裏導師』に出てくる女性で、呪われています。
八代前の祖先にかけられたの呪いが、未だ解けず、それが悪化し始めた、要するに『命の期限』が迫ってきた、その頃の出来事。
また、その呪いの防御策として、かえでは隼神様を授けられましたが、実感なく十数年過ごしてきました。
そういう設定、というか、そんな感じです。
この作品は『カクヨム』にもUPしています。
では、本編どうぞ。
逢えぬ貴方と––
遇うその日まで
じっと私は……
それは、天美 かえでが河内 角成と再開を果たす、ほんの数ヶ月前のこと。
大型ショッピングセンターの開店時間。
静かなアナウンスと共に短くブザーが鳴り、小さく軋みながらシャッターが上がる。
入り口近くの、人の群れから少し離れた物陰で、大きなシャッターがスローモーションのように開くのを、天美 かえでは、そっとひそむように待っている。
ここ数日体調は良い方だが、少し動くと発熱するため、入院ではなく自宅での療養だった。
帽子を目深にかぶり、首にはバンダナと分厚いマフラーを巻き、誰とも目も顔を合わさず、足早にクリーニング店に向かう。
クリーニング店で祖父の礼服を預け、お金を払う。
「出来上がりは二日後の、午後三時以降になります」
「いつもありがとうございます。よろしくお願いいたします」
おつりを受け取り、笑顔でクリーニング店を後にする。
かえでは、もと来た方向へ戻ろうとした。
だがこの日は、子供を対象としたイベントがあることを、人の波と各店舗横に貼られたポスターで知る。
かえでは、あまり積極的に人と会いたがらなかった。
特に、見知らぬ子供と会うことを嫌がった。
加津佐に何度かこぼしたことがある。
「子供って無邪気やけど、遠慮がないっていうか……。だからこの首のあざのことを大声で聞くんよ。私はええけど、その時の周りの大人の反応が、結構ツライ……」
子供と親が大挙してかえでに向かって、ニコニコと歩いて来る。
当然のことだが、この親子の群れの中の誰かが、かえでに何かをするとは限らない。
屋内なので帽子は取ったが、マフラーもバンダナも、外していない。
だが苦手意識というやつは、こういう時に回避行動を取る原動力になってしまう。
かえではその衝動に素直に従い、くるりと回れ右した。
それでもあまりの人の多さに、さらにショッピングモールの屋外にある通路へと逃れた。
(買う物や見たい物は、まだまだいっぱいあるのに……)
季節は冬であったが、緊張のためか強い喉の渇きをおぼえた。
自販機がすぐ近くにある。
何か飲み物を買おうと立ち止まる。
財布の小銭入れを見て、クリーニング店でおつりを多くもらっていたことに気付く。
飲み物を買うのを後にして、クリーニング店へと戻る。
人の流れに沿うようにうつむきがちで歩いていると、人の流れと逆行するように一人の初老の男性がゆっくりと歩いてくる。
かえでは何気なくその男性を見ると、顔の鼻と右頬の一部がないことに気付いた。
その人は本来顔の出っ張っている部分の、一部が平らか、もしくは陥没していた。
偶然にかえでとその男性と目が合った。
かえでは思わず会釈だけして通り過ぎる。
その男性は、
「こんにちは」と、かえでにやさしい声音で控えめな挨拶をした。
かえでは好奇の目で見られることの辛さを知っている。
なのに、特徴のある男性の顔を何も考えずに凝視してしまった。
猛スピードで自己嫌悪が、かえでを追いかけて来る。
かえでが嫌悪感から逃れるように、小走りでクリーニング店に向かう。
「 ……さっきの女の子さぁ」
「あぁ、おじいさんの礼服の子? ええ子やよねぇ、あの子」
「顔もキレイし、性格も申し分ない。……んやけど、あの首のあざがねぇ……」
「そうなんよねぇ……、今日は寒いからマフラーで隠しとったけど、あれさえなけりゃぁ、本当にウチの息子のお嫁さんに欲しいくらいやけど……」
かえでが角を曲がろうとした時に、たまたまタイミング悪く聞いてしまった。
クリーニング店のおばさんたちに、悪気がないことはわかる。
だが、この数ヶ月で首の右にあるあざは、かなりの勢いで広がりつつあり、医師の診察により処方された薬も一向に効き目はなかった。
しかもこの数日で、あざはまた広がった。
かえでは自分の、背中から肩と首に広がるあざが、自分の運命であることを知っている。
もらい過ぎたおつりを返すことができず、返せない自分の心の弱さという重みに必死に耐えるような足取りで、かえではとぼとぼその場を立ち去った。
ショッピングセンターの近くに小さな公園がある。
風冷えのこの日、子供連れの人達は屋内のイベント広場に集結しているのか、砂埃の舞う公園にはかえでしかいない。
強い風が低い雲を吹き飛ばし、日差しが優しい暖かさをくれた。
風に乗って足音が近づいてくる。
低いベンチに左足の靴を脱ぎ、片膝を曲げて軽く抱えてあごを乗せ、もう一方の膝をピンと伸ばした状態で座るかえでは、急いで靴を履いて立ち去ろうかどうか考えた。
かえでの答えより、足音の主の歩く速度の方が早かった。
「すいません、ベンチの、お隣に座ってもよろしいでしょうか?」
かえでの首にあざのあるほう、右側から声がかかった。
かえでは返答に困り顔を上げる。
「おっ、これは先ほどのお嬢さん」
声をかけたのは、ついさっきすれ違って会釈した、顔に特徴のある初老の男性だった。
「こんにちは……」
いつものかえでならその後に『どうぞ』と言うはずなのに、この時はそのまま黙ってしまった。
「おっと、こっち側に座ると……」
かえでは身構える。
「せっかくの山茶花が見えないね。ごめんごめん、あっちの方に行きます」
その人は公園の向かい側を指して、立ち去ろうとした。
「いえ、そこに座って下さい。それより、私の横、……右側に座って、少しだけお話させてくれませんか?」
かえでは一気に話し、マフラーとバンダナをゆっくり外し、礼服を入れていた大き目のエコバッグに入れた。
「いいの? こんなオッサンが同じベンチに座って」
「 ……こちらも、色々お聞きしたいこととかあって……」
その人は、
「じゃ、失礼して。 ……よいしょ」
と、かえでの右、あざが見える方に座った。
「聞きたいのはこの顔のこと?」
唐突にその人は言った。
「あっ、……はい」
かえでが遠慮がちに返事した。
その男性は坊城と名乗り、
「何でも聞いて下さい」
と、優しく微笑んだ。
「あのぉ。その前に……」
「はい?」
「私やから話してくれるんですよね? 私は坊城さんにそおのぉ……、色々聞く権利ありますよね?」
切羽詰った表情でかえでが聞く。
ついさっき、自分都合で嫌な思いをしたかえでは、変な言い回しをしてしまった。
「失礼ですがお嬢さん……」
「天美です」
「おっと失礼、天美さん。誰にでも、私に聞く『権利』はあると思いますよ……」
「でも……」
「話はまだ続きます」
「……すいません」
「いいえ、こちらこそ。誰にでも私に何でも聞く『権利』はあります。ですが、私は誰にでも答えなければならない『義務』はありません」
「そうですよね、すいませんでした」
かえでが急いで靴を履き、腰を浮かせようとする。
「すいませんが、まだ話の途中でして……」
坊城さんはわざと明るく言った。
「あっ、すいません。私本当にそそっかしくって……」
「すいません、私こそ話が回りくどくって。もうちょっとだけ付き合って下さればうれしいんですが」
「本当にすいません」
かえでは冬の寒さに凍えるより、数段小さくなった。
「どこまで言いましたっけ? 忘れちゃったな、こりゃ。まあいいや、天美さんの質問なら何でも答えますよ、私。これは『権利』とか『義務』とかそんな堅っ苦しいことは、一切関係なしに。……そんなに悲しそうにしている貴方の質問なら、何だって真剣に答えますよ」
坊城さんは自分で確認するように、足元を見つめてうんうんうなずいている。
「私そんなに悲しそうですか?」
「はい、実は私が声をかけたからかと思って……」
「いえ、違うんです、それは違う……」
かえでは慌てて否定したことが失礼になるように思い、二の句が継げなかった。
「だったら良かった。じゃ、何でも聞いて下さい」
かえではゆっくり考えながら言葉を選り分ける。
「坊城さんは、そのお顔、……どうなさったんですか?」
「あぁこれね。これは病気です」
「ご病気ですか」
「はい、若い時に悪性の腫瘍ができましてね。それで色々治療して、結果、命は失わなかったけれど部分的なものを色々と失いました。 ……まあ当時の事ですから、抗がん剤の副作用・副反応とかいうんですか、あれもキツかったですね。それと手術後の痛みも、今ほど痛み止めが良くなかったから痛かったですよ」
「それは大変でしたね」
「はい~、大変でしたよ。 ……でもね、その大変さが私にとって『生きる』ということの関門で、それを抜ける時の苦しさと考えたら、その当時、少ぉ~しだけ楽になりましたねぇ」
坊城さんは笑う。
「生きる、ということの関門ですか……」
「そうです。だれにでもあると思いますよ。そういう苦労をする時っていうのは。まぁ、私の場合は、ちょっとだけ特殊でしょうけどね」
「坊城さん、失礼ですがご結婚は?」
「してますよ。子供も三人いて孫は五人います」
「それは……」
自然とかえでも微笑む。
「でもね、不思議なことに私が病気をした後なんですよね、結婚したのは」
「奥様とは、ご病気をする以前からのお付き合いですか?」
「それが違うから不思議なんですよ」
「へ~」
「私が言うのもアレなんですが、ウチの奥さん美人なんですよ」
「あっ、そうなんですか……」
かえでは、こんなところで惚気話が出てくるとは予想しなかったので、少し戸惑った。
だが嫌な感じは全くない。
それどころか、さっきまでの憂鬱な気分は既に消し飛んでいた。
「おじいちゃ~ん」
ショッピングセンターの方から声が飛んでくる。
「おっと、あの声はウチの孫だ」
坊城さんは声に向かって手を振る。
「お~い、ここぉ~」
坊城さんは照れるように笑い、少し薄めの頭頂部をかいた。
娘さんとお孫さんが走って来る。
「じゃ、私はこれで……」
「ちょっと待って下さい」
かえでは邪魔にならないようにその場を離れようとしたが、坊城さんに呼ばれて振り返る。
「よろしかったら、少しだけウチに寄って行きませんか? すぐそこなんですが」
「おじいちゃ~ん」
五歳くらいだろうか、元気な男の子が膝をついた坊城さんに抱きつく。
「すいませ~ん、ウチの父がムダ話に付き合わせてたんじゃないですか? ごめんなさいね~」
娘さんらしき人物がかえでにニコニコと謝る。
「お前からも『ウチで一緒にお茶を』って誘ってくれ」
坊城さんが片目をつぶりながら、娘さんに手を合わせた。
娘さんが『もうっ』と言った後、
「本当にお時間があって、お嫌じゃなければ、父のところに三十分だけでもどうですか? 母がいないから、散らかってて、加齢臭プンプンですけど、それでもよかったら」
「こらこら、おい」
坊城さんが嬉しそうに突っ込む。
かえでは迷うことなく、
「はい、それじゃぁ……、お邪魔させてください」と言った。
坊城さんはお孫さんに手を引かれて先を歩く。
その後を少し離れて、かえでと娘さんが続く。
「お父様のこと、息子さんは大好きなんですね」
「ええ、私の父は顔があんなですけど、なんでも真正面から、しかも一生懸命受け止めてくれるから最高です」
かえではこの言葉を聞いて、祖父を思い出す。
必ず返答する時には正面から眼を見て話をし、何とか、かえでの力になろうとしてくれる祖父。
祖父と坊城さんが、同じタイプの人であることに気付く。
ただ顔が違うだけ……。
そうなのだ、皆顔のつくりが一人ひとり違うように、坊城さんはかなり特徴はあるが、顔のつくりが違うだけなのだ。
(そうだ、私もこの首の……)
かえではここまで考えて、あとの言葉は自ら伏せた。
坊城さんはショッピングセンターから歩いて五分足らずの高層集合住宅の二階に住んでいた。
娘さんは同じ棟の『上のほう』に住んでいるらしく、お互いちょくちょく出入りしているそうだ。
坊城さんはかえでを招き入れる際に、
「家内がいなくなってから散らかり放題だけど、ごめんなさいね」そう言った。
かえではそのことについて何も聞かず、
「お邪魔します」とだけ言って入る。
「こっちの部屋の方が良いかな、どうぞ」
そう言って坊城さんは日当たりの良い書斎らしき部屋にかえでを通した。
「暖房を強くするから部屋のドアは開けときますね」
坊城さんはかえでに紳士な気遣いを見せる。
「今お茶入れますから。 ……って言っても無骨な男の手が入れるものだから、たかが知れてるけど、何がいい?」
「えっとぉ、ほうじ茶あります?」
「ココアとかじゃなくって?」
「わたしいつもほうじ茶なんです」
「それならちょうどいい。良いお番茶が、ついさっき手に入ったから」
坊城さんはショッピングセンターに茶葉を買いに行っていたらしい。
「天美さんは意外と鼻が利くようだね。形が良いだけじゃないんだ」
坊城さんは一人で言って一人で笑い、台所へと向かった。
かえではその後姿に、
「煎るんだったらお手伝いしましょうか?」と言ったが、
「お客様にそんな事させられないからいいよ。私も自信はないけど、天美さんはそっちで座ってて」と、坊城さんはにこやかに言った。
かえではお茶が入るのを待つ間、座らず壁にかけられた絵画や写真を見ていた。
数点の風景画と共に、少し高い位置に女性の肖像画が飾ってある。
この絵が事実を物語っているのならば、坊城さんの奥さんは本当に美しい人だったようである。
「お父さんとお嬢さ~ん、どこ~」
娘さんが玄関で声を張り上げた。
「私は台所、手が離せないから書斎の方のお嬢さん、いや、天美さんのこと頼む」
「は~い、天美はこっちで~す」
この親子に負けないように、かえではつとめて明るく言った。
「たい焼き買って来たの、食べる?」
「はい、いただきます」
「よかった。最近の若い人って甘いもの勧めても『ダイエット中ですから』とか言ってよく断られるから、ちょっとヒヤヒヤだったの」
「私は、……今のところ大丈夫です」
「ということは、彼氏いるの?」
「う~ん、厳密にはどう言っていいかわかりませんが、……今のところはいません」
「ふ~ん、なんか訳ありっぽいね。良かったら私が占ったげようか?」
超現実主義者のかえでは、占いが『苦手』を通り越して『嫌い』だった。
しかしこの場で、そのことについて議論するほど、かえでは世間知らずでもない。
「えっ、いいんですか?」
今時の女の子のように、素直に喜んだふりをした。
坊城さんの娘さんは、
「カードは机の中だったっけ?」廊下に顔を出して父親に聞く。
「えぇっとぉ、上から二番目の引き出しに入ってないかぁ?」
「あった」
そう言って娘さんは普通のトランプ一組を出した。
「はい、これテキトーにシャッフルして」
「テキトーにですか?」
「うん、好きなようにバラバラにして」
手渡された普通のトランプ一組を、パサパサとシャッフルして娘さんに返す。
娘さんはトランプを受け取り、数字やマークの入った方をパラパラ見て、
「あら、あなた占い嫌いみたいね。ごめんなさい」
かえでの無言の笑顔が固まり、背筋に冷たい汗が流れる。
「やめといた方がいいかな? とんだ押し売りだったわね」
そう言って紙製のトランプを慣れた手つきでケースに仕舞おうとした。
「いえ、占って下さい。たった今、占いに興味が沸きました」
これは本心だった。
「お願いします。ぜひ」
かえではもう一度カードを受け取り、今度は先程とは違い、念入りにシャッフルした。
カードを受け取った娘さんが、またカードの数字とマークを次々と読む。
「あなた、天美さんだっけ?」
「はい」
「若いのに、色々な重荷を背負ってるみたいね」
「えっ?」
「えっとぉ、背負ってるものの一つが……」
かえでは思わず固唾を呑む。
「男の人? だからぁ……」
「わかりますか? 形だけなんですけど、許婚がいるんです」
かえではいち早く反応した。
「そう、それだ。なるほど、それでこのカードたちが揃ってたのね」
娘さんはハートのAから7までが集まっていたところを表向けてかえでに見せた。
素直にうなずきかえでは感心する。
「あと、体調の方もあまりよくないみたい。それと、ご親戚にも……」
「当たりです。このあざがそうなんです」
「それがもう一つの重荷ね。って言っても、許婚は重荷じゃないから、実際の問題はこっちだよね」
「はい……」
「でもね、絶対にあきらめちゃダメ。その許婚の人だと思うんだけど……」
そう言って娘さんは、二枚のカードを出す。
「その人が必ずあなたを救う、って出てる」
二枚のカードはハートのクイーンとスペードのジャックだった。
かえではしばらく唖然としたが、……次第に笑みが湧いてきた。
昨日加津佐と一緒に夕食の時にした話が、そっくりそのままだったのだ。
「いよいよ婿殿は、大神様を受け継ぐみたい」
と、祖父が言う。
「来るん? ここに?」
加津佐がまず食い付く。
「残念ながら、宅配便で発送したから来ぃへんよ」
「な~んや、残念」
「なんでかーちゃんが残念がるん? かえでの許婚やのに」
「でも実感ないんよ、もう十年以上も会ってないから……」
かえでが他人事のように言う。
「でもちょっと楽しみやったりするでしょ? 婿殿との再会」
「う~ん、どうやろ。前に会った時が小さ過ぎて、あんまし記憶に残ってないんよね……」
ちなみに角成のことを『婿殿』と呼び始めたのは、加津佐である。
それは、許婚=時代劇みたい=好きな時代劇=必殺仕事人=婿殿、という連想からだそうだ。
「そんなもんなん?」
「うん。……今では『楽しく遊んだ』っていう、漠然とした記憶だけ……」
「そっかぁ~」
「うん。だから今、突然会っても、婿殿やってわかれへんと思うよ」
かえでは少しだけ寂しそうに言った。
「でもなっ……」
おじいちゃんがゆっくりとした口調で、
「今となってはあの人、角成クンだけがお前ら二人を救える、その可能性を、あの人が持っている、ということが大事やから」そう言った。
おじいちゃんのその一言に、キメラのあざを持つ二人は黙った。
「すいません、質問していいですか?」
「何でもどうぞ」
「スペードのジャックはハートのクイーン以外も守れますか?」
「う~んそこなのよ、実は……」
そう言って娘さんはもう一枚のカードを出した。
「スペードのジャックの後ろ、背後にはハートのクイーンがいたんだけど、前に実は、ダイヤのクイーンがいたのよ」
「そっ、それって……」
「うん、もう一人同時に守るつもりなのかも。…………いや違うわね、これはあなた、天美さんがジャックである許婚と共に、もう一人の女性を守る? ん? なんかおかしいよね?」
かえではにわかに涙ぐむ。
「いいえ、いいんです、それが私の、今の私の望みなんです」
「そっ、そうなの?」
「叶いますか? 私の望み?」
「苦労はするけど叶う、って占いには出てるわ。だから安心して」
「……良かったぁ~」
かえでが涙を一粒落とした時、
「お待たせしてすいませ~ん」と、坊城さんが入って来た。
「うわ~、すいません。娘が何か言いましたか? あっ、またインチキ占いなんかして私のお客様を泣かせて。ごめんなさいね、何かイヤなこと言われた? おじさんが変わりに謝るから、ごめんね~」
男はとかく女性の涙に弱い。
坊城さんはおろおろしながら謝る。
「違うんです。私嬉しくって」
かえでが涙目で笑顔を作る。
「本当に? 悲しんでない? 怒ってない?」
「はい、感謝してます」
「そっか、ほっとしたよ。まっ、あんまり上手にできたかわからないけど、これ飲んで気持ちを落ち着けて」
そう言ってほうじ茶を勧めた。
「ありがとうございます。いただきます」
「ちょっとした暇つぶしに、と思って占ったんだけど、……ごめんね」
娘さんも、まさかかえでが、涙を流すとは思っていなかったのだろう。
「いいえ、ありがとうございました。力が出ました」
かえでが少し照れながら、お礼を言った。
「私はこれで帰るけど、その前に一つだけ」
そう言って娘さんはすばやくメモ用紙に何か書いて小さく折り畳み、かえでに渡した。
「それはすぐに見ないで、帰る時に開いてね。いい? 約束よ?」
かえでは何のことかわからなかったが、
「はい」と返事しておいた。
「何の話をしてたんだっけね? 私たち」
坊城さんは笑った。
そうやって、優しくかえでの聞きたいことを引き出そうとしてくれた。
「あっ、はい、ええとぉ。 ……もうハッキリ言っちゃいますね。私の首の痣のことです」
「うん、それでいい」
かえでは、最初背中にあった小さなあざが、角成のおばあさんのおかげで一旦は収まったこと、それが最近急速に増殖を始めたこと。
そしてそれは、何代も前から続いている、天美の家に生まれた女性が背負うということ。
さらにそれは、自分の命にかかわること。
それらのことをかえでは坊城さんに話した。
坊城さんは話を聞く間、終始穏やかに相槌を打った。
「そうか、天美さんも大変だね。違うか、これからか、大変なのは」
と言って、あらためてかえでにたい焼きを勧める。
たい焼きは焼印が押されて中身がわかるようになっていた。
かえでは「つぶ」「しろ」「カスタ」の三種類のうち、一番好きな「つぶ」=つぶあんを手に取った。
坊城さんは、
「僕は呪いとかよくわからないけど……」 そう言ってカスタードを一つ取り、ちぎって食べながら話した。
「うちの娘が、さっき占いしてたあの人ね、彼女が幼稚園の時に言った言葉ね。その言葉があったから私は真正面見て生きてられるんですが……」
「なんておっしゃったんですか?」
「おとうさんの顔は、どんなに遠くからでもすぐに見つけられる。だから大好きだって……」
「ホントだ、言われてみれば……」
「そうでしょ? 私は娘にそう言われてから、……下を向いて歩くのをやめました」
そして、
「妻や子供や知り合いに、いち早く見つけてもらうためにね」と、付け加えた。
「いいご家族とお友達ですね」
「ええ、私が自慢できるのは、家族と友人と、そしてこの顔です」
坊城さんは自分の顔を指差した。
「あっ、そうだ」
坊城さんが嬉しそうに何か思い出したようだ。
「娘が言ったっていう『どんなに遠くからでも……』って言葉ね、それを娘の子供、さっきのあの小っこい子ね、あの子も全く同じことを私に言ったんですよ。娘が言わせた訳じゃないらしいんで自発的に言ったらしいんですが、これは嬉しかったです。娘には悪いが、孫に言われた時のほうが数百、数千、いや、数万倍嬉しかったですなぁ」
坊城さんは少し涙ぐむ。
かえでの心に暖かさが広がっていくのがわかった。
「私の背中から首に広がるあざも、これもよく考えたら天美の家に生まれたから、あのおじいちゃんの孫だから、父さん母さんの娘だから出てきたあざなんですよね……」
「そうですよ。たとえそれがどんな運命のあざだとしても、その前にあなたはご先祖との深~い結びつきがある。そのことを忘れちゃだめだ」
「私……、そのことを、今まで考えたことすらありませんでした。だから、忘れてたんじゃなくって、そんなことすら知らずに生きてきたんですね」
「今在ることへの感謝。この世に存在することに対する感謝、って言うんですかねぇ。よく母が言っていた言葉でした」
「いい言葉ですね。勉強になります」
「『何事も当たり前なんかない。常に感謝の気持ち、を持ちなさい』これも母の口癖でした」
「そうですね、反省します」
「でもね、天美さん」
「はい?」
かえでが、たい焼きを口に運びながら返事をする。
「『常に感謝の気持ちを持てりゃぁ、誰も苦労はしない』も、母の口癖でした」
坊城さんは暖かく微笑む。
玄関のチャイムが鳴る。
坊城さんは、
「ちょっと失礼。たい焼き食べてて」と、席をはずす。
「そう言うたら、昨日楽しかったなぁ、加津佐と。それが当たり前みたいに思てた。……私は最近感謝する気持ち、呪いのせいにして忘れとったみたい。生まれて来たことへの感謝。育ててもらった事への感謝。葛葉さんが、満十二歳を過ぎても、今の今まで私を生かしてくれてることへの感謝。……ちょっと勘違いしてたっ、ていうか何て言うか……、甘えてたんやろな私」
かえでは自然と独り言とため息が出た。
「おかえり~」
玄関で坊城さんが言う。
「早かったね」
「うん、ホントは来週くらいに帰ってくるつもりだったけど、飽きちゃった。やっぱ一ヶ月近くいるとどこでも飽きるわね。……あれ? お客様?」
かえでが廊下に顔だけ出して、
「お邪魔ひてまふ」
と、たい焼き口いっぱいのまま、ちょっと行儀悪く挨拶する。
「あら、あなたまたこんなかわいい子を連れ込んじゃって、ホント油断もスキもあったもんじゃないわね。あら、それたい焼き? 白あんある? じゃ私も頂いていいかしら、ちょっと手を洗ってくるわね」
肖像画のモデルであるご婦人は、当然のことだが、絵と違ってよく喋った。
、許嫁の
坊城さんの奥様は亡くなられたとばかり思い込んでいたので、かえでは少し驚いた。
だが先程廊下で見た坊城さんの嬉しそうな顔は、生きている者への感謝に満ち溢れていた。
「ごめんね~、連絡も無しに奥さん帰って来たから、ものすごくにぎやかになっちゃうけど」
ほうじ茶をいれ直して書斎に戻ってきた坊城さんは、本当に嬉しそうだった。
「愛してらっしゃるんですね」
「うん。本人の前だと照れて言えないけどね」
「そうなんですか?」
「平均的日本人男性なら、そうだと思うよ」
「あら、なんの話? ハワイの男は口先ばっかりでイイ男はゼロだったわ。やっぱり日本男児よね」
奥さんはさらに真顔で、
「お世辞どこらか、冗談の一つすらマトモに言えない、不器用なこの人のことを愛して来たじゃない? だからムリね、軽い男性は」
と、かえでに言う。
「は、はぁ……」
かえでは適切な言葉が浮かばない。
「白あんどれ? これ? いただきま~す。あら、あなたまたカスタード? とんだ日本男児ね」
奥さんは声も高らかに笑う。
「でもさすがに、あなたがいれたほうじ茶はサイコーね。おいしいわ」
かえでは、もう少しこの夫婦と時間を共にしたかったが、
「いけない! 私おつかいの途中だったんだ。そろそろ失礼していいでふふぁ」
と、残りのたい焼きを口に押し込んだ。
「あら、もうちょっといいじゃない。まだ私帰ってきたばっかりなのに」
奥さんはそう言ってくれたが、かえでが固辞する。
坊城さんも残念そうだった。
またゆっくり訪問することを約束して、かえではショッピングセンターに向かう。
『おとうさんの顔は、どんなに遠くからでもすぐに見つけられるから、大好き』
幼い頃の娘さんとお孫さんは、坊城さんの特徴ある顔のことを言っている訳ではない。
存在に対する、感謝の気持ちが根底にあるから、その言葉が出たのであろう。
『どんな姿かたちでも私を安心させる存在。それがお父さん(おじいちゃん)』
それが娘さんとお孫さんの、伝えたかったことの本質かもしれない。
かえではそう思った。
「顔を上げて歩こう。これが今の私っ」
温かい日差しの中、風は少~し冷たいが、かえではマフラーとバンダナを外す。
この時、この瞬間、 ……かえでに、許嫁の祖母、汐ノ宮 葛葉が纏わせた神、隼神の翼を加津佐に与える決心をし、自分の運命に背水の陣で挑む覚悟を決めた。
子供向けイベントの午前の部は終わっていたので、ショッピングセンターの客足も一旦落ち着いたようである。
前を歩く母子連れの子供、三歳くらいだろうか、その子が大きめの靴をすっぽり残して歩いていく。
小さな女の子は後ろを振り返る。
母親はまだ気付いていない。
かえでが靴を拾って急ぎ足で近寄る。
何と声をかけるか迷ったが、
「忘れ物です」違和感はあったが、それ以外思い付かなかった。
「えっ? あらっ、いやだ」
そう言って若い母親が明るく笑い、お礼を言う。
母親はすぐに靴を受け取り、膝をついて女の子に靴を履かせる。
かえでも同じように膝をついて女の子の顔を見た。
「おねえちゃんありがとう」
小さな女の子はそうお礼を言った。
一つうなずき、かえでが手を振る。
女の子も『バイバイ』と手を振った。
そしてそこは、クリーニング店の前だったことに気付く。
少し考えて頭の中を整理して、クリーニング店のカウンターに向かう。
「すいません、おつりをもらい過ぎていたので返しに来ました」
「えっ、ほんと? これはご丁寧に……」
自分の息子の嫁にしたがっていた声が、大急ぎでレジの金額を確認している。
「それと、もう一つ」
「はい? まだ何か?」
「私には素敵な許婚がいます。残念です、お義母様」
クリーニング店のカウンターに『?』な顔が『ハッ!』と何か思い当たる顔になる。
「これいただいていいですか?」
と、輪ゴムを一本もらって髪を束ね、背筋を伸ばしたかえでが颯爽と歩いていく。
ふと手を入れたポケットに、坊城さんの娘さんから渡された、折り畳んだメモ紙があった。
帰る前に開く約束だったが、ここで開いてみた。
それは、小さなメモ用紙に、達筆な文字でこう書かれていた。
『あなたはつぶあんを選んだ』
「 ……えっ?」
思わず立ち止まる。
目が回るような感覚に一瞬だけ襲われた。
すぐに気を取り直し、
「 ……う~ん、とりあえず買って帰るか、たい焼き」そう言って、自分が笑っていることへの感謝を胸いっぱいにして、顔を上げて歩き始めた。
逢えぬあなたと 遇うその日まで じっと私は…… 終
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『あなたの心に何か残れば……』とか言いません。
少しの笑顔でも浮かべていただけたら、幸いです。
再掲
※ タイトルは都都逸形式(七・七・七・五の文字数)の七・七・七で、最後の五文字は空けてあります。読み終わったら、最後の五文字を皆様、考えてみてください ※




