挿話⑩ 価値になるかどうか
午後の編集部は、少しだけ騒がしかった。
電話の音。
紙の束を運ぶ音。
誰かの笑い声。
その中で、遠藤梁は自分の机に座っていた。
目の前には、いくつかの原稿。
その中の一枚を、無造作に手に取る。
「どれだ」
短く言う。
中村が一枚を差し出す。
例の投稿。
遠藤はそれを受け取り、椅子にもたれたまま読み始めた。
じっくりとは読まない。
流れを見る。
構成を見る。
どこで視線が止まるかを確認する。
数秒。
それだけで、ほとんどのことはわかる。
「……悪くない」
紙を持ったまま、そう言う。
中村は何も言わない。
遠藤はもう一度、最初から軽く目を通す。
今度は少しだけ丁寧に。
「ただの作文じゃないな」
その言葉は、少しだけ重かった。
内容自体は平凡だ。
家庭の話。
日常の観察。
だが、書き方が違う。
無駄がない。
変に飾っていない。
それでいて、読ませる。
そして何より、
「……先を見てるな」
小さく呟く。
断言はしていない。
だが、方向は外していない。
このバランスは、普通はできない。
「これ、何歳だ?」
「十歳です」
遠藤の眉がわずかに動く。
「十歳?」
「はい」
もう一度、紙を見る。
信じるかどうかではない。
そういう情報がある以上、それを前提に判断する。
「……妙だな」
率直な感想だった。
上手い子供はいる。
だが、このタイプは少ない。
知識で書いている感じではない。
かといって、ただの感想でもない。
「どこで覚えた?」
独り言のように言う。
答えは返ってこない。
当然だ。
だが、その問いが出る時点で、もう評価は変わっている。
遠藤は紙を机に置いた。
完全に切る対象ではない。
かといって、すぐに何かをさせる段階でもない。
その中間。
「継続してるのか」
「してます」
「ならいい」
短く言う。
だが、その言葉には意味がある。
一回で終わるなら、どうでもいい。
だが、続くなら話は別だ。
積み上がる。
見える。
判断できる。
遠藤は腕を組み、少しだけ考えた。
投稿欄。
小さい枠。
だが、その中にも“芽”はある。
問題は、それをどう扱うか。
「……これ、使える可能性あるな」
ぽつりと呟く。
中村はその言葉を聞き逃さなかった。
遠藤が「使える」と言う時、それは単なる評価ではない。
“価値に変換できるかどうか”という意味だ。
まだ確定ではない。
だが、候補には入った。
それだけで十分だ。
遠藤は立ち上がる。
「様子見だな」
それだけ言って、その場を離れる。
決断はしない。
だが、無視もしない。
その距離感が、遠藤のやり方だった。
残された中村は、机の上の原稿を見つめる。
(“使える”か……)
その言葉は、投稿者にはまだ届かない。
だが、確実に評価の段階は変わっている。
ただの読者投稿ではない。
可能性として見られ始めている。
それは静かで、しかし大きな変化だった。
私の2作目
「神様転生したはずが赤ん坊の自分に転生していた件」
この作品は一言で言うと神様に笑われた男が世界を笑えなくするです。(自分でも導入で笑ってしまいました)
良かったらどうぞよろしくお願いします
感想や評価をお願いします




