第45話 外門受付所の穴
――チリン。
次の瞬間、監査室の中央に中年の男が現れた。
片手には受付印。
男は窓口越しの誰かへきっちり頭を下げていた。
「次からは担当部署の控えを持参していただきますよう、お願い申し上げ――」
言い終わる前に男は顔を上げた。
外門受付所の窓口ではない。
王宮監査室だった。
「……ここは受付では……ありませんね」
「そのようですわ。ですが、今の一言であなたが真面目な受付係であることは分かりました」
レイベルナが言うと、男は慌てて受付印を胸元へ戻した。
「先ほど対応していた方、誰か引き継いでくれていれば良いのですが……」
「お仕事中、失礼しました。すぐに使いを出させていただきますわ」
「ありがとうございます。私はマルタン・ベイスです。王宮外門受付所で、普段は外部との窓口役として書類や納品の受付などをしております」
桃色の便箋を抱えたミレイユ。
受講者名簿を抱えたセヴィル。
片頬だけ少し若く見えるガスパル。
干し肉を握ったラウル。
猫を抱えた財務卿。
「ミレイユさん、こちらにいらしてたんですね」
「は、はい……。私も少し、こちらの件に関わってしまいまして……」
ミレイユは桃色の便箋を胸に押しつけたまま、小さく答えた。
マルタンは一度だけ瞬きをする。
レイベルナは机の上の添え状付き封筒を示した。
「では確認します。マルタンさん、白い手袋をした女性が書類棚に置くための紙束を持ち込んでおりませんか?」
マルタンの顔がすぐに仕事のものへ変わった。
「白い……手袋の女性……ですか。……ああ、確かに覚えています、はい。手袋と灰色の上着を身につけた、納品や配達の方に見える女性でした。紙束を持ってこられていたと思います」
「人の出入りが多いとうかがっていますが、なぜ覚えているのですか?」
「実は少し違和感がありましたので」
「違和感?」
「はい。普通、書類棚に置けないと分かった方は理由を聞いてこられます。どこを直せばいいのか、誰の確認があれば置けるのか、と」
マルタンは机の上の封筒へ視線を落とした。
「ですが、その女性は何も聞いてきませんでした。こちらが記録のためにお名前をうかがおうとしたときには、もう紙束を持って帰っていくところでした。本来は引き留めるべきでしたが、あの日は他にも立て込んでおりまして……」
レイベルナは頷いた。
「女性が持ってこられた紙束はなぜ止められたのですか?」
「書類棚に追加する配布用の書類に見えました」
「配布用の書類?」
「はい。外門受付所の書類棚には申請用の書式や案内紙、添え状の文例など、外の方が自由に持ち帰れる書類が置いてあります。減ったものを補充したり、古いものを新しいものに入れ替えたりすることもあります」
マルタンは少し眉を寄せた。
「以前なら窓口でざっと確認して、問題がなさそうならこちらの判断で置くこともありました。ですが、最近文書管理を厳しくする通達が来ておりますので」
「扱いが変わったのですね」
「はい。案内紙や文例の補充であっても、誰が出したものか、誰が確認したものかを記録に残すことが正式に決まりました」
「その紙束にはそれがなかった」
「はい。確認元の分からない書類を王宮の書類棚には置けません」
白い手袋の女は外門受付所の以前のゆるさを知っていたのだろう。
補充用の書類のように見せれば、正式な申請書類ほど厳しく見られない。
そのまま棚に置けてしまえば、王宮が確認した文例に見える。
けれど、今は違った。
文書管理の通達で外門受付所の扱いは変わっていた。
自由に持ち帰れる書類でも、誰が出し、誰が確認したものかを残す。
だからマルタンは止めた。
「その判断は正しいですわ」
レイベルナが言うと、マルタンの肩が少しだけ下がった。
責められると思っていたのだろう。
「ありがとうございます。ただ……そこから先が、私の落ち度です」
「先、ですか」
「はい。本来ならそのあと相手のお名前と、紙束を返したことまで記録に残すべきでした。ですが、こちらが記録を残す前に紙束を持って帰られてしまいました」
マルタンは深く頭を下げた。
「申し訳ありません。そこは私の不手際です」
「ふむ」
財務卿が猫を撫でる手を止めた。
「ですが、その不手際で一つ妙な状態になっておりますな」
「妙な状態?」
「王宮ではその紙束を止めた。しかし、返却した記録はない」
財務卿の声が少し低くなった。
「記録の上では、そこで処理が途切れている」
レイベルナは机の上の添え状付き封筒を見た。
白い手袋の女は名乗らず、正式な申請にもせず、置けないと分かるとすぐに紙束を持ち帰った。
けれど、その後。
ミレイユは外門受付所の書類棚から、新しく補充された添え状の文例を持ち帰っている。
「マルタンさん」
「はい」
「その女性を止めたあと、書類棚に新しい添え状の文例が入った記録はありませんか?」
マルタンの顔がわずかに強張った。
「新しい添え状の文例、ですか」
「ええ。ミレイユさんは後日、書類棚でそれを見つけています」
レイベルナは添え状付き封筒へ視線を落とした。
「誰の確認で棚へ入ったものなのか。そこを確かめたいのです」
マルタンはすぐに細い帳面を開いた。
指先が帳面の端を一枚ずつめくっていく。
しばらくして、その指が止まった。
「……正式な補充の記録はありません」
監査室の空気が静まった。
「ありませんか……」
「はい。ただ――」
マルタンは帳面の少し先へ視線を動かした。
「一つ、気になる報告があります」




