浦島太郎なおっさん、最新ダンジョンでパリィ無双 〜泥臭く戦っていたら、いつの間にか天才機巧師の専属テストパイロットにされてました〜
洞窟内に、甲高い青年の声が響き渡った。
直後、バスケットボールほどの火球が放たれ、前方から迫ってきていたゴブリンの群れをあっという間に消し炭に変える。
「よしよし、今日も絶好調だな。やっぱり俺のファイヤーボールは最高だぜ」
派手な装飾の施された杖を肩に担ぎ、リーダー格の青年が鼻高々に笑う。
その後方で、梶龍一は、彼らがドロップした魔石やら何やらを、巨大なリュックサックに無言で詰め込んでいた。
ここは東京都内に存在する『D級ダンジョン』。
世界に突如ダンジョンが出現し、人類が超常の力『スキル』に目覚めたこの時代。
彼らのような「探索者」は、一攫千金を夢見る現代のエリートにして花形職業だ。
特に物理法則を無視して炎や氷を生み出す「魔法系スキル」は、最も強力で価値があるとされているらしい。
「おい、おっさん!モタモタすんなよ。さっさと回収しろ」
「いやぁ、すみません。腰が痛くて……すぐ終わらせます!」
若手探索者の棘のある言葉に、俺は愛想笑いを浮かべて頭を下げる。
波風立てずに、事なかれ主義。それが今の俺の処世術だ。
俺にはスキルなんて便利なものはない。魔法も使えなければ、身体能力が上がるわけでもない。ただの一般人。
しかも最近まで長めの病院生活を送っていたせいで、体は絶賛リハビリ中だ。
なんとか入院費と日銭を稼ぎつつ体を動かすため、こうして若手パーティーの『荷物持ち』として雇ってもらっている身である。
バカにされるのには慣れていた。
「まったく、スキルも持ってない無能な荷物持ちはこれだから……。八年も寝てた浦島太郎なおっさんに何が務まるってんだ。おまけにもう一人、面倒なのがついてきてるしな」
青年が忌々しそうに視線を向けた先には、もう一人このパーティーの『客人』がいた。
「ああ……駄目だね。魔法なんて大味なエネルギー放出、なんのデータにもならない」
鮮やかなオレンジのワークジャケットを肩に羽織り、黒のタンクトップとダメージジーンズを纏った女性。
彼女の名前はグレッチェン。
前髪をヘアピンで留め、高い位置で結い上げたポニーテールを揺らす彼女は、豊満な胸元をタンクトップのジッパーから覗かせ、整った顔立ちには知性と……そして、どこか常軌を逸した熱を宿している。
彼女は巨大企業『神代重工』の兵器開発部門トップにして、若き天才エンジニアだ。
彼女の目的は、自社で開発した『新作武器のテスト』。
今回、スポンサー枠としてこの若手パーティーに同行し、実戦データの収集を行っているのだが――彼女の表情は不満げだった。
「ねえ、君たち。次こそ私の『子』を使って戦ってくれないかい?魔法で遠くから焼くだけじゃ、この子に組み込んだパイルバンカー機構の衝撃減衰率が計測できないんだよ」
グレッチェンが愛情たっぷりに撫でているのは、1メートルを超える長さと圧倒的な質量感を持つ、無骨な巨大鈍器。
ポーターである俺のリュックの横に、特注のホルダーで固定された状態で運ばされている『スポンサーの荷物』だ。
鉄骨と重機を無理やりくっつけたような、ロマンと殺意の塊のような機械兵器である。
彼女は自分が作った武器やガジェットを本気で「この子たち」と呼んで愛している。
「はっ、冗談きついぜ、グレッチェンさん。誰がそんな重くて泥臭いガラクタ使うかよ」
「ガラクタ……?」
「今の時代、魔法スキルこそが至高なんだ。機械兵器なんて時代遅れもいいところだろ。あんたの顔に免じてついてきてもらってるだけで、俺たちエリート探索者がそんな鉄屑を振るうわけないだろ?」
若手探索者たちがヘラヘラと笑い合う。
その瞬間、グレッチェンの目の色が変わった。
愛する『子』を侮辱され、美貌がスッと冷たくなる。
「……私の最高傑作を鉄屑と言った?物理的なギミックの美しさも、金属の連動が魅せる芸術も理解できないなんて……」
「グ、グレッチェンさん。落ち着いてください」
俺は慌ててグレッチェンと若手たちの間に入った。
血の気の多い連中は困る。
昔……それこそ馴染みの現場で働いていた頃なら、俺も注意くらいは言っていたかもしれない。
だが、長い眠りから覚めれば、世界はSF映画かファンタジーRPGのように変わり果てていた。
完全に浦島太郎状態の俺は、この世界の常識をまだ半分も理解していない。目立つのは得策ではないのだ。
それに、ブルーカラーの現場で鉄骨やセメント袋を担いでいた俺からすれば、扱いのコツを掴めばリハビリに丁度いい重さにすぎない。
「グレッチェンさんのこれ、凄く格好いいじゃないですか。こういう重機みたいなの好きですよ」
場を和ませようと、俺は自分が背負っている巨大鈍器をポンと叩いた。
「おや、君はわかるのかい?」
グレッチェンの不機嫌な顔が一瞬でパッと明るくなる。目をキラキラさせて俺に顔を近づけてきた。
いい匂いがするが、顔が近い。
「この子の名前は『試作六式・破岩槌』。見た目はただの鈍器だけど、インパクトの瞬間に内蔵されたピストンが火薬で起爆して、対象の装甲を内部から粉砕するの!問題は反動が強すぎて、並の人間じゃ腕の骨が砕けちゃうことなんだけど……でも、このフォルム、最高だね!」
「なるほど。じゃあこの持ち手の部分の遊びは、その衝撃を逃がすためのショックアブソーバーってやつですか?」
「っ!!君、一目見ただけでこの子の工夫に気づくなんて……荷物持ちにしておくには惜しいじゃないか!」
昔、現場で重機をいじっていた経験から適当に相槌を打っただけなのだが、グレッチェンはすっかり機嫌を直してくれたようだ。
遠くで若手探索者たちがヒソヒソと話し合っているのが聞こえる。
「機械オタクとおっさんが盛り上がってるぜ。バカみたいだな」
「……でもよ、あのスポンサーの女、口さえ開かなきゃスタイル抜群の極上モノだろ?」
「違いねえ。こんなダンジョンの奥深くで事故でも起きて、俺たちが『助けて』やれば……少しは大人しくなるかもな」
胸糞の悪い企みが聞こえてきたが、俺は聞こえないフリをして息を吐いた。
波風立てず、無事にこの探索が終わって日当がもらえれば、俺はそれでいい。
──そんな俺のささやかな願いは、ダンジョンの奥から響き渡った異様な咆哮によって、呆気なく打ち砕かれることとなる。
ズズンッ……!!
突如、ダンジョンの地殻そのものが揺れた。
あまりの振動に、俺は思わず巨大なリュックを背負ったまま壁に手をつく。
「な、なんだ!?地震か!?」
「いや、違う……前方から何か来るぞ!」
先頭を歩いていた若手探索者たちが、杖を構えながら後ずさる。
洞窟の奥深く、暗闇の中から『それ』は姿を現した。
――異形。そう呼ぶほかない存在だった。
全長は三メートルを優に超える。二足歩行の獣のようだが、その全身は黒光りする分厚い金属のような装甲に覆われていた。
右腕には、ギロチンの刃をそのままくっつけたような巨大なブレードが生えている。
呼吸をするたびに、口の隙間から高熱の蒸気がプシューッと噴き出した。
「おいおい……嘘だろ。ここはD級ダンジョンだぞ?なんで『装甲種』のボスモンスターがこんな浅層に……ッ!?」
詳しいことは分からないが、俺でもあのバケモノがヤバいことくらいは理解できる。
工事現場の重機をそのまま生物にしたような、圧倒的な質量の暴力。
目が合っただけで、胃の腑がヒヤリと冷たくなるようなプレッシャーがあった。
ギィィィン……!
装甲種のバケモノが右腕のブレードを擦り合わせ、耳障りな金属音を鳴らす。次の瞬間、赤い目が俺たちをはっきりと捉えた。
「くっ、怯むな!俺の魔法で一気に焼き尽くしてやる!」
パニックを振り払うように、青年が杖を高く掲げた。
杖の先端に、先ほどのゴブリンを焼いたものとは比較にならないほど巨大な、灼熱の火球が生み出される。
「喰らえぇぇッ!エクスプロージョン・バースト!!」
轟音と共に放たれた特大の火球が、装甲種の顔面に直撃した。
すさまじい爆発が起こり、洞窟内に熱風が吹き荒れる。
俺は咄嗟に腕で顔を庇いながら、砂埃の奥を凝視した。
あれだけの爆発だ。いくらバケモノでもタダでは済まないはず――。
「……は?」
誰かが、絶望に染まった声を漏らした。
煙が晴れた後に立っていたのは、無傷の装甲種だった。
分厚い黒鋼の装甲には、焦げ跡一つついていない。
魔法の炎は、その強固な物理装甲の前に完全に弾かれていたのだ。
「う、嘘だろ……俺の最大魔法が、まったく効いてない……?」
青年がヘナヘナと腰を抜かし、杖を取り落とす。
エリートのプライドと魔法への絶対的な自信。
それが文字通り粉砕された瞬間だった。
装甲種がゆっくりと右腕を振り上げる。
殺意が明確に俺たちに向けられた。
「ひ、ヒィィッ!無理だ、殺される!!」
「逃げろ!置いてけ!」
若手探索者たちは悲鳴を上げ、踵を返した。
ポーターである俺や、彼らのスポンサーであるグレッチェンのことなど見向きもしない。
彼らは己の命を惜しみ、蜘蛛の子を散らすようにダンジョンの出口へ向かって一目散に駆け出していった。
「ちょ、お前ら!……マジかよ」
取り残されたのは、俺とグレッチェンだけだった。
俺は慌ててリュックを下ろし、逃げる準備をしようとした。
しかし、振り返った先で俺は目を疑う光景を見た。
「グレッチェンさん!何やってんだ、早く逃げ──」
グレッチェンは逃げていなかった。
彼女は俺が地面に下ろした『試作六式・破岩槌』の前に立ち塞がり、ジャケットから重厚なオレンジ色の銃――連結式ボルトガンを引き抜いていた。
許可シールや危険物マークが無造作にベタベタと貼られたその銃口が、バケモノへ向けられる。
「──私の『子』たちに……これ以上近づくんじゃないッ!!」
パァンッ!という荒々しい火薬の爆発音と共に、極太の鋼鉄リベットが立て続けに射出される。
しかし、装甲種の分厚い黒鋼は、貫通するはずのリベットを火花と共に浅く弾き返してしまった。
「嘘、チタン合金の装甲すら抜くのに……っ!?なら、感電リベットで……!」
すぐさまポケットから青い頭部のリベットを取り出そうとするグレッチェン。
だが、装甲種は彼女のリロードを待ってはくれない。巨体が地響きを立てて突進してくる。
距離を詰められ、万事休すと悟った彼女は――あろうことか、俺が下ろした『試作六式・破岩槌』から大きく横へ飛び退き、自ら囮になるように装甲種の前に立ち塞がった。
「こっちだよ!私の最高傑作には指一本触れさせない!!」
大きく腕を振った拍子に、羽織っていたオレンジのジャケットがずり落ち、華奢で柔らかな肩があらわになる。
巨大な怪物の暴力の前に立つ彼女の姿は、あまりにも脆く、無防備だった。
狂気とも呼べる兵器への執着。
自分の命より、自分が生み出した鉄の塊を優先する、天才ゆえのバグった倫理観。
彼女は装甲種の強烈なヘイトを自身に集めながら、背後にいる俺に向かって叫んだ。
「荷物持ち!この子を持って逃げてッ!!」
だが、装甲種はそんな彼女の覚悟など知ったことではない。
標的を完全にグレッチェンへ絞った怪物が、眼前に迫る。
ゴォォォォンッ!!
怪物が、右腕の巨大なブレードを無慈悲に振り上げた。
まるで処刑人のギロチンのように、身を挺したグレッチェンを真っ二つに両断しようとする。
「……私の、可愛い子たち……」
自分が死ぬ恐怖よりも愛する兵器を残して逝く無念を呟き、グレッチェンが目を強く瞑った、その瞬間。
俺の体は、頭で考えるよりも先に動いていた。
死ぬかもしれない。逃げた方がいい。そんな理性は、とっくに吹っ飛んでいた。
目の前で、人が殺されようとしている。
昔、見ず知らずの子供を庇って八年間も眠りにつく羽目になった俺の『馬鹿な癖』が、またしても俺の背中を強引に押したのだ。
俺は地面を蹴り、グレッチェンの前に滑り込む。
そして彼女が「持って逃げろ」と叫んだ巨大鈍器、『試作六式・破岩槌』の持ち手を力任せに掴み上げ、頭上から振り下ろされる怪物の刃に向かって一直線に突き出した。
「……オレの雇用主に、手ぇ出してんじゃねえ!!」
腹の底から絞り出した啖呵と共に、俺の掲げた鈍器と怪物の巨大ブレードが、激突した。
ガキィィィンッッ!!!
洞窟の壁がひび割れるほどの甲高い金属音が轟いた。
怪物のブレードと俺が構えた『試作六式・破岩槌』が衝突した瞬間に、バチバチとオレンジ色の火花が派手に弾け飛ぶ。
「ぐ、おぉぉ……ッ!」
両腕の骨がミシミシと悲鳴を上げた。まるで車に正面衝突されたような衝撃。
まともに受け止めれば、間違いなく腕ごと叩き潰される。
だから俺は、決して『力』で受け止めることはしなかった。
刃が触れるそのコンマ一秒の瞬間。俺は鈍器の柄を僅かに傾け、手首のスナップを利かせて下から上へ弾き上げるようにスライドさせた。
怪物の莫大な質量と運動エネルギーを正面から相殺するのではなく、別のベクトルへと強引に『受け流す』。
キィィンッ!という澄んだ音と共に、ブレードの軌道が大きく逸れた。
怪物の巨体が、自らの攻撃の勢いに振り回されるようにつんのめる。
俺とグレッチェンのすぐ横の地面に巨大な刃が突き刺さり、岩盤をド派手に砕き散らした。
「え……?」
背後で、目を瞑っていたはずのグレッチェンが呆然とした声を漏らす。
「嘘……あの巨大な質量を力任せじゃなく『角度』と『タイミング』だけで逸らした……?ブレードが接触した瞬間に、フレーム単位でカウンターの衝撃をぶつけて相殺してる……!」
グレッチェンが背後で早口に何かを解説しているが、俺の耳には半分も入ってこない。
それどころじゃない。俺の心臓はさっきから早鐘のように打ち鳴らされているのだ。
(うおぉぉ、腕千切れるかと思った……!マジでヤバい、死ぬ!!)
顔面から冷や汗が吹き出すのを自覚する。
さっきの動きは、武術でもなんでもない。
俺が昔、仕事終わりのアパートで徹夜してやり込んでいた『超高難易度の死にゲー』の感覚だ。
敵の大振りの攻撃に対し、ジャストのタイミングでガードボタンを押すことで、敵の体勢を崩す『パリィ』の技術。
あの理不尽なディレイ攻撃や、初見殺しの連撃を何千回、何万回と死にながら指に覚え込ませた、ただの変態的なゲーム体験。
それを無我夢中で現実に引っ張り出してきただけだ。
(けど……なんだこれ。ゲームのラスボスに比べりゃ、予備動作がデカくてずっと見切りやすいな……!)
命の危機に瀕しているというのに、極限まで高まった集中力のせいか、俺の動体視力は怪物の動きをスローモーションのように捉え始めていた。
グォォォォンッ!!
体勢を立て直した装甲種が激昂し、赤い目をギラつかせて再び迫ってくる。
右腕のブレードの連続なぎ払い。左腕の強烈な裏拳。さらに、口から高熱の蒸気ブレスまで吐き出してくる、まさに死の嵐。
俺は内心の焦りと恐怖を押し殺すため、顔に強がりな笑みを貼り付けた。
歯を食いしばるのではなく、ニヤリと口角を上げる。そうでもしないと足の震えをごまかせそうになかったからだ。
「おらァッ!!」
カンッ!ガキンッ!キィィンッ!!
ダンジョン内に、澄んだ金属音のアンサンブルが響き渡る。
右からの斬撃を鈍器の腹で弾き落とし、すぐさま反転して左からの裏拳を柄の部分で受け流す。
ブレスの射線をステップで回避しながら、武器の先端でボスの顎をカチ上げ、完全に視界を塞ぐ。
俺にとっては、「死にゲーのコントローラーを操作している」のと同じ感覚だ。
しかし、傍から見ればその光景は異常だった。
魔法すら通じない圧倒的な怪物の猛攻。それをなんのスキルも持たないただのおっさんが、一切のステップバックを行わず火花の中で踊るように全て弾き返している。
すべての攻撃をミリ単位のパリィで受け流され、装甲種は徐々にその体勢を大きく崩していく。
それはもはや暴力ではなく、異常なまでに洗練された芸術だった。
そして、グレッチェンの目には決定的な『勘違い』が映り込んでいた。
「この絶対的な死地のなかで……あの人、笑ってる……!」
強がりで貼り付けただけの俺のニヤケ面。
それが、グレッチェンには『この極限の戦闘を心底楽しんでいる、底知れない戦闘狂』の余裕にしか見えなかったのだ。
「素晴らしい……筋肉の連動、動体視力、私の『子』の重さを完全に殺さず、むしろ遠心力に変えて負荷を100%受け流すその挙動……!」
グレッチェンの瞳が、狂気的な熱を帯びて潤んでいく。
魔法という大味なエネルギーがもてはやされる時代において、彼女がずっと証明したかった『物理的なギミックと人間の身体能力の極致の融合』。
それが、目の前で体現されているのだ。
「いける……!君なら、私の子の『真の力』を引き出せるよ!!」
グレッチェンの叫び声が背中を押す。
装甲種が苛立ちに任せ、両腕を大きく振り上げ、最大の質量を持った一撃を脳天から叩き落としてこようとした。
隙だらけの大振りモーション。
(ここだ……!一気に削り切る!)
俺は貼り付けた笑みを一層深くし、手にした『試作六式・破岩槌』を真正面に構え直した。
怪物の全体重を乗せた両腕の振り下ろしが、俺の頭上へと迫る。
空気が押し潰されるような風圧。
だが、俺の目はその軌道を完全に捉えていた。
(遅え……!)
俺は腰を深く落とし、『試作六式・破岩槌』の先端を上段へと突き上げる。
激突の瞬間。
俺は腕の力を抜き、鈍器の傾きだけで怪物の膂力を斜め後方へと滑らせた。
キイィィィィンッッ!!!
特大の金属音と共に、鮮烈な火花が散る。
自らの最大の一撃を完全に受け流された怪物は、前のめりに大きく体勢を崩し、その胸部の分厚い黒鋼の装甲をガラ空きにした。
死にゲーで言うところの、致命の一撃のチャンス。
「これで……終わりだァァッ!!」
俺はステップを踏み込み、怪物の懐へ深く滑り込む。
そして、グレッチェンの『子』――試作六式・破岩槌を、怪物の胸部装甲に思い切り叩きつけた。
ガァァンッ!という鈍い衝撃音。
しかし、それだけでは終わらない。グレッチェンが仕込んだ、この武器の『真のギミック』。
インパクトの衝撃に反応し、武器の内部に仕込まれた火薬が起爆する。
ドゴォォォォォォンッ!!!
内蔵された極太の鉄杭が、爆発的な推進力と共に怪物の装甲をぶち破り、その体内へと深く突き刺さった。
魔法の炎すら弾いた黒鋼の装甲が、内側からの物理的な爆発と衝撃によってガラスのように粉々に砕け散る。
「ギ、ガァァァァ……ッ!?」
断末魔の叫びを上げる間もなく。
怪物の巨体は弾け飛び、大量の光の粒子となってダンジョンの空気に溶けて消えていった。
後に残されたのは、ドロップアイテムである固有種の欠片と、それなりの大きさの魔石だけだ。
「……」
静寂が戻った洞窟。
俺は肩で大きく息をしながら、ゆっくりと『試作六式・破岩槌』を下ろした。
……終わった。なんとか生き延びた。
(心臓、口から飛び出るかと思った……!マジで一歩間違えたら肉片だったぞ……!)
強がりで浮かべていた笑みが消え、どっと冷や汗が吹き出してくる。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、膝がガクガクと震えそうだった。
俺はなんとか平静を装いながらドロップしたアイテムを拾い上げ、手にした鈍器を肩に担いだ。
「あー、疲れた。やっぱ最近の世界は物騒すぎないか……」
俺は溜め息混じりに、ポツリとそう呟いた。
本当にとんでもない肉体疲労と命の危機に直面した理不尽への愚痴のつもりだった。
しかし。
俺のその一言は、背後で一部始終を見ていたグレッチェンの耳には、まったく別の意味で響いていた。
「D級ダンジョンに出現するはずのない、規格外の装甲種ボスを無傷で圧倒しておいて……。単なる『疲れ』程度の感想しか出ないのかい……!?」
グレッチェンが、震える声で呟く。
エリート探索者の魔法でも傷一つつけられなかった怪物をスキルを持たない男が物理兵器とテクニックだけで単騎で蹂躙した。
しかも、息一つ乱すことなく、平然と。
コツ、コツ、と足音が近づいてくる。
振り返ると、グレッチェンが俺の目の前まで歩み寄ってきていた。
その顔は林檎のように赤く紅潮し、目は完全にハートマーク──恋慕の類ではなく、被検体を見つけた研究者のそれ──になっている。
「えっと……グレッチェンさん?」
「素晴らしい……!あのアクロバティックな連撃のなかで笑う余裕、筋肉の連動、私の子のギミックを完璧に理解したカウンター!君、名前は何だい!?」
ものすごい剣幕で詰め寄られ、俺は思わず後ずさる。
「か、梶龍一、ですけど……」
「カジ!君、私の専属テストパイロットになりなよ!いや、絶対なってくれるよね!!」
グレッチェンは俺の両手をガシッと掴み、顔をグイッと寄せてきた。
豊満な胸が腕に当たっているが、それどころではない。
彼女の瞳孔が開ききっていて、少し怖い。
「え、いや、俺はただの荷物持ちで……あの、グレッチェンさん、顔近いですって!!」
「給料は今の百倍出すよ!衣食住も完備!私が作る『子』たちを、君が毎日抱いてくれればそれでいいからね!」
「言い方!言い方ヤバいですよ!」
俺がツッコミを入れていると、洞窟の入り口の方から足音が聞こえてきた。
見れば先ほど俺たちを置いて逃げ出したはずの若手探索者たちが、恐る恐る戻ってきていた。
「お、おい……嘘だろ。あの装甲種が、倒されてる……?」
「しかもあのおっさん、無傷じゃねえか……。一体、どうやって……」
彼らは呆然とした顔でグレッチェンと鈍器を担いだ俺を交互に見ていた。
先ほどまでの俺を見下すような視線は微塵もなく、そこにあるのは畏怖の念だけだった。
彼らにどう思われようが知ったことではないが。
「契約成立だね!まずは研究所に帰って、君の身体のすみずみまでスキャンさせてもらうよ!カジ!」
「ちょ、勝手に話を進めないでください!俺は溜まった入院費と日銭を稼げればそれで……!」
「入院費?はっはっは、そんなお金、神代重工の経費で一瞬で全額返済してあげるよ!」
「えっ、全額……って、ちょっと待て。なんで俺が入院してたことまで知って……」
俺が困惑していると、グレッチェンは悪びれもせずにウインクをした。
「さっきの道中、若手探索者が君を『八年も寝てた浦島太郎』って馬鹿にしていただろう?少し気になって暇つぶしに会社のデータベースにハッキング……じゃなくて、アクセスしてね。君のカルテを見たのさ」
「サラッと恐ろしいこと言ったな、この人!?ってかそれなら俺の名前を──」
「──細かいことは気にしない!それよりカジ、人間の細胞っていうのはね、およそ五年から七年の周期で完全に新しく入れ替わるんだよ」
「はあ……?」
「つまり!八年間も眠り続けていた君の身体は、細胞レベルで言えば過去の君とは『全くの別人』……いや、ピッカピカの『新品』なんだ!」
グレッチェンは興奮した様子で俺の筋肉を撫で回しながら、熱弁を振るう。
「さあ!生まれたてのまっさらなその身体で、私のかわいい子ちゃんたちと心ゆくまで触れ合おうじゃないか!最高の実験になるよ!」
「いや、まっさらとか新品とか、俺はただのおっさんで……引っ張るな!腕が千切れる!む、胸を当てるな!」
強引に腕を引っ張るグレッチェン。
完全に常識が変わってしまった世界で、ただ平和に、誰にも迷惑をかけずに生きていきたかっただけの浦島太郎なおっさん。
しかし、どうやら俺の第二の人生は、この変態天才エンジニアに振り回されながら騒がしい日々になりそうだった。
(……やっぱ、最近の世界は物騒すぎるだろ)
俺は心の中で毒づきながらグレッチェンに手を引かれ、強引に研究所とやらへ連れていかれるのだった。
お読みただきありがとうございます。
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