挿話① 編集部の片隅で
都内の小さな出版社、その一角。
雑誌編集部は、今日も紙と電話と煙草の匂いに満ちていた。
「次の投稿欄、これどうします?」
若い編集者が、原稿の束を机に置く。
向かいに座る先輩編集者は、赤ペンを耳に挟んだまま原稿をめくっていた。
「どれだ?」
「これです。ちょっと変わってて」
一枚の原稿が差し出される。
子供の字にしては妙に整っていて、内容も妙に落ち着いていた。
家庭の中の娯楽の変化。
子供の遊びの移り変わり。
そんな題材を扱っているのに、どこか視点が一歩引いている。
「……これ、投稿者いくつだ?」
「十歳らしいです」
「十歳?」
先輩編集者が顔を上げる。
「ええ。ちょっと驚きました」
文章として完成されている、というほどではない。
荒さもある。
だが妙に目に残る。
大人が無理に子供のふりをして書いたような不自然さはなく、かといって普通の子供の作文とも違う。
観察の角度が少しだけ鋭いのだ。
「視点が面白いな」
先輩編集者が呟く。
「ですよね。載せるほどかと言われると微妙なんですが……捨てるのも惜しくて」
「今回は欄の都合もあるし、見送りでいい。ただ――」
原稿を指先で軽く叩く。
「返事は少し丁寧にしておけ」
「手書き入れます?」
「ああ。“面白かった”くらいは書いておけ。こういうのは、もう一回来るかもしれん」
若い編集者は、もう一度原稿を見た。
投稿者名。高瀬恒一。
まだそれだけの名前だった。
だが、なぜか少しだけ覚えておこうと思った。




