第19話:名前が残るということ
四度目の投稿を送ってからしばらくして、恒一は少しずつ“手応えの質”が変わってきていることを感じ始めていた。
以前は、掲載か不掲載か、それだけが気になっていた。
もちろん今も気になる。
だが、それ以上に、自分の投稿が編集部の中でどう扱われているかが気になるようになってきた。
ちゃんと覚えられているか。
「またこの子か」と思われているか。
それとも、ただの大量投稿の一つに埋もれているか。
この違いは大きい。
一度や二度なら、文章の出来だけで通ることもある。
だが継続して載るなら、“投稿者としての印象”が必ず効いてくる。
その意味を、恒一は前世の経験から知っていた。
会社でもそうだ。
名前を覚えられている人間と、そうでない人間では、同じ提案をしても通りやすさが違う。
良くも悪くも、人は中身だけでは判断しない。
「誰が言っているか」は、思っている以上に重い。
だからこそ、ペンネームを揃えたのは正解だった。
雑誌ごとに使い分ける手もあるかもしれない。
だが今の段階では、一つの名前で小さな信用を積んでいくほうがいい。
「名前は資産になる」
ノートにそう書き込み、恒一は少しだけ考え込んだ。
資産という言葉を使うには、まだ気が早いかもしれない。
けれど、方向としては間違っていない。
金は減ることがある。
物は壊れる。
だが、積み上げた名前は、そう簡単には消えない。
少なくとも、一度人の記憶に残れば、次の扉を開ける助けになる。
数日後、また封筒が届いた。
掲載。
短いコメント。
そして、これまでより少しだけ丁寧な文面。
今後も継続して投稿いただけることを楽しみにしております。
その一文を読んだ瞬間、恒一はしばらく動かなかった。
「……きたな」
小さく呟く。
たった一文だ。
定型文かもしれない。
深読みしすぎかもしれない。
それでも、前の返事とは違う。
少なくとも、“一回載せて終わりの相手”としては見られていない。
それがわかるだけで十分だった。
封筒をたたみながら、恒一は思う。
今の自分には、できないことが山ほどある。
株も買えない。
契約もできない。
自由に遠くへも行けない。
だが、文章なら出せる。
名前なら残せる。
十歳の体でも、外の世界に痕跡を残すことはできるのだ。
そのことが、何より心強かった。
夕食の席で、父が言う。
「最近、ずいぶん続いてるみたいだな」
「うん」
「途中で飽きないのはいいことだ」
父の言葉は短い。
でも、その短さの中に妙な重みがあった。
続けること。
名前が残ること。
信用になること。
全部、同じ線の上にある。
前世での自分は、派手な逆転をどこかで夢見ていた。
一発で取り返したい。
一気に人より上に行きたい。
そんな焦りが、結局は足元を崩していたのかもしれない。
だが今は違う。
遅くてもいい。
小さくてもいい。
残るものを積めばいい。
寝る前、恒一は自分のペンネームをノートに何度か書いてみた。
まだ世の中にほとんど知られていない名前。
誌面の片隅に載るだけの、小さな名前。
それでも、その文字列が前より少しだけ頼もしく見えた。
いつか、この名前で別のこともできるようになるかもしれない。
投稿だけでは終わらないかもしれない。
そんな予感が、今はまだ輪郭のないまま胸の内に広がっていた。
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