表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】婚約破棄? 責任者をお呼びしますわ 〜スキル《呼び鈴》で大変なことになりました〜  作者: 桜めんと
第4章「勝手に見世物にされましたので、責任者をお呼びしますわ」
35/59

第35話 その鈴を鳴らすには

  

 ――責任者名は空欄可。


 その一行を見た瞬間、レイベルナの指先が止まった。


 見覚えのある黒い紙だった。

 リディア侍女長がそれを拾い、表と裏を確かめる。


「署名や印はありません。宛名も……ありません」


 王妃陛下の目が細くなった。


「レイベルナ嬢。報告を受けてはいましたが、これは白百合慈善院の件と同じものですか」


「はい。似ていますわ」


 レイベルナは黒い紙を見つめた。


 白百合慈善院のときも、正式な文書の中で責任者の名だけが空欄になっていた。


 受け取った者がいた。

 運んだ者がいた。

 保管した者がいた。

 処理した者がいた。


 けれど、それぞれの言い分は「自分は一部を任されただけ」だった。


 責任の糸は細く続いている。

 ただ、最後に全体の責任へ届くはずの場所だけが空欄だった。


「何が空欄だったのですか」


 フィーランド侯爵夫人が低く問う。


「今回で言えば、王宮茶会進行係の責任者名ですわ」


 レイベルナは、青い封筒とマレーネの私用の控えを見た。


「青い封筒にも、協力金の控えにも、『王宮茶会進行係』という名前があります。けれど、誰が発行したのか、誰が許可したのか、その名だけはありません」


 レイベルナは、マレーネへ視線を戻した。


「ただ、今回はそこで終わりませんでした。マレーネさんはサロンの伝言箱を使い、青い封筒を仕分け、協力金の控えを扱い、取扱手数料まで取りました」


 マレーネの肩が、びくりと震える。


「責任者名を空欄にしても、動かした手と受け取ったお金までは消せません。だから今回は、マレーネさんのところに責任の糸が残ったのです」


「で、では、私は……」


「今回、王宮の名を使って金を集めた中心人物です」


 王妃陛下が静かに告げた。


「黒い紙があったとしても、あなたの罪は消えません。私の茶会を売り物にし、王宮の名で金を集めたのはあなたです」


 マレーネは口を閉ざした。

 もう言い逃れは残っていなかった。


 リディア侍女長が、黒い紙を折らずに持つ。


「この紙を置いた者は、マレーネを助けたかったのでしょうか」


「いいえ」


 レイベルナは首を横に振った。


「助けるつもりなら、もっと具体的な手順を書いたはずです。ですが、具体的に書けば書くほど、その紙には責任が生まれます。だから黒い紙は短い言葉しか残さない」


 ――責任者名は空欄可。


 たったそれだけ。


「それを見た者が自分の欲や都合で勝手に動く。動いた者が失敗すれば、その者だけが捕まる。成功すれば、黒い紙を置いた側は表に出ない」


 東庭の空気が、静かに冷えていった。


「白百合慈善院ではその手口で奥までは届きませんでした。今回は、マレーネさんが手数料や記録を残しすぎたため、マレーネさん自身の責任には追いつけました」


 レイベルナは、銀の鈴に触れた。

 フィーランド侯爵夫人が、かすれた声で言う。


「……では、その紙を置いた者を呼べばよいのではありませんか」


 東庭にいる貴婦人たちの何人かも、同じことを思ったのだろう。

 扇の陰で、息を呑む気配がした。


 レイベルナは、黒い紙から目を離さずに答えた。


「《呼び鈴》は、紙に書かれた文字を追う力ではありません。書類や記録に残った責任へ、音を届かせる力です」


「では、この紙には?」


「はい、まだ届きません。書いた者、置いた者、運んだ者。その誰に、どの責任が結ばれているのか、今はまだ読めないからです」


 フィーランド侯爵夫人が唇を震わせた。


「それでも、誰かを呼べば⋯⋯何か分かるのではなくて?」


「分かることはあるかもしれません。ですが、何の責任で呼んだのかも分からないまま、誰かを犯人のように呼び出すことはできませんわ」


 そこで、王妃陛下が口を開いた。


「――ですが、このまま放置はしません」


 その一言で、庭の空気が変わった。


「リディア」


「はい」


「青い封筒や協力金の控え、伝言箱や倉庫の利用記録。今ここにあるものは、すべて押さえなさい」


「承知いたしました」


「私の茶会の名でお金が動いた以上、王宮として調べます。国王陛下への報告も、私から上げます」


 リディア侍女長が、即座に近くの侍女へ指示を飛ばした。

 近衛兵の一人が走り出す。


「金の流れは財務卿へ。書類は監査室と文書院へ。門と馬車の出入りは近衛へ回しなさい」


 王妃陛下は、そこでレイベルナを見た。


「記録を集めます。そのうえで逃げた者がいるなら――」


 王妃陛下の視線が、銀の鈴へ落ちた。


「――レイベルナ嬢、頼みますわ」


 レイベルナは深く礼をした。


「はい。必ず、真相を突き止めます」


 王妃陛下は、東庭にいる者たちをゆっくり見渡した。


「本日のお茶会はここまでとします。集められた協力金については、王宮監査がすべて確認します。関係者は、呼ばれる前に自ら記録を出しなさい」


 誰も異を唱えなかった。


「次に私が茶会を開くとき、それは見物席はありません。王宮の名を借りた遊びも……決して許しません」


 静かな声が、東庭の隅々まで届く。

 集まっていた貴婦人たちは、一斉に深く頭を下げた。


 近衛兵がマレーネたちを連れていく。

 フィーランド侯爵夫人は閉じた扇を握ったまま、深く頭を下げていた。

 フィーランド侯爵は、ようやく離せた薔薇を見下ろしている。

 エヴァリナは青い封筒を差し出し、震える声で調査に応じると答えた。


 刷り屋のマルクは、刷りかけの案内紙を抱えたまま、庭の端で小さくなっていた。

 東庭にいることすら忘れられていたらしい。


「マルクさん」


 レイベルナが声をかけると、マルクはびくりと肩を跳ねさせた。


「は、はい! ち、注文を受けたときの控えも、全部渡します」


 リディア侍女長が横にいた侍女へ目配せし、刷りかけの紙束を受け取らせた。

 オルベルト・カインだけが、細い定規を胸に抱えたまま、そっと椅子の方へ向かう。


「ただのオルベルトとして、椅子の位置および角度を元に戻してまいります」


「ただ片付けるだけで結構です」


 リディア侍女長が即座に告げた。

 扇の陰で、誰かがまた小さく息を漏らした。


「まぁ……オルベルト様、ようやく立ち上がりどきを見つけられましたのね」


 オルベルトは定規を胸に抱え、深く頭を下げた。

 リディア侍女長が押収品をまとめていく。


 そして、一番上に置かれた黒い紙。


 ――責任者名は空欄可。


 レイベルナは、その一行を見つめた。


 王妃陛下の命で、お金と書類、門や馬車の出入りまで調べられるだろう。

 その中で、もし責任の結び目が見えたなら。

 レイベルナは銀の鈴をそっと握った。


「⋯⋯必ず呼び戻しますわ」


 セドリックが彼女の少し後ろへ歩み寄る。


「最後まで護衛します」


 短い言葉だった。

 だが、その一言だけで、足元が少し強くなる。


「ありがとうございます。セドリック卿」


 セドリックはわずかに頷いた。

 黒い紙はまだそこにある。


 署名もない。

 印もない。

 名前も書かれていない。


 ――黒い紙。


 それは鈴の音から逃げるために空けられた、暗い穴のようだった。


  



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

これで第4章は終わりとなります。


そして皆さまのおかげで、【連載版】の呼び鈴が10万PVを超えておりました!

読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。


感想、ブックマーク、誤字報告も、いつも大きな励みになっております。


まだまだ拙い作品ではありますが、楽しんでいただけましたら、評価やブックマーク、ご感想などいただけますと、とてもとても嬉しいです。


物語は、次の第5章をひとまず最初の大きな着地点として考えています。

引き続き見届けていただけますと幸いです。

もっともっと良いストーリーを呼び寄せられるよう、頑張ります。

今後ともよろしくお願いいたします。


――チリン!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
今一『責任』の意味が把握できないです。 物凄く大雑把に言えば、人としてどんな行動にも責任がつきものです。そういう意味で言えば、「書いた責任」や「置いた責任」というのもありだと思うので、呼べない(呼ばな…
これ黒幕調査を周りに迷惑がかかるから〜で後回しにするのは違和感すごいぞ。不正腐敗の証拠をみつけたけどわたしの能力だと完璧に特定出来ないのでやら無い?国の不正を何で一人で解決する気になってる?国が動く案…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ