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第71話:また来る理由を作る

店の空気は、昨日までとは明らかに違っていた。


軽い。


止まらない。


客が入る。


迷わない。


座る。


注文する。


すぐ出る。


食べる。


帰る。


そして――


また入る。


(……回りきったな)


入口。


中。


準備。


すべてが繋がっている。


田中の店は、完全に“動く店”になっていた。


「……信じられねえ」


カウンターの中で、田中が呟く。


「同じ店だぞ」


(……同じじゃない)


そう思う。


だが、言わない。


「流れ」


短く言う。


「変えただけ」


それだけ。


田中が苦笑する。


「それが一番わかんねえんだよ」


だが、その顔は悪くない。


むしろ、楽しんでいる。


(……いい状態だな)


そう判断する。


だが――


「まだ」


恒一が言う。


「え?」


「終わってない」


それだけ。


田中が眉をひそめる。


「これで?」


「まだ」


短く言う。


(……最後だな)


ここまでで“回る店”にはなった。


だが――


“強い店”ではない。


「何が足りない」


田中が聞く。


その声は真剣だ。


(……いいな)


そう思う。


完全に乗っている。


「戻る理由」


短く言う。


「戻る?」


「また来る理由」


それだけ。


田中が少し黙る。


「……今でも来てるだろ?」


「来てる」


認める。


「でも弱い」


それだけ。


「弱い?」


「理由がない」


短く言う。


沈黙。


「……どういうことだ?」


田中が聞く。


「今は」


少しだけ間を置く。


「“便利だから来る”」


それだけ。


「でもそれは」


一拍。


「他でもいい」


それだけ。


田中が止まる。


(……刺さったな)


そう思う。


「じゃあどうする」


田中が言う。


短く。


(……ここだ)


最後の一手。


「一つ決める」


短く言う。


「一つ?」


「これのために来る」


それだけ。


田中が考える。


「看板メニューか」


「そう」


短く言う。


「でもうち、そんな強いのないぞ?」


(……関係ない)


そう思う。


「作る」


即答する。


「またかよ」


少し笑う。


だが、否定ではない。


「何にする?」


(……これだな)


昨日から見ている。


客の反応。


注文の傾向。


回転。


全部頭に入っている。


「これ」


一つ指す。


一番安定して出ているメニュー。


「これ?」


田中が首を傾げる。


「普通だぞ」


「それでいい」


短く言う。


「普通だからいい」


それだけ。


沈黙。


「……理由は?」


「誰でも頼む」


短く言う。


「外さない」


それだけ。


「それを」


一拍。


「強くする」


それだけ。


田中が少し黙る。


「……どうやって?」


(……シンプルだ)


「名前」


短く言う。


「え?」


「変える」


それだけ。


田中が苦笑する。


「名前で変わるのかよ」


(……変わる)


そう思う。


「変わる」


短く言う。


紙を出す。


ペンを取る。


書く。


“田中定食”


それだけ。


シンプルに。


「……それだけ?」


田中が言う。


「それだけ」


短く返す。


「理由になる」


それだけ。


沈黙。


数秒。


「……やるか」


田中が言う。


迷いはない。


(……いいな)


そう思う。


すぐに看板を書き換える。


“おすすめ定食”


その下に。


“田中定食”


少しだけ強く。


(……これでいい)


余計な説明はいらない。


名前だけでいい。


夕方。


客が入る。


入口を見る。


「田中定食?」


小さく言う。


入る。


席に座る。


「これ何?」


店員に聞く。


「おすすめです」


それだけ。


「じゃあそれで」


注文が入る。


(……来たな)


そう思う。


名前があるだけで、選ばれる。


理由になる。


料理が出る。


客が食べる。


「……普通にうまいな」


笑う。


「またこれでいいか」


それだけ。


(……固定される)


そう確信する。


選ばれる。


繰り返される。


それが“理由”だ。


夜。


店を閉める。


売上を見る。


昨日より、さらに伸びている。


田中が黙る。


数秒。


「……これで完成か」


小さく言う。


(……違うな)


そう思う。


だが――


「完成」


短く言う。


それでいい。


一つの区切りだ。


田中が笑う。


「すげえな、お前」


本気で言う。


「何したんだよ」


(……同じだ)


そう思う。


「流れ」


短く言う。


「作っただけ」


それだけ。


田中が頭をかく。


「わけわかんねえな」


笑う。


だが――


完全に納得している。


「で」


田中が続ける。


「次は?」


(……来たな)


そう思う。


ここからだ。


「増やす」


短く言う。


「え?」


「店じゃない」


一拍。


「数」


それだけ。


沈黙。


「……マジか」


田中が言う。


低く。


だが、興奮している。


(……見えたな)


そう思う。


一店舗じゃない。


複数。


同じ仕組み。


同じ流れ。


それを――


広げる。


「やるか?」


田中が聞く。


(……やるな)


そう思う。


答えは決まっている。


「やる」


短く言う。


それだけ。


夜。


家に帰る。


机に向かう。


ノートを開く。


書く。


・入口

・中

・準備

・理由


すべて繋がる。


(……完成だ)


小さいが、完成している。


「……次は」


規模。


金。


人。


それを動かす。


そのための準備は、もう終わっている。


「……いけるな」


小さく呟く。


流れは、完全に外に出た。


そして――


止まらない。


その段階に、入った。

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