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昭和に逆行した俺、バブル前に仕込んで億万長者になる  作者: 柿の木


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挿話⑤ 誌面の端の名前

締切が近い週の編集部は、いつもよりさらに慌ただしい。


電話が鳴る。

ゲラが飛ぶ。

誰かが足早に廊下を抜けていく。

煙草の匂いと、インクの匂いが混ざる。


その中で、読者投稿欄の整理を任されている若手編集者は、小さく息をついていた。


派手な仕事ではない。

会議で大きく取り上げられることも少ない。

だが、小さいページだからこそ、雑誌全体の温度が出る。

そこをどう整えるかは、地味に難しかった。


「例の子、今回も候補に入れるのか?」


隣の席から先輩編集者が聞いてくる。


「入れます。というか、今のところかなり有力です」


「そんなにいいか」


「前よりさらに誌面に馴染んでます。変に浮かないんですよ」


先輩は手を出した。


原稿を渡す。


読みながら、先輩は少しだけ目を細めた。


以前は、“妙に大人びた子供”という印象が先に立っていた。

だが今は違う。

大人びた視点を持ってはいるが、ちゃんと子供の言葉に落としている。


そこが上手い。


読者投稿欄は、上手すぎる文章だとかえって浮く。

専門家でも記者でもない、普通の人の声が載る場所だからだ。


その意味で、この投稿者は良いところをついてくる。


「……馴染ませ方を覚えたな」


「やっぱり、そう見えます?」


「前に載ったページをかなり見てるはずだ。こっちの空気を読んでる」


若手は少し嬉しくなった。


自分の見立てが間違っていなかったからだ。


誌面を読む。

直してくる。

名前を揃える。

投稿の間隔も悪くない。


こういう相手は、編集部の側からすると案外ありがたい。


扱いやすい、というだけではない。

“少し育っていく感じ”がある。


「継続してくれると、ページが作りやすいんですよね」


「まあな。ただ、甘やかしすぎるなよ」


「わかってます」


誌面の端っこ。

ほんの数百字。

そこに載る小さなペンネーム。


それでも、何度も並ぶと印象になる。


たとえ読者全員が覚えなくても、編集部の側には残る。


「こういうの、結局は名前なんだよな……」


若手が呟く。


「何か言ったか?」


「いえ、別に」


だが本心だった。


文章だけではない。

この名前の投稿者は、外さない。

ちゃんと読まれて、ちゃんと誌面に合う形にしてくる。

その印象が、少しずつ出来上がってきている。


先輩編集者は原稿を戻しながら言った。


「載せるなら、コメントは短くしとけ」


「短く?」


「こっちが期待しすぎると、向こうも変に構える。自然でいい」


「なるほど」


「ただし、前回までと同じ扱いにはするなよ。ちゃんと読んでる相手には、それなりに返したほうがいい」


若手はうなずいた。


丁寧すぎない丁寧さ。

継続を感じさせる距離感。

その加減もまた、編集の仕事だ。


ページの端に小さく載るだけの名前。


けれどその名前は、編集部の中ではもう、“その他大勢”ではなくなり始めていた。

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