挿話⑥ 小さな書き手として
その日の夕方、編集部では珍しく投稿欄の話が少し長く続いていた。
大きな特集がひと段落し、会議室から戻ってきた先輩編集者が、若手の机の上に積まれた原稿を見て言った。
「まだそんなに残ってるのか」
「今回は多いです。季節のせいですかね」
「それで、その子は?」
「あります」
若手はすぐに一枚を抜き出した。
もう探さなくても手が覚えている。
先輩はそれを受け取って読み、途中で小さく息をついた。
「……やっぱり安定してきたな」
若手は少し身を乗り出す。
「載せられますよね?」
「載せる。たぶん次も来るだろうしな」
その言い方が、妙に自然だった。
次も来るだろう。
それはもう予測ではなく、半分前提になっている。
若手はそこに少しだけ感慨を覚えた。
最初は、たまたま目に留まった一通だった。
十歳にしては妙に観察が鋭い。
だから少し気になった。
それが、今では違う。
“たまに来る面白い投稿”ではなく、“継続して読んでいる書き手”になっている。
もちろん、まだプロでも何でもない。
たかが読者投稿欄だ。
誌面の扱いも小さい。
それでも、この変化は本物だった。
「十歳でここまで考えて書けるもんですかね」
若手がぽつりとこぼす。
先輩編集者は肩をすくめた。
「世の中にはたまにいる。妙に早いのが」
「でも、変にませてる感じはないんですよね」
「そこがいいんだろ」
その通りだった。
ただ上手いだけなら珍しくない。
大人の真似をした賢い子供も、探せばいる。
でも、この投稿者の文章には、そこから一歩先がある。
背伸びしすぎず、子供の位置からものを見ている。
そのくせ、見えている範囲が少し広い。
だから読んだあとに、なんとなく残る。
先輩は原稿を机に戻した。
「投稿者じゃなくて、“書き手”として見始めてもいい頃かもな」
若手は思わずその言葉を繰り返した。
「書き手……ですか」
「まだ小さいけどな」
小さい。
たしかにそうだ。
けれど、今この瞬間もどこかで、この原稿を書いた子供が机に向かっているのだと思うと、少し不思議な気分になった。
どういう家で。
どういう顔で。
何を考えて書いているのか。
当然、編集部にはわからない。
わからないからこそ、文章から見えるものを拾うしかない。
「手紙、どうします?」
若手が聞く。
先輩は少し考えてから答えた。
「今までよりほんの少しだけ、温度を上げろ」
「温度、ですか」
「読みました、じゃなくて、続けて読んでます、って空気が伝わるくらいにな」
「わかりました」
若手は便箋を引き寄せた。
定型文だけでは足りない。
かといって、踏み込みすぎてもいけない。
その間を探る。
書きながら、若手はふと思う。
このやり取りは、もしかすると後になって、案外大きな意味を持つのかもしれない。
もちろん、大げさに考えすぎだろう。
たかが投稿欄だ。
一人の子供の投稿にすぎない。
それでも、雑誌というのはときどき、思いもよらないところから何かが始まる。
誌面の片隅で育った名前が、数年後に別のページへ移ってくることだって、まったくない話ではない。
若手編集者は、最後の一文を書き終えて、静かにペンを置いた。
掲載候補の束の中に、その原稿を重ねる。
小さな書き手。
まだそう呼ぶには早いかもしれない。
けれど少なくとも、その入口にはもう立っている。
編集部の片隅で、そんな予感だけが静かに残っていた。
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