第6話:待つだけでは足りない
投稿してから三日。
結果は、もちろんまだ来ない。
そんなにすぐ返事が来るほど甘くはない。
だが恒一は、最初から待ちの姿勢を取るつもりはなかった。
「高瀬、最近よく本読んでるな」
担任が、休み時間にそう言った。
「はい。ちょっと面白くて」
「いいことだ」
実際、恒一は本を読んでいた。
しかも意図的に。
児童向けの本だけではなく、家にある新聞、父が買ってくる週刊誌、古い読み物まで片っ端から目を通した。
前世の知識だけに頼るのは危険だ。
未来を知っていても、“今この時代の言葉”で語れなければ不自然になる。
(未来を知ってるだけじゃ駄目だ)
大事なのは、この時代に自然に溶け込みながら先を読んでいるように見せること。
そのためには、今を知らなければならない。
夕食のとき、父が新聞を広げながら言った。
「最近は何でも値上がりだな」
「そうなの?」
何気ない顔で返す。
「オイルショックの影響がまだ尾を引いてる。世の中、簡単には戻らんよ」
恒一は黙ってうなずいた。
こういう会話も大事だった。
自分の知識がどこまでこの時代の空気と噛み合っているか、確認できる。
前世では“歴史”として知っていたことが、今ここでは“日常”なのだ。
食後、恒一はノートを開いた。
そこには、細かい字でびっしりとメモが並んでいる。
•何年に何が流行るか
•どんな商品が売れるか
•社会の空気がどう変わるか
•経済の山と谷
•大きな出来事
•自分が活かせそうな分野
もちろん、全部が完璧に思い出せるわけではない。
曖昧なものも多い。
記憶違いもあるかもしれない。
だからこそ、恒一は記憶を“使える情報”に変換し始めていた。
(長期戦だ)
バブルで大きく勝つ。
その方針は変わらない。
だが、そこまでの十年をどう過ごすかで結果は変わる。
ただ待っていても金は増えない。
信用も実績も生まれない。
(今のうちに、土台を作る)
次の投稿のテーマは、前回よりも少し具体的にした。
子供の遊び、家庭内娯楽、消費の変化。
未来では当たり前になることも、この時代では“ちょっと鋭い視点”として出せる。
しかも、当たったときに目立ちやすい。
鉛筆を走らせながら、恒一は自分の中の感覚を確かめていた。
前世の自分は、いつも追われていた。
資料、締め切り、上司の機嫌。
だが今は違う。
誰にも急かされない。
それなのに、自分の意思で机に向かっている。
(不思議だな)
やらされる努力と、自分で選ぶ努力は、こんなにも違うのか。
書き上げた二本目の原稿を読み返す。
前回より、ずっといい。
説得力もある。
“子供がたまたま思いついた”ではなく、“この子は何か違う”と思わせる輪郭が出てきた。
「……よし」
恒一は静かに原稿を封筒に入れた。
一度だけじゃ、偶然で終わる。
二度、三度と重ねて初めて、相手の印象に残る。
(読まれる人間になる)
その目標は、思っていた以上にしっくりきた。
金を稼ぐことはもちろん大事だ。
だがその前に、“この人の言うことには価値がある”と思わせること。
長く勝つには、それが必要だった。
翌朝、家を出る前に母が言った。
「最近、やけにしっかりしてるわね」
「そう?」
「うん。急にお兄ちゃんみたい」
一瞬、言葉に詰まる。
当然だ。
中身は三十五歳なのだから。
だがそれを顔に出すわけにはいかない。
「ちょっと頑張ろうかなって」
そう言うと、母は笑った。
「いいことね」
その笑顔を見て、恒一は小さく胸の奥が痛んだ。
前世では、こんなふうに母と向き合う時間も、ほとんどなかった。
(今度は、ちゃんとやる)
金だけではない。
人生そのものを、今度こそ組み直す。
そのためにも、まずは結果を出す。
小さくてもいい。
確かな一歩を。
今まで読み専だったけどこんなストリートをもっと読みたいと思ったけどないから書いてみました
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